感情の行く末
「彼女が、新たに補佐官となる者だ」
ほ、本当に私は補佐官になっちゃうんだぁ……。
どこか他人事のように、今の状況のことを考える。だって、他人事にしか思えない。クライヴなんてすごい人の補佐なんて、出来るわけない。お飾りにもほどがある。
そもそも、今起こっていることのすべてがあり得ない。視界に映っている全員、これまでは2Dのイラストでしか見たことなかった人たちだ。そんな人たちが本当に存在する世界にいて、しかも同じ部屋の中にいて、現在進行形で見つめられている。一体どんな状況だっていうんだろう。
もう本当に、ずっとわけがわからない。
「クライヴ。紹介を」
「えぇ」
クライヴが、こほりと咳払いをする。
「彼女の名はハイネ。僕の補佐官だ。以後、よろしく頼むよ」
向けられている視線に対し、私は軽く会釈をした。先程の王に対してしたものと、同じ行動だ。ここまで咎められなかったから、多分大丈夫だろうと思ってのことだ。
これがやっぱり無礼で後で処刑される可能性もなくはなかったが、それならば王に接している時点で運命は決まっているので、今更だろう。
なんとなく、覚悟が決まってきた気がする。無表情になれてるかは、全然分からないけど……。
いや、分からないわけない。
無表情になんて、なれるわけない!
あーもう! 死にたくないなぁ!
「わー、よろしくお願いしますー!」
「かわいい子だねぇ。かわいい子が増えるのはいいことだ」
「ですよねー!」
心の中の嘆きをかき消すように、ピアさんとヨリさんから温かい言葉がかけられる。それに返すための言葉が喉からうまく出ていかない。せめて姿勢だけでもと思い、ペコペコと頭を下げた。それに対しても2人は、ニコニコと笑みを返してくれる。
て、天使かな……?
すごく嬉しくて、安堵のため息を吐き出してしまいそうになる。
けれど……あ、やっぱり。
ヨリさんの言葉で、サザミから向けられる視線が殺意に変わった。
それもそうだろう。彼女とヨリさんは恋仲なのだ。ヨリさんは怒られるって分かってるのに、こうやって女の子を褒めだす。一種の様式美というか、信念みたいなものを持っている人だ。まさかそれが、自分に向けられるとは思わなかったけど……。
って、ん!?
よく考えると、私かわいい子認定されてる!?
そんな、まさか!? 現実では、お母さんにしか言われたことないんだけどな!?
「失礼ですが、リランプト様」
「どうした、サザミ」
「少し話を聞いていただけないでしょうか? 私のもとに、彼女に関するとある情報が入っています」
暴走を始める私の頭に、サザミの声が入る。
私に関する情報って、なに……?
「ほう?」
「彼女を昨日に見かけたものによると、彼女ーーハイネは、見たこともない服を身に纏っていたと」
その言葉に、一瞬にして背筋が冷たくなった。
「……つまり、何が言いたい」
「彼女は異界から来た者だと、私は主張します」
「そんな!?」
私が混乱している間に、違う方向からもまた混乱をもたらされてしまった。そのせいで、口から驚きの言葉が出る。言葉が出るってことは、表情も驚いているってことなんだろう。
クライヴの言いつけは守れてないし、私は異界から来た者だと疑われている。最悪の状況に、手先が冷たくなっていくのを感じる。このままだと処刑よりも前に、気が狂って死んでしまいそうだ……!
「この動揺を見てください。それだけでも、己が異界から来た者だと主張するようなものではないですか。それに威厳もな」
「あぁ、サザミの主張は分かった」
「く……」
リランプト様が、サザミの主張を遮る。遮られたサザミは苦虫を噛んだような表情をしていたけれど、同時にこちらに対して勝ち誇っても見えた。
どうだ、それ見た事かと、視線が物語っている。
そんなにクライヴが恨めしいんだろうか?
クライヴは、どれだけの悪行を……?
「どうなんだ、クライヴ」
しかし、そんな悪行をしているかもしれないクライヴに私の命運は託されている。どうにかなりますようにと願いながら、彼の返答を待つ。
彼の口は、思っているより早く開いた。
「そうですね。彼女の言うことは正しいです。異界からやってきた彼女を、僕が保護しました」
彼は、そう素直に白状した。
え、ここ、素直になるところだった……?
脳内でギロチンの刃がきらりと光った。……そういえば、この世界の処刑器具ってなんだろう? 処刑を思わせる描写はあったはずだけど、全年齢対象ゆえに直接的な描写はなかったから気になる……。
いや、それどころじゃない!
「やっぱり!」
鬼の首を取ったように、サザミが声を上げる。
「そんな人間を補佐官にするなんてお前、何を考えているんだ! ちょっと私達よりも強いからって、そこまでの権限があると思うなよ!」
「静かに」
声を荒げるサザミに対して、リランプト様はあくまで冷静だ。周りもまた冷静であり、ヨリさんだけがやれやれと首をすくめているようだった。
……サザミが知っていて彼が知らなかったとは思えないから、分かっていたんだろう。それなのにあんな態度を取るなんて。もしかして油断させて失言させるためだったりするのかな? 策士なだけあるかも。油断出来ない……。
「クライヴの主張を聞こう。サザミに対して、どう弁明する?」
「僕は、彼女に将来性を感じたまでです」
「将来性というのは、具体的にどういうものだ?」
「僕の人生を変えてくれる存在になるだろうという、期待です」
「彼女のどこに、そんな期待を抱いた?」
「分かりません」
すごく曖昧な主張に、分からないという言葉。
私の頭の中で、ギロチンの刃がゆらゆらと揺れている。それは先程までの第三者目線とは異なり、目の前の出来事のように思えた。
ギロチンが、ゆっくりと近づいてきている……。
「けれど、この地に生きるものに対して感じることのなかった感情です。僕は、この感情の行く末を見届けてみたい……そう思っています」
そんなこと、思ってたんだ。
それとも、これはただの詭弁?
私には、どちらとも判断が出来ない。
そこでクライヴは、こちらに対して微笑んだ。
すぐにリランプト様の方に向き直ったけれども、その笑みは脳裏に焼き付く。
だって、すごく儚くて。まるで、彼の……。
「どうでしょう、リランプト様。もちろん、すべて私の我が儘に過ぎないと言われればそれまでです。お気に召さなければ、彼女と共に処刑なりなんなりしていただいても構いません」
「私が、そんなことでお前を手放すとでも思っているのか?」
「思っていませんが、まぁ、そうですね。今更、彼女のいない世界に存在したくはありませんから」
しばらくの、沈黙。
誰も、言葉を発しようとはしなかった。それだけ、彼の発言は異質だったのだ。向けられた私からしても、背筋が凍るような思いだった。
だって、今更彼女のいない世界に存在したくないだよ。なに? プロポーズでもされてるの、私?
これも詭弁だとしたら、クライヴのことがより一層怖く思える……詭弁じゃないとしても、同じくらい怖いから考えるだけ無駄かな……。
「良いだろう。異界の者であれなんであれ、使えるものであれば使えば良い。こちらの者であっても逆らう者は逆らうというのだから、何の変わりもないだろう」
それもそうだ。
だからこそ、革命軍という存在がいる。そんな彼らによって『カレルドアレンズ』という物語が紡がれたから、私はクライヴをはじめとした王国軍の人々の存在を知ることになったんだし。
「ハイネ」
「は、はひぃ!」
声が裏返ってしまった。恥ずかしい……。
けれどリランプト様は、そんなことは一切気にしない。ただ真っ直ぐに、私の目を見つめてくる。
その瞳は、本当に美しい。それも、ただ美しいだけじゃない。なんていうんだろう、生き生きしているっていうか、キラキラしているっていうか……とにかく、綺麗なことに変わりはない。
そんな瞳に見つめられて、私は硬直する。一体、何を言われるのだろう。
「お前は私を、そしてクライヴを裏切る気があるか?」
リランプト様の声だけが、部屋に響く。
ああ、そうか。ゲームじゃないから、BGMなんてものはないんだ。リランプト様の専用BGM、荘厳なピアノ演奏があって結構好きなんだけど……今はそれどころじゃない。
「わ、私はですね」
見つめられた私は、その問いに答えるために口を開くしかない。
「本来ならばただ死ぬしかなかったところを彼に救われました。その上、衣食住のすべてを保証していただいています。とてもじゃありませんが、裏切れません」
「そうか。ならば良い」
「え」
私の言葉を、リランプト様は即座に信じてくれた。信じてくれないよりはずっといいけれど、それにしたって信用しすぎじゃない……?
「しかし異世界から来ているというのに、こちらの言語に異様なほど通じているな?」
……言われてみれば、確かに。全く言葉が通じなかったとしても、おかしくなかっただろう。それなのに、私は何もせずともクライヴと話せた。
そして、ここにいる。
「それは……分かりません」
「そうか。おそらく何らかの力が働き、ハイネを生かそうとしているのだろう。面白い」
そこでリランプト様は立ち上がった。何事かと思えば、すぐにその身が私の目の前に現れる。目の前に来られると、威圧感がすごい。
「存分に働いてくれ」
そこで手を伸ばされた。握手を求められているのだと分かった私は、恐る恐る手を差し出す。握られた手はとても大きくて無骨で、力強そうだった。けれど私を握る力は優しく、彼の寛容さをうかがわせた。握り潰されなくて良かった……。
やがて手を離され、リランプト様は元の席に戻られた。
やや温かくなった手を、もう片方の手で支える。
嫌なドキドキが止まらない。
「それでは、他に何もなければそのまま解散してくれ。お前たちの道に、幸運あれ」
「ありがとうございます。それでは、執務のほうに戻ります。王の道に、幸運あれ」
クライヴは真っ先に動き、そのまま私の温かくなった方の手を取る。引かれるまま、その部屋を後にした。扉が閉まる直前に見えたサザミの顔は、とんでもなく恐ろしいものだった。悲鳴を堪えたまま、城を急足で出て行く。
「お疲れ様」
クライヴはただ一言、そう言ってくれた。
本当に、疲れました……。
○
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