周りの目線
さまざまな出来事が立て続けに起こるせいで、あまり気にしてなかったことがある。
それは私にとっての朝食が、本来は質素なものであったということだ。菓子パンが1つくらい食べられればいいほうで、その日によってお菓子だったりゼリーだったりもするし、何もないこともそう珍しくはなかった。
そういうものだと思っていたから不満があったわけじゃないんだけど、こうも豪華な朝食が連続で出されると、こちらに来たことは悪くなかったんじゃないかと思……。
「あんな奴の家で出される飯なんてよく食えるな。毒が入ってたらどうするんだよ?」
そんなことはなかった。
私は現在、窮地に陥っている。
だって目の前には、鋭い眼光でこちらを睨んでくるサザミ様がいるのだ。
なんで?
いや、私と話がしたいらしいから当然といえば当然なんだけど……なんで話をしたいのか、何を話したいのかも全然分からないから怖い。
それに、今はクライヴもいないのだ。
サザミ様が乱暴ながらも私とクライヴに頼み込む形で、そういうことになった。サザミ様が誰かに頼み込む姿はすごく新鮮で、あのクライヴすら呆気にとられていたほどだ。私も、クライヴの優しさに触れた時くらい驚いてしまった。
というか、そこまでして話したいことってなんだろう? 検討もつかなくて混乱する。
それに、1対1という状況も不安を助長している。
最後まで抵抗してみせたクライヴいわく、サザミ様が私に危害を加えるような素振りを見せたらすぐに駆けつけられるようにはなっているらしいけど、それでも見知った顔がいないというのは心細い。
いや、私にとってサザミ様は完全に知らない人というわけではないんだけど、ちょっと知っているせいで逆に怖い。それに向こうにとって私は完全に知らない人間だから、下手なことを言ったら警戒されてしまう可能性もある。ゲームをやって分かっていることでも、全部言っていいわけじゃないだろうし……。
でも、ご飯は美味しい。
ここもクライヴが抵抗した点で、朝ごはんを私にちゃんと食べさせた後なら話をしても良いことになっている。だから私は、堂々とサザミ様の前で朝食を食べているのだ。
……やっぱり肝が据わっているのかもしれない、私。
「だ、出してもらったご飯を、拒むわけにはいきませんので……」
「なんだそれ。平和な価値観だな」
それはそうだ。
サザミ様ともなれば食事に毒が入っていることもあるだろうし、反対に毒を盛ることもあるだろう。そういうエピソードがゲームにあったような気もするけど、覚えていない。
「それも、あるんですけど」
「は? 他にも何かあるわけ?」
その『他を』サザミ様の前で言うのは躊躇われたけど、話題に出しておいて途中で切るっていうのは良くない。
おそるおそる、口を開く。
「今の私は、クライヴに施してもらうことでしか生きていけませんので」
「……」
サザミ様は何か言いたげな顔をしたまま、黙ってしまった。呆れているんだろう。
ああ。私はなんで余計なことを言ってしまったんだ。遅れてやってきた後悔が心中を埋め尽くす。
「……そりゃー、幸せなことだな」
しばらくして吐き出された言葉には、明確な皮肉がこめられていた。それに対して返す言葉が見つからなかったので、私は曖昧に頷いてから食事を続ける。
その様子をじっと見つめられていたけど、手を止めることはしなかった。出されるものが美味しいのが悪い。
やがて、出されたものを食べ終わった。
普段は朝からこんなに食べないっていうのに、どうしてちゃんと入るんだろう。自分の体なのに不思議だ。もしも元の世界に帰れたら、物足りなくて困ってしまうかも。
「そろそろ、話に入れそうか?」
天井を見つめていたサザミ様が、待ちかねたように私のほうを向く。
「はい。お待たせして申し訳ありません」
私の方も、改めてサザミ様に向き直る。
「……なんだよ。そんなにジロジロ見ても、話はやめてやらないぞ?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
やめてほしいんなら、そもそも最初から一緒の空間にいない。でも、ジロジロと見ていた自覚があるだけにばつが悪い。
「じゃあ、何なんだよ」
「え、あ、その」
その理由を本人に言うなんて、照れる。
けれど多分、向こうは絶対に私とは違う方向のことを考えているだろう。その証拠に、鋭い視線でこちらを睨んでくる。
「その、すごく綺麗だなと思って……」
その視線が怖くて、隠すことも出来ずに本当のことを口にした。
本人にそのまま言うのは不本意だけれど、本当にサザミ様は美しい。立ち絵の頃からそう思っていたけど、実在の人物になってもその美しさは変わらない。
鮮烈な生き様を感じさせる傷痕が残っている肌を惜しみなく出している姿からは、性的な魅力と言うよりも溌剌とした……生的な?魅力を感じさせる。
ああ、もう!
言葉が合っているのか分からず、直接言葉にしているわけでもないのに申し訳ない気持ちになる。語彙力をもっと鍛えておくべきだったかな。それとも褒め力?
「……お前さ、誰にでもそんなこと言ってるのかよ?」
サザミさんの顔に、再び呆れといったものが浮かぶ。
「そ、そんなまさか。本当にそう思ってるんですよ」
「あー、うん。そうだな。うんうん」
す、すごく雑な相打ちだ……!
「私は本心で……!」
「そうだって分かるから、余計に困るんだよ」
サザミさんの口から出てきたのは、深いため息だった。
「……余計に?」
サザミさんが言っていることが、イマイチ掴めない。けれど彼女の視線から警戒心が消えたのは、私でも分かる。だからきっと、美しいという言葉によって機嫌を損ねたわけではないんだろう。
かといって、照れてるようにも見えない。
だから、何に困っているのかが分からない。なんなら、困っているようにすら見えない。どうでもよさそうというか、そういう無表情に近い。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ」
本当にどうでもいいらしい。
……言われ慣れてるから、今更って感じなのかもしれない。
それくらい美しいから、特に思うことはなかった。
「アイツにどうやって取り入った? それさえ教えれば、身の安全は保障してやる」
「と、取り入ったって」
私にそんなつもりはないけれど、周りから見たらそう見えるのか……!
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