9-26 平穏の内側


 マクワイアさんがタミル君の機嫌をうかがう場面がありつつも、俺たちは詳しい話を聞いた。


 クッション3つ、毛布3つ、燭台2つ、蝋燭10本、薪2束、魔符3組、松明3つ、干し草半日分、水樽1つ、予備の蹄鉄1つ。

 この辺が夜営を含む長旅の行程においてケプラの厩舎側で差し出せる一般的なもので、あとは客の方で準備することになるらしい。


 もちろん事前にある程度の契約料金を支払えば諸々のことは御者任せとなるのだが、残念ながら俺たちはオルフェを出るのでこの契約は適用されない。

 ただ、アマリアでもガシエントでも、個人運営や横暴な商売内容でない限りではだいたい似た契約内容だそうなので、同様の契約は結べるだろうとのこと。


 ちなみに村や都市があったら必ず寄り、もしそこに滞在している時点で何かしらの理由により御者が馬を走らせられないと判断した場合は、その場で契約は打ち切りになる。

 何かしらの理由とは、暴力的な客である、客が賊に追われている身である、客が危険な地域に進もうとしている、蹄鉄がダメになったが鍛冶屋や厩舎などで新しい蹄鉄の料金を支払わない客である、馬の体調を慮らない客である、など。


 彼ら曰く、用意するのはセティシアの厩舎なので細かい部分は違ってくるだろうが、現在は客が少ないので多少安めで色々とサービスしてくれるだろうとのこと。


「しかし坊ちゃんガシエントに行くのか。またどうしてで?」


 裏手の小ぶりな長テーブルで俺の前に座っているマクワイアさんが訊ねた。タミル君は客が来たので席を外している。


「そりゃお前、商売だろう。今時わざわざセティシアから馬車を出そうって勇敢な奴は商売に魂を売っている奴とその用心棒しかいねえ」


 オリヴェールさんがやや陰気な眼差しで俺のことを見据えた。戦争は稼ぎ時って言うしな。


 オリヴェールさんもまたここの御者だ。

 41歳と結構歳のいってる人で、マクワイアさんの“坊ちゃん紹介”のために敬語こそ出ているが、知るはずもないタナカ家の家名には疑念の顔も崩さず、40代らしい気難しそうな表情もまた崩していない。


「……まあ、俺にはあまりそう見えんのですがね」


 商人には見えないか。まあ、見えるとはとくに思ってない。


「坊ちゃんはこう見えてアランプト丘に参戦してた人だぞ?」


 オリヴェールさんは「は? 攻略者なのか?」と軽く驚いた様子を見せたあと、またすぐに怪訝な顔つきに戻る。

 後ろで犬耳の子供と猫耳の子供たちが馬車の荷台を引っ張っていくのが視界に入る。4人いるとはいえ重そうだ。


「攻略者ですよ、一応」


 ランク1だけどね。


 慣れたやり取りだが、インが不機嫌になるかもしれないので、さっと腕に《氷結装具アイシーアーマー》をつくった。

 今度はオリヴェールさんはちゃんと驚いたようで、俯いて「はあぁ~……」とため息なのか感嘆なのかよく分からない声を出して首を振ったかと思うと、毛羽立ちも多い茶色い布の帽子を脱いだ。


「いやあ、すみませんな。まさか魔導士様だったとは」


 オリヴェールさんは一転して声音を和らげ、にこやかな表情を見せてくる。魔導士を尊敬しているようだ。


「魔導士だぞ。この私もな」


 インもそう言って鼻を高くし、赤い魔法陣を眼前に出した。今回は1つだった。

 火魔法が発動するとでも思ったのか、オリヴェールさんとマクワイアさんは慌てて身を引いたが、インが「何も出んから安心せい」と言うと、顔を見合わせた。


 そんな中、ふとオリヴェールさんが姉妹に視線をやった。やがてシワが寄り、怪訝な顔つきになる。

 俺も木箱に座っている姉妹を見るが、視線を返されるだけで別に何もない。紹介ではダークエルフにとくに反応はしていなかったけど。


「2人になにか?」

「……俺の勘違いかもしれんのですが、もしや先日、騎士団が捜索していた方々では?」


 ……やべ。最近は音沙汰なかったからすっかり忘れてた。


「捜索っていやあ……伏せられてたが……貴族の息子と娘を探してたっていうワリド団長まで出動したやつか?」


 貴族。てか、伏せられてたのか。あんな兵だらけで? まあ、ハリィ君、極秘だってかなり念押してたもんな……。でもガルソンさんは知ってたな。

 マクワイアさんから視線が注がれているのに気付く。やっぱり坊ちゃん貴族だったんだなとでも思っていそうないぶかむ視線だったが、捜索願い自体は俺が出したわけではない。貴族扱いにしておけば捜索が滞りなくなるという部分は分からなくもない。


「もっと正確には、とある貴族の嫡子である黒髪の兄と白髪の妹を探してたらしい。金櫛荘から捜索願いが出ててな。……俺も<満腹処>の隅で酔った兵士が喋ってたのを聞いたにすぎんのですが、兄妹はダークエルフを従者に連れ、槍闘士スティンガーから極秘扱いにされている方々だと」

「槍闘士が……??」


 不安と疑懼の混じった2人の視線が到来してくる。気が弱いのか知らないが、オリヴェールさんの方が不安の色合いは濃い。

 どうであれ極秘扱いと聞いたなら、本人と思しき人物を前には黙ってた方がいいと思うが……。


 インをちらりと見ると、まったく退屈そうにしていた。

 インと目が合い、アゴで2人を示される。私にとってはどうでもいいがどうにかせい、とでも言わんばかりの挙動だ。さっきは鼻高々に魔法陣出してたくせに。


「……一応俺たちです、それ」


 言い触らさないでくださいね、と続けようとしたんだが、オリヴェールさんは突然席を立って「言い触らしたりはしないんでどうか処罰は勘弁してください!」と、土下座されてしまった。


「いやいや! しませんから。大丈夫です。だから顔を上げてください」


 俺もつい席を立って慌ててそう言うとやがて顔が上がったので、言い触らさないでくれれば、と先を続けた。

 オリヴェールさんは「それはもちろんです」といくらか安堵した顔つきになる。さも願いが成就した風なので、苦笑せずにはいられない。そんなに何かするように見えるか、俺……?


 それにしてもこの人、意外と口が軽そうというかなんというか。


「すみませんね、坊ちゃん。オリヴェールにはきつく言っておくんで」


 と、苦い顔でマクワイアさん。マクワイアさんは彼ほどには動じていないようだ。

 オリヴェールさんはマクワイアさんを軽く睨んだ。だが、何も小言を言うこともなくふうと肩で息をついた。何もしないよ。


「にしても槍闘士とも縁があるとはなぁ……。さすが坊ちゃんだ」


 マクワイアさんが気のいい笑みを浮かべてくる。何がさすがなのか分からないけど、と俺は肩をすくめた。確か彼には貴族とは言ってないのだが、もういいかと思った。


 そんなところでタミル君が御者をお呼びだったので、オリヴェールさんが率先して出ていった。「こんな粗末なとこですがごゆっくり」と言葉を残して。


「ダークエルフのあんたらがいるんだから、ジョーラ・ガンメルタと繋がりがあっても不思議じゃないよなぁ……」


 オリヴェールさんの後ろ姿を見ながらマクワイアさんがそうこぼした。そうして姉妹に視線をやった。

 姉妹は件の捜索話が持ち上がったせいか微妙に居づらそうな雰囲気を醸し出していた。だが、ディアラが「ジョーラ様は私たちの誇りですから」と誇らしげに返答してその雰囲気は間もなく消える。


 マクワイアさんは腕を組んで、そうだよな、これからはケプラ市民にとっても誇りだよ、と気さくに返した。

 そうか。ジョーラたち騎士団入りしてるもんな。


「今は騎士団入りしてるしね」

「ああ。ワリド団長の抜けた穴を埋めるにはじゅうぶん過ぎるお人さ。もちろんワリド団長がいたらもっとよかったんだけどな」


 確かにね。

 それにしてもジョーラたちとも顔を合わせないまま旅立つのは避けたいところだ。……いや、セティシアにいるなら会えるは会えるか。


 それにしてもマクワイアさんの距離感はやっぱりいい。

 本来なら貴族または貴族と思しき相手にはオリヴェールさんくらいの卑下する距離感が一般的なのかもしれない。だが、腫物扱いされて処罰云々言われるのは付き合いづらいことこの上ない。


 そういえばマクワイアさんには敬語使ってたな。マクワイアさんも敬語じゃなかったし……まあいいか。俺も慣れたんだろう、色々と。

 あんまり下出に出てると余計なことも起こりかねないし、インからも怒られてしまうしね。営業で敬語を崩すことはなかったが、“振る舞いでは崩していると”案外うまくいきやすかったりするものだ。


 ・


 ケプラを出る前には是非もう一度会いに来てくれと告げてきたマクワイアさんと別れ、俺たちは市場に向かった。


 市場で購入する予定なのは、主に料理関連や洗濯関連の日用品と携帯できる食料などだ。

 魔法道具屋には昨日行ったばかりだし、ポーションやエーテルなどはおいおい。砥石はガルソンさんの店に注文したアクセサリーを受け取りに行った時でいいだろう。


 馬の餌だの、予備の蹄鉄だの、馬関連の品々も持っておくのは越したことがないが、それは御者に任せた方が楽というマクワイアさんたちの助言に従った形だ。

 確かにわざわざ俺たちが時間をかける必要はない。お金もあるしね。


 ちなみにマクワイアさんに同行できないかと軽く直談判してみたのだが、国内ならともかく他国、それもガシエントの荒野を走るなら自分はあまり役立てないだろうとのこと。

 なんでも、ガシエントが馬車に使う馬はオルフェの馬と種類が違う上、地形がかなり違うこともあって馬への“気の遣い方”も違うらしい。言われてみると確かにそうで、場所によっては古代生物のアペッシュを使うこともあるらしい。


 なんにせよ、残念だ。この分だと金櫛荘の御者も出来ると言う美少年の彼の起用も難しいかもしれない。

 ガシエントで連れる御者とも仲良くなれることを祈ろう。



 ――昼前の市場は賑やかさの極みだった。


 溌剌とした呼子の声と客のやり取りがあり、中には怒号に近い声もあってそこかしこでやかましいようだけれども、決して悪い気分にはならない。

 静かすぎる貧民街を見たせいだろう、やはり街はある程度賑やかな方がいいと思わされる。


「じゃあ何から探そうか?」

「一番近いのは……干し肉屋と漬物ピクルス屋ですね」


 そう言いながら、ディアラが付近に視線を寄せる。


 確かにすぐ近くには漬物屋があり、酢の酸味のあるにおいがつんと鼻腔を刺激している。

 スーパーや商店街にある総菜屋と違って並べられたトレイに漬物が入ったりしているわけではなく、それなりの量が壺に入っているか瓶詰されている。壺を持ち寄って購入する人が多いが、容器に入ったまま買う人もいる。


 店のおばさんが身を半ば乗り出して少し押しの強さがうかがえつつもよく動く表情で客と溌剌と話しているのが印象的だ。


「漬物類は出発の当日か前日に購入した方がいいかと思います。漬物は長持ちはしますが、ずっと持つわけではないですし」


 その辺は《収納スペース》や魔法の鞄に入れたら解決してしまうが、《収納》は容量に限度があるし、魔法の鞄も「収納数」に限りがある。紐で縛ったりしなければ1スタック分として扱われてしまうだろう。


「そうだね。……じゃあ、食器や日用品かな」


 姉妹がはいと頷く。一方でインは軽くため息をついたようだった。


 なんでため息をついたのか一瞬考えてしまったが、インの視線は干し肉屋にあった。簡単な理由らしい。

 干し肉屋では軒先から腐りかけの肉がついた骨のような肉がぶら下がり、下ではくすんだ臓器のような色の肉が並んでいる。言葉にすると食欲をそそられないがもちろん肉の味と香辛料の味がするだろう。よく見た光景だ。


 干し肉屋の先には食器や編みカゴなどの料理系日用品を売っている大きな露店があり、「ここで揃ってしまうか?」と思わされる。

 だが、向かいの店ではおたまやトングと似た物などの料理道具が大量に下がっている、同じようにカゴや食器などの置いてある店がある。ぱっと見では店内インテリアと店舗面積くらいしか違いがわからない。


 この市場は“雑に売上競争が激しく”、類似品の店がやたら多いのは把握済みだ。

 ギルドが明確に管理しているのは、出店の許可と出店者の名簿、それから売り物の種類だけらしい。自分の店の品物が売れないからと言って客を奪っているライバル店に殴り込みに行くのは自由だし、ギルドも関与しないが、代わりに兵士たちが殴り込んだ者を牢に連れていくためにやって来る。


「1回ぐるっと見てまわろっか。あとでいいものがあるかもしれないし」

「また様子見か?」


 またというのは、セティシア襲撃後に市場巡りをした時のことだろう。このときも一度軽く下見をした。


「ある程度は店の場所は覚えてるけど、前回の時と買うものが違うしね」

「まあのう」

「今日の予定はとくにないし、時間はあるし」


 あと今の俺はいくら歩いても疲れない。1日でデパ地下踏破も簡単だろう。

 インが軽く肩をすくめたあと、好きにすればよかろ、と首の後ろで両手を組んだ。


「私は食い物が食えればそれでよい。こんなに肉のにおいのする中で何も食わんのは我慢ならんからの?」


 インはそう言って片眉をあげて俺を見上げてきた。

 我慢ならないと言う割には、肉串やソーセージ1本でも機嫌よくなるのだから可愛いものだ。


 姉妹に肩をすくめて同意の苦笑をもらったあと、市場をざっくりまわっていく。



 ――3時間ほど経った頃には、市場で購入を予定していた日用品のほとんど買い終えてしまった。とくに迷ってもいない。

 3個のチェスト――姉妹は自分たちはまとめて1つでいいと言ってきた――と、ガルソンさんの店でクロスボウ2丁と予備のクロスボウの矢20本、ヘルミラの予備の矢20本も購入し、金櫛荘に届けるように言ってある。


 それもこれも……


「だいたい揃ったか~?」


 ボラアジュがそう訊ねてきたあと、ランゴシュをかじった。


「だいたいね。おかげさまでスムーズだったよ」

「それは、……んぐんぐ。よかったぜ」

「ゆっくり食べな。喉つまらせるよ」


 傍にはもちろん、バストと少女のゾイもいる。2人も手にはランゴシュ。

 ランゴシュは揚げパンにベーコンやキュウリ、モール豆などを乗せた料理だ。俺も食べているがお気に入りのストリートフードだ。


 3人には道中で出会った。例によって彼らは案内を申し出てきたのだが、またお金をあげるのも教育的にどうかと思ってしまい、ありがたいけど今回はお金はあげないよ、と言ってみるとそれでもいいと言ってきたのだった。どうやら退屈しのぎっぽいのは後で知った。

 確かに人の案内っていうのも結構退屈しのぎにはなると思う。とくに“おのぼりさん”の案内ならなおさらだ。結局軽食をおごってしまっているのだから、彼らの中ではしっかり仕事だったかもしれないが。


 とはいえガルソンさんには「孤児院でもおっ建てるつもりか?」と皮肉を言われてしまったり、面子的に子守っぽいことをしている自覚はある。

 姉妹も今ばかりは単なる孤児院の年長者に見えなくもない。俺だってまあ、見た目的には似たようなものだろう。


「この後はどうするのだ?」


 傍から見れば3人と同様子守の対象であるインもまたランゴシュを片手に訊ねてくる。もう一方の手には木串に刺さったソーセージがある。


「うーん、予定していたものは購入してたけど。なんかある?」


 姉妹のことも見るが、とくにないとのこと。


「……あ。そういやそろそろだよな? カスチェイどもの執行時間」


 執行?


「そうだね、そろそろかも」

「ダイチお兄さんも行く? 執行会場はウルナイ像だよ」


 ゾイが訊ねてくる。公開処刑か?

 ゾイには臆している様子はとくになく、彼女はそのまま2人よりはいくらか上品にランゴシュにかぶりついた。


「……執行って、首落としたり?」


 ゾイが目立った感情を込めずにそう、と頷く。


「カスチェイ一味はソルマック商会の商売敵。カスチェイは悪事ばかり働く奴らで、ソルマック商会のこともずっと邪魔してたんだ。娘のエリアンテ・ソルマックを誘拐しようとしたんだって。それで執行が決まったみたい」


 昨日の誘拐未遂事件か。


「誘拐未遂事件がカスチェイ一味の仕業だったってこと?」

「そ。新騎士団のいきなりの大手柄さ」


 ボラアジュはそう言ながら指についたソースを舐めた。アバンストさんはたいした発見はないって言ってたが……。


「俺たちその現場に昨日居合わせたんだけどさ。アバンスト団長はたいした発見はなかったって言ってたよ」


 バストが首を傾げて、それいつ頃? と訊ねてくるので、昼頃かなと答える。


「ふうん。昨日の夜、カスチェイ一味を捕まえてたよ。なんか進展あったんじゃない?」

「夜なのにみんな起きてきちゃってたね」

「カスチェイの隠れアジト、ダニエル・ストリートの近くだったしね」


 アジトが近くって危ないな……。


 無事でよかったよと言うと、バストはしばらく何を言われたのかよく分からない風な顔をしていたが、やがてよくあることだよと淡泊に答えてきた。

 バストはゾイと同じでボラアジュほど感情豊かではない子だが、逞しいというか、何かが欠けているというか。


「で。行くのか? 行くなら広場がよく見えるいい場所教えてやるぜ?」


 公開処刑を? うーん……。


「私らはこれからちょっと予定があるから遠慮しとこうかの」


 インが代わりに答えた。予定は特にない。


『行くつもりはなかったかもしれんが。今日は心穏やかにじっとしておれ』


 と、インからちらりと見られて念話。ん。ああ、魔力暴走か。


 ――知らない犯罪者の処刑でどうにかならないとは思うけど。


『そうかもしれんがの。公開処刑は正統に正義の鉄槌が下されたとあってみな気がたかぶるからな。何が起こるか分からん。洗脳の元となったのも先日の騒ぎだったし今日に限ってわざわざ騒ぎの渦中に飛び込むことはなかろ』


 確かにそうか。


 にしても正義の鉄槌か……。

 公開処刑はイベントのようなものだと思って顔をしかめてたものだけど、犯罪抑止の側面もあるか。市民も犯罪者を取り締まれる都市として都市と警備兵たちを讃えるだろう。


 だからと言って、倫理的に推奨できるイベントではないが……。

 子供たちが気もそぞろに見に行っているのを見る辺り、倫理観の壁はやはり分厚いと言わざるを得ない。壁が分厚くないならないでそれは変な話なのだけど。



 インの勧めのままに俺たちは金櫛荘に戻り、“自宅謹慎”をした。少し眠くなったので昼寝をしたこと以外は平和的に過ごすことになった。


 インは姉妹の精神集中を監督し、魔法講座をし、俺は3人の様子をファラフェル――ファヴァ豆というソラマメをつぶして揚げた、素朴な味わいの小さなコロッケのようなもの。貧民のバストたちもたまに食べれるくらいお手頃な軽食だ――をつまみながらぼんやり聞き。

 食堂で軽い食事を取り、風呂に入り……そんなまったく平和的な時間を過ごす俺たちのすぐ近くで公開処刑が行われているのはにわかには信じられない話だった。


 インがカーテンを閉めてしまっていたが、カーテンがなかったらここから処刑の様子が見えないものかとちょっと考えてしまったものだ。

 俺もこの世界の住人として生活を続けていたら、処刑を「イベント」として捉えるようになるのだろうか? 色々と適応しなければならないとは常々思っているが、ただ、やはりそこの辺りの倫理観は変わらないでいたいものだ。

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