幕間:レイダン・ミミットの約束 (9) - オルフェの四将


 ジアストは山賊たちの死によってすっかり静かになった。

 敵は20人ほどいたが、まだ先日の<白蛇を食らう獣>の方が手強く、2名の射手はろくな腕でもなかったし、連携などあってないようなものだった。


 ロイドの恐ろしさを再確認する戦いでもあった。


 ロイドは消えては仕留め、消えては仕留めを繰り返した。単調な戦法ではあったが、対応できなければこれほど恐ろしい戦法もない。

 アプカルルという海の魔物の矛から製造したというスティレットは確実に賊の息の根を止めていたようで、村人の叫び声が彼らの叫び声になるくらいは脅威だった。


 1人が見えない強敵とくれば当然敵はレイダンを狙いにくるようになるわけだが、レイダンとて脅威にならないわけもない。


 たかが賊風情が着任したばかりとはいえ、レベル60も見据えている七騎士党首に敵うわけもないのだ。

 レイダンの剣術の熟練度は並外れている。流派の型の枠から出ていないという妬みめいた評価こそあれど、いくつも流派を会得し、師範代も務めあげられるほどの成熟した剣が腕力と野生味だけの賊の剣で相手になるはずもない。くわえてレイダンの戦場は稽古場や決戦場の類ではなく戦場だ。不出来な弟子と師の戦いのようなものになる。


 そんな2人にとっては危険など何1つない戦いだったが、しかしレイダンは焦っていた。

 制圧の最中に賊の何人かが、自分たちはオルフェの<七星の大剣>は大剣闘士ウォーリアーの兵、マンダイン一派であると告げたからだ。


 マンダイン一派についてレイダンは知る由もなかったが、なぜオルフェ軍がジアストに来たのか、いつジアスト近辺まで来たのか、レイダンにはまるで分からない。

 ジアストは取り立てて何もない村だ。侵攻のための補給地とするには規模が小さすぎる。だいたい昨日もらった最後の知らせでも、オルフェは兵を増員しつつもトルスクから動いてはいなかった……。


 1つ考えられるのは、マンダイン一派が元からトルスクにいなかったという仮定だ。

 連中は紋章入りのものを布きれ1枚しか見せていなかったし、見てくれも多少装備は良いが、賊と大差はない。賊として潜伏するなら容易そうではあった。


 どうであれオルフェ軍が近々進軍してくる可能性は大いにある。トルスクからそのまま北上するのではなく、東部から回り込んで。

 アマリアは様々な奸計でオルフェを引っ掻き回した。であれば真似て引っ掻き回そうとしてくるのは道理だ。策略の不得手な国が策略を講じる時の分かりやすい一手でもある。グロヴァッツが述べた予測の1つだったが、いよいよ実現しそうだった。


 ――村人の何人かから謝意を述べられながら急ぎ宿に戻る。ウィプサニアたちは宿から出ていた。


「あんた、すごいな……」


 ウィプサニアの兵士の1人がそう評した。レベル45の兵士が、ウィプサニア様が目をかけただけある、と続けた。

 ウィプサニアが緊張感をにじませながらも「党首様だからね。当然よ」と兵士たちに返した。


「魔法も使ってこなかったし、ロイドもいるからな。こんな連中たいしたことはない。だが……問題ができた。奴らはオルフェの私兵らしい」


 ガラヤが眉をしかめながら「オルフェは賊まがいの者を手勢にするのですね」と嫌悪を隠さずに訊ねてくる。

 フリドランでは賊が徴兵される印象はない。名家ファブリツィウス家ならなおさらだ。ガラヤの言葉から察するに、事実賊は手駒にしないのだろう。


「雇った経緯は分からない。オルフェの考えていることもわからないが、賊はひとまず使い捨てにはできるからな。首領はそれなりの腕だったよ。下級兵の分隊では相手するのが苦労しそうなほどにはな」

「そうですか……」


 レイダンは会話もそこそこに村から出るように言った。奴らが<七星の大剣>つきの兵なら誰かが伝令に向かったり、もしくは本隊がここに向かっているかもしれない、自分も七騎士と国に知らせないといけないとして。


 厩舎で準備をしていると、村の反対側の入り口で再び馬の足音があった。


 レイダンはまさかと思いながらも振り向いた。

 騎兵だ。鎧は光を反射している。白くはないので七騎士の鎧ではないし、鎧が真っ黒な<黒の黎明>でもない。


 騎兵たちはやがて村の入り口で止まった。旗がある。赤い布になにかが描かれている。アマリアの七騎士が白の背景で統一されているのに対し、七星・七影の軍旗の統一性はさほどない。

 騎兵は入り口の近くにいた村人と何か話している。マンダイン一派とは違って紳士的だ。


 ロイドを見ると、ロイドも村の入り口を見ていた。

 各々もレイダンたちの視線を追った。


「ガラヤ。お前たち。ウィアを頼んだぞ。……増援だ。おそらくオルフェ軍だろう」

「オルフェ? 戦うの……?」

「できることなら戦いたくはないが」


 次いでレイダンはウィプサニアを安心させるため穏やかな表情をつくろうとしたが、兵は村に侵入し始め、数名の騎兵はレイダンたちのいる厩舎に向かっていた。

 後回しにしていたのでレイダンの馬はまだ準備できていない。こちらにくるのは3人のようだが、穏当に済むかは分からないし、レイダンはウィプサニアたちが追われるのは避けたく思った。


「ガラヤ!」


 ガラヤはレイダンに頷き、「お嬢様、行きますよ!」と急かした。ウィプサニアは馬にまたがり、「死なないでね」と去り際に言った。

 もちろんそうするつもりだった。<金の黎明>の党首と分かれば捕虜になるだろう。だが、レイダンはできることなら身分は明かしたくはなかったし、そうなると……死の覚悟もしなければならない。


 もし七星・七影の部隊なら。レイダンは七騎士並みの精鋭を相手に1人で生き残る自信は正直なところなかった。バウナーがいたならともかく……。

 正確には1人ではないのだが、こちらには魔導士はおろか、射手もいない。


 頼みのロイドを見ると視線を送ってきていた。

 感情の読みにくいダークエルフの冷たい紫色の眼差しはなにか言いたげのように思えたが、言葉は出てこない。


 馬の足音がいよいよ迫った。


「今出ていった奴らを呼び戻してこい! 伝令に行ったかもしれん」


 やってきた3人の騎兵のうち黒ヒゲの男がそう指示した。

 男の《鑑定》の情報は出ない。鎧の意匠も馬具も、馬の胸部にある、赤を背景に鍔に白い布の巻かれた長剣の紋章も見覚えのないものだった。


 ウィプサニアたちを追わせるわけにはいかない。

 期待は薄かったが、レイダンは声を張り上げた。


「今出たのは伝令じゃないぞ!!」


 騎兵3人は顔を見合わせたが、指示を出した黒ヒゲ兵は「行け」と、レイダンの言葉を無視して村の先にアゴをやった。


(やはりダメか――)


 ――レイダンは《瞬歩》で動き出した騎兵の弓手ゆんでにまわり、つむじ風のごとく馬ごと斬りあげた。馬は痛みに叫び、暴れ、騎兵も腕を落とされて落馬した。

 レイダンは念のためスキルの《騎兵殺し》を用いたが、騎兵の力量がそれほどではなく装備もたいしたことはなさそうなこと、補助魔法もないのを悟りながらすぐさま落ちた兵の首に剣を刺した。


「お前なにもの――ア゛あッ!!」


 黒ヒゲ兵の目になにかが刺さったようで、彼は叫び声とともに右目を抑えた。ロイドだろう。

 レイダンも動き、残った1人を下から《一閃》で薙ぎ、胴を両断した。黒ヒゲの兵は刹那のうちに自分の足の上から鐙を踏んだロイドにより首にスティレットを刺されて落馬し、絶命した。


 どうやらロイドは暗殺術だけでなく、白兵戦も上手のようだ。この分だと多少派手な鞘に収められている腰の長剣もきちんと使えるのだろう。

 レイダンは今後の展望に期待した。何を投げたのかは知らないが、投擲もできるなら多少戦いは有利にはなる。さすがゼロを倒せると豪語した逸材だった。


 急ぎ馬に乗ろうとすると、再びやってくる騎兵の音。数は4。

 紐を切ればなんとか街から出られるだろう。


「報酬は弾めよ」


 たが、ロイドはふとそんなことを言った。


 レイダンは一瞬何を言われたのか分からなかった。この男は逃げるつもりがないのだろうか?

 敵国の党首格が来る可能性があるこちらが2人しかいない逼迫した状況で、この男の落ち着きようは何なのか。


 ゼロは運が向いていれば、七星の隊長を仕留められていた。

 ゼロを仕留められるのなら、当然ロイドにも出来ることになる。ロイドの姿は誰にも見えない。


 ある1つの推測とその先にある恐ろしい結論に行きつくとレイダンは武者震いをして目を見開いた。


(この男と戦えば……バウナー様のような武勲が俺にも……?)


 レイダンはやがて口の端を緩めた。


 雇用主ではないが、いくらでも出してやりたい気分になった。

 党首格を始末したのなら、レイダンに与えられる予定の訓練教官という地位の低さは見直されることだろう。ファブリツィウス家の令嬢にふさわしい男にもなれる。



 ――計12人を相手にし、早くも残すところ騎兵が2人と歩兵が1人になった頃、レイダンに死角を狙った剣撃が到来した。気配を察したレイダンは難なく避けた。

 《車輪斬り》のような大振りの一撃だった。一番良い装備をした兵士だ。狙いは完璧で、威力も申し分なさそうだった。俊敏性はまだまだだが、なかなかの実力者らしい。


 が、相手が悪い。レイダンに剣で不意打ちをするなど悪手の1つだ。


 レイダンは回避をしたままにまばたきのごとし速度で回転して敵に面しながら斬り上げた。まもなく敵の胸当てにはばっくりと斬り跡ができ、血しぶきとともに肉体が露出した。


 《払暁デイブレイク》。レイダンが自身で編み出したカウンター剣技だ。


 最高峰の速度で突如として返されるのにくわえ、この技はスキルではなくあくまでも剣技であり、スキル特有の発光はなく、とっさの防御も難しい。

 たいていの者はスキルでもないのにと思いながら自身の思いもよらない傷の深さに倒れ、やがて死ぬ。


 バウナーは無論のこと、<青の黎明>党首ノストロにして、党首格の剣士と言えどもうかつに攻撃ができないと言わしめたウレーノス剣術から派生させた技であり、名剣「トワイライト」とともに、レイダンの剣士としての類まれな才覚を世に知らしめる技の1つでもある。


「……ぐ、ッ!」


 だが、どうやら青白い鎧がずいぶん良いものであり、くわえて勘も良いらしく殺すには至らなかったらしい。


 もっともこっちには姿を消せる頼もしい味方もいる。


「――……うっ……!」


 青白い鎧の兵はかろうじて死の手から逃れたのも束の間、即座に襲撃をうけて倒れそうになるのをこらえた。

 首にはダガーがまざまざと刺さっている。刃が少し長い。だが浅いようだ。首を狙った他の者でロイドが仕留め損ねた者はいない。やはり装備がいいのか。


「グスタフ様!!」


 兵からグスタフと呼ばれた男はダガーを抜いた。手からは間もなく流血し始める。グスタフが戦闘に戻る気配はなく、よろつきながらも退却していく。

 胸の出血もある。治療師ヒーラーがいないのならこいつが戦線復帰してもたいした脅威ではないだろう。レイダンは視線を反対側の村の入り口にやった。


 入り口からさらなる追手がやって来ているのが見えた。数はまた4。

 1人が馬の速度を上げてくる。頭に頭巾ウィンプルめいた頭防具がある。軽装備だし魔導士や治療師の類だろう。


 騎兵はすぐさま馬から降りて退却しているグスタフに向けて杖をかざした。杖は天冠が白銀と水晶のような青で四方に突き出た代物で、独特だが精緻な模様が刻まれている。レイダンは舌打ちした。

 十中八九、魔法道具マジックアイテムだろう。聖浄魔法の魔法陣も大きい。肩と胸にはミスリルと思しき装備があるし、相当の実力の治療師ヒーラーであるのがうかがえた。


 残った騎兵はレイダンたちの後方にいたまま仕掛けてこない。さすがにもう適う敵ではないと理解しているようだ。

 治療師のみを前線に残した彼らの様子に腑抜けめと思っていると、


「……!」


 女の頭部にダガーが飛来した。が、あえなく防御魔法の膜により弾かれる。女は一瞬たじろいだが、すぐに別の魔法を展開しだした。レイダンはならば自分がと襲撃する。


 ――が、2人の周りには速くも結界が現れた。穏やかな魔力性質と、半透明の白い膜は等間隔で濃い部分、波模様がある。

 <白の黎明>党首マリシアは無論、一握りの治療師が使える《祝福されし境域ブレッシング・フィールド》だ。やわな結界ではない。


 レイダンは立ち止まり、いったん距離を取った。党首格のスキルでもびくともしないこともある防御魔法に悠長に構うのは得策ではないとして。

 無策で治療師が出てくるわけもないが、実力は元よりなかなか肝の据わった女だとレイダンは評した。次いで、女が身体能力を上げる《身体強化チューン・アップ》持ちの可能性もあると踏み、できるなら早めに仕留めねばならないと決意した。


「運がいい奴だ――」


 グスタフにだろう、ロイドがそうこぼすと間もなく悲鳴があがる。


「あああっ!! 目が!」

「ぐうぅ!……」


 突然後方の騎兵の2人が目を抑えながら叫んだ。だが、叫び声はすぐに消え、1人が落馬すると、すぐにもう1人も落馬した。どっちも首にダガーが刺さっている。

 ロイドは再びレイダンの横に姿を現した。治療師の方はレイダンと同様にいったん放置したようだが、鮮やかなものだ。


 前方に迫っていた増援の騎兵が足を止めた。問題は増援の力量だ。


 他にやってきた増援の3名のうち2名の鎧は各所に緻密な彫刻が施され、グスタフ以上に豪勢だった。


 1人は魔法効果の有無は分からないが、ミスリル製だ。既に長剣を抜いている。体格はそれなりだし、おそらく自分と同じ敏捷な剣士だろうとレイダンは想定した。

 巨漢の方もミスリル製のように見えるが、胸当てと肩が黒鉄色の素材が使われている。まさか黒鋼鉄ではないだろうが、鎧には各所で赤い線が走っている。セティシアでは党首格はろくに見ずに退却したが、赤竜の魔鉱石を混ぜている可能性はおおいにある。馬の横腹には大剣。


 どちらかはグスタフ以上の手練れ――党首格なのだろう。可能性が高いのは剣士の方だ。七騎士には大剣使いの党首はいない。斧か槍を振るう方がマシとも言われている。

 4人目は後方にいたまま、近づこうとしてこない。マントで装備は分からない。


 グスタフに杖をかざしていた治療師はやがて振り向きざまに片手を後ろにかざした。彼女の手は白く輝き、魔法陣も出、先頭にいた巨漢の男が膜に覆われる。

 《祝福されし境域》もロイドと協力すれば……レイダンはさすがに決断した。全員に補助魔法が行き渡ってしまう前にロイドと目配せし、仕掛けようと駆け出したが、すぐさま剣士が女の元にいき、レイダンに剣先を向けた。


 レイダンはたじろいだ。


 剣士の《瞬歩》がずいぶん速く、実力の一端を察したのもあるが、なにより剣士の圧が党首並みだったからだ。

 剣も、竜の皮膚のような黒と金の装飾が鍔から刀身にかけてある魔法道具マジックアイテムの類だ。


 魔法道具持ちが2名。レイダンは、もし神級法具アーティファクト持ちであるならと情勢が悪くなったのを感じた。

 魔法道具と神級法具は意匠からは区別がつきにくい。神級法具に関しては必ずしもそうではないが、党首格の者がやはり所持している。


 巨漢の男が馬を降りてグスタフの元に行った。こちらは《瞬歩》すら使わず、レイダンたちを無視するかのように警戒心もまるでないただの“駆け寄り”だった。

 レイダンは仕掛ける隙を探ったが、男の手にしている巨大な剣に目がいった。


 クレイモアタイプの両刃の大剣のようだが、刀身は紫がかった艶然とした美しい色合いをしており、鍔には精緻な装飾が煌めいている。

 治療師の元に行った剣士と似たような装飾であり、言うまでもなく魔法道具、もしくは神級法具であることをレイダンは察した。


 魔法道具持ちが3名……。レイダンはいよいよ事態の悪化を悟った。


 どうであれ、早めに魔法効果を知りたいところだった。剣であれば効果は剣速を高めるものや威力を高める効果が多く、変わったものは少ないが、大剣となると攻撃魔法や防御魔法を発動できる代物もある。


「グスタフ、大丈夫か?」

「はい……」


 グスタフは呼吸を荒くしたままに頷いた。レイダンが与えた胸の傷からの流血は既にない。治療の速度が速い。やはり治療師としての腕は相当のようだ。

 巨漢の男が大剣を地面に刺し、バイザーをあげてレイダンたちに対峙した。


「俺は<七星の大剣>は大剣闘士の隊長フーゴ・デュパロンナだ。お前たちは誰だ?」


 可能性はあったが……レイダンはフーゴの名乗りに驚いた。

 隊長であるのはいい。剣士でないのは少し意外だが、いることは予想はしていた。ただ、ここに大剣闘士の隊長がいるということは、トルスクからやってきたということになる。2時間でどうやって?


 レイダンが困惑して答えられずにいる一方で、突然フーゴの横で剣が打ち合う鈍い音が鳴った。

 姿はない。隣のダークエルフの姿もない。そして、剣士の姿もない。


 ロイドはやがて姿を現しながら引いたが、剣士が今度は攻撃に転じた。


 3度の刃と刃が邂逅した音があり、やがて剣士の剣がスキル光を見せたのも束の間――剣で防御したロイドが吹っ飛んでいった。

 レイダンはもはや目で追えなかった。木造の家屋が破壊される音だけが明確に戦いの結果を提示していた。穴の開いた家にロイドの姿は見えない。


 折れた剣が光りながら翻り、落ちていくのが見えた。

 レイダンは唾を飲み込んだ。ロイドに対し、あの芸当は自分には出来ないだろうとして。


「奴は?」


 フーゴが戻ってきた剣士に訊ねた。


「驚いたよ。達人のダークエルフだった。ジョーラと鍛錬してなければ危なかった。……もう逃げたね」


 剣士は家屋に目を向けたかと思うとそうこぼした。


(……逃げた?)


 レイダンはあまりにも一瞬で終えてしまった出来事の内容と結末、それからもたらされた情報の整理に混乱した。


(逃げた。ロイドが? この男はロイドと……《隠滅エラス》持ちのダークエルフに打ち勝った。……この局面を打開できると踏んでいたロイドが逃げた。ということは……俺がこいつらを一人で?)


 そうしてロイドに対して、簡単に逃げやがってと怒りが沸き起こってくる。


「ダークエルフってのは軍にいたらどいつも厄介だな。姑息な攻撃ばかりしやがる」


 レイダンの怒りの矛先が、新たに登場した男にも向けられる。彼らの後ろにいた4人目だ。


 馬から飛翔魔法で浮かびながらやってきたのは金の杯を3つ重ねたような意匠の杖を持った背の低い男だ。杖は意匠から察するに魔法道具であり、彼は魔導士だろうが、しかし男の目は濃茶で、達人特有の染まった色ではない。

 装備はフーゴや剣士ほど頑強な代物ではなく革製だが、マントは金色の縁飾りがあって煌びやかであり、装いが貴族的であるのとは裏腹に、一品か、なにかの魔法道具であるのを予感させる。


 全員魔法道具持ちのようだ。


 レイダンは自分が一気に圧倒的形勢不利に陥ったのを理解した。

 剣使いが2人。治療師と魔導士もいる。1人は隊長、1人はロイドも勝てなかったような剣士を擁する部隊。


 勝てる見込みはなさそうだった。こんなことも分からないようならレイダンは党首はおろか副党首の座についてはいない。

 そもそもレイダンの剣術は、同程度もしくは実力が上回る多勢と対峙した際には向かないし、レイダン自身も有用な魔法はなく、これといった搦め手の類もない……。


「ジョーラは姑息なのは嫌うぞ」

「あいつはクソ変わってんだよ。フーゴ、お前もだからな。副官を簡単にやれる相手に呑気に名乗りやがって。アインハードを少しは見習え。ったく、平民あがりはいつもいつも……」


 魔導士の男は心底嫌そうに息をついた。


「私も平民あがりだが」


 剣士が答えた。窮地の中、どうでもいい情報だったが、フーゴと剣士は平民出であり、魔導士は貴族らしい。


「うっせえよ。……で? こいつはどうするんだ? さっきの奴と違ってお行儀が良いようだが」


 一同の視線がレイダンに集った。レイダンは思わず剣を握る手を強める。ただもはや戦意はなく、後ずさってしまった。


 逃げられる可能性はある。だが、剣士に追い付かれる可能性は高いだろう。末路の1つはロイドが既に見せている。トワイライトは頑丈さ方面はそれほどでもない。

 小首を傾げて皮肉っぽく口角を上げた魔導士の男は「一応言っておくが」とレイダンに話しかけた。


「俺様は<七影魔導連>の魔聖マギの隊長ザロモ・イェーガー様だ。こいつは<七星の大剣>剣聖セイバーの隊長アインハード・ジギスムント、フーゴはフーゴだ。大剣闘士の隊長だな。で、そこの女は<七影魔導連>聖職官セイントの隊長ゼリンダ・ハイドン。つまり、お前が今対峙しているのは、言わば黎明の七騎士の党首格4人ってわけだ。ああ、全員レベル60あるぞ」


 レイダンはザロモの提示した情報に愕然とした。


(党首格が4人だと!? なぜ? なぜだ?? ……勝てるわけがない……)

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