王へ至る道
「これ! 補佐官の服じゃないですか!」
時間がないという言葉のせいで着るしかなかったけど、本来なら私みたいな人間が軽々しく着ていいものじゃない。補佐官はたしか、将官が認めた優秀な人しかなれなかったはず……!
それなのにクライヴは、これを手渡してきた。そして、私に着るように促している。というか、着させてきた。
本当に! わけが分からない!
「そうだよ。キミは今日から、僕の補佐官だからね」
興奮状態の私とは対照的に、平然と言ってのけるクライヴ。その手にはクロワッサンらしきパンがあり、口元に若干食べ残しが付いている。彼のすごく日常的な姿にも、今は感情をかき乱されるんだけど……!
なんでちょっと茶目っ気を見せてくるわけ!? 残虐な敵将とは!?
言いたいことは沢山あったけれど、沢山あり過ぎて口の中でつっかえてしまった。なにも出ていかず、ただただ悲鳴のようなものが口からは漏れ出ている。
「ひとまず、食事を摂られてください。ゆっくりしている暇はありませんから」
そんな言葉とともに、ノワさんが椅子を引いてくれた。
こんなに急かされるなんて、本当に時間がないようだ。テーブルの上に並べられているクロワッサンを手に取る。昨日も食べたから分かっていたけど、本当に美味しい。
「ノワ……さんは、一緒に食べないんですか?」
それから、気になることを問いかける。
クライヴには最初呼び捨てで接したのにと思いつつも、見慣れない人なので思わず敬称を付けた。
「彼は下僕だからね。そういう権限を持ち合わせていないんだよ」
下僕という言葉に反応して『もっといい呼び方があるだろ……』とごちたのが、私にも聞こえた。となるとその発言はクライヴにも聞こえているんだろうけど、彼はわざと無視しているようだ。本当に聞こえていなかったら、もしかすると都合の良い耳なのかもしれない。
しかし、下の立場だから一緒にご飯を食べられないっていうのなら……。
「あの」
「うん?」
「そうなると、補佐官になる私もダメなのでは?」
「そんなわけないだろう? キミはキミだよ」
「は、はぁ」
彼があんまりにも真剣な顔で否定するので、私はそういうものなのかと思うしかなかった。そんなわけないんだ……そうなんだ……。
しかし、そこで私は朝から自分が感情的になっていた原因を再び思い出してしまう。
「って! だから、なんで私が補佐官なんですか!?」
思わず立ち上がり、そう叫んだ。だって、だって……こんなのあんまりだ!
「食事は落ち着いて摂るものだよ」
「そうかもしれませんけど、これは落ち着いていられません!」
「食べてから説明するよ。となると説明するための時間も欲しいから、早く食べてくれないかい? あぁ、もちろん感謝は忘れずにね」
真剣な顔のまま、クライヴは皿から1つのパンを取り、こちらに差し出してくる。そのパンは、昨日の私が気に入ったものだった。
「あまり多くは食べられないから……もしもお腹が空いたなら、帰ってからまた作らせよう。それでいいかな?」
引き続きあまりにも真剣な顔でそう言うので、私が間違っているような気がしてきてしまう。けれど早くしなければ、説明の時間すらなくなってしまうかもしれない。
「……創造主に感謝を」
私は割り切って、手を組んだ。そして、クライヴの手からパンを貰い受ける。そんな私に、クライヴはニッコリと微笑みかけてきた。
「うんうん。食事の作法も様になってきたじゃないか」
「そうか……?」
「はい、減俸」
「……クソがよッ!!」
「不敬で更に減俸されたいの?」
「敬われるような人間になってから言ってくださりませんかねェ!」
目の前で繰り広げられているやり取りのことを気にしないようにして、パンを口にした。
目の前にあったリンゴのような果物にも、手をつける。これも昨日、私が気に入って食べていたものだ。近くに置かれているのは、意図的なものなんだろうか? 分からないことばかりだ。
「……よし」
元々そんなに朝から食べるほうじゃないから、このくらいで問題ないはずだ。
「説明、してくれますよね」
私は彼の方を向いて、立ち上がる。お茶を飲んでいる途中だったクライヴはそれを一気に飲み干し、同じく立ち上がった。そして、私のほうへ近づいて来る。
「もちろん。それじゃあ、行こうか」
「いってらっしゃいませ」
引かれる手。移り変わる周りの景色。
いつの間にか目の前には、ビュリドラ城があった。ゲームでの、最終決戦の地。私の手には、自然と力が入った。クライヴの仕事場だろうと思っても、どこか禍々しく感じてしまう。お城を彩っている彫刻自体は、とても美しいんだけどな。
「ここから、歩きながら説明するよ」
言うが早いか、歩き出してしまう。おそらく私に合わせた歩幅ではあるものの、彼のほうが速いものは速い。置いていかれないように背筋を伸ばしながら、一生懸命足を動かす。
平常時のお城の中は、日本でいうお役所のようになっていた。こちらを見てくる視線が多いのは、クライヴがいるからだろうか。それとも私が、補佐官の服を着ているからだろうか。……多分、どっちもだろう。気にしないようにしないと、身が持ちそうにない。
「中までは、魔法で入れないのですか?」
クライヴの屋敷の中には入れていたのにと思いながら、現実逃避の一環として問いかけてみる。
「入れるのは入れるよ。けど魔法で王の元に向かうのは、失礼に値するからね」
「そうなんですね」
そんな異世界的マナーがあるんだ。今は魔法が使えないから大丈夫だけど、万が一の時のために覚えておかなくっちゃ。
……ん?
「今、王とおっしゃいました?」
「そう。今から僕らは、王と謁見するんだよ。それで、キミを僕の補佐官として紹介する」
そう言われて、立ち止まらなかっただけ褒めてほしい。下手をすれば立ち止まって、そのまま足を崩していたかもしれない。
「そ、そ、そ」
「そ?」
そうはならなかったけど、開いた口が塞がらなくなった。こんなことって、あるんだ。知りたくなかったなぁ……。
「そんなぁ!?」
王との謁見なんて、最重要難関イベントにも程がある! 異世界に来て2日目に行われるものじゃない! まだマナーの1つも知らないっていうのに!
っていうか、そうか! 王のところに向かってるから、道を進むごとに人が少なくなってるんだぁ! 気付きたくなかったなぁ!
現実逃避のための質問だったのに、よけいに酷いことになっちゃったよ!?
「何か間違えば即処刑じゃないですか!?」
「そうだよ。だからキミは、何もしないでほしい」
「何も、って……」
「無表情で、僕の隣に立っていればいいから」
「そ、それが一番難しくないですか……?」
恐怖で顔を引きつらせてしまうかもしれないし、突然の何かに吹き出してしまうかもしれない。私はそんな、スパイみたいにポーカーフェイスにはなれないと思う。それは出会ってから短いクライヴにも伝わってるはずなんだけど……。
「そうかもしれない。だけど、してもらうしかないんだ。これはキミのためでもある」
「私の……?」
「キミを補佐官にしたら、気軽には手を出せなくなる。それは僕という護衛がいるからではなく、殺すという行為に及ぶことすら躊躇させられるという意味だ」
「……というと?」
「王が認めた人間になれば、少なくとも王に傾倒する人間は手を出してこなくなるだろう?」
「な、なるほど……」
私の身の安全が一応は確保出来ると思ったから、補佐官にしようと思ったんだ。
だとしたら、今までで一番やり過ぎな気もする。せっかくの貴重な役職の枠を、私で潰してしまうなんて。
もちろんそう出来るだけの力があることは分かるけど、それにしたってめちゃくちゃだ。
「本当は今度ある定例会で紹介しようと思ったんだけど、もうすでに刺客が向けられただろう? だから、急遽席を設けてもらったんだよ。流石の僕でも、それに遅れるわけにはいかないからね」
「……」
「分かったかな?」
「あ、はい……」
めちゃくちゃにめちゃくちゃだ。もうなんて言えばいいのかも分からない。というか感情がこれ以上振り回されるのを拒否しているのか、落ち着いてきたまである。けれどここに来るまでに歩く以上の疲れを感じてしまったので、虚無の表情になるかもしれない。虚無の表情は無表情とは言えないだろうしなぁ、どうしたものか……。
「……そもそも、なんで私って狙われてるんです?」
昨日の男は、私が転移者だとは知らないようだった。というか、クライヴしか知らないだろう。それなのに狙われる理由が分からない。
「それは僕が恨みを買ってるからだね」
「げ、元凶が護衛!?」
「クハッハッハッハ!」
彼は高らかに笑う。明らかに笑い事ではないのに、すごく楽しそうだ。なんだろう。私を守ってくれているにもかかわらず、困らせる程度のことは積極的にやってくるなぁ……。だから余計に読めないんだよ……。
「とはいえ、これほど心強いこともないだろう?」
バチンと、まるでアイドルのようにウインクを決めるクライヴ。
あぁもう、そういうところが良くないんだ。
「それはまぁ、そうかもしれないですけど……」
目線を逸らしながら、何も感じてませんよというのを必死で主張する。
「怖いものは怖いですけどね……」
なんたって、この人が元凶なんだから。けど、そんなことも言ってられない。
か、完全に弱みにつけ込まれている。
どうにかして、この依存状態を変えなきゃいけない。
「さて。着いたよ」
先を歩いていた彼は、とある場所の前で立ち止まった。
今はとりあえず、生きることを最優先にしよう。
「ここは……」
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