市場2

 ビュリドラ王国の市場は、本当に賑わっていた。今にも高らかなファンファーレ的なBGMが聞こえてきそうだ。

 実際に聞こえてくるのは、人の声だけど……それもそれでいいと思えた。

 そんな中でまず心を奪われたのは、焼きたてらしいパンのような香りだ。

 先ほど朝食を食べたにもかかわらず、香りを鼻に吸い込むだけでお腹が空いてくる。

「いらっしゃい! 何にするんだい?」

「わっ……こ、こんにちは」

 近付いてみるといかにもな肝っ玉母ちゃんっぽい店主に声をかけられて、思わず肩を震わせる。

 すごく……ファンタジーっぽい。いきなりこんな人にお目にかかれるなんて、ちょっとすごいかもしれない。

「こんにちは。見ない顔だね。この市場ははじめてかい?」

「え、そ、そうですね……」

「そうかい。オススメはこの塩パンだよ」

「塩パン……」

 日本にもある名称のそれは、日本にもあるそれと大差なかった。味には差があるのかもしれないと思い、興味が湧いてくる。

「じゃあ、それを……2つ、いいですか?」

「もちろん。いくらだい?」

 振り返ってクライヴに問いかけると、彼は快く頷いてくれた。そして手早く会計を済ませて、私の手に塩パンを2つ持たせてくれた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「えっと、買ってもらった手前悪い気もするのですが、一緒に食べませんか?」

「……一緒に?」

「はい。一緒に」

 クライヴは目を丸くした。驚いてる? どうしてだろう。私が2つとも食べると思っていたんだろうか。そんなに食欲旺盛に見られてるんだったら、ちょっと困るかも……。

 そう思っていたら、クライヴは途端にちょっと笑顔になった。……笑顔だよね? そうだよね? 

「じゃあ、あそこのベンチに座って食べようか」

「そ、そうですね」

 たまたま空いていたベンチに、2人並んで座る。そして私の手から塩パンを1つクライヴに差し出すと、彼は大きな口を開けて食べ始めた。屋敷ではマナーに気をとられてあんまり気にしたことなかったけど、結構ワイルドな食べ方だな……。イメージとしては小さな口で食べているって思っていたから、ちょっと意外だ。

「僕の顔になにか付いてる?」

「あ、いえ、そういうわけでは」

 まさか見とれていましたというわけにもいかず、私は口をぱくぱくさせてしまう。

「それとも……」

 それとも? 

「見とれてた?」

 ニヤリといった笑いで言われたその言葉に驚きつつ、私は頷いた。

「……そうですね。ちょっと見とれてました」

「クハ、両親に感謝だね」

「そのご両親は、今どこに?」

 私の問いかけに、私自身はしまったたと思い、彼はつまらなさそうに下を指差した。

「土の中だよ」

「……亡くなったんですか?」

「僕が生まれてから間もなく」

「それは……」

 大変でしたねというのも違うような気がして、口を閉ざした。彼は何でもないことのように話すので、変に同情されるのも嫌かもしれないと思ったからだ。

「こ、こんな時に変なことを聞いてごめんなさい」

 代わりに私は、謝ることにした。けれどそれにも彼は首をかしげて、どうして謝るんだろうとでも言いたげだった。

「構わないよ。別に変なことでもないしね」

 変なことでもないという言葉から、ああ、この世界では死が身近にあるんだと思い直した。現代日本の価値観を持っている私は、あわあわとしてしまう。世間話の一環みたいに両親のことを聞くんじゃなかった。

 勝手に気まずい空気を感じながら、味のしなくなった塩パンの残りを食べる。途中までは日本のと味も変わらず美味しかったのに……! 

 全然気にした様子のないクライヴは、もう既に食べ終わっていた。手持ち無沙汰なせいか、私をずっと見つめてきている。

 誰かに見つめられながら食べるって、こんなに恥ずかしいことなんだ……そう思いながらも、見つめないでくださいと言うのはなんか自意識過剰って感じがしたのでなにも言うことなくパンを食べ終えた。

「それじゃあ、また見て回ろうか」

「は、はい」

 それから、食べ物ではなく工芸品のエリアに行ってみた。

 ……工芸品って呼んでいいのか分からないけど、とにかく食べ物ではなくお皿なんかが並んでいるエリアだ。

「このお皿って、なにに使うんですか……?」

 見たことのない特徴のお皿を前にして、私は思わず立ち止まった。食事に使うとは到底思えない形に、私は首を傾げる。

「かの歴史書には、載っていなかったのかい?」

「……もしかしたら見逃してるだけかも、すみません」

 ゲーム自体は要素を全部回収して完全にクリアしているのでそんなことはないと思ったが、あまりにも知らないことが多いのも気が引けて謝った。

「いや、謝る必要はないよ。僕も初めて見たからね」

「そうなんですか?」

「うん。何に使うんだろうね」

「おまじないとか……でしょうか?」

「そうかもしれないね、買ってみる?」

 買ってみる? と聞かれたところで、初めて商品として意識した。ふと値段を見てみると、とんでもない額の数字が書かれている。

「……欲しいって言ったら、どうするつもりなんですか」

「え? 買ってあげるだけだけど……」

 きょとんとした顔で、こちらを見るクライヴ。

 そのあまりにも当然だけどといった口調に、私は思わず絶句した。

「そこまで甘やかしてどうするつもりなんですか……」

「え? 一生甘やかすつもりだけど」

「そんなにですか」

「お姫さま扱いって、女の子は好きっていうだろう?」

「そう、なのかな……?」

「あれ?」

 女の子としての自覚が薄い私は、そう言われても首を傾げるだけだった。クライヴも首を傾げるので、なんか変な感じだ。ちょっと面白くて笑ってしまう。

「どうせなら、堅実に貯蓄して二人でずっと平和に過ごしたいですね」

「ハイネはそういうのをお望みなんだね。覚えておくよ」

「……いや、覚えておかなくてもいいです!」

 それからまたしばらく辺りを見て、日が沈み始めた頃に屋敷に戻った。

 帰り際に見たパン屋に運良く残っていた数種のパンを買って、明日の朝ご飯にしてくださいと頼んだのであった。

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