初歩の初歩
「かといって、私が補佐官の服を着るのはどうなのかと思いますけどね……」
翌日の朝、補佐官の服を着たあとに私は言った。
着たあとになにを言っているんだという気持ちもあるし言われるかもしれないが、着たあとだからこそどうなのかと思うっていうか……。
装飾はたくさんあるはずなのに質量をあんまり感じない不思議なその服を、私は確かに重いと思っている。
……いや、実際に重いのだ。そこに向けられている期待は、私には背負いきれるか分からない。
「あの王に認められたんだから、自信もっていいのに」
「そう言われればそうなんですけど……」
自信を持てるかと言われると、かなり難しいところだ。
いや、すごいことではあるんだろうけどね?
「というか、私はなにをすればいいんですか?」
クライヴは、そうだねと腕を組んだ。
「今日は一日中書類作業をするつもりだから、ハイネはお茶を汲んでくれたりすればいいよ」
「なるほど……」
お茶汲みすらやったことのないただの高校生であった私が、異世界でそんなことができるんだろうか。不安になってしまう。
というか、この世界でお茶ってどうやって汲むんだろう。あんまり意識して見てなかったから、よく分からない。大丈夫かな……。
「そんなに堅くならなくていいのに」
「お、お仕事ですから堅くもなりますよ……」
「ハイネは真面目だね」
何回か言われたその言葉に、私は私が分からなくなる。
真に真面目な人間であったなら、きっとこの世界に来てはいないだろう。
私のそれは、言うならば臆病なだけだ。それなのにクライヴは、いたって真剣な顔で真面目だねと評価してくれる。
物的な施しだけではなくて、精神的な施しすら与えようとしてくれる。
私のことだけじゃなくて、彼のこともよく分からなかった。それもずっと。
「……真面目なんかじゃ、ないですよ」
出てきた言葉は、変に裏返っていた。それに恥ずかしくなって、うつむいてしまう。
「僕は少なくとも真面目だと思っているよ。だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だから」
「は、はい……」
そこまで言われたら、大丈夫だと思ったほうがいいんだろう。私は大丈夫、クライヴの役に立つために、頑張らなきゃ。
「それじゃあ、僕の仕事部屋に行こうか」
「分かりました」
そう言って、魔法を使うためだろう手をとられて、自然とその手を握ってしまっている自分に気がついた。将官らしいその手は、しかし私の手をゆっくりと包み込んでくれている。それがどれだけありがたいことか! 握り潰されたって、今の私には文句も言えるはずがないのに。
「着いたよ」
そんなことを思っている間に、景色が変わっていた。
それはまさに回想なんかで出てきていた将官の部屋そのままで、思わずテンションが上がりかけた。けれどそんなことでテンションを上げている場合じゃないと思い、冷静になろうとする。
「ハイネは、魔法に興味があるんだっけ?」
着いて早々、クライヴはそんなことを聞いてくる。書類作業があるって言っていたから魔法を教えてくれるとかではないだろうに、どうして?
「興味は、正直ありますね」
疑問に思いながらも、素直に答える。
すると、たくさんの本がある棚から一冊の薄い本を取り出してくれた。差し出されたそれを、私は手に取る。
「魔法、入門……?」
かわいらしいイラストの載った、いかにも子ども向けの本だった。
「そう。魔法に関する初歩の初歩の本だよ。僕にはもう必要のないものだから捨てようと思っていたんだけど、一応貴重なものだからと残しておいたのが功を奏したね」
「あ、え、もしかしてこれを読んで過ごしておけとかそういう……?」
「そうだけど?」
もちろん、私が書類作業にも何にも使えないことは分かっている。それでも本を読んでおいていいよっていうのは、あまりにも良くないようなことに思えた。
「せ、せめてお茶を……」
「嬉しい提案ではあるけど、さっき朝食と一緒に飲んだからまだ喉は乾いてないんだ」
「え、そうですか……」
変なところで断るクライヴに対して、なんでこんなところで私のことを使ってくれないんですかと言ってしまいそうになるのを必死に堪える。なんてワガママなんだ、私。もしかしてワガママになりかけてる? もうなってる? だとしたらやだな……。
「キミが魔法を使えるようになって、僕の補佐をしてくれることを願っているよ」
い、いい笑顔でそう言われてしまったら、もう何にも言うことが出来ない……!
私は諦めて、本を読むことにした。補佐ができるようになるためには、初歩の初歩の本じゃまだ足りないだろう。急いで、せめて初歩の本に辿り着かなければ……!
「……お茶など入り用でしたら、すぐに言ってくださいね」
最後にそれだけは伝えておきたかったことを言うと、クライヴはもちろんと笑ってくれた。その笑顔が落ち着くのは、一体なんでなんだろう。
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