甘い果実水を

 いやいやいや、どうすればいいわけ!? 

 この状況は、一体なに!?


 私の頭は、ひたすらに混乱していた。

 そのせいで体調が悪くなってしまったので、クライヴに頼んで横にならせてもらっている。

 それもクライヴの寝室ではなく、かといってあの夜の日に男の人が入ってきた部屋でもなく、新たに用意してもらった部屋でだ。

 しかも今はクライヴが仕事でいないということもあり、拠点防御用の魔法がかけられている……らしい。

 モゴモゴと「今更ながらに男女が同じベッドに寝るのは良くないんじゃないでしょうか」と訴えたところ、即座に同意した上で用意してくれたのだ。

 最もらしいことを言ってはみたけれど、仕事が押しているというのに明るい顔で自ら率先して動くクライヴを見ての罪悪感はあった。

 けれど体調が悪いのは事実だったし、クライヴの心の内を知ってしまった以上、彼と一緒の部屋にいるというのはためらわれた。

 その感情のせいで離れたくなり、その感情ゆえに私の提案を即座に同意して動いてくれている。

 この場合も、マッチポンプって言うんだろうか? 

 それとも、また別の呼び方があるんだろうか。

 考えても出てこない私の脳みそは、軽くキャパオーバーだ。

 カレルドアレンズの世界に来たって分かった時よりもずっと、どうすればいいか分からない事態に陥ってしまった。

 それもこれも全部、クライヴから自分に向けられている感情を知ってしまったからだろう。

 まさかクライヴに取り入ったと周りに思われるよりも憂うような事態になるとは思わなかった。

 ……これは、取り入ったになるんだろうか? 

 そんなまさか。

 私自身にそんなつもりはなかったのに?

 大体なんで、私なんかにあんな感情をぶつけられるんだろう。私にもっとなにかしらの才能さえあれば納得出来たけれど、何もないので全然納得出来ない。容姿だって平凡だし、得意なことなんて何にもないし……。

 あぁ、もう!

 考えれば考えるほど、訳が分からなくなる。

 頭が痛い。助けてほしい。

 ……よく考えたら、補佐官に任命されたのに職務放棄もしてる?

 ごめんなさい……。

 でも、私にはやっぱり無理ですって……。ここの世界に人にも務まらないことが、私に務まるわけがないですって、本当に。

「ハイネ様、冷たいお飲み物をお持ちしましたが……いかがいたしますか?」

 扉の向こうから、ノワさんの声が聞こえてきた。それまで机に伏していた顔を、ゆっくりと上げる。

 その声に、私は少しだけ安心した。ノワさんの信条や職業……生き方は私にとって普通ではないけれど、彼自身からは普通を感じられるからかもしれない。

 本人に言ったら怒られるかもしれないから、言わないようにしておこう。

「ください。お願いします」

「分かりました。それでは入りますね」

 ゆっくりと扉を開けて、彼が入ってくる。その手にある盆には、グラスと2本のボトルがあった。2本なことに首を傾げると、ノワさんが口を開いた。

「水と果実水があります。どちらになさいますか?」

「え、わざわざありがとうございます」

「お疲れの時でしたら、甘いもののほうが良い場合もあると思いまして」

 まさかここで選ばせてもらえるなんて思ってなかった。気遣いがすごい。

「果実水、甘いんですか」

「そうですね。甘いです」

「じゃあ、こちらをいただきたいです……!」

 ノワさんの言う通り、脳が疲れているので甘いものを求めていた。

「分かりました。それでは、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」 

 グラスに注がれた果実水を受け取る。なんの果実かは分からなかったけど、桃に近い味わいで美味しい。

 頭も喜んでいるような気がする。

「お疲れになるのも分かります。クライヴ様は、いつも周囲の方々を巻き込んでいくお方ですから」

「うーん、そうですね。優しくしてもらっている身で頷くのもなんですけど……」

「優しい人は、いきなり現れた人間を補佐官に任命したりなんてしないですよ」

「ノワさんが言いますか、それ」

「俺だからこそ言えることですから」

 ノワさんの顔をじっと見つめると、ニッコリとした悪意のなさそうな笑みが返ってきた。むしろ言われて当然です、くらいは思っているような表情だ。

 クライヴがいないから、口が緩くなっているんだろうか?

 ……クライヴのことだから、いなくても聞いている気がする。それを彼も分かった上で言っている、のかもしれない。それにこの部屋には防音の魔法がかけられていると、さっき聞いたばかりだ。

「ところで、どうしてそんなにお疲れになったのか伺ってもよろしいですか?」

 ノワさんの言葉に、思わず私はハッとする。

「……疲れてるように見えますか?」

「はい。こちらにいらっしゃった時とはまた違った疲れを感じさせる表情をしています」

「そうですか……」

 ノワさんでも分かっているんなら、クライヴはきっと私が別室にしたほうがいいって提案をした時から気づいているかもしれない。

 うーん。勘の鋭い人と過ごすっていうのは大変だ。

「良ければ、話を伺います」

「いや、これは……」

 ノワさんというか、クライヴの周りにいる人に相談することでもないだろう。

 何より、恥ずかしい。

「ノワさんだからこそ、話せないことです」

 私の言葉にノワさんは一瞬だけ目を見開いた。それからわずかだけど声をあげて笑った。

「なんですか、それ」

「そういうものなんです」

 笑ってはいるものの、心配そうな顔をしているノワさんの表情に、ちょっと心を揺さぶられる。

「心配自体は、すごく嬉しいです。ありがとうございます」

 だけど、やっぱり相談はしなかった。 

「……それなら良かったです」

 納得はいってないようだったが、彼はそれから追求してくることはなかった。

 代わりのように今日の晩御飯は何がいいのかを聞かれて、反射的にカレーと発してしまう。

「かれー……?」

「あ、えと、違うくて」

 カレーはやはりこういうファンタジー世界にはないんだろう。

 なんとか誤魔化して、出される料理はなんでも美味しいので嬉しいですと返した。

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