帰りたい?

 本当に、なんで抱きしめ返しちゃったんだろう……。

 クライヴの施しである湯を浴びながら、何度目になるか分からない自問自答をする。

 もはやため息も出ない。

 けれど食欲はきちんと働いたので、お腹がいっぱいになっている感覚はある。

 王と謁見して、さらに将官と抱き合ったというのにご飯が食べられる私の胃はどうなってるんだろう? 向こうの世界では、至って普通だと思っていたんだけどなぁ……。

 欲って括りから考えると、睡眠欲も十分働いている。男に襲われたっていうのに、あの後はそのまま寝てしまった。クライヴがいたっていう安心感は……薄いけど……それでも寝てしまえるくらい、肝が据わっていたらしい。自分の意外な一面を知れたけど、複雑な気持ちだな……。

 体を洗い終え、湯船に浸かる。

「贅沢だ……」

 元の世界でも世界的に見れば贅沢ではあったけれど、それでも私にとっては当たり前のことだった。それがこちらの世界では、とんでもない贅沢になる。まず水がかなり貴重なものだし、大量の水を沸かすくらいの魔力となるとかなりの人手が必要になるからだ。

 そんなわけであまり湯を浴びることはないというこちらの事情を理解し、数日は問題ないと言ったのだが……ノワさんによって既に用意されていると聞いたので、恐れ多くも浴びさせてもらっている。

 おそらく、昨日湯を浴びる前に私が向こうの世界では毎日浴びていると言ったのが良くなかったんだろうなぁ……下手なこと言わなきゃ良かった。

 とりあえず上がってから、明日はもういいですって確固として主張しないと。ただでさえ迷惑をかけてるっていうのに、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。

 それに、出来る限り早くこちらの世界に馴染んだほうがいいだろう。お風呂がないという状態を、普通の感覚にしなきゃ。

 ……難しいだろうなぁ。

 今のところ、スマホがないって状態にはなんとか適応出来てるかな? 

 ……でも普段からあんまり触っているほうじゃなかったから、なかったらなかったで不便しないだけかもしれない。連絡を取りたい相手も、いるわけじゃないし。ネットで話していた人との話は盛り上がってたから、急に返事がなくなってビックリするかもしれない。でもまぁ、私以外にも話してる人はいたはずだしすぐに忘れてくれるだろう。

 ……本来私がいた世界は、今どうなっているんだろう。

 急に私がいなくなったってことになってるのかな?

 両親は、私のことなんて別に心配してないはずだ。世間体のことは気になるだろうから、捜索願いは出しているだろうけど……全部無意味だよって、教えてあげたい。そう言われた2人の表情は、見ものかもしれない。

 っていうか、そうなると私って『進学校の勉強についていけず、クラスの人とも馴染めないことを苦にした失踪した人』って感じになるんだろうか。

 すごく、すごく不本意だ。

 それ自体はもちろん苦ではあったけれど、変なことを考えるには至っていなかった。

 それなのにいつの間にかこちら側に飛ばされていて、不本意な扱いになっている。いくらなんでも理不尽だ。

 ……戻らなきゃ、不本意な扱いのことを知らずにいられるのかな。

 そんな思いが、ふと頭をよぎった。けれどすぐにそれを否定する。

 いやいや、こんな死が近くにあるような世界で生きていける自信ないって。

 早く戻る方法を探さなきゃ。

「うーん……」

 どちらにせよ、あまり気乗りしない。

 なんでこう、微妙な2択を迫られているんだろうなぁ。

 複雑な思いを抱いたまま、湯船から上がり体を拭く。布も、ありがたいことに綺麗なものを使わせてもらっている。服も綺麗なものだし、本当に至れり尽せりだ。

 補佐官に任命されていなければ、こっちのほうが良い暮らしをしているかもしれない。

 補佐官……なにすればいいんだろう、補佐官……。

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