9-40 緑竜大戦 (2)


『……殺して構わないよ』


 大剣使いに対するネロの言葉に内心動揺する。

 手合わせだろ? それはもう壮大な。


『殺せるのならね。魔人と戦う時のような覚悟で挑まないとダイの相手にならないよ。私の考えでは君たち3人が束になってようやく手傷を負わせられる程度だろう』


 ああ、そういう意味か。


 不穏なのは十八番だろうに、ネロは喋りがすっかり八竜然とした落ち着いた口調になってしまっているので真面目に反応してしまった。どっちが本当のネロなのやら。

 それにしても3人束になっても相手にならないって実際に言葉に出されると気が引けるんだけど。みんな実力者だろ? 英雄と謳われるほどの。


 大剣使いの視線が再び到来しているのに気付く。


 下げられたバイザーにより表情は見えない。

 そうして気配が異常なまでに強まったのを感じ取る。この気配から俺はジョーラやホイツフェラー氏と同等の強さを察した。


『まあ、私も加勢はするがね。それでもおそらく危ういだろう』


 この言葉には衝撃を受けたようで、3人とも勢いよくネロの方を向いた。

 いっせいに金属音が鳴った。ケンタウロスは装備は2人ほど厳重ではないし、まとっている草葉のこすれる音や蹄のこもった音だったが、他の2人よりも動きが大きく一番動揺しているように見える。


『……フッ。嘘ではないよ。私は別に君たちのように嘘の類が嫌いな高潔なたちではないし、仲間内では愚かな嘘もつくが、彼の強さに関しては嘘ではないと誓おう』


 まあ……インやジルのことを聞いていればな。

 それにしてもネロがやけに落ち着いているのが少し気になる。ネロのことだ、色々と策はあるんだろうけど。


 少し間があり、3人はやがて振り向いた。黒翼とケンタウロスも気配が強まる。唯一表情の分かるケンタウロスはにらむように俺のことを見ていた。目は相変わらず緑色に光っていたが、ごく小さな炎のようなゆらめきが瞳には加わっていた。

 しかし木の人形なのに表情まで作れるとかすごいな。……木の人形じゃないのか?


 大剣使いが武器の元に行って白銀の剣を手に取った。2人も続き、各々武器を拾う。


 俺の方では彼らの情報ウインドウが出てくる。


 深淵を彷徨いし者LV68

 黒翼のヴァルキリーLV63

 ヤニル荒野の守護者LV62


 たっかいたっかい……。


 魔物扱いのようで名前とレベルのみのようだが、ジョーラやホイツフェラー氏クラスが3人か。大丈夫か……?


 魔族国の地名ライクな名前だな、大剣使いの深淵ってどこだろうなとか思っていると、ネロが『ダイ。まずは3人とやってみてくれ。私は観戦している』と彼らとの戦いのルールを述べた。参戦しないらしい。


 次いで、誰かが訊ねたようで、俺の得物がなにか知りたがっていると告げられる。


『彼らは傍から見れば幸福と言えるかは微妙な人生を歩んできたが、魂の高潔さは最期まで失われなかった。たとえ、この私から弱音を引き出す恐るべき相手とはいえ、弱者を嬲る可能性が少しでもあると本気で戦えないのさ』


 ネロはかつての悪童の調子を思い起こさせる浮ついた語り口だった。なるほど? 武器もない相手とは戦えないと。


 俺は言われたままに《魔力弾マジックショット》を2つだし、牛突槍にした。次いで、右手からは《魔力装》のビームソード的な剣を出す。少し長めにしといた。

 他の2人はじっと見ていたが、黒翼の女性からは鎧の音が鳴った。


『……というわけさ。分かったかい? 《魔力装》は彼は獣人ではないし、分からなかっただろうけどね』


 やがて3人は俺に向けて静かに構えた。3人の目は緑色に光っていた。


 深淵は剣を構え、黒翼は飛翔して宙に浮いた。ケンタウロスは深淵の後ろで杖の翠玉を眼前に掲げて光らしたかと思うと、3人が緑色の膜に覆われる。

 補助魔法か? 《風力場エアリアル》? だとしたらやばくね? 補助込みのジョーラと戦うの結構骨が折れたんだぞ?


『はは。補助魔法も使わせてくれるとはありがたいね。……一応言っておくけどダイ。戦いはもう始まってるよ。補助魔法をかけるのを待つ必要はない』

 

 そういうことは早く言ってくれ!


 ――俺は牛突槍をケンタウロスに向けて発射させた。


 阻止するべく合間に深淵が入ってこようとしたが、深淵はすぐにさっと身を引いたため牛突槍の軌道は阻まれなかった。ん? なぜ避けた?

 ほぼ同時に俺の元に到来してきたのは魔力でつくられた3本の黄色の光の矢による放射状の弾道だ。俺は《魔力装》でどれも切り伏せた。切られた矢はまもなく消滅した。矢は自分で作れるってわけらしい。


 2本の牛突槍がケンタウロスに着弾した。

 ケンタウロスの判断は早く、瞬間的に防御結界を自身の前方に作り出したようだが、結界はすぐに破られ、……ケンタウロスの腹には大きな穴が開いた。


 1本でじゅうぶんだったようだが、あっ、と思った時にはケンタウロスの上体は分断され、地面に落ちてしまった。


『ははっ! 想像以上だったね』


 そう言うネロには悲しむ様子はまったくなく、楽しげだ。


 ただ、ケンタウロスには血が出た様子はなかった。木の人形ならそうだろうけど、召喚術だし……“そういうこと”だよな?


 意図せぬ殺害ならぬ「破壊」による俺の動揺をよそに、いつの間にか迫ってきていた深淵が大剣を薙いでくる。


 ――剣は光っていた。スキルだ。結構速い。


 さっと後ろに引いて斬撃をかわして間もなく、彼の後ろから淡い緑色のエネルギー弾が現れ、俺に向かって猛スピードで突進してくる。


 脳裏に回避案が浮かぶが――前方にいた深淵はすぐにかすみ、背後に深淵の気配。

 《瞬歩》か。ジョーラより同等かそれ以上か――


 俺は右手の《魔力装》を楕円形の盾に作り変えた。左手には《氷結装具アイシーアーマー》の籠手と腕当て。

 そうして右手の盾でエネルギー弾を流しつつ受け止めつつ流しながら、左手では深淵の斬撃を“殴った”。


 《氷結装具》の装甲を貫けないままに、逆に到来してきた予想だにしなかったであろう衝撃に軽く身を吹き飛ばされる深淵。エネルギー弾もあらぬ方向に飛んでいった。

 俺はその間に、牛突槍の1つを飛翔している黒翼目がけて放った。防御の術はなかったようで、彼女もまた体に大穴を開けて墜落した。


 いけるな。というか、諸々の反応速度が素晴らしくいい。

 《魔力装》による盾変化も初めて使ったし、展開力も冴えている。治療のおかげか?


 残った深淵は剣を構えて、警戒を露わにじりじりと右手に歩いていた。


 頑丈な剣だが、さて、1人になったぞ。


 牛突槍を戻し、上空で矛先を深淵に向ける。右手の盾になっていた《魔力装》も剣に戻した。


 深淵の目の緑色の輝きが強まった。戦術を決めたようで、深淵は立ち止まると剣を低く構え、半ば乗り出すような態勢になった。

 刀身が淡く光り出し始めたかと思うと、淡かった光は範囲を広めていくと同時に色味も強め、やがて深淵までもを飲み込む。


 ――目の眩むような光に包まれた深淵はそのまま俺に突進してきた。


 単純な技だが、クヴァルツの《瞬歩》以上の速度があった。彼の最強の必殺技といったところか?

 ただ1vs1で、それも自分よりも強い相手に真正面から使うには愚策もいいところだ。レベル70近くでそんなことを理解していないはずもないだろう。


 俺は牛突槍で一瞬で仕留めるのを考えたが、それはやめた。彼の潔さと、戦いの間まったく怖気づいた様子のなかった彼に敬意を表して。


 ――俺は光に包まれた彼の突進を《瞬歩》で回避し、横から斬り付けた。


 光の膜はとくに防御力に優れているといったこともないようで――少なくとも俺の《魔力装》にとってはそうだ――あえなく上体を分断される光に包まれた深淵。

 ドサリと音がし、光は弱まっていく。地面には剣を持ったまま動きを停止した深淵が横たわっていた。骨肉や臓器などもない、木の断面図を覗かせながら。


 あっけない。


 目に光はなくなっていて、マネキンの目のようになっていた。少し見ていたが、深淵の気配はあっさりなくなり、もう身動きする気配もなかった。

 一緒に遊んでいたロボットが急に電源が落ちて動かなくなった、そんな寂寥感にいくばくか襲われる。次いで人形ではあるが、殺人の嫌な気分もやはり少しばかり。


 この召喚術は防御面が脆いかもしれないと思っていると、


『さすがだねぇ。手傷を負わすなんてダイのことをなめた話だったね』


 と、ネロによる感想。結果はそうなんだけど。

 ネロはこの場の巨大な狛犬かなにかのように、竜に変化した位置から動かず鎮座したままだった。


『ちなみにさっきの技は剣士、いや、大剣使いの最強技の1つらしいよ』


 そうなのか……。まあ威力はありそうだった。


 動かなくなったケンタウロス、黒翼、そして深淵に目をやる。

 深淵の古ぼけたマントに目が行く。他の2人の鎧や服はとくに古ぼけてはいなかったように思う。深淵のマントだけがぼろぼろだ。


「……なあ、ネロ。大剣使いの彼はどういう死にざまだったんだ?」

『生前かい?』

「そう」

『興味深いね。そんなことを聞くなんて』


 興味深いか? 普通だと思うけど。


 倒れた3人の地面の下に緑色の魔法陣が出て、まもなく3人は地面に沈んでいった。

 そうしてろくに動いていなかったネロの眼前に再び召喚時の魔法陣が現れる。今度はなんだ?


 やがて陣からは現れた時と同じ姿の彼らが現れた。間もなく3人は動き出した。体に穴はなく、目にも緑色の光があった。

 復活できるらしい。多少あった殺害への呵責と破壊してしまった心痛が消えていく。


 3人は動き出すと、すぐさま武器を手に取って戦う姿勢を見せたが、ネロがまだいいよ、というと気配を緩めた。


『彼は追放されたフリドランの王族だよ。死んだあとは追放が取り消され、王族に返り咲いたけどね』


 追放されたのか。


「フリドランってことはエルフ?」

『そうさ』


 鎧からは耳は出ていない。木の人形だし、再現しなかったのか、冑に収納しているのか。

 追放された理由を聞けば、王侯貴族間の試合で行われた八百長を無視したためらしい。身内からは疎まれていたとのこと。次いで王族に返り咲いた理由を聞けば、魔人を追い詰めた功績と、ネロに仕えることになったためらしい。仕えるとは、この召喚術で、だ。


『彼が戦ったのはテトルスリタンという魔人なんだけどね』


 覚えにくそうにみえて逆に記憶に残る類の名前だな。


『この魔人は力はそれほどでもなかったけど、空間魔法を使えてね。かなり追い詰めた時、彼はテトルスリタンの生んだ亜空間に囚われてしまったんだ』


 亜空間に。


『魔物や魔人の“仇なす者たち”の扱う亜空間内の体感時間はランダムだ。法則性もとくに見つかってない。彼はそこで亜空間内にはびこっていたレイスたちと戦ったあとは彷徨い、そして死を迎えた』


 だから深淵を彷徨いし者か?


『魔人を倒してしばらくして討伐隊が彼の骨と武具を見つけたそうだよ。彼が囚われてから1時間も経ってなかったけどね』


 え。


「1時間で白骨死体化??」

『さっきも言ったけど、“仇なす者たち”の亜空間の時間の感覚はランダムなんだよね。彼のように時間の経過がものすごい早い場合もあれば、逆に遅い場合もある。面倒な話さ』


 それは困った話だな……。ジルの時は1時間くらいで1日くらい経ってたか。もっともゾフのことだ、時間経過はいじれそうではある。


 それにしても亜空間に魔物がいるんだな。


「亜空間に魔物が?」

『仇なす者たちの亜空間内にはいるよ。それほど強くないけど、大量にいることが多いね』

「……彼のぼろぼろのマントはその時に?」

『マント?』


 深淵がネロに顔を向けた。しばらく間があった。


『……そうだってさ。マントは彼の親友から贈られたものらしいよ。この召喚術――《森の闘将霊召喚サモン:ジェネラル・ヒーローズ》っていうんだけどね――で使う器の人形は私が、装備は遺品含めて信徒たちに用意させて私が多少強化したんだけど、マントは魔法効果も高くてね。彼も愛用したがっていたし、そのまま持たせてるんだ』


 なるほど。


 満足かい、と言われたので頷く。


『よし。じゃ。次の戦いに移ろう』


 にしてもなんかあっさりしてるな。少し俺の知るネロっぽくなった感じだ。

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