キミがいなかった日々を思い出せない

城崎

あなたの名前は

 ため息をつきながら、ベッドに入る。

 今日は本当に色々な出来事があったせいで疲れてしまった。

「……これからどうなっちゃうんだろう」

 目に入るのは、知らない天井。

 いや、天井どころか、ここにくるまでに目にしたもののほとんどが知らないものだった。

 それもそのはず。この世界は、私が今までいた世界ではない。


 私は今、好きだったゲーム『カレルドアレンズ』の世界にいるらしい。


 そうだと理解したのは、私が主人公たちの敵であるクライヴに遭遇したからだ。その赤い長髪はひどく印象的で、一目で分かるほどだった。

 地獄の戦人・クライヴ。

 主人公たちと敵対する王国軍に所属している、将官クラスの人物。

 そして作中屈指の美形ーーであるにもかかわらず、人を酷い目に遭わせることを好んでいる残虐な性格の持ち主だ。だからこそ一部の界隈では人気があるらしいのだが、私はその残虐さを受け入れられなかった。だって怖いし、私の好きなレクトの悪口言ったし、無駄に硬くて強いし……。

 そんな感じで、良い印象がない。 


 ○


 だから彷徨っていた森で彼に出会った時、私は殺されてしまうと思った。だって、覚えている限りだけでもひたすらに残虐なキャラだったのだ。それに実際に遭遇したら、身長の高さとガタイの良さで威圧感がすごい。熊にでも勝ててしまいそうだ。もはや人間じゃない。

 多分私は、串刺しとかになっちゃうんだ。それか滅多刺し。嫌だなぁ。痛いだろうなぁ。怖いなぁ……。

 どうして最初に出会うのが彼なんだろう。せめてレクトなら、いやもう主人公たち革命軍の誰かなら良かったのに! 

 っていうかクライヴがいるってことは、ここはビュリドラ王国!? 流行りの異世界転移じゃん! 何で私が!? 意味分かんないし、家帰りたい!!

 彼を前にして動かなくなった体を差し置き、頭の中はそんな風に混乱していた。現代日本で生きているせいで殺されるだなんて未曾有の危機に瀕してこなかった私は、本当にどうすればいいのか分からなかったのだ。

 ところが、彼が剣を抜くことはなかった。静かにその場で呪文を唱えている。ならばその呪文で丸焼きにされる!?という私の予想に反して、その手から放たれたのは癒しの波動だった。

 柔らかい光が、私の体を包み込む。それは温かく、感じていた小さな痛みを消し去ってくれた。

「……え、あ、え?」

 真っ先に思ったのは、他人の回復も出来たの!?という感想だった。殺さると思っていたはずなのにそんなこと思い浮かぶ?と、我ながら緊張感のなさに嫌気が差す。

 でも、私にとっては本当に驚きだったのだ。だって作中では、ひたすらに自分の回復しかしていなかった。というか、誰かを伴っての戦いをしていなかったから……。そのせいで知らなかっただけだったとしても、彼の性格を考えてみるとすごく意外だった。

 知らない誰かを、真っ先に回復する。

 それは作中からは読み取れない彼の描写だった。

「手足に傷が見えたからね。これで細かい傷は癒えただろう」

「あ、ありがとうございます……」

 乾き切った口で、なんとかお礼の言葉を口にする。

「ほかに、細かくない傷を抱えていたりするのかい」

「い、いえ。ありません」

「それならいいんだ。それにしても、ここをそんな軽装で歩くとは。愚かなのかなんなのか」

 そこでようやく、彼は作中での彼らしい笑みを見せた。だから私はゾッとした。回復してくれたからと言って、助けてくれるとは限らない。最大まで苦しめるために、あえて回復してくれたのかも。良い人のフリをして絶望に叩き落とすのも、そうやって絶望する人の表情が見たいだけなのかもしれない。彼はきっとそういう人だ。

 ヤバい。どうしよう。

 知らない世界で、誰に看取られることもなく死んでしまう。この上なく嫌な死に方じゃない!? 今まで歩いてきた限りじゃ誰もいなかったから助けも呼べないし、どうすれば……? 諦めるしかないの……?

「はい」

 背中に重い感覚が降ってきた。見れば、彼が着ていたコートがかかっている。

「上着を貸すよ。これ以上、草木に傷付けられたくはないだろう?」

 それもそうだ。ここは草がやたらと生えていて、制服のスカートと靴下の間の肌や半袖から出ている腕に小さな切り傷がたくさん出来ていた。ちょっととはいえ、かなり痛くはあったし。

 それを回復してくれて、尚且つこれ以上傷付かないようにと配慮をしてくれる。

 イメージと違うクライヴの対応に、私の脳内は混乱とキャパオーバーを訴え続けていた。だってそうだろう。残虐なイメージの人が、こんなにも思いやりに溢れているのだ。それに、そもそもここは異世界かもしれないときた。生きている心地がしない。

 そのせいで固まっていたら、何を勘違いしたのかご丁寧にもコートを着せてくれた。着せてくれる時に触れた手は、いかにも武器を手に戦っている人という感じで武骨だった。あれ? 武骨の武ってそういう意味じゃないっけ……まぁいいや。

「思っていた通り、足まで隠れたね。良かった良かった」

 彼の身長に合わせて作っているおかげか、彼の言葉通りになった。

「それに、その格好で城下にいると怪しまれるだろうからねぇ。つい先日も……あぁ、あんまり怖がらせることは言わないほうがいいかな?」

 くつくつと喉を鳴らして笑っている。嫌な予感がするので、念のために詳しく聞いてみる。

「何かあったんですか?」

「知りたいのかい? それなら止めはしないよ。……つい先日、キミと似たような格好をした男が突然城下に現れたんだ」

 異世界転移した男子高校生のこと……なのかな? だとしたら、私以外にもそういう人がいるってことだ。それはかなり心強いかも。どうにかして、接触をはかれないかな?

「それで、その男はどうなったと思う?」

 しかし、後に続く言葉にやっぱり嫌な感じがした。

「……勇者として旅に出た、とかですか?」

 私としても、どうしてそんな言葉を言ったのかよく分からない。けれど口をついて出た言葉がそれだった。

 いやいや、ラノベじゃないんだからとツッコミをしたけれど、よく考えると異世界に転移している時点でラノベだ。もしかしたら可能性としてはゼロじゃないかもしれない。それだったら接触困難で、結局どうにもならないしね……。

 それで、答えはなんなんだろう?

「結局、その人はどうなったんですか?」

 何も言わないクライヴを不自然に思い、様子を伺ってみる。すると彼は、呆然とした顔で立ちすくんでいた。

「……」

 呆然としている顔も、美しい。思わず見惚れてしまいそうになった。普段の私は実写化や2.5次元のことをあまり好んではいないが、この世界で見る彼の場合は別だ。文字通りに次元も格も違う。本当にクライヴその人なのだ。作中屈指の美形であるクライヴなのだから、そりゃあ見惚れてしまうに決まっている。でも、なんでこんなに呆然と……。

「ククク……」

 不思議に思っていたら、急に堪えるように笑い始めた。

「クハッハッハッハッ!!」

 けれど堪えきれなかったようで、口を開けて大きな声で笑っている。その笑い声はとあるルートのバッドエンドを思い出させて、私は恐怖に陥った。

 油断している場合じゃなかった……!

 この場で主導権を握っているのは彼なのだ。彼の機嫌を損ねるようなことは言ってはいけない。

 拷問。晒し首。

 頭の中を、そんな言葉が駆け巡る。

「あ、えっと、変なこと言ってごめんなさい。お命だけは……」

 なんとか回避しようと、命乞いをしてみる。けれどその言葉は笑っている彼には届いていないようで、なんとも言えない空気を私だけが味わった。

「いやいや、本当に失礼したね」

 しばらくすると、彼の笑いは収まった。けれど口元には未だに笑みが張り付いている。その笑みが怖くて、再び命乞いをした。

「変なことを言ってごめんなさい。お命だけは助けてください」

「え? 殺すつもりなんてないよ?」

「え?」

 呆気なく返されて、思わず聞き返してしまう。

「だから、殺すつもりなんてないよ」

 はっきりと彼は、そう言った。その瞳からは『どうしてそんなことを聞いてくるのか分からない』という思いすらうかがえたので、私は全身に入っていた力を少しだけ抜いた。

 あんまり信用しすぎるのもよくないだろうが、本人が殺すつもりはないと言っているんだ。彼は残虐ではあるけれど嘘をつくとは思えないので、当分の間は心配ないだろう……いや、どうだろう? 作中と違いすぎるから、もうよく分からない……。

「殺すと思われていたから、むやみやたらに怖がられていたのかい? そんなに僕の見てくれは怖いのかなァ」

 すごく嫌そうに、自らの姿を見つめ直すクライヴ。その顔がなんだか幼くて、少しだけ笑ってしまった。

「いえ、見てくれはそこまで怖くないです。むしろ美しいっていうか……」

「そうだろう?」

 一瞬にして、瞳がキラキラと輝きはじめる。

「両親のことはこの姿で産んでくれたことだけ感謝してるんだ」

 瞳の輝きと言葉から感じる闇の深さのギャップがすごい。

「両親……」

 クライヴの過去は、作中で語られることはなかった。彼は、両親と何かあったせいであんな風になったんだろうか?

「話を戻すけれど、どうして勇者になったと思ったんだい?」

「あ、えと」

 思わず口をついて出ただけだから、特に理由があるわけじゃない。なんて言えばいいのか分からずに、口籠る。慌てる私とは対照的に、クライヴは落ち着いた様子で話を聞いてくれている。

 本当に、敵対心が感じられない。安心しても、いいのかな……?

「そういう話が、私の住んでいたところでは流行っているので……」

 ちょっと安心した私は、落ち着いて会話を続けた。

「へぇ、そうなんだ。たしかに、そういう話は浪漫があっていいよね」

「こっちにもあるんですか?」

「あることにはあるよ。ただね、現実はそう上手くはいかないものだ」

「え?」

「こっちの城下に現れた男は、程なくして処刑されたからね」

「え?」

「その格好がバレたら、処刑されちゃうかもね?」

 すごく楽しそうにそんなことを言われてしまったから、彼の手ではなくほかの人の手では殺される可能性はあるかもしれない。というか、そういう算段なのかもしれないと思い再び身を引き締める。

「お慈悲を……」

 まだ、死の恐怖からは遠ざかれないようだ……。

 しかし、そこで疑問が生じる。

「どうしてクライヴは、そんな人間を丁寧に扱ってくれるんですか?」

「……どうして、僕の名前を知ってるんだい?」

「あ」

 しかも呼び捨てだ。終わった。

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