9-33 兵士たちの饗宴 (1) - 満腹処とダークエルフたち


 その後、改めて旅路で必要な品々に関して少し話したが、これ以上の旅の支度品に関してはグライドウェルの方で揃えてもらえるようになった。


 エルフ国フリドランや獣人国シャナクにはないが、ドワーフ国ガシエントのタジサンガスとビアラットにはグライドウェルの支部がある。これらの都市を訪問した際には是非寄ってほしいとのこと。

 蹄鉄や車輪などの諸々の備品の即時提供をはじめ、何かしらのハプニングが発生した場合も対応してくれるという。


 寝具に関してはテントは戦争での遠征時や隊商キャラバンを組む時などの大人数での移動時以外では基本的に張らないらしい。馬車内で眠り、夜番がたき火の周りに2,3人座り、周囲を見張るという形とのこと。

 ファンタジー諸作品でしか見ない光景だ。キャンプではないし、野宿の大変さは頭では分かっているのだが、ワクワクが止まらない。いくら治療したとはいえ俺には夜番は厳しそうだけどね? 信頼面がなさすぎる。


 もちろん備品や寝具の金の出所はホイツフェラー氏の余剰金。俺たちが指名していたエリゼオとの契約金もグライドウェルの方で持ってくれるらしい。

 なんだか申し訳なくなってしまうが、是非使わせてほしいと言ってくる辺り、ホイツフェラー氏への恩を売るためとかあるんだろうなと察した。


「色々とありがとうございます。ホイツフェラー氏には俺の方からもグライドウェル家の方でよくしてもらったと伝えておきます」


 シルヴェステルさんはありがとうございますと微笑した。

 まだケプラを出てすらいないんだがなぁ、とワイアードさんからコメント。確かに。


「増員の伝手が必要になった際には、ダイチ様の方でも是非当家をご利用ください。彼らほどの猛者が急きょ揃えられるかは支部の状況にもよるので正直なところ何とも言えませんが……契約書を見せれば善処してくれるはずです」

「分かりました」


 俺自身への媚び売りもあるのかなと内心で思う。七影の隊長であるホイツフェラー氏がここまで世話を焼くことが理由としてじゅうぶんだろう。


 そうして順調に話が終わったかと思ったが、契約書へのサインの点で軽くつまずいた。俺は字が書けないからだ。


「え、全くダメなの? 言葉も違和感ないし、読むのもできるのに~」


 と、タチアナが素直な感想を述べる一方で、俺の内心は冷や汗で軽く水たまりが出来ていたのは言うまでもない。


 そりゃあ、基本的に日本語でしか言語情報が入ってこない上、俺の言葉も即翻訳されて相手に伝わるのだから言語を学べるわけがない。


 判子も持っていなかったし、結局その場で「ダイチ・タナカ」という文字の軽い書き練習をするというなんともふがいないことを行った。

 羽ペンとインクは借りることになったが、紙は自分のお手製のバインダーを使った。練習する見本にするために……。


 まず《言語翻訳》をOFFにして「ダイチ」の文字を記憶する。そして書く時にはONにした。OFFにすると周りの会話も意味不明になるので、記憶の時間は一瞬だ。これを何度か繰り返した。

 幸い魔法陣に描かれているようなルーン語的な、ロシア語的な記号的な言語の代物ではないのが救いだったが、「a」が「w」のような文字だったりして、ぱっと見法則的にはそれほど変なものはなさそうだったけれども、アラビア語の雰囲気もあり、覚えるにはそれなりに時間がかかりそうだった。


 ガラクタのバネを留め具代わりにしただけのバインダーについてスタンリーさんからそれ便利でいいね、とけなしているのか褒めているのか微妙に分からないコメントをもらったが、正直気にする余裕はなく、恥ずかしくてたまらなかった。

 今まで全く言語に着手しなかったことを後悔したのは言うまでもない。だって必要なかったし……。ホイツフェラー氏への手紙を書く時には代筆屋を利用しようと思っていたんだが……。


 ちなみにインに念話で聞いたのだが、ガシエントはアルメス語――オルフェの公用語だ――も通じるので問題ないとのこと。だが、フーリアハットでは独自の古い言語があり、獣人やダークエルフはともかく、エルフはごく一部の者しか使えないだろうとのことだった。


『まあ、お主は言語に関しては翻訳スキルがあるようだから問題なさそうだの』


 ――いや、分からないよ。俺まだアルメス語しか見てないと思うし……。だいたい、その辺の説明をどうしたらいいのか。ないんでしょ? 翻訳スキルって。


 俺の不安をあまり分かってないようで、インは『素直に読むのはできるが書くのはできないと言えばよかろ?』と言ってきたものだった。


 なんか変わった障害者みたいじゃんそれ……。


 見かねたシルヴェステルさんからギルドで家名の判子を作るのを勧められたので、俺はこのあと即ギルドに行くことに決めた。出発までに名前くらいは書けるようになろうとは思うけどさ。


>称号「傭兵を雇った」を獲得しました。


 ・


 話をある程度終えた俺たちは明後日に来訪する約束をして傭兵派遣所を出た。


 ちなみにインは別れ際にグレンさんからお礼を言われていた。

 話の間、念話でルオにこのことを伝えたことが告げられる。じきにペイジジにも伝わるだろうとのこと。そういうことは気が利いてるのに。


 そうして急きょギルドで判子の作成を依頼したあと――判子の枠組みがいくつか選べたので、竜のかぎ爪のある枠を選んだ――ガルソンさんの店でアクセサリーの進捗を聞きに行った。明日には終わるだろうとのことだった。


 武具屋を出ると、見慣れた人物が店に背中を預けていた。体の半分がはみ出ていた。見つけてくれとでも言わんばかりに。


 シェフェーさんだ。


 誰かを待っているようにも思えるが、実のところ傭兵派遣所を出てからずっとつけられていたのは知っていた。道では目立つせいかだいぶ後ろの方にいたようだが。


「シェフェーさん」

「用事は終わったのか?」


 俺はええ、と頷く。

 少し間があったので、注文したアクセサリーの作成の進捗を聞きに来たことを告げた。


「……そうか。出発に間に合いそうか?」

「仮に間に合わなくても間に合わせると豪語してました」


 苦笑してそう言うと、シェフェーさんは「ドワーフどもは声がでかいからな。笑い声も怒鳴り声も、泣く時もな」と、わずかに肩を動かした。同意ではあるけど、泣く時もか。


 ……ん? ああ、店の外にいても聞こえてたってことか。でもそんなに声でかかったっけか。


 明後日の出発のことを告げるとガルソンさんはしんみりしたものだった。

 ケプラには友人・知人がたくさんいるからいつか戻る、そしてガルソンさんもその一人だというのを伝えると、いつもの陽気なガルソンさんに戻り、ガハハ笑いを披露してくれたけれども。


 インが両手を腰にやった。


「ずっとつけてきおったから何かと思っとったが。一緒に街を巡りたいならそう言えばよかろうに」


 シェフェーさんの左耳がピクリと動いた。

 ああ、ストーキングについてはせっかく触れずにいたのに。


 シェフェーさんがゆっくりと振り向いた。

 現れた一切の油断をしなさそうな猫の顔は少し笑っているように見えた。うん?


「俺のような獣人は目立つからな。ケプラは獣人も住むいい街だが……少し緊張感が足りない」


 “俺のような”獣人? 確かに猫顔の獣人は見たことはない。シェフェーさんをチラ見している通行人はいるようだけど。

 それにしても緊張感か。俺は別にこれくらいでいいけどな。


「それだけ賑わっているということだな。殺伐とした人族の都市には獣人も住まんと思うがの」

「そうかもしれんな」


 シェフェーさんはインの言葉に半ば同意したかと思うと、踵を返した。


「なんか用事があったんじゃなかったのか?」


 インの質問にシェフェーさんは右腕を挙げただけで俺たちから離れていく。

 言動が渋い人だ。猫っぽいと言えば猫っぽいのだろうか?


「ようわからん奴だの」

「まあ、旅を続けてたら仲良くなれるよ」

「ふむ……ま、そうだの」


 まあ、つけてきたのはおおかた俺やインの素性やら実力やらが気になったところだと思うけど。俺たちのレベル高いしね。……や、高いってもんじゃないけど。


 それともあれか。文字書きの練習をして間抜けを晒したことが案外効いてるのかもしれない。こんな奴がまさかな、って。


「さて。話ばかりで腹が空いたぞ、ダイチ。のう? ディアラ」

「私はとくに……」

「腹の小さい奴だのう。私は空いたのだ」


 「まさか」って何だ? 疑うのだとしたら……悪人かどうか? うーん……まあいいか。


 ともあれ用事はあらかた済んだので、「腹が空いた」というインの腹の薦めのままに、なにか口に入れることにした。

 市場で軽食をつまむのもよかったんだが、結局一度も<満腹処>で食事してないことに気付く。


「そういえばなんだかんだ<満腹処>で食事してないよね。この前も<戦士の篝火>に行っちゃったし」

「そうですね……」

「じゃあ、行くのは<満腹処>だ」


 というわけで、俺たちは<満腹処>に行くことにした。



 ――通りがかりに賑わっているのは知っていたが、<満腹処>はテラス席まで満席だ。


「今の時期にケプラにいなかった奴は損だな!」

「ワリド団長が死んだのは辛かったが、報復はしたし、王も来てくださったし、」

「代理な」

「王の代理はもちろん七星や七影たちにも会えたし、騎士団には槍闘士スティンガーも来たくれたことだし」

「赤竜様が姿をお見せになられたら完璧ね」

「まったくだ」


 テラス席の庶民服の男女からそんな会話が聞こえてくる。


『ジルは今忙しくしてるからのう。だいたい奴は気まぐれだし』


 ――空を飛んだりはするんでしょ? 祭りの時とかに。


『稀にな。平時では姿は見せんよ』


「良いとこの兄ちゃん! 今は店は満席かもしれねえぜ! 騎士団と警備兵が席のほとんどを占拠してるからなあ」


 少し離れた席からそんな陽気な声が届いてくる。見れば、3人組の傭兵風の男たちが俺たちのことを見ていた。兵士たちが?

 ありがとうございますと手を挙げておく。ありがとうございますだってよ、と声をかけてきた男は仲間に肩をすくめた。


「話し合いでもしてるのかな」

「どうでしょうか」

「一応中を覗いてみんか?」


 インには名残惜しむ様子があった。肉のにおいが強まったからだろう。

 後ろでさっきの男が「善行を積んだから今日のダイスは勝てるぜ」と話すのが聞こえた。善行ってもしや俺が礼を言ったことか? やめとけやめとけ。


「席が空いてないか聞いてみようか」


 ウエスタンドアの入り口から鎧を着た人が座ってるのが見えた。その隣の席も、そのまた隣の席も兵士だ。男たちの言葉通りらしい。


 店に入ろうとすると、小太りの男が小走りで店から出てきたので、さっと横に逸れる。


 目が合う。


「……あ」

「あ」


 小太りの男は立ち止まった。アルマシーだった。上半身に鎧はないが、下は足と腰に部位鎧をつけている。


 アルマシーはきょとんとしていたが、見る見るうちに再会の喜びに溢れた表情になっていく。


「ダイチさん!!」

「アルマシー!」


 俺もまた、アルマシーと似たような表情の移り変わりだったろう。


「久しぶりですねえ!! 皆さんもお元気そうで!」

「うむ。お主もの」

「お久しぶりです」


 姉妹も耳をぴんと張らせて頬を緩めていた。


 さきほど声をかけてきた男たちから「槍闘士と知り合いか?」という声が聞こえ、彼らの前のテーブルでは上体を席から逸らして見てくる女性客や振り返ってきた男性客が視界の端に見えた。


「ジョーラさんはダイチさんと話したと聞きましたし、副隊長とディディさんも元気にしてたと言っていて。でも私やハムラさんは警備で憩い所に入れなかったんですよねえ」

「そうらしいね~」


 インが料理美味かったぞ、と意地の悪い表情で言うと、アルマシーが「くう~! 最高級料理の数々を私も堪能してみたかったですよ」と悔しがる素振りを見せた。相変わらずだなぁ。


「……あれ。ダイチ君」


 どこかで聞いたような声が聞こえたので見れば、ハムラだった。

 アルマシーとは違って上も下も鎧をつけているが、革製だ。


「ハムラさん」


 また声が自然と再会の喜びに溢れてくる。


 ハムラは手を挙げて、久しぶり、とアルマシーと比べると数倍スマートな挨拶をした。

 相変わらずのちょっとちゃらめの柔和な笑みをこぼしながら、彼は俺たちの顔ぶれを軽く眺めていく。


「お主もおったか」

「いたよ。今日はここで懇親会だからね。俺はもうすぐお暇するけど」


 懇親会?


「今日は私たち槍闘士部隊とケプラ騎士団、警備兵たちの3つの組織が親睦を深めるための食事会なんですよ」

「一応新入りの兵士たちの紹介の意味もあるみたいですよ」

「そうだった。新入りのこともありました」


 歓迎会か。晩飯じゃないのは警備のことを考えてかな。

 ハムラから食事をしにきたのか訊ねられたので頷く。


「じゃあ是非一緒に食べませんか?? 席なら私やハムラが横にずれて動きますから」

「アルマシーさんが席で横にずれてもあんまり変わらないんじゃないですかね」


 と、ハムラの皮肉。笑う。アルマシーは「確かに」とアゴを縦に動かした。なぜか神妙に。俺たちの中で軽い笑いが起こった。


「まあ、俺は木箱に座るのでも何でもいいですが。……ところでアルマシーさん、香辛料はいいんです?」


 ハムラの声に思い出したようにアルマシーは、そうでした、と顔に焦りを露わにした。


「香辛料の在庫が切れそうなんです。店の倉庫にはあるそうで。ではちょっと行ってきます!」


 アルマシーは俺たちの来た道を駆け足で引き返していく。


「アルマシーさんじゃなくてもいいんじゃ」

「いやあ……俺もそうは思うんだけどね。くじ引きで決まってね。結構盛り上がったよ」


 くじ引きじゃしょうがないな。くじか……どうやってくじ引きしたんだろう? 割り箸はないよな。

 どうでもいいことだけど聞いてみれば、各テーブルで布を半分隠した短剣を引かせていき、柄に布を巻いてある短剣が当たり。で、最後に残ったのがアルマシーだったというわけだった。短剣は店のナイフ代わりのやつだ。


「ま、食べていきなよ。みんな喜ぶよ。……そういえばヒーファいるよ」

「ダークエルフでしたっけ。隊長候補の」

「そうそう。ジョーラさんと同じで気のいい人さ」


 ついに男ダークエルフか。

 楽しみだね、と姉妹を見ると、はいと頷かれる。2人ともちょっと緊張がうかがえる様子だ。


 ハムラについていって店内に入っていく。


 外からも見えていたが、店内は賑やかで、兵士たちは各々話に花を咲かせているようだった。


 アルマシーのように鎧を脱いでいる人はぽつぽつあって、座席やテーブルの足元など方々で脱いだ胸当てやら各部位鎧やらが置かれてある。冑はみんなかぶっていないようだった。懇親会で顔が分からないのはな。

 懇親会の話の通りに兵士ばかりの様子だが、40人は軽くいるだろうか? 団長の葬式では兵士が集っているのは見たが、ケプラだけでもこれだけの兵士がいるんだなと軽く驚かされる。


 東門のエルヴィン君と西門のルアルド君が同席してるのが目に入る。

 エルヴィン君から気付かれてニンマリされる。ルアルド君が振り向いて、軽く会釈してくるので手を挙げた。そういえば2人の年齢は近かったっけな。


 ベルナートさんやアレクサンドラ、ベイアーたちなんかの見知った顔ぶれを探しつつマップを見ると、アレクサンドラは市場の方にいた。仕事中かな。

 さすがに全員集合は厳しいだろうし、入れ替わりとかで来てそうだ。でもそんなに長くいるのか?


 カウンター席の中心部にはマルトンさんらしき後ろ姿があり、その隣ではアバンストさんと息子のフルドが何やら話をしている。

 店内のちょうど真ん中辺りのテーブルに槍闘士たちの見知った顔ぶれがあった。もちろんジョーラもいたが、その先のテーブルでは褐色肌で、耳がとがっている人。茶髪で長いもみ上げを三つ編みにし、少し長い髪を首の後ろで束ねている。


 この人が?


「――お? 姉さん姉さん」


 俺たちを見つけたディディが隣に座っているジョーラに声をかけた。手前の席にはやけに姿勢のいい金髪ショートの男性。

 ディディに呼ばれて振り向いたジョーラが俺たちに気付く。


「ダイチ! イン! お前たちも」


 ジョーラは立ち上がって俺たちの元に来た。ディディも続いた。金髪の人が振り向く。馴染みのあるジャニ系っぽい顔――やはりハリィ君だった。


「ダイチさん!」


 やほ。


「ハムラ。連れてきたのか?」

「ここで食事するつもりだったそうです。入り口でばったり会って。なんで、ちょっと誘ってみました」


 ジョーラはふっと笑みをこぼして、「ま、いいんじゃないか? 身内連れてる奴も少なからずいるしな」と、歓迎する意向を見せた。

 そうしてジョーラは「アバンスト!」とアバンストさんを呼んだ。親しげだ。


「――おや。ダイチ殿」

「食事に来たそうなんだが、どこかのテーブル使わせてやってもいいかい?」

「ええ。もちろん。ダイチ殿御一行と我々は切っても切れぬ関係ですからな」


 アバンストさんは表情を緩めてそんなことを言ってくる。照れくさいなぁ。


「奇遇だね。実はあたしら槍闘士ともそうなんだよな」

「ご存知ですとも」

「そうなのかい??」


 ディディが何食わぬ顔で「姉さん個人ともですがね」と横から言葉を繋ぐ。


「おい、ディディ!」


 やれやれ。


「席は……ちょっと満席ですな。各々少し詰めてもらいましょう。――お前たち! 席を詰められる者は詰めてテーブルを1個開けられないか?」

「うちらも詰めれるのは頼むよ」


 ちょっと申し訳なかったが、開けてもらった末、奥のテーブルにつかせてもらった。……そういやアルマシーいないけど席大丈夫か?


 店員を呼び止めるタイミングがなかなか図れないので、こっちから行くかと立ち上がろうとするとジョーラが茶髪ダークエルフを連れてやってきた。

 目はしっかり紫目で、やや吊り目の勇敢そうな雰囲気だが、実直そうな印象もある。後ろからはハリィ君。


「ちょっといいかい?」


 もちろんと頷く。


「紹介したくてね。うちの隊員でヒーファっていうんだ。実力は2番手でね」

「ヒーファ・ウミアリタです。あなた方のお噂は色々と聞き及んでいます」


 ヒーファ君はそう言いながら、気さくな表情を見せてくる。途端に雰囲気がいくらか幼くなる。

 視線に多少探るようなところというか好奇心を含んでいるが、印象のままに普通に悪い印象は持たない。


 そういえばウミアリタだったな、有田海かと思いつつ俺も立ち上がって、自分たちの紹介をした。


 ダークエルフは姉妹にジョーラにみんなハーフ寄りの薄めの顔立ちだが、彼もまたそうらしい。端正なのも共通なのかは分からないが、顔立ちも普通に綺麗めで整っている。

 ジョーラは引退をこぼしていた頃、もう少し様子を見たいと彼への心境を語っていたものだが、確かに若さは感じる顔だ。大きめの目ときりっとした眉には素直に話を聞いてくれそうな好青年の印象を受ける一方で、小さめの薄い唇には頑強な意思、ともすれば繊細な感性を予感させられもする。


「話したと思うけど、ディアラとヘルミラはトミアルタ家のもんさ。ちょっと事情があって今はダイチたちと一緒にいてね」

「トミアルタ氏には昔稽古をつけてもらいましたね」


 そうなのですか? とディアラ。耳がちょっと持ち上がった。


「トルアルエに来た時にね。俺はその時はようやく鹿を狩れるようになった頃だったけど、筋がいいって言われてさ。トミアルタ氏はみんなの憧れだったし、嬉しかったのは今でもよく覚えてるよ」


 ヒーファが懐かしむようにそう語った。鹿か。

 と、ジョーラがヒーファの背中をバシっと叩いた。ちょっと前のめりになるヒーファ君。鎧をつけていないのでいい音が鳴った。


「あの時の小僧が、ってトミアルタ氏も感慨深いだろうねぇ」

「そう思ってくれるといいんですが」

「そう思ってるさ」


 慣れてるのかは分からないが、ヒーファ君は前のめりになったものの、とくにうろたえた様子はない。慣れで気にならなくなるもんかね?


 情報ウインドウが出てきた。


< ヒーファ・ウミアリタ LV58 >

 種族:ダークエルフ  性別:オス

 年齢:38  職業:兵士

 状態:健康


 38歳か。18歳とか言われても納得できるんだけどな。

 しかしレベル高い。さすが次代と言われるだけあるが、今日はレベル高い人ばっかりだな。


「ところでダイチさん。あなたはハリィさんに《魔力装》を教えたと聞いています」

「教えたけど……」

「是非見せていただきたいです」


 そんな要望を言ってくるヒーファの顔は、いつの間にか好奇心で溢れていた。いよいよ子供っぽくなった。耳もちょっと持ち上がっている。


 ジョーラが、「ハリィが練習しててさ。ヒーファはダイチがどんな奴なのかずっと気になってたんだよ」と肩をすくめる。

 ハリィ君を見ると、苦笑交じりの顔を見せた。


「すみません、つい……」


 何がついなのだろうと思ったが、俺があれこれ隠したがっていたからだろうと察した。

 ジョーラが練習の成果見せてやれよと言うと、ハリィ君は眉をあげて俺のことを意味ありげに見てきたかと思うと《魔力装》をつくってみせた。


 俺たちの周りの兵士たちが軽く歓声をあげたなか出来たのはちょうど手全体を覆うほどの長さの手刀だ。少しずつ伸びていって、ショートソードくらいの長さになる。

 ……かと思えば、幅が狭まっていき、剣のようになった。おぉ。教えていた頃には剣バージョンは先がひょろひょろだったものだった。


「触ってもいい?」

「はい」


 触るとしっかり硬かった。プラスチックのような質感だが、これがよく切れることは俺はよく知っている。


「切れ味はどう?」

「木の幹の切断はさすがに厳しいですが、多少太い枝くらいなら切れますね」

「じゃあ結構武器になるんじゃない? これからももっと切れ味は上がっていきそうだし」

「ええ。私も期待しています」


 ヒーファ君が俺のことをじっと見てきていたので、内心ではいはいと思いつつ、俺も《魔力装》をつくった。色こそ白だがハリィ君と似たものだ。再び軽く歓声があがる。

 なぜか少し発光していたので、光よ収まれと念じてみたらなくなった。治療の影響か?


「……ほんとに作れるんだ……」


 半信半疑だったらしい。


「ハリィが作れるんだからダイチも作れるだろ?」


 ジョーラがそう言ったあと、同意を求めてくるように片眉を上げて見てくる。その道理はよく分からないけどさ。元々獣人の十八番らしいし。


 そんなところでなぜかインも《魔力装》をつくった。驚く面々。

 ジョーラは「あんたもできるのかい??」と半ば素っ頓狂な声をあげた。


「うむ。ダイチができて私が出来んわけなかろう?」


 インは鼻も高々だ。その理屈もどうなんだ?

 ジョーラはしばらくインやインの《魔力装》を見ていたが、やがて大げさに息をついて肩をすくめた。


「あんたらといると常識のフタがすぐに開けられてしまうね。……な、ハリィ?」

「ええ、そうですね」


 苦い顔を見せるハリィ君になんと返せばいいか分からず俺も苦笑した。

 そうだろうとは思うよ? 俺が言うのもなんだけど。


「――戻りました~!」


 と、店の奥にもしっかり届きそうなアルマシーの大声。大きな木箱を抱えている。


 ゴブリン店員のパウダルさんがぱたぱたとアルマシーの元に走っていく。やがてパウダルさんが木箱の中身を確認したあと、2人は厨房に入っていった。

 すぐに厨房から出てきたアルマシーは店内にキョロキョロと視線をやり、俺たちのところにやって来る。


「ジョーラさん。私の席はどこか空いてませんか?」

「空いてなかったか?」

「はい」


 ジョーラが「床でいいんじゃないか?」と飄々と言うと、そんなこと言わずに席くださいよジョーラさん、とアルマシーは少々情けない声で懇願した。

 冗談だとは思ったのだが少し不憫にも思ったので、席をつくってほしいというと、ジョーラが肩をすくめつつ「じゃあちょっと聞いてくるよ」と厨房に行ったかと思えば丸椅子を1つ持ってきた。


「ダイチの温情だな。ありがたく座れよ?」

「ありがとうございます、ダイチさん!」


 いやいや……俺たちのせいでしょ?

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