私の名前は

 どう弁解しよう。なんて言えばいいだろう。

 必死に考えてみても、何も思い浮かばない。

 さっきまでの比較的穏やかな表情とは打って変わり、真剣なクライヴの瞳が私をつんざく。返答によっては殺されそうというよりも、探られている視線がかなりつらい。

 それに耐えられなくなった私は、思い切って全てを打ち明けることにした。どうせ私は嘘が下手なのだ。黙っていても喋ったとしても、殺される時はその時だろう。この世界に来てしまった以上、私の命は作中並みの価値しかない。つまり、いつ死んでもおかしくないんだ……!

 変にテンションが上がって覚悟が決まってしまった私は、口を開いた。

「私、武市灰音って言います。灰音って呼んでください」

「ハイネ。いい名前だね。それで?」

「信じられないかもしれませんが……私は、この世界とは別の場所から来ました。来た理由も、手段も分かりません」

「うん、それはきっとそうだろうね。そうじゃなければ、そんな格好でこんな場所を歩いているわけがないだろうし」

「し、信じてくれるんですか?」

「今、キミが嘘をつく理由が思い浮かばない。消去法でしかないとはいえ……信じてはいるよ」

 彼はあっさりと、私が別の世界から来たことを受け入れてくれた。さっきの処刑された人の話もあるし、もしかしたらこの世界では異世界転移して来た人というのは珍しくないのかもしれない。怪しければ処刑されていたから、作中ではそんな話を聞かなかったのかもしれないけど……。

 もうここまで来たら、考えたって仕方ない。

 話を続けよう。肝心の質問には、まだ答えられてないわけだし。

「私の世界には、クライヴ、さん……様の」

 世界観的に様をつけるべきだろうとは思ったけど、様だなんて敬称を普段使うことなんてないからミスってしまった。チラリとクライヴのほうをうかがうと、彼は首を傾げていた。

「別に、クライヴでいいよ?」

「さ、流石にそういうわけには」

 いかない気がする。色々と、立場的に。

「そうだねぇ……」

 彼は顔の輪郭をなぞるように手を添えて、考える素振りを見せた。……この仕草だけで、500人くらいの女性の心を奪っていそうだ。恐ろしい人……。

「僕も将官って立場があるし。だから『今は』いいよってことにするよ。どうせここには、キミと僕しかいないわけだしね」

「……」

 いやいや、本当にここで呼び捨てにしてしまっていいのだろうかと、迷いが生じる。

「どうしたの? 早く続けて?」

 急かされたので、もうどうにでもなれと思い呼び捨てを続けた。

「……私の世界には、クライヴが登場する物語があります」

「へぇ」

 そこで彼は、興味深そうに笑った。

「そこに登場するクライヴは、本当に僕なの?」

「おそらくは……姿形も、声も一緒です。だからこそ、一目見ただけであなただと分かりました」

「声まで伝えられる技術があるんだ、キミの世界には。すごいねぇ」

 私にとっては当たり前のことだったけれど、クライヴの言葉にそう言えばと思わされる。この世界はファンタジーそのもので魔法のほうが発達しているから、電話みたいなものはないんだっけ……。

 けれど今はそこまで重要ではないことだから、頷くに留める。

「だからこそ、私はあなたのことを知っていました」

「うんうん、よく分かったよ。それを城下で話したら、一発で極刑に処されるだろうね」

 いい笑顔で、言うことが恐ろし過ぎる。

 アレかなぁ。魔女裁判とかの時代と価値観は一緒なんだろうか……それとも、現代でも『異世界から来ました!』って人がいたら処刑なんだろうか。そんな人を見たことがないから、判断のしようがないけど……。

 それよりも、私の気になっていることが答えられていない。

「私は質問には答えたので、あなたも質問に答えてくれませんか?」

「あぁ、どうして僕はキミのような怪しい人間を丁重に扱っているか……ってことだったね。簡単だよ。ヒミツさ」

「ひみ……え?」

 そんな大胆に言うことじゃないよね!?

「ヒミツ。でもまぁ、悪い理由じゃないから安心して?」

「全然出来ないんだけど……」

 出来なさすぎて、思った通りの言葉をそのまま口にしてしまった。敬語も外れていたので慌てて口元に手を持ってくるも、既に聞かれていた。彼はやれやれといった様子で、肩をすくめる。

「その敬語も外したら? キミはともかく、僕は気にしないよ」

 敬語を、外す……そこまでいったらあまりにも節操がないのではないかと思うので、念のためやめておこう。友達っていう間柄でもないんだし。

「クライヴは目上の人なので、敬語で話すのは続けようと思います。でもさっきみたいに外れちゃったとしても、許してください」

「キミがそれでいいなら、僕は一向に構わないけど」

 どうしてここまで寛大なんだろう。将官を呼び捨てした時点で、この国の人ならば即座に処されるだろうに。ヒミツにされてしまった以上、聞けないのがもどかしい。いつかは教えてくれるんだろうか……。

 いやでも、とんでもない理由だったらどうしよう。とんでもない理由っていうのが思いつかないけど、それはそれで聞くのが怖いような。

 知らない幸せというものもあるかもしれない。それなら、無理に聞く必要はないだろう。

「そろそろ城下に戻ろう。ほら、手を貸して」

「え?」

 言われるがままに、というよりほとんど引っ張られる形で手を取られた。どうしてと思っていたら、その場が一瞬にして屋内になる。白を基調とした、ほとんど何も置かれてない空間だ。高級感はあるけれど、生活感が感じられないというか……。

 中央にある何も置かれていない木のテーブルが、どこかもの悲しい。

「僕の屋敷だよ。今日の報告に行ってくるから、しばらくの間ゆっくりしておいてほしい」

「あ、はい……」

 どこか名残惜しそうに、手を離される。

 そのままにっこりと笑い、クライヴはまたどこかへ移動した……らしい。

「……すごい」

 最初の回復魔法がそこまで変化を感じられなかっただけに、ここまでの変わりようがあるといやでも放心してしまう。魔法、凄すぎる。

「っていうか、ここまで飛べるんだったらコート羽織らせる必要なかったんじゃ……?」

 怖い話をして、私を怖がらせたかっただけなのかもしれない。だとしたらタチが悪い。

 あれ? でもそうはならないようにとコートを貸してくれたんだから、優しいってことになる……? 

 うーん……優しいって、まずなんだろう? その定義が分からなくなってくる。

「ただいま」

「うわっ」

 音もなく再び現れたクライヴに驚き、思わずのけぞった。

「え、報告は……」

「もう済んだよ」

「早過ぎる……」

「今はキミのほうが気がかりだからね」

「それは、そうかもしれないですけど……」

 だとしても、こんなに早く報告を済ませてしまって大丈夫なんだろうかという思いが芽生える。私のせいでクライヴの立場が危うくなったら、申し訳ない。

「心配しなくても、僕はいつもこんな感じだよ。僕のことを知ってるのに、それは知らなかった?」

「……はい」

 流石に敵将の日々の報告までは描かれていなかったから、仕方がない。

 いつもと同じだと言うのなら、大丈夫なのかな……?

「ふぅん」

 また少し考え込むような素振りを見せたけれど、すぐに目線を上げた。

「部屋に案内するから、ついてきて」

「あ、え、部屋?」

「それとも、僕と一緒に過ごす?」

 心底楽しそうな笑みで、そう問いかけてくる。私は冗談だって分かるからいいけれど、肯定してしまう人もいそうな笑みだ……っていうか知らないだけで、もしかしたら一緒に過ごしている人がいるのかもしれない。まさかのだけど、あり得なくはない。

 常套句だとしたら困るので、ありがたく案内させてもらう。

「いえ、部屋をお貸しいただければ幸いです」

「分かった。階段が急かもしれないから、気を付けてね」

「は、はい!」

 言われた通り、階段は急になっている螺旋状のものだった。予想以上の急さに、これが文明の差なのだろうかと疑問に思う。人間の構造に基づいてなさ過ぎる。

「ぎ、ぎぎ……」

「そこまでかな?」

 彼の手を借りながら、ゆっくりと歩いていく。階との間が広いせいで、階段も長くなっていてとてもつらい。

 でも、こんなことで迷惑をかけられない。急がなきゃ。そう思っているのが足に表れたのか、上まで来たというのに足を滑らせてしまった。

 終わった!!?

 空中でどうにもならないまま流れに身を任せていたら、受けとめられる感覚。どうにか助かったらしい。けど、受けとめてくれるのは1人しかいない。

「良かったね、僕がいて」

「はい……」

 本当に良かった。変なところで死にたくない。

「ごめんなさい。今度こそ気を付けて行きますので……」

 そのまま立て直して、再び昇ろうとする。

「いや、もうこうしたほうが早いね」

「こうした……? って、え!!?」

 も、持ち上げられてしまった。しかもこれ、あの、お姫さま抱っこと呼ばれるやつなのでは……?

 か、顔が近い……美形が視界いっぱいで、心臓に悪い。私が二次元に傾倒したオタクじゃなかったら惚れてたかもしれない。あ、あと元からクライヴ推してなくて良かった。推してたら死んでたかもしれない。

「あ! 重くないですか!?」

 今更になって、大事なことに気付く。平均的な体重だと思ってはいるけれど、こんなことされたら重く感じてしまうかもしれない……!

「そんなわけないだろ。僕のことバカにしてる?」

「え、そんなつもりでは……」

 た、たしかに戦人なんだから訓練の成果で重いものくらい持てるよね。ちょっと拗ねた物言いが、なんかかわい……ん?

「むしろ軽いほうだよ、心配になる。今日の夕飯は多めにしておこうか?」

 あ、ご飯……! 

 これからこちらで暮らしていく上で、かなり大事なことだ。

 ここの世界の料理の見た目は、たしかそこまで現代とかけ離れたものではなかったはずだ。けれど、見た目がよいだけで私のような異世界人の口には合わないものがほとんどかもしれない……魔物の素材とか使うわけだし……。

「……いえ、こちらの食が口に合うかも分からないので遠慮しておきます」

 ぐぅ。

 私の言葉とは裏腹に、お腹は素直に空腹を訴えている。最後に食べたのが朝ご飯で、今見える空の色が赤だから、こちらに来てからもかなりの時間が立っているようだ。そりゃあお腹は空くかもしれないけど、今鳴らなくたっていいじゃん……恥ずかし過ぎる……。

 今なおお姫さま抱っこをされているがために、顔が近い。必死に手で顔を隠すけれど、指の隙間からクライヴと目があった。

 微笑まれる。

「かわいいね?」

 その笑顔は、作中では絶対に見られないだろうものだった。

 ……クライヴ推してなくて良かったーーーーーーーーーーー!!!!!

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