集合

 彼が示したのは、素朴な木の扉だった。

「え……?」

 玉座のある部屋へ向かう道順ではないと、分かってはいた。けれど、ゲームで通ったものとは違う道を行っているのだと思っていた私は、呆然とする。

 この先に、王が? そんなまさか。

「ここは、一体?」

 王への謁見は緊張するけど、行くはずだった場所に行かないというのもモヤモヤしてしまう。やり場のない気持ち、というか。

 けれどクライヴは、ここに来るのが当然というような顔をしている。

「王の書斎だよ。歴史書には、流石に載っていなかったのかな」

「あ……」

 城自体に攻撃を受けたせいで壊滅的ではあったけど、書棚自体は残されていたので分かる。

「書斎自体は、載ってましたけど……何故今、ここに?」

「王は常に仕事に追われていて、ここに籠りきりなんだよ。今回は特例で集まりを設けてもらったから、ここですることになっているんだ」

「この先に、王が?」

「そうだよ、驚いた?」

「そ、そうですね、少し……」

 どうやら、そのまさかだったらしい。少しどころかかなり驚いているのだが、王という職務であればそうなるのかもしれないと納得する。

 ゲーム内では玉座で待ち構えていたので、それとの落差に驚きを隠せない。けれどあれはもう、一国の緊急事態だったわけだからなぁ。それに、普段は人目のつかないところにいたいという思いもあるのかもしれない。全部想像でしかないけど。

「……覚悟は、いいかな」

 真剣な顔でされるクライヴの問いに、私はためらいながらも頷いた。

 無表情で居続けられる自信は、正直ない。でも、処刑されためにも頑張ろう。これを乗り越えれば、殺されにくくなるらしいし。

 むしろここで死んだんなら、そういう運命でしかないんだろう。

「行くよ」

「はい」

 そんな惨たらしい運命じゃないことを心中で祈りながら、クライヴが扉を開けるのを見守る。

「クライヴとその補佐官、参りました」

 開けたと同時に、そう彼は言った。中からは、ペンを走らせる音が聞こえてくる。

「おぉ、クライヴか。入れ入れ」

 王ーーリランプト様の声に、思わずドキリとした。この人もまた、ゲームと同じ声だ。それも、誰もが認めるであろう渋い美声である。声だけで言えばこの人も好きな部類に入るので、表情が崩れてしまいそうだ。落ち着け、私。それどころじゃないんだから。落ち着け……。

 先にクライヴが入るかと思って止まっていたけれど、促されたので私が先に入る。

「し、失礼します」

 思いがけず、声が震えてしまった。咄嗟にクライヴのほうを見つめてしまったが、クライヴは大丈夫と口の形だけでこちらに伝える。

 本当だろうか。気が気じゃない。

 けど、震えてしまうのも無理はないだろう。だって、ゲームでは絶対に伝わらない『王のオーラ』というものを入った瞬間に感じたのだ。この人は人の上に立つ者だと、肌で感じさせられるような……そういうオーラだ。現実で普通に生きていたら、味わうこともないだろう。それを食らってしまった私は、まさに蛇に睨まれた蛙になってしまった。いや、彼と比喩するんなら蛙以下かもしれない……。

「この娘が、例の補佐官となった者か」

「えぇ。ハイネと申す者です」

「そうか。聞き慣れぬが、良き響きの名だな」

 ふと、リランプト様と目線が合った。なにもしないわけにはいかないだろうと判断し、軽く会釈をする。何か言葉を発しようともしたけれど、何を言えばいいのか分からなくてやめておいた。会釈だけというのも失礼かもしれないけど、下手なことを言ってしまう確率のほうが高い。日本での常識が、非常識に当たるかもしれないし……! 

 行動の1つ1つをするたびに、ガラスに傷が入っていくかのような感覚がある……。それは私の心でもあり、尊厳でもある気がした。

 そうこう思っている間にも、手に入る力が強くなる。そろそろ手のひらに爪の痕がつくかもしれない。けれど意識が興奮しているからか、自然と痛みは感じなかった。後でめちゃくちゃ痛くなるんだろう。嫌だなぁ……。

「ハハハ、そんなに緊張せずとも良い」

 追い詰められている私に対し、リランプト様は微笑んでくれた。不意打ちに、顔が崩れる。

 ヤバい!と思って一瞬で顔をシャキッとさせようとしたが、それもすべて見られている。どうしたものかと、視線だけが彷徨ってしまう。

「愛い者だな」

 けれどそんな私を、リランプト様はそう評した。この人は、皮肉なんて言わない。それが分かっている私は、体の中が燃え上がるような感覚を覚える。

 熱い、恥ずかしい、熱い!

「補佐官を置かないと豪語していたお前が連れてくるのだから、よほど優秀なのだろうな」

「もちろんですよ」

 クライヴは、穏やかな顔で嘘を吐いた。そんな嘘はすぐにバレる!と言いたくなったし、一瞬で背筋が凍ってしまったけれど、無表情でいろと言われている。

 ここにきて頑張って、すべての感情を飲み込んだ。

 というか、今の私は無表情になれているんだろうか? さっきで明らかに崩れてしまったけど、元に戻ってる?

 疑問には思うけれど確認するわけにもいかないので、自分の表情筋を信じるしかない。それに、まだ殺されてないから大丈夫だろう。

 ……終わってから見せしめとして殺されたりとか、あるかな? だとしたらもう、逃げられないなぁ……。

「アーティとその補佐官、参りました」

「失礼しますー」

「あぁ、入ってくれ」

 別の入り口から、他の人が入ってきたようだ。

 アーティ……! 心優しい、復讐鬼……!!

 人気投票では毎回主人公と1位を争い合っているほどの人気キャラクターだ。キャラデザはまさしく闇を背負っている剣士であり、初見でハートを撃ち抜かれた人も多いと聞く。私は撃ち抜かれなかったけれど、彼のエピソード自体は良いものに違いない。亡き家族と妹のために戦っている彼の思いが明かされるシーンは屈指の名エピソードとして語られている。連載が始まったばかりの彼が主人公となっているスピンオフ漫画もあるが……読めなくなってしまった……。

 しかしそんな彼と対面している時点で、スピンオフ以上の心情を感じられる、かもしれない。クライヴが誰とも仲が良くないはずだから、感じられないかもしれないけど……。

 だって、だからこそ私はサザミの部下に狙われてしまったわけだし。これから彼も来るのだと思うと、ちょっと憂鬱だ。いくら殺されないようにと手筈を整えたところで、死ぬときは死ぬだろう。

 ……そういうことを考えるのは、よそう。

 じゃないと、身が持ちそうにない……。

 アーティの隣にいるのは、彼の補佐官であるピアさん。冷酷に徹しようとしているアーティの真意を察し、有り余る母性で包み込んでいるようなキャラクターだ。遠目からでも、たしかな母性を感じる。

 っていうか、かわいい。知ってたけど、かわいい。ヤバい。……ニヤケそうになるのを、必死に堪える。こんなにもかわいくて味方には慈悲深いのに、攻撃魔法が強くて敵には容赦しないという面もある。ギャップ萌えというやつだ。容赦しないから、苦しめられた記憶もあるけど……。

「珍しいな。お前が緊急で皆を呼び寄せるなど」

 わ、アーティから話しかけてる。それだけクライヴの行動が、意外なのかもしれない。

「珍しいもなにも、初めてだよ」

「……そうか」

 訪れる、沈黙。これは、やはりクライヴが避けられているんだろうか。それとも、単にアーティがそれ以上のことを詮索するつもりがないだけなんだろうか。アーティって身内にしか興味がないところがあるから、後者の可能性も充分ありえる。分かんないけど。

「サザミとその指揮官、参りました!」

 その時、扉を力強く開けてサザミが入ってきた。その勢いに思わず、肩が揺れてしまう。この人が、私を殺そうとしたのだ。そう思うと、顔が引きつる。怖い。

「……」

 そう思っている時に限ってというかなんというか、彼女と目があったような気がする。すぐに逸らされたけど、すごく鋭い視線だった。怖すぎる……。

 ううう。まったくもって、無表情でいられてない気がする。ずっと無表情でいるなんて酷だけど、死にたくないししっかりしなきゃなのに。

「補佐官のヨリ、参りました〜」

 サザミが開いた扉をゆっくりと閉めて後から現れたのは、ヨリさんだ。ニコニコしてるけど、この人も怖い人だからなぁ。

「おぉ、良かった」

「何がですか?」

「クライヴと仲の悪いお前のことだから、来ないかと思ったからな」

 リランプト様の言葉に、サザミの口がピクリと震える。きっと、冗談でもそんなことを思われるのが嫌なんだろう。自分の忠誠心が疑われているよう、っていうか。多分そんな感じだ。

 けれど彼女は、すぐに笑顔になった。どこかぎこちなさを感じるけれど、笑顔は笑顔だ。

「何があれど、王に呼ばれていながら参らないなんてことはありえませんから」

「ハハ、そう願っているよ」

 微笑んでいるリランプト様は、伸びをしながらその場で立ち上がる。

「……さて」

 微笑みが一瞬にして、冷徹な表情に。

「それじゃあ、クライヴの補佐官になった者を歓迎しようか」

 リランプト様の視線がこちらに向くのにつられて、この場にいる全員の視線が私に向けられた。

 い、いたたまれない……!

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