帰さない
「……ひ、悲観的なのは、そういう性分だからです。そういう思考じゃないほうがいいっていうのは分かるんですけど、やめられなくって」
ようやく両頬を解放された私は、そう言った。というか、言えた。
「まぁ、人間らしくていいんじゃないかな?」
彼の言葉は、ものすごく白々しかった。
「本当にそう思ってます?」
「実を言うと、あんまり。だってハイネが暗い顔をするのが嫌だから」
「はぁ……」
私が暗い顔をしたところでと思わなくもなかったが、恩人の言っていることなので無視するのも悪いだろう。
「じゃあ……悲観的にならないように気をつけてみます」
とは言ってみたものの、お茶の淹れ方を習っている最中に何をして何をされているんだと、自己嫌悪に入らざるを得ない。
「ハイネの分のお茶もあるし、戻って休憩にしようか」
「あ、ありがとうございます」
一緒にお茶とか出来ないかなとか思っていただけに、更なる罪悪感がすごい。
でもそういうので暗い顔を見せることも多分嫌なんだろうと感じた私は、顔には出さないようになんとかポーカーフェイスを保った。保てているかは分からない。口の端がピクピクしているのを感じる……。
そうこうしている間に、元の部屋に戻りテーブルに向かい合って座った。
座るのも恐れ多くて一瞬だけフリーズしたのだが、クライヴが座らないの? と言うので、大人しく座った。彼が認めてくれているんならいいんだろう。っていうか、本当に今更かもしれない。ずっと一緒に座ってご飯食べてるし……。
「どうだい? 魔法、使えそう?」
「あ、え、あ……」
すっかり忘れていた。
なんでこう、クライヴと一緒にいると気を取られる出来事が次々と起こるんだろう。って、クライヴのせいにしても仕方ないんだけど……
「やっぱり、難しい?」
しかしクライヴは、私の状況を予測していたかのようなことを言った。
「はい。難しいです。向こうの……私が元いた世界の常識が邪魔をしてしまって、内容があんまり頭に入って来ませんでした」
「やはりそうかい」
彼はあっさりと、いつも通り笑って言った。そのことに、少しだけ安堵する。
「期待していなかったわけではないけど、異なる世界との文化の違いを理解するのは難しいんだね」
「そうですね……」
「でも、魔法が使えると楽しいよ。何より……」
「何より?」
「魔法がない世界に戻る必要がなくなるだろう?」
「……」
それは元の世界ってことですか? と聞こうとしたけど、声が出なかった。
「……ずっと、クライヴのお世話になるわけには」
「そう? 僕はずっと、ハイネと一緒にいるつもりだったけど」
じゃないと補佐官になんて任命しないよと、彼は笑う。
責められているといった風でもなく、逆に私は戸惑ってしまった。
帰る意味って、あるのか?
それは何度も自分自身に問いかけてきたこと。
今から帰ったところで、現実世界の私がどうなっているのか分からない。それが一番怖い。
それに、ここでは自分の存在を何もしなくても肯定してもらえるのだ。
暗い顔を見るのが嫌だ、なんて言ってくれる人もいる。それはなんて幸福なことなんだろう。
でも、それがいつまで続くのか分からないという恐怖もある。 彼は地獄の戦人。私如きに優しくするなんて、とてもあり得ない人だ。
「……今度は、僕がハイネを暗い顔にしちゃったかな?」
「ああ、えと、そういうわけでは」
「次からは、貴族のお嬢様方が読んでいるというロマンス小説を読むといい」
そう言って彼は、カーテンをしていた書棚を開いた。ピンク色の本が並んでおり、私は思わず目を見開く。すごい。
「ノワに手に入れてもらったから、好きなのを選んで」
じゃあ僕は仕事に戻るからと言うと、彼は再び書類に向き合ってしまった。きっとしばらくは、また向き合ったままだろう。
「……どうしたらいいのかな、私は」
思わず小さく呟いてしまう。一瞬だけクライヴの視線を感じて振り返るも彼は書類と向き合っていた。気のせい、なんだろう。 ……戻ったところで。
でも、ずっといたところで……。
そんな思考を振り払うように、ティーカップを片付けに向かった。片付けくらいなら、教わらなくても出来るだろう。多分……。
そう思って豪華な簡易キッチン(豪華なのに簡易なキッチンとはどういうことなんだろうと思い始めてきた)に向かうと、先客がいた。
遠くからでもよく分かるくらいに綺麗な金髪。近づくほどに分かる、切れ長で整った顔。
……先客は、私をじっと見ている?
え?
そんなことある?
次第に怯えながら近づいていくと、彼と目が合った。それはもう、バッチリと。
「貴様か。クライヴが認めた補佐官というのは」
「えっ」
一瞬でその声の虜になってしまうくらいには、いい声をしていた。普段声優で遊ぶゲームを選ばない私だけど、彼が声優をやっている作品は無条件に買ってしまいそうだ。もう買えないけど……。
とはいえ、そんなことを思っている場合じゃない状況なことに間違いはない。どう考えてもこちらに好意的な声色ではない。
そして私は、補佐官の服を着ているのでそんな人物じゃないですよと否定出来ない。存在で肯定してしまっている。
クライヴもいないし、詰みかな? これ。
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