9-32 兵士と傭兵と攻略者について


 握手を交わしたあと、座ってくれというので俺たちは席についた。

 俺はシルヴェステルさんの手のままに対面に。姉妹はインから促されて俺の隣。インはシルヴェステルさんの横だ。


 ゲリーミンさんは隅のベンチに。従者だからだろうけど、1人だけ外れなのでちょっとかわいそうに思ってしまった。

 でも、膝に手を置いて銅像のようにでんと構えているのを見ると同情心はすぐに引っ込んだ。姉妹が彼のことを見ていた。気にしないでいいよ。君たちはここ。


 シルヴェステルさんが、「旅の準備は進んでいますか?」と訊ねてくるので、必要そうなものは多少揃えたことを伝える。


「参考までに何を揃えたのかお聞きしても?」


 俺はバストたちに案内してもらった先日の買い物の内容をそのまま話した。

 携帯食料、料理や洗濯関連の日用品、予備の魔符、クロスボウ、チェストなどなど。


「――クロスボウまで準備してくれるとは気前がいいぜ。本人も魔導士とくるし、こりゃあ久々にいい雇用主に当たったな」


 喜びをあらわにして陽気にワイアードさん。まあ、弓使いとしては嬉しいポイントかな?


 シルヴェステルさんは「私は君たちに変な雇用主を当てているつもりはないが?」と非難めいた言葉を浴びせた。


「気遣いのできる奴はそういなかったぜ? 俺たちを恐れる連中はいくらでもいたけどよ」


 シルヴェステルさんが、彼らはレベルも高いし、傭兵を怖がる方も多いのです、と苦笑交じりに俺に弁解する。なるほど?


「それはともかくとして色々準備していただいたようで」

「他にも何かあれば言ってください。あとはあなた方と相談して決めようと考えていました。馬関係のものとか寝具とかその辺りです」


 シルヴェステルさんは、ふむ、と口元に手をあてて考える様子を見せた。


「……実は、ホイツフェラー伯からは2か月分の契約金と馬車の整備料金以上の金額をもらっているのです。これらの額を差し引いた額で、旅路の資金にしてほしいと言付をもらっています」


 え。俺を勧誘したかったらしいし、好意は分からなくもないが……。


「あまり俺たちの方で揃えない方がよかったですか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、余剰金はホイツフェラー伯にお返しするわけにもいきませんので……」


 ふうん? 今は出費が多いだろうし、別に返せばいいとは思うが……


「余りの額は3人の契約金に上乗せという形でも俺は構いませんが」


 ワイアードさんが、やっぱ大当たりだな、と喜々とした顔で横の2人に視線を向けたあと、皿から揚げ豆を1つ摘まんで口に放った。


「ま、好意は受けとっとくがよ」


 ん? もらうつもりはないのか?


「俺はそれでも構わんが、国を跨ぐ2か月間の旅の出費は理解しているのか? あとで金に困っても俺たちが金をやることはできんぞ。金はあるほどいい。何があるか分からんからな」

「僕らなら旅の間もある程度金は稼ぐことはできるだろうけどね」


 2人も同意見らしい。


 そうか。そうだよな、2か月だし。馬車の旅とはいえ、都市の宿に宿泊することだってあるだろう。

 ワイアードさんから長旅は慣れているのかと訊かれたので、今回が初めてだと答えると、なおさら持ち金は多い方がいいという助言をもらう。そうだろうな。


 金の方は了解して、ホイツフェラー氏からどのくらいもらっているのか訊ねてみる。


「600万ゴールドほどですね」


 ……600万?? 約6千万円ってことだろ? 簡単に比べられるものでもないだろうけど……もらいすぎない?


「……内訳は?」

「シェフェーの契約金が125万ゴールドほど、スタンリーが150万ゴールドほど、ワイアードの契約金が100万ゴールドほどです。50万ほどが、2か月間の馬車の整備料金で、」


 150万ってずいぶんもらってるな……。


「2か月分の契約金ですよね」

「え? ええ。彼らはうちの団の最上位傭兵トップティア―ですから契約金も高額なのです」


 ワイアードさんが、「安くないんだぜ? 俺たちは」と得意げな顔を見せてくる。


「各国の精鋭部隊長ほどじゃないがな」

「そりゃな。英雄殿の給金をたかが傭兵が超えるわけにはいかねえだろ。まあ、英雄と言っても従軍兵扱いだが」

「僕は軍の奴らと絡むのはごめんだよ。軍紀は非効率的だし、起床時間と就寝時間までがちがちに固められるのは嫌だし」

「そりゃあお上の軍団のだろうが、ま、同意だな。奴らの頭ときたらアダマンタイトよりも硬いとくるからな。当然“軍紀もアダマンタイト並み”だ」

「そんなに軍規が嫌か?」

「軍規を嫌がらないのは獣人くらいだな。ドワーフには滝にうたれて喜ぶ奴なんていねえよ」

「喜んでいるわけではないがな。滝行は精神の修練に適しているだけだ」


 ……1ヵ月75万ゴールドか。警備兵が3万ゴールドだし、差がやばいな。

 で、この金額をぽんと出すホイツフェラー氏だろ? 彼らもそうだけど、貴族やっぱ裕福なんだな……。


 シェフェーさんとスタンリーさんがじっと見てきているのに気付く。視線はさほど悪いものではないが、探るようなものはある。まだ会ったばかりだからな。


「契約の書面で詳しい額はお見せできますが……」

「とりあえず大丈夫です。あとで見ます」


 2人の懸念を払拭するべく断ると、シルヴェステルさんはやがて不安な表情を崩して、わかりました、とアゴを小さく動かした。


「ずいぶんもらっとるようだが。傭兵ってのはそんなに儲かるのか?」


 そんなところにインが質問する。


「額だけで言えば従軍兵の方が儲かるでしょう。くわえて都市付き、城付きの兵士になれば住居を安く借りられ、家族も安心して持つことができます。一般的にも従軍兵の方を薦めるでしょう。野盗や魔物に襲われる心配もなくなりますし、人としての幸せがありますから」


 人としての幸せか。


「人としての幸せは傭兵にはないと?」

「仕事をしている限りは難しいでしょうね。いつ死ぬかもわかりませんし、安全な拠点を得られ、安心して家族と生活できることもありませんから。遊牧民付けの傭兵でもない限り。死んでも身内や教会が埋めてくれることはほとんどなく、魔物の腹の中が墓地になることもあります」


 シルヴェステルさんはごく自然に頷いた。確かにの、とインもまたとくに神妙な様子でもなく同意する。生々しい話だ。


「ただ、当家の場合はレベル31を超え、すなわち上位傭兵ハイティア―扱いとなると、契約金が従軍兵の給金――あくまでも平均的な兵士の給金になりますが――を超えてきます。仕事も定期的にまわってくるので、従軍兵よりも稼いでいる者は多いです」


 レベル。レベルで給与が決まってるのか。


「仕事とはなんだ?」

「主だったものでは護衛、戦いの援軍、魔物の討伐の3種です。上位傭兵からは魔物の討伐が多くなります」


 さらにワイアードさんが、


「グライドウェルに限らねえが、ある程度の実力があると魔物の討伐をした方が稼げるんだ。魔物の討伐ってのは、ようは討伐の依頼をした奴に魔物の死体や素材を提供するわけなんだが、“ある程度の実力”で倒せる魔物は価値ある素材をたんまり持っててな。余力で必要以上狩って、自分たちで素材を売っちまってもいい。たいていの奴は報酬の2倍の額を懐に入れる計算にしてるぞ」


 と、解説してくる。なるほど。


「人相手は稼げんか」

「稼げないことはないよ。ただ、魔物の討伐に比べると報酬は安いし、殺した人数をカウントすることもない。鎧や武器を剥いで売るにしてもちょっと手間なんだよね。みんながみんな良い装備なわけもないし、剥いだり運んでる隙に矢や砲や魔法が飛んでこないとも限らないし」


 今度はスタンリーさん。これまた生々しいな……。


「せっかくいい身分になったってのに賊みてえな真似するのもな」

「まあ、そういう心境もないこともないね」

「……略奪してまわるよりも金払いのいい家に目が留まる方が将来的なメリットもあるからな」


 そうそう、とシェフェーさんに頷くワイアードさん。


「なるほどのう。……攻略者と比較するとどうだ? お主らの商売敵ではないのか?」


 攻略者ですか、シルヴェステルさんが視線を落とした。


「攻略者どもは……なあ?」


 ワイアードさんが眉をあげ、同僚の2人に視線を投げかける。シェフェーさんはワイアードさんを一瞥しただけで小さく息を吐き、スタンリーさんは軽く肩をすくめただけだった。格下な感じか?

 でも、確かに攻略者との違いはあまり分かんないな。所属がギルドになることくらいか?


「……確かに彼らは商売敵と言えますが、攻略者たちには傭兵と比べていくつかの明確な違いがあります。1つは所属が各都市にあるギルドになり、その都市の警備兵とは別の都市付きの兵士という扱いにもなることです。都市の危機には防衛の義務が生じます。これは傭兵たちにはありません」

「ふむ」


 ケプラ内でもカレタカたちやエリゼオが招集されてたな。……そういえば、エリゼオを同行人に加えると言ってたがどうなったんだろう。


「2つ目は、彼らが金を稼ぐためには各ギルドに届いている依頼の内容を遂行し、達成する必要があることです」

「都市によっては攻略者にとって全く稼げない都市もあるよ」


 と、タチアナ。まあ、依頼がなければ稼げないし。


「ま、そういう寂れた都市に限って、賊の被害は多くなるから都市防衛の仕事では稼げたりはするんだけどね」

「賊どもが『今日のお駄賃ですよ』っつって、定期的に襲撃してくれればわけねえ話だがな」


 揚げ豆を咀嚼しながらそう続けたワイアードさんにタチアナが確かにね、と同意する。確かに。


「依頼数、依頼の内容によって稼げる額も変わってきますから、都市に依存しているのが特徴ですね」

「ある程度発展した都市でなければ稼げないわけか」

「はい」


 それからタチアナによって、ギルドへの依頼は貴族はもちろん、農民、商人、職人などの市民からの依頼も多いことが告げられる。


 この依頼というのは都市内、つまり、戦闘が必要最低限で収まるものも多く、人探しだったり農場の手伝いだったり、腕に覚えのある乱暴者の市民への税の徴収だったり。はたまた新婦の“元カレ”からの報復を恐れた結婚式の時の護衛だったり、公開裁判での警備だったり。

 それらしいもので言えば、公にはされない指名依頼にはなるが、秘密が漏れる心配が薄いのを利用した暗殺依頼など内容は実に様々らしい。


「何でも屋みたいなものかな」

「暗にそう呼ぶ人もいますね。中には戦闘のまったくできない攻略者もいるそうですから」

「薬草収集だけで食いつないでる人もいるらしいね」

「いっそ薬草売りにでもなれよ」


 なる人も多いんじゃない? 依頼をこなすうちに自分の店を立ち上げたって人も聞くし、というタチアナにワイアードさんは肩をすくめた。

 戦闘方面ばかり見てたが、結構平和的な側面もあるんだな。


「攻略者はめんどくさそうだのう……」


 インのぼやきにシルヴェステルさんが苦い顔をする。


「依頼も日々何が出てくるのか分かりませんし、基本的には早い者勝ちになりますからね。稼げるかどうかはすべて自己責任です」


 攻略者はフリーランスか。みんな稼ぐ意欲は強いかもしれないが、自営業は誰にでもできないよな。

 この世界は諸々の権威性がだいぶ強く働くように見えるが、自営業が学歴、職歴、資格以外のもっと根本的な、人間的なパワーが必要らしいのは一緒だろう。自己管理能力ももちろん。


 この話のあと、タチアナからエリゼオも同行人として連れていくことを告げられた。同行するのはガシエント領内まで。


 それと驚いたが、エリゼオはモブライファミリーの執政官の私生児らしい。


 有名なのはそのためかと聞けば、それもあるが、5年前のとある組織――ピアシング・ザ・クロークの反乱の時、見事大将を討ち取った功績が大きいだろうとのこと。

 この組織はダヴォス男爵という反旗を翻した貴族と、ラングハイン・アルムスターという元近衛勇将パラディンの副官がついていたらしい。


 彼らはマントイフェル辺境伯領の各地を襲撃して荒らしてまわった後、やがて辺境伯軍と攻略者軍の混成軍との戦いになった。この戦いは総勢500名以上にのぼる大きな戦いだったらしい。


「――エリゼオとラングハインは友人だったそうです。手合わせもよく行っていたのだとか。実力的には彼が数段上だったのですが、戦いの最中に手負いとなった彼を、エリゼオは見事決闘で打ち破ったそうです」


 え、てことはエリゼオって前は近衛勇将だったのか? いや、モブライファミリーの子供だしそれはないか?


「ほお。手負いとはいえ、元同僚で、しかも格上か。エリゼオのことはよく知らねえが、語り草になりそうな戦いだな」

「元々エリゼオは有名だったけどね。魔法武器を複数所持する猛者としてね」

「目立つもんね、フランベルジュとか……なんとかベローはまあまあだけど」

「フリクトベローね」


 そうそれ。


「攻略者たちは大成するためには自分をアピールする必要があるからね。色物の魔法武器で目立つのは常套手段だよ」


 と、スタンレーさん。

 ふうん。そういえばアランプト丘の攻略者たちはユニーク武器を色々持ってたな。


「エリゼオ、近衛勇将に入ってたの?」

「ううん。誘われてたけど断ったらしいよ。自分はガシエントに籍を置いてるからってね。ラングハインとはオルフェに来る度にパーティを組んでたんだって。アルムスター家がロックスミスによく出入りする織物売りの家でね。幼馴染だったらしいよ」


 幼馴染をやったのか……辛いな、それ。


「なぜラングハインはその……ピザシング・ザ・クロークに? 仮にも近衛勇将だったんでしょ?」

「彼の奥さんがダヴォス男爵の娘だからだよ」


 ああ。なるほど。なにかきな臭い理由による加勢ではないようだ。


 ちなみにこの反乱は、辺境伯がダヴォス男爵の嫁を寝取ったのを機に起こった戦いだったらしい。

 ピアシング・ザ・クロークのクロークとは、辺境伯の家紋にある外套を指しているのだとか。相当頭にきていたのがうかがえる組織名だ。


「はっ。“竿”を賭けた戦いか。じゃあ、援軍も攻略者頼みになっちまうよな」


 いやいや、シャレにならないって。

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