9-37 兵士たちの饗宴 (5) - 眷属


 俺は今、この世界にきてから「一番の問題」に直面していると言っても過言ではないかもしれない。


 なぜなら……俺の上には半ばジョーラが乗っかっているからだ。

 2人とも裸だ。もちろん俺たちはベッドにいる。


 この男女の仲を変化させる策として神話の物語ですらも擦っている“酔って寝たネタ”の渦中にいて多少救い(?)なのは、どうやってこの状況になったのかを俺が覚えていることだが、……結局開始のゴングは俺が鳴らしたようなものだった。


 ――ディディが燭台をテーブルに置いて部屋から去ったあと、ジョーラは四つん這いになって俺のいるベッドにやってきた。そうして語りかけてくる。


「その、…………あたしは別、に、…………」


 頬は赤らみ、耳は垂れ、出てきた言葉もたどたどしく、明らかな羞恥心と緊張が見て取れた。


 何が?


 というごくシンプルでいて何の意図もない問いかけが脳裏をよぎった。寝るんだから邪魔しないでよ。

 異国でようやく出会った冷たいビールという聖水が俺にもたらすものは夢という極楽に違いなかった。ようやく出会えたオアシスの泉による酔いだ、悪夢なわけがない。


 束ねられた赤髪を傍に重力により主張を強める豊満な丘と谷間が視界に入る。眉間に力が入った。

 俺はこれから「こいつ」と何かしらの勝負をするのだ、というよく分からない予感が芽生え始める。そして以前は負けたのだという屈辱感も思い出された。


 ……勝負とは?


 やがて勝負は決して悪いものではなく、敗北は“普遍的な必然”とも言え、そして「こいつ」が俺の大好きなものであることも理解した。


 ベッドに体を投げうった気持ちよさに身を預けつつ、酔いも冷めやらぬなか、そうして俺はこの後の展開を予想しなかったわけじゃない。

 ただ、ふんわりとした頭の中は事をしっかりと児戯のような代物に仕立て上げた。


 何の思惑も何の責任も付随しない。自分が夢中になれ、楽しめるものが目の前にある。相手も俺のことを好いている。相手も一緒に楽しむことができる。なら。一緒に楽しむしかない。

 というまったく論拠の伴わない子供のような行動原理しかなかった。やることは子供じゃないが、心はまっとうに純真無垢かもしれない。勝負に頑張って勝とうという意識もあった。


 そうして俺はジョーラの首に手を回し、自分の胸元に招いていた。

 柔らかい胸の感触と酒のにおいと一緒にやってきた飲酒により強まった女のフェロモンは、俺の行動を正当化するものでしかなかった。


 そこから先はもう、言うまでもない。頭では児戯でも、手付きは事の手順、盛り上げるコツなどおおよそ理解している大人のそれだ。


 酒が入ってはいて記憶には多少曖昧な部分はあったけど、正直燃えた。性欲に関しては今までは俺の若返った精神の影響が強かったように思われるけれども、今回は大人の俺の影響も結構強かったように思う。

 胸の大きさを気にするようになったのは確か初体験を済ませた辺り、つまり成人以降だったからだ。


 アレクサンドラにはジョーラほどの大きさはない。そもそもだいぶ鍛えてはあるけどスレンダー系。

 また、ジョーラの反応がいちいちしおらしくて可愛かったのもある。俺の場合だけどこういう人はちょっとからかいたくなってくるし、股間にもくる。


 で、まあ。一番の問題はセックスそのものじゃない。


 二股になってしまったことだ。そして、俺がその事実をあまり問題視してないのが不安だった。ダメな甘えだとは認識しているのに。

 俺は確かにセフレがいたような男だけど、とっかえひっかえできるような器用なタイプではなかった。だいたいはまるとは思っていなかったのもある。


 アレクサンドラが「お盛んなのですか?」と聞いてくるありさまだったのも影響があったんだろうとは思う。

 俺はこの世界の婚姻制度についての詳しい内容は知らないのだが、何も明言しなければ、当初の娼婦を戦場に連れてきたアルバン然りベルガー伯爵の愛人問題然り、“良家”の若い男はそういう扱いを受けるのだろうとは察して余る発言だった。転生以来恋愛においてどうにもピュアになっている俺にとっては少し苛立つセリフではあった。


 なまじ権力を持つと女性問題を起こしやすいのは傾向としてあるようだが、まったくその通りだろうと他人事のように思う。平民は貴族に逆らえない。昔の日本にもあったと思うが、男の領主が惚れた気に入ったと言ってくれば娘は領主のものだ。妻か妾かは分からない。娘の身内も金が入り、領主と縁も出来るので、玉の輿以上に悪い話ではない。娘の内心は別にして。自由恋愛の現代に持ってくると抵抗感のすごい話だけどな。

 みんな権力と金に逆らえないんだろう。拒んだらどのような仕打ちが待っているのかという話もある。俺の場合は権力なんて代物ではないし、曖昧に流れで良家としか言ってないんだけど。


 まあ……でもいいのかもしれない。何も悩まずこのままで。


 アレクサンドラにとってジョーラは上も上の上官で、仮にジョーラと関係を持ったことを知らせたとしてもアレクサンドラは普通に受け入れそうだし。なんなら、別に結婚を見据えて交際するなんて堅気なことを言っているわけではないが、「私のことは気にせず」とか平気で言いそうだ。

 こういう返し方をされるのは嫌すぎる……。俺が夢中になってるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるからだ。まず、敬語を崩させるところからなのかもな……。良家パワーが強すぎる。


 と、ジョーラがもぞもぞと動いた。


「ダイチ……」


 寝言らしい。首に軽くまわされた腕が少し狭まれる。

 俺に到来している悩みを薄める幸福感と充実感のままに赤い頭を撫でた。ジョーラの寝顔が少し緩んだ。


 安心しきっている子どものような寝顔と反する胸元を見ていると息子がもりもり元気になっていく。単純な奴。結構飲んだというのに酩酊する気配はなく、体の中はぽかぽかしていた。鼻腔を刺激するジョーラの香りが興奮を促していく。

 頬に触れたり、胸を触ったりして起こすと、本能のままに2回戦目に突入した。ジョーラは俺の思うがままだ。……怪力によって。


 最中でジョーラはぽろぽろと涙を流した。

 驚きながら理由を訊ねると、しばらく会えないからだという。本当に初心だ。あり得ない初心さだ。


 それからの俺は独りよがりにならないように、良い思い出になるように努めた。そしてジョーラと言う女性に夢中になった。

 会えないからと言って泣く女性を大事にできないなんてことがあるだろうか? 俺は無理だった。元々分かりやすいモテの経験もなかったし泣かれたこともなかったしで、なおさら無理だった。


 ただ、純愛を俺に対して惜しみなく注いでくるジョーラに対して、俺にはそれらしいものが返せないのが少し罪悪感を抱かされもした。

 もっとも同時に安心感もあった。ジョーラの純愛を受け止めることで、俺が返すものも似たようなものに変化してくれたのかもしれないという安心感だ。少なくとも俺は善処していた。そうして同化する感覚もまた、愛欲を煽る薪としてじゅうぶんすぎた。


 若いっていいよ、ほんと。恋愛における“ワールド”の構築が早い。すぐに住人になれる。


 ……いつの世もきっと純愛は需要があったよな。それがたとえ、短い間しか咲かない切ない花の類だとしても。

 結局みんな誰かしらと愛し愛されたいだけだ。少なくとも俺のいた世界ではそう見えたものだった。


 ただ、ジョーラの初心な処女さながらの愛情表現はちょっと年齢に合わなすぎるとは思う。外見が若いからいいけどさ。


>称号「色を好む」を獲得しました。


 ・


 姉妹と似ていて気に入ったらしくジョーラの頭を撫でていると、ノックがあった。


「ジョーラさん、起きてますか?」


 この声はハムラ? 懇親会は途中で抜けたようだが。

 ジョーラは飛び起きて服を着ようとベッドを降りたが、間もなくドアは開かれる。現れたのはやはりハムラだった。


「――おっと。これは失礼」


 ハムラはすぐに顔を背けた。口元には意味深な微笑。


「なんで開けるんだよっ!!??」


 ジョーラはそう叫びながらすばやく衣類で体を隠した。褐色のでかい尻が揺れた。

 ジョーラの必死すぎる声音につい口元が緩ませられつつ、隠されてはいない尻に目がいく。う~ん、いいな。


「いやあ……毎回起きませんし……」


 寝起き悪いんだっけか。


「だいたい下にディディがいただろ?? ちゃんと後ろ向いとけ!!」


 半ば叫んでそう言ってくるままに慌ててドアの柱にもたれて後ろを向くハムラ。


「あ、ああ。ありがとう……」


 衣類を手渡すと、ジョーラはいまさらながら困ったような顔になり、耳を垂らした。

 煽情的な裸ともじもじしながら着替える様子に思わず反応してしまうのを耐えて、俺も服を着始めた。さすがにハムラの前でおっぱじめるつもりはない。


「ディディさんはいませんでしたよ。店主から上で休んでると聞きましてね。もう店はそろそろ閉めるそうです。……そういえば訳知り顔だったかもなぁ」


 閉めるってことはもう夜か。変な時間に起きたな。


「ディディたちはどこに?」

「屋敷に戻ったんじゃないかな」

「屋敷?」

「俺たち槍闘士部隊のために市長が用意してくれた宿だよ。ジョーラさんは使用人付きで別館だけど」


 いい待遇なことで。


 ジョーラは着替え終えると乱暴にベッドに座って足を組んだ。俺も下着と服を着てベッドに座る。


「インたちは?」

「さあ。ダイチ君は知らないのかい?」

「いや……金櫛荘に戻ったんでしょうね」


 マップを見るとやはり3人は金櫛荘に集まっていた。また変に気を利かせられたか?


「で? 何の用だ、ハムラ??」


 ジョーラは腕を組んで訊ねた。まだまだ憤慨がある。


「実は極秘のことで」

「何の件だ」

「ミーゼンハイラム伯爵のことです」

「……ああ」


 ミーゼンハイラム? 呑気な心境が一気に懸念味を帯びる。彼はまだゾフが囚えているはずだけど……。まさかハムラ、関係者か?

 ジョーラがちらりと俺のことを見てくる。もうすっかりシリアスな大将の顔で、羞恥心や怒りは引っ込んでいる。


「構わないぞ。このまま言え」

「え。でも……」

「ダイチたちは明後日オルフェを出るからな。言ったところで何も影響ないだろ。だいたい聞いた情報を悪用するようなたちでもないからな。な、ダイチ?」


 ジョーラがニコリとして信頼感たっぷりに見てくる。切り替わりの速さにちょっと戸惑う。な、ダイチと言われてもな?


「まあ別に悪用するつもりはないよ」


 ジョーラが満足げに頷く。


 ハムラは小さく息をついた。そうしていったんドアに行って、廊下に人がいないか軽く見たあとドアを閉じた。用心深いな。

 ハムラは部屋の隅にある丸椅子を持ってきて座った。


「ダイチ君。これから話すことは言い触らさないで欲しい。インちゃんやダークエルフの2人にはまあ……話してもいいけど、他の人には出来れば話さないでほしい。とくにオルフェの人には」


 結構深刻な話題らしいが……。とりあえず了承する。

 ハムラは俺に頷いたあと、ジョーラを見据えた。


「ミーゼンハイラム伯爵が失踪しました。ガスパルン卿も同じく」


 ジョーラが眉をひそめた。

 失踪……。まあ、そういう扱いになるか。


「……連絡つかないのかい?」

「はい。伯爵はともかくガスパルン卿も一緒にいて連絡がつかないとなると……」


 ジョーラは深刻に息をついた。


「事だね。失踪してどのくらいだ? どこで連絡が途絶えた?」

「3日前です。伯爵独自の調査により<ヤジルタの森>に行って以来、伯爵とガスパルンの他、一緒にいた手の者たちも戻ってきていません」

「<ヤジルタの森>……あそこには特別変なのはいなかったと思うが」

「はい……」


 一緒にいた手の者って“短剣”の3人だよな。死んだんだよな……。


「独自の調査ってなんだい?」


 ハムラは一瞬俺に目をやったがすぐに視線を落として、すみませんが言えません、とつぶやくように返答した。ジョーラはハムラに声を荒げたりすることもなく、そうかい、と口元に手を添えた。

 ハムラは調査対象が俺だって分かってるのか? だとしたらやりづらいことこの上ないが、俺はミーゼンハイラムが無事だと教えるべきなのか?


 そもそも……ハムラは“どこまで知ってる”んだ?

 俺はハムラを問いただす未来を想像したが、ミーゼンハイラムやガスパルンのように感情を失った姿を思い浮かべてしまった。


 ジョーラは考え込んでいたようだが、考え事が終わったのかやがて息を吐いた。


「3日ならまだ分からないが、ガスパルンもいて誰1人連絡がつかないのは妙だね。ガスパルンは七影の部隊長だ。あたしも手合わせはしたことはあるが、実力は他の隊長とも遜色なかったよ。他に残っている者は?」

「俺の知る限りでは調査員が2名です」

「<ヤジルタの森>は調査したのか?」

「はい。3人では不安だったのでゴーアーズ革工房から人手をもらって調査しました。ですが馬車が残っている他には変なものは何も」


 それだけ? 血とかテュポーンの出てきた穴とかは?

 賊や魔物と戦った形跡をジョーラは訊ねたが、ハムラはそんなものはなく、忽然と消えたように見えて不自然だったと述べた。痕跡は消したか。


「馬は?」

「分かりません。手綱は切られていました」


 切られてた? ジョーラが腕を組む。


「盗まれたか」

「おそらく」


 賊か。……賊の仕業なのか?


「不可解だねぇ……。ガスパルンがついていなかったら誘拐の線もあるんだが。ゴーアーズ革工房っていや、ランエリフトの工房だろ? 伯爵旗下の工房だったんだね」

「ええ、まあ。俺も知りませんでしたが」


 ジョーラはまた息を1つ吐くと、ふと俺のことを見てくる。


「実はな、ダイチ。ハムラはミーゼンハイラムの甥にあたる奴なんだ」

「え……。マジ??」


 まさかの貴族家。ハムラは全然貴族っぽくはない。


 ミーゼンハイラムの顔を思い浮かべた。

 顔は似てるような似てないような……。ハムラの方が美男子ではある。俺の感想だけど。……いや、どうだろう。ヒゲとルネサンス風貴族の髪型が結構邪魔してる気がする。


「一応ね。でも本家と縁は切れてるようなものだし、ミーゼンハイラム家全体にとってはいてもいなくてもたいして変わらない子供の1人さ」

「お前が密命役を任されたように、そういう奴が秘密裏に重要な役割を得て重要人物になっていくのは結構あることだけどな」

「俺は植物の研究が出来ればそれでいいんですけど……」


 密命係。植物の研究が出来ればいいの言葉はハムラらしいし、事実だろうが、騎士団と関わってた暗部っていうのはもしやハムラか?

 だとしたら俺たちの情報をミーゼンハイラムにリークしていたのもハムラということになるな……。


「貴族とつるむのが嫌で七影ではなく七星の入隊を希望したくらいだもんな」

「貴族たちがもう少し研究過程にも目を向けてくれたらよかったんですがね。まあ、無理でしょうけど」


 ハムラの不穏な行動はあまり信じたくはなかったが、密命の内容を訊ねてみる。

 ハムラは軽く首を振った。


「悪いけど言えないんだ。たとえ質問相手がジョーラさんでもね」


 ジョーラでもダメなのか。相当だな。

 ハムラは首は振れど、表情の変化はそれほどない。


「ま、ミーゼンハイラムのことは信用してるさ。お前は奴の血筋だし、本来なら七影側についてる奴だが、お前が悪い奴でないのは私やハリィたちがよく知ってる。ミーゼンハイラム家にこき使われることがあってもな」


 ジョーラの言葉にはハムラは苦い顔を見せただけだった。

 いつもはどうだったのか分からないが、ジョーラの信用は今回は当たってないな。なんせ、ミーゼンハイラムは王家の転覆を狙ってるアイブリンガー公爵の手駒だったからな。


 それにしてもハムラに疑惑を抱いている俺からしてみれば、判断の難しいやり取りだ。

 ハムラは不安や多少の動揺こそあれど、特別慌てふためいていたりはしていない。俺がそんな刃傷沙汰を起こす人物だと思っていないだけだと思いたいが……。


 でもなんとなくだが、ハムラはミーゼンハイラムたちによる一連の計画に深くは関わってはいない気はする。

 ミーゼンハイラムはアンスバッハ王家の暗殺を狙っていた。だが、この計画はミージュリアという都市が滅亡したことにより、頓挫した。ジルはアイブリンガー公爵は俺を得ることにより、玉座に座るための武器にすると推測した。


 王家の暗殺やら玉座やら、大それた計画であるのは間違いない。ミーゼンハイラムが恐れたようにバレれば死罪だ。おそらく一家郎党。計画は信頼の置ける人物にのみ知らせて進め、石橋を叩きながら行うだろう。

 密命係ではあるようだが……ハムラはこの“信頼の置ける人物”内にはいない気がする。貴族社会が嫌で植物の研究にばかり目を向ける者を、国家転覆も含んだ失敗の許されない計画事に軽々とは仲間に引き入れるのは少し現実味が薄い。


 たまたまハムラが俺たちの近くにいたために、ミーゼンハイラムはハムラを密命係として利用したと見る方がまだ理解できる。仮に仲間を入れるのならそれなりの理由があるだろう。


 ハムラの情報ウインドウを出す。レベル26という表記。

 魔導士ではあるが、26では戦力としてもいまいちだ。


 考え込んでしまっていると、


「……聞いておいて何もしないのはまずいか。よし。これから<ヤジルタの森>に行くぞ」


 と、ジョーラ。これから行くのか。


「大丈夫ですか?」

「まあ幸い夜だし、捜索するには都合がいいしな。ディディやハリィがいればなにか痕跡が掴めるかもしれない」


 ハムラは視線を落として、そうですね、と肯定した。


 痕跡ね。ふと、ちょっとした鎌かけを思いつく。


「俺たちも行こうか?」


 ハムラはさっと視線をあげて、「いや、大丈夫だよ。俺たちだけでじゅうぶんさ」と断った。

 ハムラは微笑していた。やけに反応が早く思えた。少し違和感を覚える挙動だ。


 やはりリークしていたのは事実なのか……?


 俺のホムンクルス疑惑と“短剣”疑惑について知っているのかは分からないが……。帰ったらこの件をインに相談しよう。


「そうだね。ダイチたちのことは信頼しているが、現段階ではあまり人を増やすのは良策ではないだろう」

「ええ。ジョーラさんと励んでお疲れでしょうしね」


 ジョーラは一瞬何を言われたか分からないように小首を傾げたが、やがて「おい!!」とハムラに軽く睨んだ。ハムラは涼しい顔で腕を組んだ。

 あまり疑いたいわけではないが、いいタイミングで場を濁したな。


「しかし意外と早かったですねぇ。俺はもっと時間がかかると思っていたんですが」

「は??」


 ハムラはわけ知り顔で嫌味っぽい笑みを浮かべた。


「お二人の関係が進むことがです」

「ま、まあ……あたしももっと段階を踏むべきだと思ってはいたんだが……ディディが……」


 ジョーラはちらりと俺のことを見たあとそんな弁解をしてくる。

 段階ね。だいぶ乗り気だったけどねという言葉がでかかったが呑み込んだ。


「ディディさんがどうしたんです?」

「いや、……」


 ジョーラは突然立ち上がって、「何でもいいだろ!!!」と叫んだ。

 必死過ぎる。何を言われたんだか。おおかた、一世一代のチャンスですよ、とかそんなけしかける言葉だろうけど。


 まあ、ともかく。実際ジョーラやハリィ君がいればじゅうぶんではあるだろう。ジョーラはレベルも70台だしな。


 情報ウインドウを出してみると、ん? と思う。


< ジョーラ・ガンメルタ LV75 >

 種族:ダークエルフ  性別:メス

 年齢:45  職業:七星の大剣「槍闘士」隊隊長・氷竜の眷属

 状態:健康


 レベル75? いつの間に。


 レベルにも驚いたが、職業の「氷竜の眷属」という表記に注視させられる。


 眷属……? なんで? いつの間に?


 タローマティたち眷属は血をもらうことで眷属になっていた。


 血……。


 俺はジョーラに血を与えるような、そんな儀式めいたことはしていない。いないが……。焦った心境で浮かぶのは、“励んでいた”ことだ。

 この世界にコンドームなんてものはない。あることはあるらしいが、痛い上にその辺に売っていないというよく分からない代物らしいので使ってはいない。避妊薬をあとで飲んでもらうことは一応言ってある。


 血が、DNA情報を書き換えるほどの神秘的な力を持つというのなら、同様の効果を新たな生命を生み出す精液が持たないのも正直おかしな話に思える。


 でも俺……ホムンクルスだぞ?


「どうしたダイチ? 難しい顔をして?」

「ジョーラさんとの閨はそんなに疲れたのかい?」

「おい、あたしはそんなに! ……そんなに……」

「そんなに?」


 怒ったようにジョーラは、「何でもない!」とそっぽを向いて答えるのを拒絶した。


 俺は2人のやり取りに苦笑しつつ、「疲れたと言えば疲れたけど、嫌になる疲れじゃないよね」とコメントした。

 ジョーラは恥ずかしがって俯いた。耳が赤い。可愛いやつめ。ハムラは肩をすくめた。


 インへの相談事が増えたな。……あ。アレクサンドラは?

 マップを出す。俺の傍には新たな緑色のマーク。ジョーラだ。マーク化には納得しつつ、アレクサンドラが家にいるらしいのを見つける。


 家か……。確認するにもちょっと行きづらいな。とりあえず帰ろう。

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