うつくしい横顔
「今日はありがとうございました」
屋敷に戻ってから、しっかりと礼をする。
クライヴは、なんでもないことのように首を振った。
「いやいや、僕はとくに何もしてないよ。……どんなものを買うのか分からなくて金貨をたくさん持っていったけど、そんなにいらなかったね」
「ええっと……私って、そんなに遠慮がないように見えますか……?」
「ん? いやあ、そんなことはないよ。でも、念のためにね」
「ありがたいのは、ありがたいですけどね……」
っていうか念のためでそんなに金貨を用意できるなんて凄すぎる。将官のお給料がいいんだろうか。
……いや、そういうことを考えるのは下世話だよね。やめておこう。気にならないかと言えば、嘘になるけど……。
「本当は明日もこんな風に遊んでいたいけど、厄介なことに仕事があるからね。そしてできることなら、ハイネにも頑張ってもらおうかな」
「は、はい! もちろんです!」
何を頑張れるのか分からないけれど、私はそう返した。
やっと恩返しができるかもしれないと思うと、なんだか嬉しくなる。今まで施されっぱなしだったから、どうにかしてお返ししなきゃ。
「広い範囲を歩いたから疲れただろう。先に湯を浴びるかい?」
「いえ、大丈夫です。それより、なにか手伝いましょうか? まだ元気がありますので!」
「今から頑張ろうとしてくれるなんて、すごいねぇ……じゃあ、僕の話にでも付き合ってくれるかな?」
「話、ですか?」
思ってもいない提案に、私はなんだろうと不思議に思う。けれどそのくらいならと、首を縦に振った。
「分かりました。いくらでも、なんでも話してください」
「ふふ、頼もしいね」
「クライヴのためなら、なんだってしたいと思います!」
「なんでも……?」
「あ、いや、できる範囲で、ですけど……」
問い返されて、ちょっと怖気付いてしまった。そんなにできることは私にないので、なんでもというと語弊があるかもしれない。
でも、それくらいの勢いと感謝している心はあると自信を持って言えるだろう。
「それくらい、クライヴには感謝しているんですよ」
「ああ、そういうことか。それはどうも。あんまり気にしなくていいけどね」
「き、気にしますよ!」
「ハイネは、気にしなくていいんだよ」
「そ、そうですか……?」
気にしないでと言うのにあんまりわーきゃー言うのも良くないかなと思って、私は口を閉ざした。
それに、話を聞くと言ったのに私が話してばっかりだ。クライヴが聞き上手なんだろうか。こんなに話す人間じゃなかった気がするんだけどなぁ……。
「今日の途中で、僕の両親の話をしただろう?」
そう思っていると、クライヴが口を開いた。
「あ、はい……」
気まずいとおもったことなので、よく覚えている。
けれどやっぱり、彼はなんてこともなく話す。価値観の違いを思い知らされる。
「両親はいないけれど、その分使用人であるノワが支えてくれたんだ」
「そうなんですね……」
その口ぶりからして、生まれた時からの付き合いなのだろう。だとしたら、ノワさんの忠誠もより一層の理解ができる。
「ま、正面向いて感謝はしないよ? 図にのって面倒だからね」
「あ、あはは……」
そこで私は、1つの説を思いついた。もしかしたら、あのゲームのクライヴには、ノワさんの存在がなかったからものすごく怖いんじゃないか……。
いやでも……。あの日のクライヴは、間違いなく怖かった。……だとしたらこの説は違うのかな?
クライヴのこと、なんにも分からないや。
じゃあクライヴ以外のことはわかるのかって言われたら、まったく分からない。心の奥底までがわかる人なんていない……。
案外、それが答えなのかもしれない。
そう考えると納得がいって、もうゲームの中のクライヴがどうのこうのって考えることをやめようかなと思った。
私が接しているのは、目の前にいるクライヴなのだ。そんな彼を大切に……って言い方は変かもしれないけど、うん、尊重すべきだ。
「ノワはどう? 優しい?」
「この屋敷にいる人は、クライヴもノワさんも含めてみんな良くしてくれます」
「そう、それなら良かった」
クライヴは窓の外に見える夕日を見つめる。
その横顔がとても美しいから、私はうっかり恋をしてしまいそうになった。けれど、そんな自分を戒める。
恋なんて、クライヴにするべきじゃない。
少なくとも、今の私は。
施されてばかりの人間がする恋なんて、きっと碌なものじゃないと思うから。
なにか自分にできることが見つかって、それでもなお彼の夕日を見つめる横顔が美しかったら……そんな場合のことは、考えないようにする。
「それじゃあ、夕食にしようか」
そう言って立ち上がるクライヴに伴って、私も立ち上がった。そして彼が向こうを向いた隙に、頬を叩く。
しっかりしなくちゃ。
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