市場
「わ、この服かわいいですね」
「そうですか? 気に入っていただけて何よりです」
ノワさんに見繕ってもらった服は、いかにもファンタジー世界の町民という感じのワンピースで可愛らしかった。
クライヴが時々与えてくれるキラキラとしている服も可愛いけど、肩が凝ってしまう。
これからは出来るだけこういう感じの服装を用意してもらえないだろうか……そう考えていると、ノワさんが部屋からいなくなっていた。私が着替えるための配慮だと分かってはいるけど、気配がないのでちょっと怖い。何か言ってほしいというのも、セットで頼むべきだろうか。
そんなことを思いながら着替えた途端、クライヴが入ってきた。ノワさんも一緒なので、きっと制止しようとしたんだろう。本当に苦労しているなぁ……。
「思った通り、素朴で可愛らしいね」
そこにどんな感情がどれだけ入っているのかは分からないけれど……。
「あ、ありがとうございます」
褒められることは嬉しいので、素直に礼を言った。
クライヴはというと、いつもと変わらない服装だった。だから私はこれから着替えるのかと思ったが、それじゃあ行こうかと言うので、どうやら違うらしい。
でも、大丈夫なんだろうか……?
「ああ、僕は人々の認識を阻害する魔法を使うから問題ないよ。庶民の服を着るわけにもいかないし」
私の心配を察したらしいクライヴが、そう言った。そういう魔法もあるのかと、そして使えるのかと感心してしまう。
それに、確かにクライヴには庶民の服はあまり似合わないだろう。この服が一番似合っていると思った。
そんな私に構わず、クライヴは手を取って歩みを進めた。
「手を、つないでおこう。はぐれても見つけられるけど、心配だから」
「え、えっと……」
それはもうほとんどデートなんじゃないか。そう思ってしまう私の脳みそが憎らしい。彼は心配して言ってくれているはずなのに。
「嫌かい?」
私の反応を察してか、クライヴはそう言う。
「嫌ってことは、ないんですけど……」
そこで私は驚いた。クライヴと手を繋ぐことを、嫌じゃないと思っている私がいることに。
でも、人前で誰かと手を繋ぐということは恥ずかしく感じた。たとえそれがはぐれないようにと心配されたものであったとしてもだ。
「……恥ずかしいですよね、もう子どもじゃあるまいし」
「うーん……惜しいけど、顔を真っ赤にしてまで恥ずかしがっているのに強要は出来ないよねェ」
「え、そんなに顔真っ赤ですか」
「まぁ、ほどほどに」
言われて頬を触ると、確かに熱を帯びていた。それはなんだか、ただ人前で手を繋ぐということ以上の恥ずかしさを持っている気がしてやっぱりゾッとした。
私は、ほだされるわけにはいかないのに……。
「とりあえず行こうか。あんまりここで話していたら、日が暮れてしまうし……それでも僕はいいんだけど、ハイネとしてはつまらないだろうからね」
「あは、ははは……」
なんて返すべきか分からず、曖昧に笑みを返した。
その笑みに頷いてから、クライヴは外に歩みを進めた。
その後を追って、外に出る。
外に出ること自体ははじめてじゃないけど、ゆっくりと見るのははじめてなので、なんだかワクワクしてしまう。
「市場まではすぐだから、ゆっくり行こうね」
「はい」
静かながら、辺り一面に広がるのは異世界ファンタジー風の建物ばかりだ。当然だけど目新しくて、見ているだけでも楽しい。彼はそんな私の空気を感じ取ったのか、「なにが楽しいんだい?」と問いかけてくる。
「あ、えと……あんまり見ない街並みなので、見惚れていました……」
「歴史書には記載はなかったのかい?」
「あ、あんまり……」
綺麗な街並みはあんまり見られなかったです、とは言うべきじゃないだろう。私はまたも曖昧に笑って過ごした。
「ふぅん……」
けれどクライヴが向ける鋭い視線は、なんでもお見通しのような気がして怖くなってしまう。
……本当にお見通しだったらこんなに手厚く保護されてないよね? 大丈夫だよね?
常に不安がつきまとう……。
歩き続けていると、やがて人の声で周りが騒がしくなってきた。
「着いたよ」
言われて、市場に着いたことを理解する。すでに人々が商売をしていたり話をしていたりとかなり騒がしく楽しそうだった。
「わぁ……!」
「ふふ、気に入ってくれたかい」
「はい! すごく……」
異世界ファンタジーの世界観で感動しています。とは流石に続けられなかった。危ないところだったと思いつつ、クライヴの怪訝な視線が突き刺さる。
「すごく?」
「すごく……賑やかで楽しそうです!」
頭をフル回転させて、なんとかそういって言葉を続けた。
「ああ、あまりの賑やかさにちょっと反吐が出そうなくらいだよ」
「あ、に、苦手だったなら無理に来なくても……!?」
そこで、確かにクライヴは人混みが嫌いそうだと思い至った。戻りましょうか?と思わず声をかける私を、クライヴは制する。
「ハイネと一緒なら、問題ない」
ハッキリとした口調で、彼はそう言った。本当ですかと返す余地もないくらいのハッキリした口調に、私は閉口する。
……それはもう愛の告白なんじゃないかと思ってしまう自分の脳みそが憎い!
「じゃ、じゃあひとまず回ってみていいですか……?」
しばらく経ってから私の口から出てきたのは、そんな提案だった。
彼が大丈夫と言っているのに帰るわけにもいかないだろう。とにかく目いっぱい楽しまなくてはと思い、カチューチャみたいなものはないか辺りを見回すがなかった。当たり前だろう。ここはテーマパークではない。
「うん、とりあえず見られるところは見て回ろうか。そして、欲しいものがあったら言うんだよ?」
「は、はい……」
あまり気は進まなかったが、それもまた楽しむためだと言い聞かせて従うことにした。
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