星座のない世界で
それからしばらくはノワさんで遊び倒していたクライヴだったが、ノワさんの「そろそろ俺がいないと、使用人の誰かが発狂します……」という力ない言葉でその手を止めてノワさんを解放した。
その言葉を冗談ではないと瞬時に理解出来るくらいには、使用人さんたちに対する負担は理解しているんだろう。多分……。
「これまで以上の人間が発狂するのは困るね。もう募集をかけたところで、暗殺目的の人間しか来てくれないだろうし」
ど、どれだけの人間が、この家で発狂をしてきたのだろう……。
そう思ったけれど、言葉には出さなかった。ノワさんも同じ目をしていて、言うべきではないと目が語っていたからだ。
うーん、思った以上に闇が深そうだ。
もしかして、そこら辺はゲーム通りってことなんだろうか?
ということは……やっぱりクライヴは、性格が歪んでいる?
だとしたら、どうして私なんかを助けてくれたんだろう……?
「はい。ですから、俺は行きますね」
「うん。色々とよろしくね」
クライヴの言葉に会釈をして、ノワさんは一瞬でその場から消えてしまった。
「……」
印象がまた曖昧になってしまったクライヴと、その場に残される。クライヴは私の視線に気付くと振り返り、ニコリと微笑んだ。
その笑顔に、ドキリとする。それは恐怖ゆえで、私の心臓がバクバクと鼓動を早める。
「今日は疲れただろう? 横になるといい。もちろん、そのまま眠ってしまっても構わないよ」
けれどクライヴが言ったのは、そんな優しい言葉だった。まるで母親が寝かしつけるような口調に、ますます彼が分からなくなる。
いくらなんでも、キャラクター性がハッキリしなさ過ぎない……?
「は、はい。ありがとうございます」
「うん。素直なのはいいことだ」
疑問は尽きないけれど、横になりたかったのは事実だ。促されるまま、素直に横になる。
クライヴは、ベッドの横に置いてある椅子に座った。こちらを見る目は穏やかで、とても使用人さんたちを発狂させるようには見えない。どころか、とても穏やかな主人のように見える。まさに、人は見かけにはよらないというか。あんまり嬉しくないギャップだ。
「あの、疲れてはいるんですけど……」
「ん?」
「さっき眠ったので、少しは回復した感じがします」
「あぁ。だとしたら、眠れないかもね」
「はい……」
眠れなかったら、何もすることがない。
スマホがあればそれで時間を潰せたかもしれないけど、手元にないのでそれも出来ない。もし手元にあったとしても、この世界には電波がないだろう。それなら使えたとしても時計を見るくらいしか出来ないし、いつかは充電がなくなって何も出来なくなってしまう。
「……」
そういえば私は、この世界の娯楽のことをあまり知らない。リランプト様がチェスみたいなものをやっていたような描写はあった気がするけど、それ以外の遊ぶ描写はなかった。
戦いの真っ只中を描いている作品なのだから当然といえばそうかもしれないけど、今はそれがちょっと困る。
というかチェスをはじめとしたボードゲームなら、私は遊べる気がしない。もしルールを教えてもらったとしても、相手がクライヴならきっと勝つことは出来ないだろう。負け続けるゲームは、遊びとは言えない。
「ここは、星がとても綺麗に見えますね」
だから私は、星空を眺めることにした。お世辞ではなく、本当に綺麗なのだ。消去法でなくとも、眺めたくなっただろう。
「あ、あぁ……そうなのかな? 意識したことがないかもしれない」
「へ、へぇ……」
「いつも変わらないものだからね」
日本でいう、田舎の人みたいなことを言われてしまった。
でもこの世界は魔法という技術は発展しているけれど、夜は基本的に寝る時間だ。それに高い建物もないから、田舎と変わらないといえばそうなのかもしれない。
「星座って、こちらにはありますか?」
ふと気になったので、聞いてみる。
「セーザ?」
「あ、えっと……星々を線で繋げて、何らかの形に見立てたもののことです。大きなくまの形に見えたらおおぐま座、みたいな」
明らかに知らなそうなトーンで言われたので、慌てて説明をする。もしかしたら、こちらでは違う名称なのかもしれない。
「……なるほど」
けれど、彼の反応はそういう感じではなかった。まるではじめて思い当たったみたいに、神妙な顔でしきりに頷いている。
「考えたこともなかったなぁ、そんなこと」
「あ、もしかして、ないんでしょうか……?」
「うん。おそらくこの国の人は、誰もそんなことを考えたことがないんじゃないかな」
「そうなんですか……」
思いつきで聞いたことだったけど、ないと分かると無性に切なくなってきた。私の住んでいた場所と文化が違うということを、思い知らされるからだろうか。そりゃあ違うだろうけど。こんなに綺麗な星々があるのに、星座がないんだぁ……。
「でも、その発想は平和的で素敵だよね」
穏やかな顔で言うクライヴに、私は思わずハッとする。彼の口から平和的で素敵だなんて言葉が出てくるなんて、思いもしなかったからだ。
「……クライヴもやっぱり、平和な国のほうがいいですか?」
私は好奇心半分、期待半分でそんな問いを返す。平和な国を望んでくれる人であればいいと願いながら、そんなわけがないと半ば諦めながら。
「どうだろうね」
けれど彼は、どちらとも答えなかった。
「僕は生まれてからこの方、戦うことでしか己の価値を見出したことがない。それはこの時代が、そういう手段でしか人の価値を見出せないからだ」
「そ、そうですよね」
私がぎこちなく頷くと、クライヴはふっと笑った。
その途端にどうしてだか、眠気が襲いかかってきた。今まで、なんともなかったのに。
「もしも平和な世の中だったなら、他の価値の見出し方があったかもしれない。星々をつなげることで、僕の価値が見出せることだってあっただろう」
クライヴが長くてむずかしいはなしをしているけど、もうよく分からない。ねむさだけがあたまにあるから、布団の中にもぐり込む。
「逆にこれから平和になっても、これ以外の方法をとれなかったかもしれない」
クライヴの手が、私の頭を撫でた。
おやすみなさいと、小さな声で告げられる。目が開けられなくなる。
「……全部、なってみないと分からないことだからねぇ」
最後に見たクライヴの顔は、どこか遠い星を見つめていた。
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