9-21 延命治療 (5) - 服を着る竜
修復の様子を眺めているとうとうとしてしまった俺はインの勧めもあり、少しだけ眠った。
惚れ惚れするくらいよく眠れる体だ。まるで赤ん坊のようだが、……ああ、そういや俺の体は赤ん坊のようなものだったっけ。でもさすがにもう赤ん坊は卒業してると思うけどな。
――目を覚ますと、フルたちがこちらに向かっているところだった。最終調整だったか……終わったんだろうか。
広間はすっかり元通りに修復されていて、シャンデリアの残骸や建材の瓦礫はもちろん、落ちたシャンデリアも天井に開いた穴もなかった。蝋燭や香炉は回収されているが、折れていた短杖も修復されていて、魔法陣もとくに途切れている箇所はない。
フルたちがやってくる。
「ちょうど今目覚めたところだの」
フルは頷き、ではイン、と呼びかける。頷いたインはベッドから下りた。
「ダイチ。私は席を外すからの」
え。
「席を外すって……いなくなるの?」
「うむ。この延命治療はフルとルオ、そして眷属たちのみが知り、行える秘儀だからの。治療を受けるお主自身が内容をある程度知るのは仕方ないが、私や他の八竜が治療法、あるいは製法を知り、延命治療を行うのは禁じておるのだ」
うん? 分野テリトリー的な? でも結構情報は出ていた気がするけど。
「なあに。心配するでない。復活したと報告を受けたらすぐに戻ってくるからの」
俺が見せてしまった懸念の顔を不安と取ったのかインは腰に両手をやってそう言い放った。
ひとえに俺を励まそうとする快活で包容力のある声音と表情だ。母ちゃん~。
やがてゾフに念話でも送ったのか黒い姿見が現れ、インは「ではまたあとでの」と去っていった。
ゾフは顔を出さなかった。なるべく現場を見ないように考慮したのかもしれない。仲間内の規約は従順に守りそうな子ではある。
「では参りましょうか」
インが去るとフルが微笑して、ベッドにいる俺に優雅に手を差し出してくる。
七竜側に俺のこれまでの行動がある程度伝わっているのなら、インの俺に対する母親としての強い感情や、俺がそんなインにまんざらでない感情を見せているのも把握しているのだろう。
だいぶ慣れてきたが、他人に見られるのはまだまだ慣れないところではある。30歳のマザコンってそれなりに痛いからな……。
俺はフルの手を取ってベッドから立ち上がった。細くてひんやりとした手だった。さっきは半竜モードになっていたものだけど、普通の女性の手ととくに差異はなかった。
俺たちは槽に向かう。
槽の周りに作られている魔法陣は肝臓復活の際に用いたものと陣容が結構異なり、刻まれている魔法言語の文量はもちろんのこと、円環の数も多い。
円環にはアイコンが描かれていない空白のものがあり、何かを置くのだろうと想像させる。腹を切らずに臓器の1つを新しくするなんて内容もたいがいだが、100年も伸ばす延命治療もたいがいだ。必要な素材も相応の品ではあるのだろう。
槽は遠目で見ていた通り、ティアン・メグリンドの小屋にあるものと似ていた。
違うのは全体の形と、象牙色の大理石を用いた波や珊瑚や貝などの彫刻豊かな台座やフタの部分くらいだ。
宝石も随所に埋め込まれていて、台座では鱗をつけたイルカのような生き物の目が青く光り、額には赤い宝石。フタには波と珊瑚があり、とぐろを巻き、翼を持った、赤い目の白い蛇の彫刻もある。
見事な出来ではあるけど治療をするだけなんだし、余計な部分なんだろうなと思いつつ。
槽の形の方は彫刻飾りほどの目立った違いはないが、横に広く、小屋のものよりも大型だ。水槽感としてはこちらが強い。また、角に辺を作って八角形型にしている辺り、いくらか高級感がある。出回ってる形なら中東の大金持ちがアロワナでも入れてるかもしれない。
俺が生まれた槽は転移魔法っぽいものにより外に出れたので、ヒビをつけただけだった。修復はできるらしいが、割ってしまうのは避けたいところだ。
槽に近づいた頃には、ボルさんやタローマティ、エヨニとタマラなどの召使たちも合流した。
「これが氷竜様の御入りになる容器です。ホムンクルスを製造する時に用いるものなのですが、製造の間、ホムンクルスたちがよく夢を見ることから
「夢」
フルは、女優やモデルと遜色ないレベルの美白具合の横顔――歪み1つない綺麗な卵型の横顔を見せながら頷く。
「不思議な夢です。みな生まれたばかりですから、思考はおぼつかず夢の内容はほとんど判然としませんでした。……ですが、生まれてからある程度時間が経ち、夢の内容を覚えていた者から話を聞いていくうち、共通項がいくつかあることが分かったのです」
共通項。
「とても居心地の良い空間であったこと。陸地も木々も、風も空もない亜空間とは真逆の輝くような真っ白な世界であったこと。星のようなものが瞬いていたこと……」
抽象的な夢だな……。俺はいまだに転生前の夢を見るけど。
「私たちは彼らが見たのは、<創造の狭間>と似た世界であったのではないかと考えています」
創造?の狭間?
フルは俺の方を向き、意味ありげに見てきたが、俺に求めていた反応がなかった――つまり、同意を得られなかったためか視線をまた槽に戻した。
「精霊たちは時折、自分の生まれた海を思い出します。この海は海洋生物のいる青い海ではなく、大陸の
魔素の海。というか。
「……精霊って魔素から?」
「ええ。低位の精霊も高位の精霊も魔素の質は異なれど、みな魔素から生まれています。……精霊たちの思い出す海もまた、誰もが同じ海です。多少色がついていることもありますが、ほとんどが白い海です。この魔素の海を彼らは<創造の狭間>とそう呼び、懐かしんでいるのですが、<創造の狭間>の光景はホムンクルスの見る夢とよく似ているのです」
精霊もホムンクルスも魔素の夢を見る、か。
ホムンクルスも精霊たちほどではありませんが、多くの魔素によって肉体を構築され、生み出されますからね、とルオ。
「ダイチの肉体にしてもそうです」
フルも頷く。
俺は自分の手を見た。外見は完全に人族――人間だ。
水とタンパク質と脂肪で出来てますって言われたほうが納得できるのは言うまでもない。というか、外見での違いは正直分からない。
「氷竜様も見るかもしれませんね。白い海の夢を」
と、フルがさも良い夢であるかのように半ばうっとりとした心地で微笑してくるので、そうかもしれないと相槌を打った。こんな状況でなければ軽く惚れそうな笑みだ。
見たところで何かあるのかという疑問が湧くが、雰囲気的に二の句は継がなかった。俺がその世界にとくに親しみを覚えるようには思えない。
もちろん夢を見ている時点では、俺の体内にあるらしい魔素によって精霊たちやホムンクルスたちが抱くのと同じ種類の好意的な感情を抱いたりはするかもしれないが……。ガブやイワタニたちとのクライシスのプレイ中の夢の方がいい。
夢についての話は終わりのようで、フルがこの槽の中にあるものはご存知ですか、と訊ねてくる。
「淵源水だよね。火、水、風、土の4大魔素を混ぜたっていう」
フルが表情を緩めたまま、ええと頷く。
「その他にも、古竜ジャバウォックの血と爪、ヒゲ、翡翠の逆鱗……などを混ぜ合わせています」
ヒゲに逆鱗か。ホムンクルスは竜の素材が必要だとは聞いているけども。
槽内には固形物が浮かんでいる様子はない。粉末にしてしっかり溶かしているのだろう。
ジャバウォックか。インはいいとして、いつかお礼参りなんかをしてもいいのかもしれない。
「ジャバウォックってどんな竜?」
「非常に生命力の高い竜です。インのような半永久的に自己治癒ができたりするわけではないですが、生命力そのものだけなら我々にも勝るとも劣らない素質がある者です」
HP特化か?
「古竜の中でも彼は魔法はそれほど得意ではないのですが、体内魔素の量が多く、性質も穏やかなので、今回のような治療では彼の素材は重宝されているのです」
ふうん。
「性格とかは?」
「性格、ですか? ……とても……お喋りな者です」
意外な質問だったのか、フルはちょっと視線を泳がせつつそう答えた。お喋りってことはお礼参りできそうか?
「ボルさんみたいな?」
後ろで静聴しているボルさんを見ると、亀の顔なのでさほど変化はなかったが、「古竜殿と似ているとは光栄ですな」と磊落な調子で答えてくれた。
フルは少し眉間にシワを寄せている一方で、ルオがいくぶん好意的な表情を見せているのが目に入る。
なるほど? ボルさんへの対応もそうだったが、フルはちょっとお堅い性質らしい。
「ボルもそうですが……古竜の中でも変わっているでしょうね、彼は。古竜は往々にして我々よりも知性が低く、攻撃的な者も多いため、人の子たちから恐れられている存在ではあるのですが、ジャバウォックはそうとも言い切れません」
「というと?」
「私どもの知る個体になりますが、ジャバウォックは人の子と交流したことがあるからです。今も50年ほど前に作られたアピスの皮で作られた衣類を時折着ているそうです」
アピスは七影や七星の隊長が着る礼服に使われる素材だったか。
「じゃあ人化も得意なんだね」
「いえ。人化は彼はほとんどできなかったかと」
「え? じゃあ……竜の体で? 巨大な」
フルはいくらか眉をひそめた顔で、はい、と同意した。
ルオが解説してくる。
「なんでも、賊に追われて彼の住まう<疾風モモンガの森>の奥地に落ち延びてきた仕立て屋がいたそうです。ジャバウォックは仕立て屋を追い払おうと威嚇したのですが、仕立て屋が命を救ってくれるなら何でもする、自分は仕立て屋なので商品を仕入れたり、衣類や武具を作ることができるなどと懇願した際、では自分の服を作れるかとジャバウォックが訊ねたところ、承諾されたそうです」
なるほど。疾風モモンガって、その名の通りの魔物なんだろうな。
「竜に服を着る習慣ってあるの?」
ルオは苦い顔をして、
「その辺がジャバウォックの変わっている所以かもしれません。仕立て屋も彼のための巨大な服をよく作ったものですが」
ルオが軽く肩をすくめた。まったくだな。
「ジャバウォックのことが気になるのですか?」
と、眉をひそめたままでフル。不快というほどではないが、気がかりではあるらしい。別にジャバウォックは嫌われ者という感じではなさそうだと感じるのはお人よしが過ぎるだろうか。
「体の一部を分けてくれたわけだし、挨拶くらいは行ってもいいのかなって」
「挨拶ですか」
「……八竜の立場的に挨拶も難しい感じかな?」
フルはいえ、と軽く首を振った。もう眉間は緩めていた。
「問題はとくにないでしょう。ジャバウォックは誰の眷属でもありませんが、わたくしたちと敵対関係にあるわけでもありませんし」
「白竜様。悪い考えではないかもしれませぬぞ」
黙っていたボルさんがそう口を挟んだ。
「ボル。どういうこと?」
「氷竜様の権威を示す眷属や同胞と言える存在はまだおりません。人材はしばらくは我々七竜、ああ、いえ。コホン。……八竜の内部から派遣し、氷竜様のご活動を手助けすることになるでしょうが、ジャバウォック殿のように、今後外部から人材を新たに迎え入れることも必要となるでしょう」
フルはしばらく考え込む様子を見せた後、確かにそうね、とボルさんの意見に同意した。ルオも、「古竜たちは悪い選択肢ではないだろうな」と同調。
新しい仲間か。みんな眷属とかいるもんな。
「氷竜様は穏やかな性分の方ですからな。バルレッタ海の荒くれものだったマケ殿が青竜様の御血をいただいて分別がついたように、眷属になった暁にはジャバウォック殿の一風変わった気性も落ち着くことでしょう」
そう言って、ボルさんは顔を伏せている研究者の1人に目線をやった。
目線をやった研究者はベールで顔は見せないが、足元からは青白い肌が覗いている体格のいい人だ。彼は軽く顔を動かして俺に会釈した。海の荒くれ者ってことは、
「……そうね。確かに悪い話ではないわ」
フルも同意らしい。
「この話はおいおい考えることにしよう。揺り籠をそろそろ起動しなくてはならない」
と、次いでルオ。フルがルオにそうねと頷く。
起動ってことはそろそろ治療か。あまり時間がないようだ。
「氷竜様。治療を進めましょう。淵源水は放置すると量が減り、やがて消失してしまいますので」
槽に視線がいく。……息できるよな?
「出来るとは思うけど、槽の中で呼吸ってできる?」
「もちろんできますよ。淵源水は水に似ていますが、至純豊水のように水とは似て非なるものですから」
至純豊水か。とくに潜ってはいないし、水のようだったけど。
「そういえばどうやって入るの? 槽の中に」
俺の質問を聞くと、フルは進み出て槽の表面に手をかざした。すると、黒い小さな魔法陣が現れる。
あ、と思う。魔法陣には「コ」の字のような突き出た模様が四方にあった。ティアン・メグリンドの小屋で見た魔法陣と同じ特徴だ。陣容も似ている気がする。
「この魔法陣に触れると、空間魔法の《
ショートワープか。まったく同じだ。やっぱり壊す必要はないよな。
「では氷竜様。着物を。……お前たちは聖蝋を設置し、灯してきなさい」
エヨニとタマラが進み出て、俺の左右に立った。他の召使は蝋燭を灯すようで周りに散っていく。
脱がせるのか……。さすがにもう意を決する。羞恥心をぐっとこらえ、両腕を軽く広げる。ガウンは2人によってゆっくりと脱がされ、俺は裸になった。
「では魔法陣にお手を」
見れば、フルは俺の裸体に顔色1つ変えてはいなかった。ここまで顔色を変えられないというか無関心でいられると羞恥心もいくらかどこかにいくらしい。堂々としよう。恥ずかしいことには変わりないけど。
風呂に入っててよかったなとちょっと思う。インはこれを見越して風呂に入ってこいと言ったのだろう。確かに事のあとは綺麗な体とは言えない。
転移の魔法陣にゆっくりと触れる。
――意識が引っ張られる感覚があり、気付けば俺は槽の中にいた。
微妙に浮力があり、一瞬水の中に入ったと錯覚して焦るが、普通に呼吸ができることにすぐに気付く。
水温?もさほど外気温と変わらないらしく快適だ。水のにおいも……ほとんどない。ティアン・メグリンドの小屋の時は淵源水の中にいる認識がなかったものだけど、不思議な体験だ。目もほとんど影響がないようで、痛くない。
水槽内から見る大広間の光景もとくに変わったところはない。
にしても水槽内から見る景色って屈折せずに結構くっきり見えるんだなと思う。もちろん、水ではないので何とも言えないのだけど。
『お加減はいかがですか?』
フルからの念話だ。風呂みたいな聞き方だなと思いつつ、問題ないよと返した。
少し端に寄ってくれというので言われたままに移動する。歩行も問題なかった。少しふわふわしてるけど。
それにしても気分がいい。槽内の澄んだ空気?を吸い込んだからだろうか、ものすごく落ち着く気分だ。色々と気になることはあるが、どうでもよくなってくる。リラックスはしているが眠くはない。
たいした浮力ではないのだが立っているのが少し億劫になってきたので、槽に寄りかかった。日光浴をしながら、お気に入りの音楽でも聴いている時のようなそんなリラックス感があった。
タローマティが槽の前にやってきて、間もなく彼の隣に結構大きな黒い姿見が現れた。《
タローマティが姿見に手をかざす。中からはやがて、半透明のひじ掛け椅子がぬるっと現れた。《
椅子は簡素な作りだが、ガラスのように半透明で、背が異様に高い。
現れた椅子は空中で止まり、姿見は消えた。
タローマティは眉をひそめながら椅子にかざした左手はそのままに、右手で槽に手をかざす。そうしてタローマティの目が大きく開かれたかと思うと、――槽の中にひじ掛け椅子が現れ、ゆっくりと槽の床に下ろされた。
驚いたが転移させたらしい。すごいな。……ああ、これに座れってことか。でも大丈夫か? 異物入れて。
『お眠りになっている間、その椅子に座ってください』
――槽の中に異物入れても大丈夫なんだね。
『はい。その椅子も淵源水とほとんど変わらない配合の高位魔素で製作した椅子なので。治療を終えた段階では多少溶けだしてしまっているかもしれませんが、治療には影響はありませんよ』
固体化したってことか。便利なものだ。
フルがしばらくお待ちくださいというので、俺は椅子に座って待つことにした。
ぼんやりしていると、眠気がないのがおかしいくらいの虚脱感に襲われ始める。いい気分だ……。こんなにリラックスって出来るもんなんだなー……。
催眠術にでもかけられたかのような俺の穏やか過ぎる心境とは裏腹に広間は慌ただしくなり始める。
ルオと研究者たちがなにか言葉を交わしている。言葉は聞こえない。《聞き耳》は……ONになっている。さすがに水槽&水中で聞くには厳しいようだ。
ボルさん含めた研究者の2人が軽く駆けながら離れていき、エヨニとタマラたちも散っていく。
と、残ったタローマティともう1人の研究者が衣類を脱ぎ始めた。
――1人は男気溢れる感じだが、分別も垣間見える雰囲気で、青白い皮膚に金髪黒目の鼻のつぶれた顔立ちだった。こういう顔立ちの人もいるだろうけど肌が青白いし、だいぶ亜人寄りの顔だ。
逞しい肉体の節々には色素を失った白い切り傷が無数にあり、腕や脚には魚のヒレのようなものがついていた。
なぜか裸になった2人をよそに、次いで残っていたらしい召使の1人も服を脱ぎだした。――白い肌で、白髪金目だった。だいぶ俺の美意識はインフレしているだろうが、多少目つきの悪さとごつさはあるものの、じゅうぶん顔立ちは整っている。
肌は白めだったが、彼女もまた逞しく、アスリートのような体つきだった。胸の大きさに差異はそれほどないが、アレクサンドラよりもだいぶ逞しい。
『では氷竜様。お眠りになっていただきますが、よろしいですか?』
フルの念話で我に返る。
――分かった。
しかしなんで彼らは脱ぎだしたんだ? という疑問が出てきて間もなく、フルが槽の下の方に手をかざした。
同時に椅子の下に現れる白い魔法陣。たちまち俺の意識は強い眠気に襲われる。《
重くなったまばたきに抗うのも無駄だと悟り始めたぼんやりとした意識の中で、裸身の三傑が召使の女性たちに衣類を渡し、移動を始めたのが目に入る。
みんないい尻と腿だなと別に変な嗜好もなく眺めていると、タローマティが円環の1つに跪いたのに意識が向く。タローマティの背中からは2対の巨大なコウモリのような禍々しい黒い翼が生え、肩には灰色の鱗のような表皮が現れていた。魔族……。
魔法陣から白い光が発生しだしてくる。オーロラのように波打つ帯のような美しい光で、先には光の粒子があった。輝いていて綺麗だった。
「―――――」
強い気配がし、気配の元に気を取られる。
魔法陣の外部にフルがいた。下から風でも吹いているかのように服がなびいていた。手には光を放っている書物があり、本の上には青い魔法陣が空中に出現している。
「――――――――――」
なにか唱えているようだが内容は聞こえない。
フルがめくることもなく書物のページが自動的にめくられていき、やがて浮かんでいた魔法陣の上部左右の空中に黄色の魔法陣と白い魔法陣が現れた。生まれた時や《
書物を持つフルのしなやかな美しい手がみるみるうちにごつくなり、表皮も鱗状になる。爪も鋭く伸びた。白い竜の手だ。
多少眠気から覚めた心地で上に視線をやると異常に美しかった女性の顔はもはやなく、尖ったアゴに鋭い歯を生やし、両目が離れ、鼻が伸びた見知らぬ人物――白いトカゲの顔があった。リザードマンというにはウググよりもずいぶん凶悪な顔だった。
頭部には可憐な額飾りはまだあり、飾りは風になびいている。服も白いドレスだったので、紛れもなく彼女はフルであることを伝えていた。
「――――………」
金色の瞳と目が合う。トカゲの顔からは何の感情も読み取れないはずだが、眼差しからは決意めいたものを感じた。
そうして俺の視線を避けるように本に目線を落とした彼女の仕草からは次いで俺は一抹の悲しみを感じ取る。表面的な変化は何1つなかったし、俺の気のせいなのだろう。元がフルなこともあるが、トカゲが可憐な恰好をしているのが悪い。
俺の気のせいだとしても彼女はいったい何に悲しんだのか。ぼんやりとした思考の中、考えを寄せてみる前に、俺の意識は完全に睡魔に屈した。
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