9-27 ヘッセーにて (1) - 士官の理由


 ――クヴァルツが木剣を手に雷光のごとく駆けてくる。

 <山の剣>の連中をなぎ倒していた時のホイツフェラー氏と争えそうな脚力だ。


 この速度から繰り出される斬撃はくらえば致命傷を負うに違いない。

 クヴァルツの攻撃はランハルトやダゴバートのように大味ではない。ハリィ君のように正確で鋭く、かつ重たい一撃だ。


 だが、クヴァルツはこれまでと違って今回は首の筋肉の張りが弱かった。それに足音もいくぶんか小さい。

 速さこそ凄まじいが、見分けるのは容易だった。もちろん今日手合わせをした誰よりも強いことには違いない。


 俺の視線は迫ってくるクヴァルツを捉えつつ、“もう一方の視線”は自然と彼の腰に行った。足だろう。


 クヴァルツは俺目がけて剣を振り降ろした。

 高速の一撃だ。ただ、速いだけであまり力を込めていない剣でもあった。空を切る音が妙に軽い。


 俺はまずは彼の思惑通りに、構えた剣を持ち上げて防御の構えを取った。

 だが、剣は軌道の半ばで止まったかと思うと、クヴァルツは突然腰を落としてきた。そのまま滑るように、地面スレスレの位置で俺の足を横から蹴りつけてくる。スライディングのような足払いだ。


 ――俺は払ってきたクヴァルツの足払いに合わせて軽く足を上げていった。速いステップを踏むように。


「――……チッ」


 小さな舌打ち。

 次いでクヴァルツは器用にも通り過ぎざまに俺の腹に向けて剣を薙いできた。力はそれほどでもないがなかなか速いし、奇襲性も高い――


 木剣だから速いのか、そもそも彼の対応速度と剣速が速いのか。どちらもだろう。


 クヴァルツの真剣での戦いぶりはフィッタではほとんど見られなかったが、何度か手合わせを行っていくうちに引き締まった筋肉としなやかな身のこなしに物を言わせる速さもある技巧派剣士だとすぐに判明した。俺はディディタイプだと直感した。


 果たしてディディとクヴァルツを戦わせたらどちらが勝つのか。

 クヴァルツの方がレベルは高く、順当にいけばクヴァルツが勝つことにはなる。ただ、ディディの戦いはほとんど見ていないし、俺の見定めの手合わせでは結構な不意打ちをしてきたものだった。ジョーラの隊にいるし、クヴァルツよりも年上だしで経験は豊富だろう。


 だが一概にクヴァルツの経験が足りないなどと言えそうもない。1がダメなら2、2がダメなら3と確実に次の一手を試してくるうえ、奇襲の類もある。場数が少なくとも、着実に試行回数を踏める若者は頼もしくなるものだ。

 それに年下でレベルも上となるなら、クヴァルツの方が剣と戦いの才能はありそうなところでもある。妥当な落としどころだと、個人戦だとクヴァルツに分があり、部隊で動くならディディが優秀という感じか。


 ――俺はクヴァルツの奇襲の薙ぎ払いを木剣で素早く上から叩いた。軽く。コッと小気味よい音が鳴る。

 クヴァルツの手からは剣は離れこそしなかったが、剣はあえなく沈み、完全に勢いをなくした。手が痛んだのか、クヴァルツの頬が引きつる。


 追撃はないようで、クヴァルツはさすがに後ろに跳躍していったん引いた。

 バク転だ。身体能力が高い。


 いい小手先だった。ただし例によって、俺に小手先の類は効かない。残念ながら。

 さっきは次の一手を確実に試してくるとは言ったが、ただやり口はどれも似ていた。一度意表をつき、いや、“意表をつけると想定した上で”攻撃を仕掛けるの繰り返しだ。意表をつくのが失敗するのを見越した上での拓もあった方がいいのは言うまでもない。ジョーラのように姿も気配も消さなければ厳しいと言うのはちょっと厳しい評価だが、ジョーラとの比較を抜きにしてもクヴァルツは2手3手先を読んでみることも考えた方がよさそうだ。


「あれもダメなのかよ……いったい何が通じんだよ……」


 見物しているランハルトのぼやきが聞こえた。


「さあ……見当もつかない。正直……」


 横で同じく観戦しているマルフトさんがコメントする。


「……正直なんだよ?」

「いや、正直見当もつかないと言いたかっただけだ」

「そうかよ」


 周囲では同様の2、3のコメントが見知らぬヘッセー兵士からあがっている。ダゴバートは腕を組んだ立ち見状態のまま、難しい顔でずっと黙っている。

 しばらくオルフェには来ないし別にいいかと思ったが、ヘッセー城から少し離れた訓練場の隅の土俵よりは広い円形決闘場では結構人が集まってきてしまっている。ホイツフェラー氏やラディスラウスさんはセティシアだ。


 ホイツフェラー氏がいないのなら、俺と張り合える人はここにはもういないだろう。いたらそれなりの地位についているはずだ。


 剣を構え、呼吸を整え始めるクヴァルツ。諦めが悪いというには冷静だ。


 俺も右手に剣を構え、左手を腰の後ろにまわした。これまでやっていなかった構えだ。

 打ち込まれたわけではなく構えただけなので、この構えの意図は分からない。“スキルさん”が自然にやった。俺は従うまで。


「剣術は誰に習ったんだ?」

「……秘密」


 一瞬考えたが、こう答えるのがベストだろう。こう答えるしかなかったとも言える。俺の剣術はすべてスキルさん由来だからね。


 クヴァルツは回答の内容を予想していなかったのか、それとも白けたのか、眉間から力を抜いて薄い笑みを浮かべる。


「お前がミージュリア出身でないことは確かだろうな」


 ん? 秘密で納得できたのか。


「実は否定しそびれたんだ」


 クヴァルツは俺の回答に呆れたように小さく肩をすくめる。だが、構えた剣は解かない。


「お前のような戦い方をする剣士がいたら絶対噂になってるだろうからな。……オリー様は確かに大陸屈指の魔導士だったが、大陸屈指の剣士はミージュリアにはいなかった」


 そんなに「大陸屈指」がいたらミージュリアは滅びてなかったかもしれないな、などと思う。

 だが、大陸屈指の魔導士の結界でようやく一人生き延びたくらいだ。剣士が生き残れたとはちょっと思えない。


 話は終わりのようで、クヴァルツが駆けてくる。

 多少疲労の気配があるが、勢いはたいして失われていない。果敢だ。


「――ふっ!!」


 今度は不意打ちではなく、俺の構える木剣目がけて真正面から斬りつけててきた。

 最小限の体さばきで避ける。そして同時に剣先をクヴァルツの剣の刀身に軽く押し当てて流し、右方向に勢いを殺す。


 勢いを殺されたがクヴァルツはすぐに切り上げてきた。次いで薙ぎ、2、3と追撃を見舞ってくる。

 どうやら俺の防御を崩そうとしているらしい。追撃は速度をいくらか落としている代わりにいちいち重たい。


 ガッ、ゴッ、と鈍い木剣の音が鳴り響くも、すべて流していく。

 流さず、まともに受け止めたら木剣はダメになっているかもしれない。そのくらい重い攻撃だ。クヴァルツも流されてもすぐに姿勢を戻してくる。


「――ふっ! ――らぁっ!!」


 骨も粉砕しそうな一撃の数々を流し続け、30秒ほど防御を続けていると、インから「いい攻撃だぞ、クヴァルツ!」と声援。何人かの兵士も、確かにいい攻撃だと同意した。


 今日はインは相手の応援ばかりしている。俺ばかりが勝っているのを見たら応援したくなるのも分からなくもないが。

 姉妹はときおりぼそぼそと戦いの内容を会話しつつもずっと俺のことを応援している。さすがK1・決闘オタクのインとは違う。


 クヴァルツはふと後ろに下がった。


 そうして再び駆けてくる。もう3分以上斬り合っているにも関わらず速さは少しも落ちていないどころか増している。

 体力も胆力もあるらしい。総合力は団長以上か? 団長より若いしな。パワーは団長の方が多少あるけど。


 と、淡い光を放つクヴァルツの剣先。スキルだ。


「来るぞダイチ!!」


 どっちの味方なんだかと思いつつも、俺の体も少し力む。


「――ふっ!!!」


 まるで大男を殴り倒すかのような猛烈な勢いの斬撃だ。剣は俺の横っ面めがけて到来し、防御のために持ってきた俺の木剣にぶち当たった。

 もちろん勢いを殺すべく、流した。俺の木剣の刀身の端がかんなで研ぐように削がれ、長い削り節になって落ちる。


 多少注意して流したつもりだが、思っていたよりもずっと威力があったようだ。

 流しの精彩を欠いたのなら、木剣が折れるか、剣は吹き飛ばされていたことだろう。


 ――団長以上と思わされた剛撃の直後、クヴァルツは消えた。……ように見えるが、彼は俺の背後にまわっていた。《瞬歩》だ。使えるらしい。

 そのまま刺突を見舞ってくるクヴァルツ。こちらもさきほどの剛撃ほどではないにせよかなり速度も練度も伴った一撃だが、


 ――俺も《瞬歩》で距離を取った。豪速の突きはむなしく空を切った。


「……《狼雷》もダメか」


 ろうらい? 狼雷あたりか? どうやら豪速の一撃だけでなく、不意打ちも含んだスキルのようだ。

 クヴァルツはしばらく突いた姿勢のままでいたが、構えを解いて俺を見据えた。


「マジかよ……どうすりゃまともに入るんだよ…………」


 クヴァルツからは言葉はない一方で、すっかり戦いの引き立て役となっているランハルトの絶望感も含んだつぶやき。

 別の人からも《狼雷》でもダメか、と小言が囁かれる。兵士内でも知れた技らしい。


 クヴァルツは視線を落として深い呼吸をした。終わるか?


 だが、クヴァルツはそのまま軽くジャンプしだした。体をほぐす、準備運動めいたジャンプだ。

 ジャンプは少しずつ速まり、やがてボクサーがするように――実際のボクサーがするのかはよく知らないが――間隔が等しくなる。


 クヴァルツの視線が持ち上がる。


 落ち着いてはいるようだが……眼差しにはまだ戦い、目の前の敵を打ち砕かんとする者の険しさ、勇ましさがあり、目の鋭さもあった。まだ終わっていないらしい。


「俺もまだまだだな」


 そうつぶやきながら、クヴァルツは駆けてきた。だが、走りはそこまでの速さではない。うん?

 単なる突きだった。とりあえず剣で流すと、今度は左手の拳でアゴを狙ったパンチ。腕の構えが完全にボクサーだ。でも一転して力も速度もない。狙いは正確だが……何を理由にこんな?


 ボクシング的な打ち合いを切り上げてさっと離れるクヴァルツ。


「仕掛けてこいよ。俺ばっかりだしな」


 まあ、それは確かに。


 これまで行われた戦斧名士ラブリュス隊との手合わせはすべて流すか回避に徹し、相手がある程度技が出尽くし、体力も落ちた後、俺が首や腹に剣先を向けることで試合は終わっていた。もしくは相手による棄権。

 いつものやり方だった。こういう戦法になっているのは加減がちゃんとできるのか怖い俺の深層心理の心境が影響しているのだろうと推測している。ある意味弱点だ。


「相手が言っておるのだ、軽く見舞ってやれダイチ!」


 インが煽ってくる。肩をすくめた。治療後だし、あまり気持ちをたかぶらせるなと言ってきただろうに。

 周りからも殴り合いを始めたぞ、クヴァルツの奴気でも触れたか、などと囃される。


「あー、自棄になったな、あいつ」


 と、ランハルト。マジで自棄なの?


「まあ、あとは殴り合いくらいしか手はなさそうではある」

「それでも剣で殴り合いはないだろ?」

「まあ……」


 そうかもな。


 クヴァルツは外野の心境を気にすることなく再び軽く跳ね始めた。何を考えているのやら。


 俺はインに言われるまでもなく、“軽く”クヴァルツに向けて斬りこんだ。一応跳ねたタイミングを見計らった。

 だが、クヴァルツは横に逸れて軽々と避けた。簡単に避けれるレベルの攻撃だったし別にいいが、妙に動きが滑らかだ。そんなに変わるのか、跳ねて。


「うん? 防御だけで攻撃はダメなのか?」


 いくらか呆れを含んだ言葉だった。さすがにちょっと弱すぎたかと思う。


 今度はもう少し力を入れて横薙ぎ。さっきよりはずっと速くしたが、バックステップして軽く避けられる。

 感心する。結構反応がいい。反応がよかったため間隔をなくして素早く追撃の振り下ろし。今度は木剣で流される。うまいもんだなと他人事のように思う。


>スキル「十字斬り」を習得しました。


 おぉ? 攻撃スキルか? 久しぶりだな。確かに十字に斬った。


「こんなもんなのか? ハンツ様に“触れた”って聞いたぞ?」


 確かに触れたけど。煽ってるのか?

 少し力を込めてもいいか。しょせん木だしな。


 俺はクヴァルツの元に迫り、もう一度薙いだ。今度はもう少し力を込めて。

 俺の剛撃を察したようで、クヴァルツは今度は剣を立て、左手の方でも支えて防ごうとしたようだが、――


 クヴァルツの木剣は刀身を真っ二つにされた。

 それから、クヴァルツの鼻先にできる浅い一筋の傷と、垂れる血。……やば。強すぎた。


 クヴァルツは目を丸くしたが、すぐに切られた木剣のまま突いてくる。なかなか速い――

 傷に気を取られてしまい、少し対応が遅れそうだったので、後ろにやっていた左手で折れた剣を掴んだ。


 しかしまだ終わらないようで、クヴァルツは蹴り上げてくる。金蹴りだ。

 本気になりすぎだろ。手も足も出なかった俺相手だからこそとった策だとは思うが。


 俺も“クヴァルツよりも速く”足を持ち上げ、靴の裏を押し付けて蹴りを防いだ。これ以上の追撃を防ぐために木剣をクヴァルツの首に突きつける。


 ……少し間があり、参ったと、目が伏せられた。クヴァルツは肩で大きく呼吸した。


 ようやく終わったか。


 木剣を離すとやがて観衆から拍手が起こった。これまで行った手合わせの中で初めての拍手だ。

 ポップアップが出て、クヴァルツの情報ウインドウが出る。レベル40に上がったようだ。大台に乗ったな。俺はもちろん上がっていない。


「……すまない。卑怯で」


 唐突にクヴァルツは俯きがちに申し訳なさそうに謝罪してくる。

 確かに卑劣なやり方があまり好きではなさそうではある。いざという時に断行できる強い意思は持っているように思うけど。


「別に攻撃が不得意だとは思っていなかったんだが……お前の余裕のある顔をどうにかしたくなってしまったんだ」


 クヴァルツは真摯にそう語った。


 余裕のある顔……。さすがに戦闘中の表情は気に出来ないな。

 鼻にできた切り傷が目に入る。傷からは赤い縦筋が2本できている。


「鼻の傷、大丈夫?」

「別にこれくらいなんともない。頬にも傷があるしな」


 そう言ってクヴァルツは左の頬を見せてくる。

 もうだいぶ薄くなっているが確かに、白い切り傷が2つある。


「……ま、傷は煽ってみたのも悪くない手だったということの証明だな」


 クヴァルツはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。俺は肩をすくめた。マルフトさんから布を渡され、クヴァルツは鼻の血を拭き取った。


 クヴァルツは血を拭いたあと、折られた木剣を眼前に持ち出して断面を見た。眉間に盛大にシワが寄る。


「……今頃びびってきたな……。なんだよこれ?? 木剣だぞ?」


 クヴァルツはくたびれた笑みを見せながら、断面を向けてくる。

 レーザーか何かで斬ったような綺麗な断面だ。切り口の表皮も綺麗なものだ。何でって言われても。


「<山の剣>たちを両断できるわけですね」


 マルフトさんがやってきてそうコメント。


「ま、お前が適う相手じゃなかったってことだな」

「一度も入らなかった上、試合放棄したのはどこのどいつだ?」


 ランハルトは眉をあげて、「さあ? そんな奴はたくさんいたからなぁ」とクヴァルツに白を切った。

 確かに手合わせをした全員俺には一度も入らなかったし、放棄したのは数名いたが、たいした疲労の色も見せないままに試合を切り上げたのは1人しかいなかった。


「……なあ。なんで士官しないんだ?」


 と、今度はダゴバート。答えづらい質問だ。


「そんなのダイチがオルフェから出るからだろうがよ」

「いや、それは聞いてるよ。……こんな実力があったんなら誰もが士官の道を選んでたはずだ。国元では士官はしてなかったんだろ?」

「まあ……うん」

「なぜしなかった?」


 一同の視線が注がれる。

 と言われましてもね……。


 やってきたインが、「こやつは戦いがあまり好きでないのだ」と会話に入ってくる。「この戦闘技術の高さでか?」と疑念たっぷりにダゴバート。少し怒ったような納得いかない様子がある。嫉妬心を買ったか?


「別に戦闘技術が高くとも士官しなければいかんわけではない。逆に聞くがお主らはなぜ士官したのだ?」


 インの質問に一同、軽く見合わせたあと、考え込む様子を見せた。


「俺は親父に言われたからだなぁ。ハンツ様を手助けしろと言われてよ」


 と、しばらくしてランハルト。一応貴族だもんな。


「私は養育してくれた父に恩を返すためですね。今ではよくしてくれているハンツ様やラディスラウス様、ヘリバルト様などの方々に報いるためもあります」

「俺には?」

「酒をたまにおごってるじゃないか」


 安い恩義だぜ、とランハルトは肩をすくめた。マルフトさんは俺と同じで養子か。


「俺は……稼ぐためだな。それ以外になかった」

「お前のとこは大変だよな。親は死んでるから、嫁と妹を養わなきゃいけないしよ」


 ダゴバートが、別に苦じゃない、フィッタではみんなが助けてくれてたし、ハンツ様のお傍にもいられるしな、と穏やかにコメント。やっぱ死んでるのか……。

 グンドゥラの家族は……って、きつく当たられてたっけな。


「俺は……」


 最後に残ったクヴァルツにみんなの視線が注がれる。

 ミージュリア関係か? でも王女の存命は最近知ったんだったか。


 クヴァルツは俯いていたが、やがて視線を上げた。


「……今はミージュリアの復興だ。国の復興は難しいが……サーンス家をお守りすることはできる」

「え? 王家が生きて?」


 驚いたマルフトさんに、ああ、ユリア王女がご存命だ、とクヴァルツが頷く。……情報開示していいのか?


「サーンス家をお守りするためには強くならなければならないし、金もいる」

「まあそうだろうけどよ。昔はどうだったんだよ?」

「昔? ……ああ。訓練教官のエーレン様の元に預けられたのもあるが……訓練以外では退屈してたし、稼ぐ道も士官しかなかったな。当時はすべてにうんざりしていたが……」


 クヴァルツはそう言って、「エーレン様への恩義もある。鬱屈していた俺を見放さずに育ててくださったからな」と、インに真摯な眼差しを注いだ。


 みんな事情が色々あるんだな。


「士官の理由は色々あるようだの。なら、ダイチが戦いが好きではないことを理由に仕官していなくてもおかしくはなかろ? たとえ戦闘技術が高かろうともな。力の使い道は何も戦いばかりではない」


 インがダゴバートに視線を寄せる。ダゴバートと視線があったが、ゆっくりと視線を落とされる。

 まあ、そうだな、と納得したランハルトを皮切りに、一同も納得した素振りを見せた。ダゴバートも頷いていた。サンキュー、イン。


 この直後、俺は彼らともう一巡り手合わせをした。


 彼らとは、ダゴバート、ランハルト、マルフト、クヴァルツの計4名だ。他の兵士たちは遠慮している者もいれば、戦意を喪失している者もいた。彼ら4人ほどには熱意はないようだった。俺とさほど親しくないのもあっただろう。

 4人はみんな初戦よりもずいぶんやる気がみなぎっていた。ランハルトにまでやる気がみなぎっていたので少し考えてしまったが、なぜ彼らにやる気がみなぎったのかよく分からなかった。


 今訓練場内にいる中で一番の猛者と思われるクヴァルツの奮闘っぷりにあてられたか、士官の話の件で思うところがあったんだとは思うけど。

 ただ、ランハルトが木の斧の刃を手で叩いていわゆる“猫だまし”的なことをしてきたのは、やる気のベクトルがちょっと違うんじゃないかと思わずにはいられなかった。


 ちなみに猫だましにはちょっと驚いた。

 音は割とどうしようもない。精神抵抗も抜けるだろうしね。

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