創造主に感謝を
「あぁ、そうだ。上着のボタンを留めておいてくれるかな?」
「あ、はい」
そういえば着たままだった。本当は脱いで渡したいけれど、これを着ないままクライヴ以外の人に見られてしまったら厄介なことになってしまうだろう。
言われた通りに、ボタンを留める。
「でも、ずっと借りているわけにはいきませんよね」
どうすればいいのか分からないから、今のところは借りているしかない。とはいえ……。
「僕としては、それでもいいけど?」
「いやいやいや、これめっちゃ高価でしょ!って、あ……」
お、思わず素で否定してしまった。
「知ってるんだ? そうなんだよねぇ」
でもだって、そうなのだ。この上着って、よくよく見ると上位の防具として見たことがあった。高い防御力を有し、それと同じくらい高い値段をしている。それに防具だから消耗品だ。私が譲り受けるにはもったいない品だろう。それだったら、まだ売ったほうがいいくらいかも……。
って! そうじゃない!
たしかにさっきは不遜な態度でも許してくれるとは言ったけれど、それでもいつ彼の機嫌を損ねるか分からない。
「クハッハッハ……」
そんな私の思惑を外れ、彼は愉快そうに笑っていた。なんでだろう……。どういう笑いなのかすら分からない。
まぁとりあえず、命があるだけ良しとしよう。
「とはいえキミからしたらサイズが合ってないから、不便だろう?」
「それはまぁ、そうですけど……」
「キミが食事をしている間に、大きさが合う服をいくつか見繕ってもらうよ。それでいいかな?」
すごく真っ当な提案に驚く。
「いいんですか?」
「もちろんだよ。これからしばらくは、こちらで過ごすことになるだろうしね」
「……そうですね」
クライヴは頼りになるけど、こちらで過ごさなければならないという事実はとてもつらい。
お風呂とか、流石にこの世界で入れるわけないよね。シャワーだってないし。となると、川や湖で水浴びをすることになるんだろうか。今の時期だと、ちょっと寒いだろうなぁ。かといってなにもしないのも嫌だし……うーん、難儀だ……。
「それにしても、本当に軽いね、キミ」
「そ、そうですかね?」
あまり気にしたことはなかったけれど、そんなにも軽いと言われるとそうなのかもしれないと思えてくる。けれど、モデル体型ってわけでもないし普通なんだけどなぁ。
「まるで、すぐにどこかへ連れ去られてしまいそうだ」
ただでさえ近かった顔をさらに、近づけてそう言われた。吐息が、顔にかかる。
クライヴの顔は本当に真剣で、私の視線を逃さないようにと捉えられる。
今までも抱える手から強さを感じていたけれど、その瞬間により一層強くなった。さらに、その手の先からはじっとりとした熱が伝わってくるようだ。
「……ッ」
私は思わず、一瞬だけ息をとめてしまった。
その行為にときめいたわけではない。どちらかというと、恐ろしさを感じたのだ。
やっぱり、絆されてはいけないんだ。私の直感は、間違いではない……改めてそう思い、どうにかして彼から離れる方法を考えようと思った。
そんな私の心情を察したのか、クライヴはまるで冗談だよと言うように明るく笑い始めた。その明るさすら、もはや怖い。
「さぁ、着いたよ」
告げられ、ゆっくりと下される。
……よくよく考えると、あの階段以外は自分の足で歩いても良かったような? なんでずっとお姫様様抱っこされてるの! しっかりして私! こういうのが絆される原因なんだよ!
「ここが食堂だよ。って……何してるの?」
「喝を入れてます」
「カツ……? よく分からないけど、痛くない?」
「痛いほうがいいんです」
そう言うと、彼は一瞬だけ時が止まったように表情を固めた。かと思えば、何かを察したような笑顔になる。生暖かい目って、こういうのを指すんだろうか。
「……そういう嗜好だって言うんなら、止めはしないけど」
「あ、誤解です! これはちょっと、緩んでる気を引き締めるためというか!」
「うんうん。とりあえずそういうのは、食べながら聞こうじゃないか」
このままだと変な誤解を与えたまま生活することになる! それは避けなければ! どうしよう!
そんな私の思惑を無視してクライヴが扉を開いたとたん、いいにおいがしてくる。においに負け、私は押し黙った。今は食事を摂ることに集中しよう。
中に入って見てみると、テーブルの上には様々な料理が置かれていた。世界観に合った、というかミニゲームの調理で見たことのある洋風料理だ。やっぱりお米はない。当然といえば、当然かもしれないけど。
「キミが食べられるものであればいいけどね」
「そうですね……」
彼のスマートな椅子捌きに乗せられるまま、座らされた。こんな扱い、小学校の料理教室で行ったホテルのマナー講座でしか受けたことない……。というか、ナイフとフォークもそのマナー講座でしかろくに扱ったことがない。大丈夫だろうか? 不安でしかたがない。
私の真正面に、クライヴが座る。テーブルは私から見て横長になっており、私と彼の間には1メートルくらいの距離がある。その間に、様々な料理が並んでいる形だ。
「さぁ、創造主に感謝を」
クライヴは背筋を正して手を組みながらそう言った。
「わ……!」
思わず、感嘆の声がもれてしまう。
それもそのはず。その言動は、この世界でいう『いただきます』にあたるのだ。魔法に比べると細やかではあるが文化に違いがあるものを実際に目の当たりにし、心が踊る。それに倣うように、私も同じ動作をした。
「そ、創造主に感謝を……!」
真似したことがないわけではないけれど、それはただ真似をしてみたいという好奇心によるものだ。実際にそれが礼儀として機能していると知った上で行うと、緊張で手が震える。
不安だったので、合っているかどうかを確認するためにもクライヴのほうを見つめた。
「うん、なかなか様になってるね」
「あ、ありがとうございます……」
安堵でため息が出る。しかし、これはあくまでも礼儀作法の一環だ。食べられるものなのかを知ることのほうが、生存においては重要である。
慣れないナイフとフォークを手にして、目の前にあったステーキのようなものを口にする。
「……お」
心配なのか、彼は何も手に取らずにこちらをじっと見つめていた。
「お?」
「美味しいです! こんなのはじめて食べました!」
味はまさにステーキ!
しかも、多分上質なやつだ!
どうやら見た目と味に、私の想像以上の乖離はないらしい。
「それなら良かった。けど、それ以外のものも食べてみたほうがいい。食べられないものがあったら素直に言うんだよ?」
彼の言う通りだ。もしかしたらこの肉類だけが食べられるのかもしれないと思い、他のものも食べてみる。
ひとまず近くにあったミネストローネっぽいスープと、カルパッチョっぽいサラダを食べた。しかし、どれも見た目と味に乖離はなかった。体に異常が出たりもしていない。
「どれもすごく美味しいです!」
「そう。なら大丈夫そうだね。食べれるだけ食べてくれていいよ。万が一残ったものは、家畜の餌にするから」
「そうですか? それなら遠慮なく」
量が多いことに心配していたので、残ったものは家畜の餌にするという言葉に安堵した。ただ捨てられるよりも、ずっといいだろう。
けれど、彼が家畜を飼っているという事実は初耳だ。ここまできたら、もう驚きはしないけれど。あのゲームの容量に敵将である彼の周辺事情まで収めることは出来なかったんだ。
「今のうちに、聞いておきたいことはあるかな?」
そう言われ、顔を上げる。
聞いておきたいことなんて、いっぱいある。けれどいざ聞こうとすると、色々と頭に浮かんでは消えて浮かんでは消えてを繰り返した。
「クライヴは、なんであんな森にいたんですか?」
最終的に残った疑問を、問いかける。
「私は謎の力であそこに置かれましたけど、クライヴは違いますよね?」
「そこも知らないのかい?」
少し驚いた様子で問いを返される。
「し、知らないです」
しかし、無理もない。この場所は、ゲームに用意されたマップ上にはなかった。あったとしたら草木のせいで、歩くたびに体力が減っていく仕様になってただろうな……。
「キミの世界の作品は、随分と偏った残し方をしているんだね。まぁ歴史書の類なんて、そんなものか」
れきししょ、歴史書かー……。そりゃ、この世界で生きているクライヴがデジタルゲームだなんて思い浮かぶはずもないよね。
そんな崇高なものじゃないんだけど。そう否定するのもはばかられて、そのまま軽く笑った。
私の笑みを肯定だと判断したのか、彼は話を続ける。
「あの森には時々、大型の魔物が迷い込んでくるんだよ。人は滅多に通らないけれど、その先には主要都市の一つであるシエラベがある。それで、時々軍の誰かが討伐に行くんだ。今日は僕の番だったってわけ」
「あぁ、そういうことだったんですね……」
シエラべなら知っているので、納得した。あの大きくて栄えている港町に魔物が直撃したら、ひとたまりもないだろう。
「大型の魔物相手なのに、1人なんですね」
「流石にキミも知ってるだろう? 僕の戦術について来れる人間はいないんだ」
「知ってます。ええ、知ってます……」
この人相手の戦闘に、何度も苦しめられてきたのだ。知らないわけがない。
本当に恨めしくて、一度は本体を投げそうになったほどだ。それを思い出すと、やっぱり今そんな相手にもてなされているという現実がよく分からなくなってくる。再三言うけれどゲームとは性格が違うし、そもそもゲームの世界に私は来ているわけだし、全部わけが分からない。
「なんだい、その反応は」
「いえ、お気になさらず……」
「ふぅん……」
明らかに気になっている表情ではあったけれど、それ以上の追求はしてこなかった。
そこで私はお腹いっぱいになってしまった。
「神に感謝を」
2度目の感謝を告げて立ち上がると、彼もまた立ち上がる。食事もそこそこにいいんですかと心配する私に対して、彼はウインクを返してきた。
「階段、怖いんじゃないかい?」
「……いつか慣れますかね?」
「あぁ、いつか慣れるさ。きっとね」
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