9-34 兵士たちの饗宴 (2) - アピス討伐隊
ジョーラがパウダルさんを呼んでくれ、料理を頼むことになった。
パウダルさん曰く、プルシストの肉は兵士たちに食べられてなくなってしまい、今は狼と豚しかないとのこと。
「なんだと!?」とインが軽く憤慨したので落ち着きなよと諫めた。牛肉が美味いのは分かるけども。
「だ、出せるのは狼肉と野菜のスープと豚肉のソーセージ、3色豆のポタージュ、ザワークラフトですね……」
パウダルさんがインに怯えた様子を見せながらメニューを教えてくれる。強欲な食欲を半ば責める心境でインを見ると、ぷいっとそっぽを向かれた。
それにしても狼肉か。ヴァイン亭で食べたけど普通に美味かったんだよな。でもがっつり食べたい気分じゃない。
「……全部だ」
「え?」
「全部出せと言っておるのだ」
インは腕を組んでそっぽを向いたまま、そう横暴な注文をした。貴族か。
パウダルさんが不安を含んだゴブリンの眼差しで俺やジョーラを見てくる。
ジョーラは不平の言葉こそ発しなかったが、片眉を上げていて口をへの字にしている。そんな顔にもなる。俺はため息をついた。傍から見ればただの子供のわがままだからな。
ハリィ君は困ったような顔で、ヒーファ君はとくに表情は変えず、静かにしている。静かにはしているが視線はしっかりとインにある。
「インには全部で。……2人は何食べる?」
「じゃあ私は狼肉のスープとソーセージでお願いします」
「ヘルミラは?」
「私も同じでお願いします」
あとは俺だが、ハーブ味や香辛料は強いだろうがソーセージはソーセージだろうし、豆が気になるな。
「3色豆って何の豆が入ってるんですか?」
「モール豆とファヴァ豆ですよ。赤モール豆と茶モール豆とファヴァ豆で3色です」
なるほど? ファヴァ豆はソラマメだ。モール豆はお馴染みのパプリカスープによく入ってる素朴な味わいの豆。
3色豆のポタージュとソーセージにすると、次いで支払いはどうするかと聞かれる。
どういう意味か訊ねてみると、軽く驚いたが、店内にいる兵士たちの支払いはすべてジョーラが支払っているとのこと。パウダルさんは先日のグラナンに端を発するテーブル拭き事件のことも覚えていて、俺たちが兵士には見えないので聞いてきたらしい。
「金は余ってるし、必要な分は管理する者が管理してるから気にしなくていいぞ?」
ジョーラがからりとした気さくな表情で姉御肌力を存分に発揮してくる。
いやいや……。ハリィ君の気持ちが痛いほど分かる。見れば、ヒーファ君がため息。君もそう思うか。
まあいいかと思い、好意に甘えておごってもらうことにした。これだけの兵士の人数分おごったのなら、俺たちの人数分おごるのもさほど変わらないだろう。……インは1人で軽く3,4人分くらいあるけども。
酒はビールとシードルとプラム酒、水があった。プラム酒は市民が飲む酒としてあるのは知ってたが飲んだことはない。
どうせ生温かいだろうし、ビールの口直しに飲むことになるかもなと思いつつビールを頼んだ。インはこちらはさすがに全部ではないようでビールを頼み、姉妹はシードルを頼んだ。
パウダルさんがぱたぱたと去っていく。
注文の最後の方ではベイアー含めた3人の兵士が店にやってきていたのだが、グラッツと見知らぬ兵士2人が席から立ち上がった。グラッツは見ていなかったがいたようだ。
《聞き耳》は切っているので分からなかったが、グラッツたちはアバンストさんとなにか話した後、店を出ていった。入れ替わりかな?
「そろそろかね」
「なにが?」
ジョーラは今満腹処では各自武勇伝を披露していることを告げた。
武勇伝の他に、最も怖かった体験やなにか面白い話でもいいとのこと。
「新兵に武勇伝の類を期待してもね。――ま、お互いの組織の親睦会だからね。ただ食事しているだけじゃあまり意味がないだろ?」
「そうかも」
「訓練やってればそのうち打ち解けていくだろうけどね」
面白いかどうか分からないが暇なら聞いていくといいよというので、もちろんと俺は頷いた。
インは2つ先のテーブルを見ていた。視線の先にはあまり手を付けられてない大きなステーキ肉があった。
「じゃ、またあとでな」
「またお話ししましょう!」
すっかりヒーファ君の好奇心の対象になったらしいが、ヒーファ君、ハリィ君の両名は席に戻り、ジョーラはマルトンさんの横に座った。
カウンター席の面子がジョーラ、マルトン、アバンスト、フルドとなっていて、各代表なのではないかという思惑がよぎる。
警備兵は本来なら代表はキーランドさんだが、見かけていないし、フルドは父親の威光で新兵代表とかになっていても分からなくはない。
そういえば、アレクサンドラは外にいるままだ。ちょうど交代したあとだったか?
アバンストさんが立ち上がって手をパンパンと叩き、「これから後半の部を始めるぞ!」と伝えた。歓声があがり、拍手も起こった。
やがて方々から兵士たちが立ち上がり、ハリィ君たちのいる槍闘士の席に向かう。顔ぶれは知らない人が多いが、年齢や体格的にそれなりの実力者が揃っているように思われる。
そうしてテーブルにはどうやら短剣がずらりと並んだようだった。くじかな?
各々が剣を選び取っていく。
やがてマルトンさんが「私か~」と少し情けない声をあげながら選んだ短剣をみんなに見せた。そうしてアバンストさんと何やら会話。当たりはマルトンさんらしい。
周りから楽しみにしてますといった声がいくらか上がり、マルトンさんはその都度応答した。
アバンストさんが席を動き、カウンター席の真ん中にマルトンさんが座る。
静まる店内。マルトンさんはこほんと咳ばらいをした。
「門番兵のみなは知ってると思うが、西門の門兵、マルトンだ。そこにミゲルというベテランがいるが、彼は“財務官殿”で、私の方が兵歴も長くてな。そういうわけで西門では私がリーダーをやっている。――槍闘士の部隊の方々もお見知りおき下され」
そう言ってマルトンさんは胸に手を当てて槍闘士の席やジョーラに向けて会釈した。
ミゲルさんは名前が出た折に立ち上がって周りに向けて手を挙げ、それからジョーラには胸に手を当てて挨拶をした。マルトンさんよりも優雅な所作だった。
文官っぽいとは思っていたけど財務官殿っていうことは経理担当かなにかか。レベル低かったしな。
ミゲルさんは転生後に初めて見たケプラ兵だ。そういう意味では結構印象深い人でもある。
情報ウインドウで見ればミゲルさんはレベル12だった。マルトンさんは25。
アリオやライリ、騎士団の新兵たちも10台だったが、ミゲルさんは訓練やってるんだろうか。
「さて。あれは20年ほど前、私が22、3の頃だった。当時の私は訓練もそこそこに女と過ごしてばかりいた小僧でな。夢中になった女がいくつかいたんだが、うまく事が運ぶことがあれば、罵られて終わったこともあり、強姦魔だと勘違いされて女の兄と取っ組み合いになったこともあった」
そんなことがあったのか。マルトンさんは結構落ち着いてる普通の人なので意外ではある。若い時にやんちゃしていた人ほど年を取って落ち着くものだけど。
「その話は聞いた覚えがないな。なんで強姦魔なんかに」
と、横からアバンストさん。マルトンさんは女の声がでかくて悲痛だったんだよ、と肩をすくめた。なるほど?
その取っ組み合いはどうなったのですか、とテーブルから若い声があがる。
「お互いボロボロだよ。実力的には私が上だったんだが、彼もまあ兵士ではなかったんだがそこそこやる男だったし、イスやら花瓶やら……野菜やら投げられてね。悲惨だった。最終的には合意の上だったと分かってくれたんだがね。今度から俺のいる時は口に布でも巻いておいてくれって話になってな」
武勇伝ってのはその話かい、とやれやれといった調子でジョーラ。マルトンさんはいやいや、この話ではないですよと否定した。もしそうならちょっとウケる。
しかしジョーラは下ネタ――下ネタの範疇なのかこれは?――とか気にしないたちか。居酒屋で男たちと宴会してそうだしなぁ。
「……で、まあ、そんな頃。アピス討伐メンバーが募られていたんだ。私はこれに参加した」
軽くどよめきの声が上がる。
アピスか。七星・七影の隊長に贈られる革鎧の素材だ。なのでアピスがそこそこ強い部類の魔物であるのは想像がついていた。
「知っている者も多いと思うが、アピスの討伐は都市兵に来る討伐依頼のなかでも報酬が多い方だ。前線で活躍できた者は3年は遊んで暮らせると言われ、数合わせの者でも5、60万もらえるくらいにはな」
再びどよめきの声。今度は喜色や好奇心がだいぶ混じっている。俺たちの傍のテーブルでも、「すげえ!」「兵士は荒稼ぎできないって聞いてたけど」などの声が上がった。若い人が多いらしい。
生きていればだぞ、とマルトンさんが念を押した。静かにはなったが、兵士たちの色めきだった表情は消えていない。
3年遊んで暮らせるか~。月収3万で計算したら108万だが、“遊んで暮らせる”だからな。
それでも元が取れるってことだろ? すごいな魔物の素材。
料理が運ばれてきた。豆の風味が鼻腔をくすぐった。インは狼肉のスープにすぐにがっついた。
「ただアピスの討伐隊の募集がケプラまでまわってくることは少ない。アピスが降り立つ地は主に3か所あるが、ケプラに近い<ロックウッドの森>周辺にアピスが出現することは年に1,2度ほどで圧倒的に少ない。だからケプラに依頼がまわってくることも稀なのだ」
降り立つってことは飛んでるのか。
比較的風格のある兵士たちが頷いているようだった。その中にはベイアーもいる。
「門兵たちからは家族に遺言残しておけよと言われつつ、私は集合場所であるノルトン西部駐屯地に向かった。そこにはアバンスト団長もいた。所属はノルトン駐屯地だったがね」
懐かしい話だな、とアバンストさん。昔は駐屯地にいたって詰め所で言ってたな。
「アピス戦は迅速な移動と戦いが強いられる。発見して2日も経てば飛び立っていってしまうからだ。……さて。アピス戦の難易度を上げているのは、この時間制限があるために人員の精強さにばらつきがあることだ。私が参加した時は30人ほど集まったが、これまでの<ロックウッドの森>でのアピス戦の戦歴からすると少々心もとない面子だったと聞いている。上の方ではレベル40台の傭兵が2名と当時の西部駐屯地の隊長ラガー氏、レベル52だという熟練の魔導士の傭兵が1名、先日のセティシア戦で惜しくも亡くなってしまった名攻略者のアンゼルム・レパードット氏がいたのだがな」
死んだのかという声がちらほら上がる。有名な人らしい。
「この5名以外はアピス戦では正直戦いにならないと言えた。私やアバンスト含めてな。この5名が中心となって戦ったよ。……実際戦いが始まると、この戦いにならない者たち、レベル30に満たない半数以上が死んだ。知っている者もいると思うが、ラガー氏もこの戦いで死んだ。彼はレベル41だったそうだ」
マルトンさんはそう淡々と戦いの結果を話した。さっきまで喜色で浮足立っていた観衆、とくに若い兵士たちは信じられないとばかりに閉口していた。結構死んだな……。
ベイアー含めた貫禄ある者たちは難しい顔で視線を落としたり、静かに頷いたりしていた。ディディーは腕を組んで分かっている風に頷き、アルマシーもまた口をへの字にして難しい顔をしていたが、一方ジョーラはジョッキを煽っていた。口を拭ったあともなにか心境の変化らしい変化がある風には見えなかった。さすが歴戦の将というべき?
マルトンさんは次いで私も無事ではいられなくてな、と腕当てを脱ぎ、袖をまくった。いくらか驚いた声があがる。
少し遠くて見えづらかったが、あったのは火傷のような傷跡らしい。肘の手前辺りから続いている結構大きい傷だ。
やがて1人の若い兵士が「あの」と、静かに手を挙げた。コーエン――的当て競争で一番いい成績を収めた新入りの団員だった。
「なぜ半数以上も死んでしまったのでしょうか? レパードット氏のような強者がいたというのに」
確かにそうだな、彼に倒せない魔獣はいないと言われていたのに、などという声が上がる。レベルいくつだろう。
マルトンさんは袖を戻した。
「討伐隊のメンバーの統制が取れていなかったことだろうな。即席の部隊だからな。アピスはよく、はじめに飛翔しながらブレスを吐くことが知られているが、このブレスを避けるのは難しい。鋼の鎧も易々と溶けてしまう。だから結界や防御魔法を使える魔導士がいたら彼の後ろに行くか、レパードット氏のような猛者の指示通りに動くのが筋なのだが、ブレスで数名が焼かれると何人かが逃げだしてな。アピスは逃げる者を追いかける。魔導士殿は『逃げるな! 戻れ!』と必至に声をかけていたが無駄だった」
すっかり静かになった場のなか、ジョーラがその魔導士の名前を訊ねた。マルトンさんはクリューガーと教えたが、ジョーラは首を傾げて思い出そうとしたが言葉は出てこない。知らないらしい。
「レパードット氏が機を見て、死んだ兵士の槍を取り、空の果てまで飛んでいきそうな投擲術を奴に見舞った。アピスは片翼をもがれ、もう一方の翼も魔導士殿が氷魔法で凍らせた。アピスは落ちるように地上に降りたった。ここからだな、ようやく我々がまともに戦い始めたのは。……レパードット氏と近接戦闘もいける魔導士殿が中心となった一瞬とも永遠とも思える激戦の中、私は後ろでしばらく震えていたんだが、アバンストが隙を見て奴の脚や体を攻撃し始めたのを見て、私も倣ったんだ」
さすが団長だ、という声が上がる。まったく通じんかったがね、かすり傷程度だよ、とアバンストさんが穏やかに告げる。
「まあ、こんな感じだったな。私のアピス戦は。報酬はもらえたが、しばらく腕がうまく動かなくてね。治療費と薬とその間の生活費でほとんど飛んでしまったよ。結局もらったのは奴の死ぬ寸前の精彩を欠いたブレスによる腕の名誉の負傷と、“真面目に訓練するようになった心”だな。これ以来、私は訓練に精を費やしたものだ」
マルトンさんは腕を軽く撫でるようにこすりながらそう語った。
話は終わりのようだった。少し間があって、拍手が起こった。姉妹も拍手していたが、インは相変わらず料理にがっついている。
そんなところにジョーラがマルトンさんに「その魔導士はレストロハかもね」と告げた。レストロハ? マルトンさんは目を丸くした。
「レストロハ殿……? 元
「ああ。レパードットと親しくなかったか?」
「え、ええ。見知った仲のようで、連携も取れていました」
ジョーラはふっと笑みをこぼした。アバンストさんが横から「ではやはり……」とこちらは口元に手を当て、理解したような口ぶり。
「近接戦闘の出来る魔導士が少ないのは知っての通りだが、近接戦闘が出来るからと言って傭兵稼業をする魔導士なんてのはそういない。わざわざ人の少ない魔物の討伐に赴くのもね。どこかの有名パーティやどこぞの軍の隊員たちと来ているのなら別としてね。だいたいレベルが高すぎる」
「言われてみれば確かに……」
「私も当時は一隊員だからね。絶対そうとは言い切れないが、レパードットと連携が取れるほど親しいならほぼ決まりだと思うよ。2人は武闘大会のタッグ戦で優勝したほどだしね」
マルトンさんは今度は確証をもって、確かにそうですなと頷いた。
「レストロハは変わったじいさんでね。レベルも名前も偽ってただろうね。《
《隠蔽》使ってたのか……。色んな人がいるもんだ。
「ありがとうございます。20年来の謎が解けた気分です」
マルトンさんがそうお礼を言うと、「私も懐かしい話を聞いた気分になったよ。レパードットが生きていれば今の話を聞かせたいところなんだがねえ」と破顔した。
「レストロハ殿は今どちらに?」
「さあ? 引退後はしばらくはガウスの村にいたそうだけど、その後はどこかにいったきりらしいよ」
「お会い出来たら是非お話をしたいところです。我々が生きていたのも2人のおかげでしょうから」
「そうだね。是非してやりなよ」
はい、とアバンストさんが柔和に頷く。
「――よし。じゃあ次の者に行こう!」
アバンストさんが手を叩いて、静まり返った店内は息を吹き返したように騒がしくなる。
余談も含めて結構面白かったな。内容は悲痛だけど。若い兵士には戒めにもなるだろう。
インのもぐもぐっぷりが目に入り、俺も料理に手を伸ばした。
スープは淡い緑色のスープで、豆が浮かんでいた。スープ皿はがっつり木食器なので、ベジタリアン向けの料理にしか見えない。
口に入れた。……うん。においの通りソラマメのポタージュだな。まあ、美味い。物足りなさは感じるけど。タマネギとハーブが入っているがコンソメとかはないようだし、再現性は高そうなスープだ。
2本のソーセージに視線が向かう。日本のスーパーでよくあるウインナーの1.5倍くらい太く、表面に焦げ目がついている。ソーセージというかフランクフルトだ。
ナイフで切ってみると、脂肪の白い斑点の見える断面からはカレーっぽいにおいとハーブのにおいがつんと香った。カレー?
口に入れるとソーセージの味とカレーの風味の他、黒コショウとナッツのような粒があった。チーズ入りは食べたことあるが、ナッツ入りは初めてだ。国産のウインナーとはだいぶ内容が異なっているようだが、肉汁は香ばしいし、美味い。口に運ぶ手が進む。美味い、美味い。
死者が出た討伐の話を聞いたからか、生きてるっていいよな、と思う。死んだら美味い料理も食えないんだからな。
咀嚼をぴたりと止める。……いかん。思考がインになっている。
>称号「肉料理に目がない」を獲得しました。
いかん……。
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