愛とは
「そういう話は、僕を通してくれないと困るねぇ」
やわらかな風とともに、クライヴが現れる。彼は私を守るかのように、サザミ様との間に立った。
その顔には満面の笑みが浮かんでおり、一見すると友好的に見える。けれど眉間には青筋がハッキリと浮かんでおり、敵対の意思が見てとれた。守られているとはいえ、この表情は怖い。
でも……クライヴがサザミ様に明確な敵意を向けているっていうのが、なんだか違和感がある。
なんでそんなに……必死なんだろう。
いつもならば、軽く流してそうなのに。
バカなことを言うもんじゃないよと、カラカラと笑っていそうなのに。
「隣で聞いていれば、随分と適当なことを言ってくれたね。よくもまぁペラペラと喋れるよ……。どうせ全部、ヨリの入れ知恵だろう? 普通の人間には普通に頼み込むのが有効だとか、言われたのかな?」
「はっ、どっちが適当なことを!」
「はい、入れ知恵確定。キミっていつも嘘をつくとき、口元が引きつってるよね。ヨリに頼んで矯正してもらったら? ……ま、無理だから毎回そうなんだろうけど」
「言わせておけば……!」
いくらなんでも、そこまで言わなくても。
明らかな挑発に、サザミ様はそのまま戦闘態勢に入る。
ヤバい。何がヤバいって、彼女の武器は己の肉体なのだ。武器なんて持ち込んでいないけれど、持ち込まずとも構わない戦闘スタイル。それが今は、とんでもなく恐ろしい。
「サザミが本当にハイネに情が湧くなんて、考えてみてもゾッとするよ。……少なくとも僕は、キミを殺さないといけなくなる」
「はぁ!? そこまでかよ!」
声も出せずに、ただただ驚く。サザミ様の言う通りだ。どうしてそこまで。
いや、それもそうだけど、こんなところで将官同士が争ったら大変なことになる。この屋敷が吹き飛んでしまうかもしれないし、最悪誰かが巻き込まれる可能性がある。
私だって、無事でいられるか分からない。
どうにかしてでも止めたい。
けど、そんな力はない。
拳を握りしめる力が強くなる。
「なんでそうなるんだよ!」
「だって、僕の大切なものを奪うんだろう? だったら当然じゃないかな?」
私は立ち尽くす。
大切なもの。何が?
僕の、大切なものって。なに?
「……へぇ。やっぱり、ソイツに執着心があるんだな?」
「当たり前だろ。バカだな、キミは」
え? どういうこと?
私は。
「バカとはなんだ! ……あーもういいや、めんどくさい。その口開けなくしてやる!」
「お断りだよ。それに、そんな大雑把な突進じゃ当たらないからね」
「ギリギリで避けてんじゃねーか!」
二人が戦いを始めてしまった。
ヤバいと思ったのもつかの間、私の周りになにかが生じて、二人が放つ衝撃波から身を守ってくれている。
きっとクライヴが使った魔法の効果だろう。……もしかして、何でもできちゃうのかな、あの人。
いやいや。ダメだ。
このままじゃいけない。
どうにかして、二人を止めないと。どちらか一方だけでも、止めることができればいいんだけど……。
そんな事が出来たら、私はクライヴに頼らずともこの世界で生きていけるだろう。出来ないから、どうにもならないのだ。
「どうしよう……」
どうしようもない。
同じ思考の、繰り返し。
「かわいい女の子を困らせるなんて、まったく。困った将官たちだ」
私がどうしたものかと抱え込んだ頭が、何者かによって撫でられる。
「はいはい、そこまで」
呆れたような声と共に現れたのは、ヨリ様だった。ヨリ様は2人の攻撃を避けつつ、間に入る。そして振り下ろされる、彼の獲物である短刀。
「サザミちゃんも、クライヴ君もいい加減にしなさい」
即座にクライヴの剣が地に落ち、サザミ様がヨリ様によって押さえつけられる。
「おい! 離せ!」
「離すわけないでしょうが」
「あとそのサザミちゃんってなんだ!? 気色の悪い呼び方をするな!」
「はいはい、文句は後でいくらでも聞くからねー」
わ、すごい……。暴れるサザミ様を押さえつけておけるくらいの力はあるんだ。
細身な立ち絵で頭脳派だったから、てっきりもっとひょろひょろとしているのかと思っていた。
……そうじゃない!
「く、クライヴ様も落ち着いてください! 争ってる場合じゃありませんよ!」
クライヴのほうへ駆け寄ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そのせいなのかなんなのか、剣も拾えていない。拾うべきか悩んで、見るからに重たそうだと判断した私は言葉で促す。
「大事な剣じゃないですか。ちゃんと拾ってください」
「あ、ああ……そうだね」
ゆっくりと拾い上げられた剣は、鞘に収められた。
良かった。ひとまず争う意思がなくなったようで安心する。
その頃にはサザミ様も暴れるのをやめていた。けれどもジトッとした目で、こちらを睨んでくる。
「……言っておくが、私はそんな小娘に情が湧くような人間じゃないから」
「サザミちゃんはヨリさん一筋だもんね」
「だー! もう! 殴りたくなるからやめろ!」
「なんでよ。1人でここに来てるって聞いて、急いでやってきた俺のことを労ってくれてもいいのに」
「過保護か!」
「今回はそれで良かったじゃんか!」
「……それ以上やるんなら、帰ってからやってね」
クライヴの口から出てきた言葉は、ようやく絞り出したかのように乾いていた。
「言われなくとも帰るさ! ヨリ!」
「はいはい。それじゃあ、また戦場で。お騒がせしましたぁ」
瞬時に魔法が発動し、2人の姿が見えなくなった。
私は安堵のため息を出す。
すぐに戦いが終わって良かった。
ヨリさんが来てくれなきゃ、どうなっていただろう。
っていうか、うん! ヨリさんはやっぱりヨリさん呼びがしっくり来る! ヨリ様って言うとなんか、別の人が頭に浮かんでくる感じがするし。違和感がすごい。
……じゃなくて!
「クライヴ!」
「……なんだい?」
彼はさっきよりかは、涼しい顔をしていた。すごいことが起きたっていうのに、いつもと変わらない表情だ。
それともあれくらい、彼の中では普通のことなんだろうか?
「なんであんなことをしたんですか?」
よく分からないので、素直に尋ねる。
「つい、ね」
「ついにしては、随分怒っていましたよね。そんなにサザミ様の言動が気に入りませんでした?」
「……当たり前じゃないか!」
クライヴはうつむきつつあった顔を一気に上げ、私の視線を貫く。眉は上に上がっており、まだ怒っているみたいだ。
「僕のハイネを! 自分の下に来ないかだなんて誘ったんだ!」
僕の、ハイネを。
その瞬間だけ、自分の名前の音を自分のものだと理解するのに時間がかかった。
「ハイネがこちらに残ってくれたから良かったけど……そうじゃなければ、殺していたところだよ」
やっぱり、さっきの言葉は聞き間違いじゃなかったんだ。
「……」
そうだと分かったところで、クライヴの言葉になんて反応を返せばいいのか分からない。そんなに大きな感情を、私は受け取ったことがないからだ。もちろん、自分で抱いたこともない。
経験したことのない感情は、どこか遠くの物語のように思えてしまう。
「すごく大きな音がしましたけど、クライヴ様は一体なにを……え! テーブルが壊れてるんですけど!? クライヴ様!?」
漂っていたシリアスな雰囲気を壊すように現れたノワさんのお陰で、それ以上のことは考えずに済んだ。
もちろん、その場限りの話だ。
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