9-31 グライドウェル傭兵団
1階に降りると、階段から少し離れたテーブルセットにタチアナがいた。
他にも2人男性がいる。1人は茶髪でもう1人は禿げ……じゃなくてスキンヘッドだ。彼はタチアナの従者の人だが、名前なんだっけな。
タチアナと茶髪の人は白いライン模様の入った深紅色のケープを羽織っている。
ケープの中心部には両手足を広げたコウモリの首に剣があてがわれている紋章。憩い所で、このコウモリは、グライドウェル家が傭兵業を始めて最初に大金を得ることになった大型魔物だと聞いた。
タチアナは革の鎧、茶髪の人は金属製の胸当てと2人とも鎧をつけているが、ケープはもちろん下の服もそれなりに良いものを着てきているらしい。
憩い所の時ほど豪華な服装ではないようだが、俺に会うだけなのだからもっと気軽な服装でもいいのにと思う。……ホイツフェラー氏が間にいるからか?
「……お。ダイチ~!」
邪推しているとタチアナが俺たちに気付いた。イスから立ち上がり、階段を降りる俺たちを無邪気に手を振り呼んでくる。
相変わらずの彼女の様子に内心で苦笑しながら彼らの元に向かうと、厳しい眼差しを送ってくるスキンヘッドの人に目が行く。
マッチョな人だ。ほとんど話はしていないが、彼は俺たちが――というか、ほとんどホイツフェラー氏が喋って話をまとめてくれたけれども――グライドウェル氏と話をしている場にいた。その時はいくらかいかめしい顔も緩んでいたものだが……。
「突然来て申し訳ない、タナカ殿」
先に口を開いたのは茶髪の男性だった。
彼は憩い所にもいたグライドウェル家と思しき人だが、ホイツフェラー氏との話の場ではいなかったため名前は聞いていない。
髪はかきあげられた末に流され、ヒゲも口にアゴにと薄めだがしっかりとあり、体格もそれなりにいいようだが、好青年風でそこまで強者という感じはない。
それにしても苗字は呼ばれ慣れない。
「いえ。気にしないでください。俺たちも今日は傭兵派遣所に行ってみるつもりだったのでちょうどよかったです」
そうでしたか、と彼は眉を柔和に上げて微笑んだ。タナカではなくダイチでいいですよと付け加えておく。
「分かりました。……申し遅れました。私はグライドウェル家当主であるダレイオス・ヴァンデ・グライドウェルの息子で、シルヴェステル・グライドウェルです。妹のタチアナと共に、ケプラでの傭兵たちの管理と派遣を任されています」
あまり実戦では使われていないのか、輝きの強い銀色の胸当に手を当て、彼は丁寧に紹介してくれる。シルヴェステルさんね。
レベルは29で27歳とのこと。タチアナは魔族の血があるようだったが、情報ウインドウによると彼は人族だ。
「今日は呼んでた同行人が揃ったから会ってもらおうかとね」
と、タチアナ。お?
「みんな頼もしい奴らだよ。実力は申し分ないし、ガシエントとかアマリアのこともよく知ってるしね」
タチアナは誇らしげな顔だ。それは頼もしい。
お互いの紹介もそこそこに俺たちは金櫛荘を出て、グライドウェル傭兵派遣所に向かった。
道中で軽く話を聞いたが、シルヴェステルさんは11人(!)いる子供のうちの1人らしい。
タチアナは金髪で、シルヴェステルさんは茶髪だ。顔立ちもそこまで似てる感じはない。11人も子供がいることだし、母親も別に何人かいるんだろう。間抜けな質問の気がして聞かなかったけど、嫁は1人だよな? あとは愛人?
子供たちはみんな各地に散って、傭兵たちの取りまとめ役、ならびに傭兵派遣所の所長として職務に励んでいるらしい。大家族もいいところだ。
嫁や愛人についてはともかく、家族みんなで同じ稼業にあるのはちょっと羨ましいかもしれない。
転生前の職業選択も思想も自由な世界なら、稼業を手伝ってくれるのはせいぜい11人のうち2,3人だろう。財閥一家とか、明らかに金入りがいい仕事ならまた違う話だろうけど。
ちなみにスキンヘッドの従者はゲリーミンさんだった。本人がいることだし常ににらんでるような顔つきだしで、名前何だっけって聞くのははばかれていたけど道中で紹介された。
指導に定評がある人なんだよね、確か。とはいえ、いかつさゆえに、またとくに喋ってなかったためにイメージの払拭もとくになく、指導内容が根性論である印象が崩れてはくれない。
・
グライドウェル傭兵派遣所は南門の近くにある、店ほどの大きさではないが3階建てのなかなか大きな横長の建物だ。
2Dマップによると、裏には庭らしきいくらか開けたスペースがあり、その先にはすぐ近くにコナールさんの宝石店がある。
この世界でも庶民は1ルームほどの賃貸物件を借りる。
3階建ての建物を丸々事務所にするのは決して安くない話だろう。
傭兵を派遣してどのくらい儲かるのかは分からないが、各地域に支部があるのなら相当の規模なのだろう。
ラズロさんもグライドウェル家は傭兵派遣の家としてはオルフェ随一と言っていたものだった。
金櫛荘の豪華な内装が浮かぶ。
しかし、金櫛荘は金が有り余っている。あそこほどの煌びやかな店な場所はいまだに見たことがない。俺の金銭感覚はあまりあてにならないが、1泊8000ゴールドが破格の金額にも見えてくる。
「――グレン! 戻ったぞ」
傭兵派遣所は扉を開けてすぐにフロント用途の広間と左右に階段がある作りだった。
赤斧休憩所や宝石屋と似ている作りだが、横長のつくりなため奥には部屋はなく、1階と2階それぞれに左右に扉がある。2階は廊下のみだ。3階はどこかの部屋から上がるのだろう。
やがて左の部屋から黄色いシャツに群青色のベストを着た褐色の肌の男性が左の部屋から出てきた。めくっている袖からはなかなか太い腕。
書物でもしていたのか、彼は黒いシミが点々と付着している布で手を拭いて、腰の革袋に布を押し込んだ。
髪はほとんど白髪だし、結構歳だと思うが、体格のままにまったく若々しいきびきびとした足取りだった。……あ、黒人だ。
「若様。こちらの方々は?」
「ホイツフェラー伯から同行人を頼まれていた方々だ」
グレンさんは俺たちの顔ぶれを見ていって小さく頷く。若様。
黒人であることにも気がいったが、彼の太い腕にある刺青に目が行く。腕には……リザードマンの横顔があった。
「彼はグレンと言って、私つきの従者です。私やタチアナが忙しくしている時は彼にここを任せています。……ああ。彼の刺青ですか?」
「あ、はい。リザードマンの彫り物は珍しいなと」
シルヴェステルさんはそうですね、といくらか表情を和らげた。
「グレンは幼い頃、リザードマンたちに育てられていた時期があったんです」
おお? リザードマンに。グレンさんと視線が合い、「その通りです」と肯定される。
そうして腕の刺青を見えやすいように見せてくれる。なかなかディテールの凝った刺青で、鱗まではっきりと分かる絵だ。
「彼の腕のリザードマンはその時養育してくれたリザードマンなんです。女性で、当時は村で2番目に強かったのだそうで」
母親なのか。ウググとは違って結構しゅっとした顔立ちのようだが、性別はさすがに分からないな。
ズググ村だっけ? とグレンさんにタチアナ。
お? ズググ村はペイジジたちの村じゃなかったか。
「はい。ズググ村のペイジジというリザードマンです。今は上位種の
え。ペイジジ??
「ほう! 奴か」
「彼女を知っているのですか??」
知っている様子のインに驚いたようで、グレンさんの目が見開かれた。知っているもなにも。
「うむ。まあの」
「今は青竜様の眷属となられているそうなんですが……」
……ん、喋るのまずくない? インを見ると、俺の不安になった心境とは裏腹に「そうだの」と肯定した。気さくな表情になって。
蚊帳の外だったグライドウェル家の2人は顔を見合わせ、従者のゲリーミンさんも眉をひそめてインの発言に疑念をあらわにした。
「あなた、青竜様の眷属と知り合いなの??」
「青竜の眷属と知り合いというわけではないぞ。私もズググ村には行ったことがあっての。それでペイジジとは縁があったのだ」
なるほどね、とタチアナ。そうなのか?
「グレンとやら。母とは会ってないのか?」
「……はい。……一度も会っておりません。私が彼らと過ごしたのは何十年も昔のことです。もう私のことを彼らが覚えているのかも分かりません……」
グレンさんは無念そうにそう言葉をこぼした。悲痛さもにじんでいた。
幼い頃に育てられたとはいえ、義理の母をこんなに想っているなら本当の両親はいなさそうだな……。
「ズググ村には行ってないのか? 会えなくとも村に文でも残せば、村のリザードマンたちはペイジジに渡してくれるように思うが」
インの言葉を聞くと、グレンさんは顔を上げた。
「村の近くには一度行きましたが……そんなことが……? 眷属様ですが……」
確かに七竜本人ではないとはいえ、その部下相手に文を出すというのは変な話かもしれない。仮にも崇めている存在の部下だしね。
「育てられていたのなら知っておるだろうが、リザードマンは義理堅く、仲間想いで、郷土心も強い一族だ。村や仲間のためなら自分の死も厭わんこともある。眷属になったとしても故郷を忘れることはそうないであろうの」
ウググにはそんな印象はある。ペイジジたちも置いていけと言った仲間を見捨てることはなかった。
「眷属たちは時折故郷に戻るそうだぞ。仕事もあるし、頻度はそれぞれ違うらしいが」
「そうなのですか……」
「うむ。帰郷することが許されているのなら、かつてリザードマンだった者たちは戻るであろうな。……自分の血を継いだ子供でなくとも、育てた子供ならそう簡単に忘れんものだ。さすがに成長したお主を一目で判別できるかは分からんが、その時の子供だと言えば再会を喜んでくれるのが世の母親というものだ。義理の母とは言えどもな」
グレンさんは泣きそうな顔になってインの話を聞いていたが、やがて視線を落として、唇を噛みしめた。
この分だとそのうちに会えそうだな。インも橋渡し役になりそうだ。
……ふと見れば、ゲリーミンさんが叫びそうな、いや。泣きそうな顔をしていた。グレンさんも仲間なんだろうが、意外と涙もろい性質らしい。しかしいかついので迫力がある。
インがなにかその頃の証拠品などはないのかとグレンさんに訊ねると、子供用の短い銛と短剣、ズググ村の者である印の刺繍を縫った手袋があり、大切に保管しているとのこと。
インがもし村に行くことがあるのなら、手袋や短剣を持っていくのがよかろと言うと、グレンさんは言葉はないながらも数回頷いた。
「……グレンは孤児で、血の繋がった両親はいないのです。ズググ村を出てからは攻略者になり、やがて我が家の傭兵となったのですが、嫁も2人の子供も亡くなりました」
「無念だのぅ……」
可哀相すぎる……。
シルヴェステルさんがそうですね、と神妙に頷くと、タチアナが「あとでギルドで手紙を送れるか聞いてみようよ。ズググ村に」とグレンさんに穏やかに声をかけた。
「はい。お嬢様」
「もし手紙が届けられなくてもコロニオにいるうちの奴に配達を頼むからさ」
「お嬢様……ありがとうございます」
グレンさんはもう半泣きだ。いい話だ~。
それにしてもあのペイジジが母か。
でも俺の世話をしたペイジジは“お上用の対応”しかしていなかったものだった。
実際の彼女は色々と違っていてもおかしくはない。母性に関しては種族で共通と言われても納得しやすいしな。
では行きましょうか、とシルヴェステルさんが朗らかに言うので、俺たちは応接間に行った。グレンさんは来ないようだ。
しばらくして後ろで、
「――会えるといいな、グレン」
「ああ」
というゲリーミンさんとグレンさんの短いやり取り。会えた報告聞きたいな。
応接間なる部屋に入ると、俺は少し固まってしまった。
なぜなら……長イスには黒い金属製の鎧を着た猫の顔の獣人がいたからだ。
猫とは言ったが、顔つきにはペットの猫の愛らしさはあまりなく、捕食者の鋭さばかりがある。模様の類はほとんどないため、原型はチーターとかヤマネコとかあの辺の大型猫科寄りなのだろう。
他にはドワーフと人族らしき人。テーブルには火の灯った燭台の他、ジョッキと揚げ豆の入った皿がある。
応接間は飾り気の少ない石レンガがむき出しの一室で、長テーブルのセットが2つ置かれてあった。隅には槍や剣が飾られてあるが暖炉もあり、応接間というより食堂の雰囲気がある。
「お? ……そいつらがそうか? ステル」
「ああ。あまりへまを外すなよ? 寛大な方々だが、ホイツフェラー伯自らのご依頼なのだからな」
ドワーフの人が「俺たちドワーフはホイツフェラーの旦那が大好きなんだよ。だから心配いらねえよ」と、肩をすくめる。
そうなんだ。……いや、皮肉か? まあ、そんなに嘘っぽくはないけども。ジョーラと並んでホイツフェラーパワーもやっぱ強いな。
大型猫科の獣人の人が立ち上がると続けて2人も立ち上がった。
背は猫科の獣人、人族、ドワーフの順で高いが、獣人はでかい。190は軽くあるだろう。
体格も一番よく、肩幅が金属製の肩当も合わせて異常に広いがっしり系で、タンク役も任せられそうな安心感がある。猫にしてはやや大きめな鼻には割と深めに切り傷が2筋入っていた。鎧も高価そうだ。黒い鎧はまったく見ない。
ドワーフの人のキューティクルが死んでるようなぱさぱさの朱色の長髪を後ろにまわして団子に縛り、耳周りは剃っている髪型が目に入る。
転生前の世界で言うところの今風の髪型だ。ヒゲは短めだが二房三つ編みにしていてドワーフらしさもある。装備は革の鎧にシンプルながら仕立てのいい服と、軽装だ。それなりに高価かもしれないが獣人の人ほど重装備度は高くない。
人族の人は人族だからだろう、2人ほど鮮烈な印象は受けない。顔立ちも髪型も、そして覇気も普通だ。強いて言うなら、いくらか純朴そうなのとラテン系が少し入ってることくらい。
鎧も革の装備のみ。明るい茶色の皮だが、ただ、体格もそこまでではないので、魔導士かもしれない。
「紹介しましょう。獣人の彼はシェフェー。レベル51の戦士で、グライドウェル傭兵の中でも指折りの強者です。現在は我が傭兵団に長らく籍を置いていますが、かつてドラクルガードの候補に推挙されていたほどの猛者です」
高いな、レベル。団長やクヴァルツ以上、というか、ハリィ君並みだ。
すぐに現れた情報ウインドウにより、レベルの他、年齢が57歳であることが開示される。
しかしドラクルガードってなんだろうな。七竜教関係の精鋭っぽいが。
インが隣で「フーリアハット内で選出される、亜人限定の七竜教の守護戦士だな」と察しよく解説してくれる。亜人限定。
「昔の話だ。もう撤回された」
シェフェーさんは目線を逸らし、低い声で淡々とそう答える。シブメンか。
「撤回されても選ばれたことはお主の強さの証明になろう。ドラクルガードは権力の類に左右されず、純粋な戦闘能力の高さでのみ選出されるからな」
「……あんたは亜人の血が入ってるのか? 詳しいようだが」
シェフェーさんは猫の目と耳をピクリと動かして、静かな動きだが意外そうにインを見据えた。
「少なからずな」
インの短い解答に納得したのかは分からないが、シェフェーさんは言葉を続けず、腕を組み始めてじっとインを見だした。
中身的には亜人に部類されるだろうが……これからそういう紹介でいくのか? 一応俺の妹設定なんだけど。
ともあれ、シェフェーさんはあまり口数は多くないらしい。頼もしくはあるね。
「こちらはワイアードと言います。レベル43の戦士で、ドワーフですが、少しエルフの血も混じっている者です。エルフの血のためか、弓の腕は
「へっ。奴らになんざ負けねえよ」
意地っ張りというかなんというか。さほど居心地の悪さを与えない辺りにはしばらく旅を共にする仲間として安心するが、ドワーフってなんでみんな“こんな感じ”なんだろう。
今気づいたが、耳の先が少しだけ伸びている。エルフね。
シェフェーさんの時と同じくすぐに現れた情報ウインドウにより、年齢の68歳も公開される。「少し」と言っていたように種族はドワーフしか表記がない。
ガルソン、ドルボイ、それと名前が出てこないけど
「武具の修理やこまごまとした道具の扱い方にも長けています。長旅には頼もしい存在になってくれることでしょう」
「人を便利屋扱いするなよ」
ワイアードさんがシルヴェステルさんに肩をすくめる。事実じゃん、と意地悪く笑みを浮かべてタチアナ。彼はため息をついた。
彼が頼んでいた「旅にまつわる色々な作業に詳しい人材」っぽいが、まったくその通りではある。便利屋扱いは普通に好ましくはないだろう。
ワイアードさんと目が合い、口はへの字だが、眉をひょうきんにあげられる。
「あんたは器用そうだし、色々教えてやってもいいぜ。なんせダークエルフの里までの長旅だからよ。……賊だの魔物だの色々厄介事もあるかもしれねえが、“歌の手帳”が埋まっちまうくらいには時間を持て余すだろうからな」
教えるのはある種の娯楽になるね、と人族の人。ワイアードさんは、ああ、とくに金が絡んでねえと不思議とな、と頷く。
歌の手帳か。暇なら道中で歌を歌うこともあるかもしれない。俺が歌うかどうかは別として。
いくらか穏やかになった心境のまま「その時は是非お願いします」と言うと、任せときな、とワイアードさんはラフに応答してくれる。
「最後の彼はスタンリー・フワーリズミーと言います。レベル52の魔導士で、火魔法や風魔法、防御魔法など手広く扱えます。王都の魔法学院を卒業した者で、魔導士としての腕はうちの団に所属しているすべての魔導士の中でも1,2を争うでしょう」
レベル高いな。1,2を争うってことは同程度の実力がいるのか。火魔法や風魔法が得意らしいが、目は青い。
さすがにこちらは若く、情報ウインドウによれば32歳らしい。俺と歳が近い。
「あと変わり者な」
そうだな、とふっと笑みを浮かべてシルヴェステルさん。
「変わり者なのは否定しないが……」
「こいつは魔法学院を卒業したってのに国の研究機関に入らず、魔導兵にもならず、各地をふらつく道を選んだんだ。
おお。優秀。にしても傭兵だからしょせん金で動く烏合の衆かもしれないが、グライドウェル傭兵、戦力的に結構やばくないか。
スタンリーさんは「見聞を広めるためだって言っただろ?」と苦言を吐いた。見聞か。傭兵業で?
「俺らに言わせりゃ、土魔導士でも召喚士でもない魔導士が1人で旅に出るなんざ死にに行くようなもんだ。そうだよな? シェフェー」
「まあな。せめてパーティでも組むものだ。魔法学院を卒業した魔導士なら仲間探しも楽だろう」
うんうんと頷くワイアードさん。マジの1人か……。
「無謀だのう……」
インの呆れに、「若かったんですよ。それにちゃんと次の街でパーティは組みましたよ」とため息交じりに弁解する。
「でもオルフェを出る頃には1人じゃなかったか?」
「途中で商団の馬車に雇ってもらったよ」
「はっ、途中かよ」
途中か。
「まあ、彼はちょっと変わった面はありますが、魔導士としての腕は確かですから」
と、シルヴェステルさんによるフォローが入る。
「各地を渡り歩いていたこともあって、ガシエントやフーリアハットの地理にも詳しいですし、魔物との戦いにも慣れてます」
「ステル。それは俺たちもだぜ」
そうだな、今回の君たちの選出はその辺もじゅうぶんに加味しているよ、とシルヴェステルさんは頷く。
「ところで、タナカ氏」
スタンリーさんが呼んでくる。タナカ氏はなんかやだな。
「君も彼女もやり手の魔導士なんだろう? どんな魔法が得意なんだい?」
ん? なんで分かったんだ?
彼の質問の瞬間、シェフェーさんとワイアードさんの視線が分かりやすく到来した。意外らしい。
「そうなのか?」
「《深層魔力量透視》でも分からないからね。僕よりも魔力量多いよ。タチアナ、彼らのレベルは?」
《深層魔力量透視》……ウルスラさんのスキルの上位版だろうな。
「45以上だよ。2人とも」
「やっぱりな」
ワイアードさんは分かりやすく顔をほころばせた。嬉しそうだ。
「意外とやるんだなぁ。ああ、いや、別にコケにしてたわけじゃねえよ?」
素直なワイアードさんに内心で苦笑する。
ふと見れば、インが意味ありげに見てきていた。……証明しとけって?
俺は自分の腕に《
「氷魔法。意外だな」
ワイアードさんが分かりやすく感心した様子を見せる一方、シェフェーさんの方は表情は分からない。
《
「使役魔法……」
「先に言っておきますが、ミージュリアの生き残りではないです」
俺の発言に反応があったのはシェフェーさんだ。と言っても、耳がピクリと動いただけだけど。
「ミージュリア人は表立って動かないよ。諦めも悪い」
スタンリーさんは短剣から視線を外して改めて俺のことを見てくる。詳しいのか?
「知ってるかな? 当時、ミージュリアが自国を脅かしていた諸国や周辺地域への敵愾心を発奮させていた頃、ミージュリア兵は誰もがこう叫んでいたそうだよ。『俺たちは決して諦めない。白竜様とサーンス家の名の元に』とね」
俺たちは諦めないか。
「王侯貴族と他国の下位貴族との婚姻。傭兵や攻略者の格別な報酬による雇用と徴兵。“魔女”と呼ばれていた女王自ら行った魔導訓練。ホムンクルス兵の登用。そして、彼らは預言竜オブリビシにも助言を求めた……ミージュリアの行った政策の数々はとても大国に挟まれた弱小国とは思えないレベルのものだった。その結果、精鋭部隊の
確かに聞いている感じ弱小国の政策には思えないが、預言竜も味方につけてたんだな。
「知り合いの傭兵も何人かミージュリアに行ってたな」
「今も生きてんのか?」
「いや。一人も会ってない」
「あの爆発では生き残るのは難しいだろうな。仮に生き残れるとしたら、オリー・ナライエの《
「魔女騎士の伝説的な副官か」
「副隊長だけどね」
「どっちでもいいだろ」
ミージュリアの件は結構知られている史実のようだ。
そんなところでシルヴェステルさんが、この3人を同行人として選びましたが、どうかと訊ねてくる。3人の視線が到来してくる。
インを見ると、私は別によいぞ、とくる。それから念話で、『心根も悪い奴らではないしの』とのこと。姉妹のことも見たが、こちらはご随意にとでも言いたげに目だけで頷かれる。
3人を軽く眺めた。この3人とはしばらく一緒に行動することになる。
少し交流しただけだが、今のところ、インの言うようにとくに悪い人たちのようには見えない。
レベルはみんな高いし、ホイツフェラー氏も間に取り持ってくれている。姉妹のことも守ってくれるだろう。
……今から「チェンジで」なんて言う勇気がないのも少し。だいたいチェンジするにしてもこれといった代替案が、俺にはない。
「是非お願いします」
シルヴェステルさんが「彼らの人格に関しても保証しますよ」と付け加えて、満足気に頷く。
ワイアードさんはスタンリーさんに、帰されるのかと思ったぜと眉を上げた。シェフェーさんは腕を組んで俺のことをじっと見ていた。
俺たちは固く握手をし合っていった。これからの長旅の仲間として。
猫の顔のせいかシェフェーさんの表情の変化がまるでわからないのが少し不安だったが、それよりも……癖になりそうなもふもふの手の感触が忘れられそうになかった。手の形は人族なんだけどね。ちなみに肉球はなかった。
いつかさわさわできるだろうかとちょっと思ったが、無骨な人のようだし無理そうだなと思った。
それに猫だしね。放っておくくらいがいいのかもしれない。
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