第9話

「アイリス!どうして僕と入場しないんだ!」


ハリー殿下から発せられた言葉は会場の空気をぴたりと止めました。

私達の婚約解消を知っている全員がぽかんと口を開き固まっています。

彼は何を言っているのでしょうか?


「あの馬鹿は何を言っているんだ…」


隣に立っていたカイが小さく呟いた。

そうですよ、どうして婚約者でもない相手と入場しなくていけないのですか?

そもそも他の方をエスコートしておいて言う台詞でもないだろう。


「答えろ、アイリス」


マイラを連れてズカズカとこちらに進んでくるハリー殿下。

皆さんは思わずといった感じに彼に道を譲った。馬鹿でも王族相手に不敬を働きたくないという本能が働いたのだろう。


「こんばんは、王太子殿下」

「どうして僕を待たずに入場した?」

「逆にお尋ねさせて頂きます。どうして私が貴方様と入場しなくてはいけないですか?」


目の前までやって来たハリー殿下に尋ねる。婚約が解消された件は彼にも伝わっているはず。

どう考えたら私をエスコートする結論に至ったのでしょうか。教えて欲しいものです。


「なっ、婚約者をエスコートするのは当然だろ!」


私の問いかけに顔を真っ赤にして怒り出すハリー殿下に「は?」と声を漏らした。

婚約者?誰が?

もしかして私とハリー殿下の事を言っているのだろうか。そんなわけがないと思いながらも尋ねてみる。


「私とハリー殿下は婚約者ではありませんよ?」


私の言葉に今度は彼が「は?」と固まった。

この反応は…どういう事でしょうか?

首を傾げる私にハリー殿下が怒鳴り声を上げた。


「なにを言ってるんだ!君は僕の婚約者だろ!こっちに来い!」


ハリー殿下の腕がこちらに伸びてきますが私には辿り着かなかった。私の本当の婚約者であるカイが助けてくれたからだ。

ハリー殿下の腕を捻り上げ、鬼のような形相で睨み付けるカイの後ろに隠れる。


「殿下、私の婚約者に気安く触れないで頂けますか?」

「なっ…なにを言ってるのだ!アイリスは僕の婚約者だ!不敬だぞ!」

「貴方こそ何を言ってるのですか?アイリスとの婚約はもう解消されているではありませんか。それと気安くアイリスを名前で呼ぶのもやめて頂きたい」


ここまで来るとカイが王子様に見えてくる。

カッコいいです。

彼に見惚れたい気持ちもあるが顔を真っ赤にしながらジタバタと暴れるハリー殿下をどうにかしないといけない。


「ハリー殿下はマイラ様に惹かれていらっしゃるのでしょう?今日だってエスコートされていますし。もう婚約者でもない私に構わないでください」


カイの隣に立ってハリー殿下を睨み付ける。

気不味そうな顔をする彼に呆れてしまう。

さっさとあっちに行けという雰囲気を出してみるが馬鹿は察しも悪いみたいだ。


「た、確かにマイラを愛してる!だがアイリスは婚約者でいてもらわないと困るんだ!」

「どういう事ですか…」

「アイリスと結婚後、マイラを愛妾として娶る!僕達は愛を育むからアイリスには僕達の代わりに公務をしてもらうんだ!」


この頭の悪いクズ発言は一体何ですか…。

頭が痛くなって来ました。

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