頭を撫でる手
安心したとはいえ、その安心をもたらしたのはクライヴの凶悪性だ。結果的には、全然安心できない。それに、今はそんな凶悪な人間に抱きつかれているのだ。さらに言うと、それを知らない男の人に生温かな目で見つめられている。
本当に、誰だろう。見たことない顔と服だ。ゲームに出ていたネームドキャラクターは覚えているはずなのに分からないってことは、ゲームには出ていなかった人なんだろう。この期に及んで、重要そうだけど知らない
なんなんだろう、この状況。ツッコミどころが多すぎない……?
「あの、こちらの人は……?」
どれから口にするべきか悩んだが、知らない人に襲われた後なのだ。知らない人を知らないままにしておくのは不安だったので、そう問いかける。
「知らないんだ? まぁ無理もないか。彼は歴史書に記されるような人間じゃないからね」
クライヴは私に抱きつきながら、彼を小馬鹿にする様に笑った。笑い声が顔に当たって、少しくすぐったい。
というか、ずっとこのままだったりする?
痛めつけられてるわけじゃないから、無下にするわけにもいかないけど……男性からこんな風にずっと抱きつかれたことなんてないから、頭が混乱する。まず、どういう意味の抱擁なんだろう、これ。安堵のものだとしても、長すぎやしないだろうか。
けれどさっきまでの状況があったからこそ、人の温かさに触れていると安心出来る。……怖かったのは、間違いないから。
「貴方にそう言われる筋合いはないですよ」
ため息をつきながら、やれやれといったように肩をすくめる。そのやれやれは、私にも向けられているようだった。私は望んでこんな状況になってるわけじゃないんですけど……!?
それにしても……彼のほうが敬語を使っていることからして、クライヴが上の立場なのかもしれない
。けれど、その敬語はどこか軽い。親しいというほどでもないが、ただの主従というわけでもない関係性なんだろうか?
というか、主従なんだろうか? 先輩後輩とか、まさか友達だったりする……?
「とはいえ、今日はもう疲れただろう? 彼の紹介は、明日にするよ」
「えっ」
疲れているのは間違いないけど、このままじゃ寝られる気がしない。せめて目の前の人が誰なのかくらいは、説明してもらいたいんだけど……。
「……それと、明日の予定を変更しても良いかな?」
言葉はいつも通りだったけれど、声色と表情が一気に真剣なものになった。ただならない雰囲気に私は口をつぐみ、静かに頷いた。
私が頷くのを見て、彼は穏やかに微笑む。
「ありがとう。楽しみは、また今度にしよう。明日は忙しくなるせいで、明後日には疲れが溜まっているかもしれないし」
「忙しくなるんですか?」
「忙しいというか……気疲れをするかもしれないからね」
彼はそう言いながら、自然に私の頭を撫でた。
この世界ってそんなにスキンシップが盛んじゃなかったはずだよね、しかもクライヴになるとスキンシップのスの字も感じられないくらいだったよねと頭が確認をしてくる。
しかし現実はこうだ。まさにゲームより奇なり……これ、言葉の使い方合ってるのかな?
「さて。ここじゃあなんだから、部屋を移そう。しかし運が悪いことに、ここ以外にベッドのある部屋が少ないんだよね……」
「そうなんですか」
「残念だけど、僕の部屋で寝てくれないかな? あぁ、僕は警護をするから」
「え?」
そんなことある?
「どうやら警護を頼んだはずの人間も、彼を招き入れた原因の1つらしくてね」
「えっ」
最悪なことになっていた。
「彼女たちも、さっきの彼と同じ処理をしたから安心してほしい」
それについては安心出来ない。地下ってなんのことなのか分からないけど、さっきの男が青い顔でやめてくれ!って叫んでたくらいだし……そもそも地下っていう場所が良くない。絶対、なにかしらの恐ろしいことが行われてるんだろう。
「新しく呼んでもいいけど、同じことを繰り返されたら非常に癪に障るから……あぁ。心配せずとも、僕はキミに手を出したりはしないよ。約束する」
や、約束すると言われても、抱きつかれたままじゃ説得力が薄い。手を出しはしないとしても、こうして抱かれたままということはあり得る。男性に抱きつかれたまま寝るなんて、ハードルが高い。眠れないかもしれない、それは困る。
なんとなく視線を逸らすと、男の人と目が合った。彼はこちらを見ると、にっこりと笑う。その笑顔があまりにもぎこちなくて、私は身震いした。言葉を知らないから笑顔って言ったけど、これは、逆に威嚇だったりするのかな……?
「安心してください。最悪、俺がこの人を殺しますから」
「ほら、彼もこう言ってくれてるし」
言葉は強気だし、クライヴもそれを軽く笑って流している。彼がクライヴを殺すこと自体は、問題じゃないんだろう。つまりどういう関係性なんだという謎が深まるが、今それは置いておこう。
こんな気心が知れてそうな人がいるにもかかわらず、クライヴが1人で戦っているってことは……。
「彼、クライヴに敵うんですか?」
静寂。
クライヴが背中に回していた手を取り、私から離れていく。
あ、今度こそ殺されてしまうのかなと、少しだけ思った。
けれど遅れて聞こえてきたのは、笑い声だった。
「クハッハッハッハ!!」
クライヴは笑った。それはもう、めちゃくちゃに笑った。
出会った時にも笑ったけど、それよりもずっと楽しそうに声をあげて笑う。
声の大きさが癪に障ったのか、うるさいという言葉と共に男の人の拳が振り下ろされる。
しかしクライヴはそれを避け、むしろ男の人を蹴り上げた。さっきの蹴りほどの衝撃はなかったけれど、それでもそこそこに痛そうだ。
現に男の人は、痛そうに悶え苦しんでいる。クライヴはあろうことか、それを見てさらに笑いが止まらなくなったらしい。
彼は笑い続ける。
その時間で私は眠さと疲れが増し、男の人の正体とかどうでもいいから寝たいと思うようになった。
だから、クライヴの裾を引っ張ってしまったのかもしれない。
「……ねむい」
すると、ぴたりと彼の笑いは止まった。
「ごめんね、ハイネ。今すぐベッドに連れて行ってあげるからね」
その手は流れるように、私を抱き抱える。
「え、あ、ねむいけど、あるいていける……」
「そう言わず、僕に頼るといい」
「……そっか」
「そうだよ」
自分で思っていたよりも、疲れが溜まっていたらしい。そこで寝てしまったのか、そこからどうやってベッドに入ったかの記憶はない。ただ、時折頭を撫でる手が優しいなと思ったような気がする。
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