9-20 延命治療 (4) - 崩壊と黒角の呼び声


 ――夕焼け空が見えた。天井にぽっかりと大穴が開いている。

 穴からぱらぱらと落ちてくる小さな瓦礫の欠片に、危ないなとぼんやりと思う。


 ……目がチカチカする。


 眼精疲労の類ではなく、本当に光の粒か埃かなにかが目の中で動き回っているような、そんな不快感。

 頭痛などはない。目をこすると不快感が少し減り、代わりに視界がぼやけた。ぼやけた視界が戻るのは遅かった。


 視界が戻るのを待ったあとに広間の方に視線をやると、落ちて無残にもひしゃげたシャンデリアが魔法陣の上にあった。

 驚いたが、驚きは表情にあまり反映されない。左の肘置きに対して、右の肘置きが氷山のようないびつな形をしているのに気付く。周囲には粉々になった欠片。気だるくて体を起こすのも億劫だ……。


 陣の外部では防御魔法、というより結界のような魔法を周囲に展開しているフルとルオの姿が見えた。

 壁は無数の六角形で構成されている見たことのない代物だ。そんな魔法の壁の後ろには召使の人たちや他の研究者の人たち。


 2人とも両手足が太くなり、ルオは紺色の、フルは白い鱗で覆われていた。指先には光るもの――鋭い爪がある。

 インやゾフがかつて見せた半端な竜モードだ。体も少し大きくなっているように見えるが手足ほどではないので少々アンバランスだ。


 ルオの首元も青い部分があった。顔付近にも鱗が出ているらしい。尻尾も出ていた。


「…………も、もう終わりましたか?」


 見ていると、フルの後ろから、床に伏せているボルさんが顔を出してそう心もとなく訊ねた。

 ルオが何か言おうとしたらしいがちょうどその時、墜落したシャンデリアの一部が崩れて音を立てた。「ひゃあっ!」と声をあげながらすぐに頭を引っ込めて両手で顔を覆うボルさん。彼には甲羅はないが顔が亀なので、亀にしか見えなかった。


 落ちたシャンデリアのおかげで凄惨な場に見せているが、広間自体はそれほど被害はないようだった。崩壊がひどいのは俺の真上の天井だけだ。

 事態はどうやら俺のせいであるらしいのを察した。だが、何が起こったのか分からない……。腹が異様に痛かったのは覚えている。だが、その後のことがわからない。そういえばもう腹は痛くない……。


「――ダイチッ! 大丈夫か!!??」


 大広間にインの声が響いた。跳躍してきたインは軽やかに着地したかと思うと、台座に登ってきて俺の体を起こしてくる。


「……何があったの? 天井に穴が開いたりしてるけど」


 インは険しい顔で「覚えとらんのか?」と訊ねてくる。


「……あんまり。腹が痛かったのは覚えてるけど」


 インは眉をしかめた。


「……記憶が混濁しておるのだな。安心せい、しばらくしたら戻ろう。……お主の肝臓が復活した弊害だ。結界で防げると思っとったが、……幸い、上に向かうだけだったがの」


 そうだ。していたのは肝臓の治療だ。


 インが見上げたので、俺もつられて上を向く。

 相変わらず天井にはぽっかりと穴が開いていて、赤らんだ空がこの世界の夜の訪れを伝えている。


「上にって何が?」

「お主から溢れた魔力だ」


 俺の?


「肝臓が魔力を司る場所であることは覚えとるか?」


 インは視線を下ろした。


「うん」

「元々お主の肝臓の魔力収容量はホムンクルス基準でな。無論ホムンクルスにしてはかなり容量があったが……ともかく広くしたのだな。お主の膨大な魔力量に見合うようにな」


 俺の体型は変わってない。拡張が物理的な話でないことははじめから分かっている。

 ボルさんが言ってた気がするというと、インは頷く。


「だが、お主の体は新しくした肝臓の収容量を見誤り、多すぎる量の魔力を肝臓に流してしまったのだろう。――ま、誰であれ一度は失敗するからの。肝臓も学ぶからな。今はしっかりと適量の魔力がお主の体にはあるぞ」


 インは再び上を見ていたが、俺は「失敗」という言葉で恐ろしい心地を味わった。1つ間違えばみんなに攻撃してしまっていたのではないかという懸念だ。

 見れば石の周りにあった4本の短杖が折れていた。周囲には砕けた緑色の宝石が散乱している。他のところに打たれてあった短杖もいくつかは無事だがほとんどが折れている。


 インはゆっくりと俺に手をかざした。黄色い魔法陣が現れ、俺の元には生温かい風に包まれたかのような、得も言われぬ心地よさが到来した。

 少しずつだるさが消えていき、意識もはっきりしてくる。


「……みんな無事?」

「うむ。上にいくばかりだったが、フルやルオが守っとったからの。仮に周囲に向かっておったとしても……無事だったろうな」

「ごめん。……色々壊して」


 治療の続きは行われるんだろうか?

 インは「戻せるのを忘れとるのか?」と片眉をあげてひょうきんな表情を見せた。戻せる? ……ああ、ジルが部屋に来て暴れた時にやったやつか。


「元に戻せるの?」

「無論だ。金櫛荘の部屋よりは時間がかかるがの」


 それは一安心だ。


 フルとルオが跳躍してくる。後ろには同じく跳躍してきた研究者の男性が1人と、直で走ってくるボルさん。ボルさんは身体能力が高くないのか、とくに速くはない。

 女性たちはこちらに来ずに残っていた。エヨニとタマラもいた。


「ご無事ですか??」


 不安な表情を見せるフルに「大丈夫。ちょっとだるいけど」と伝える。2人とももう半端な変形はやめたようで、元の人の姿に戻っている。研究者の男性が静かに跪いた。

 ルオが少々よろしいですかと言うので承諾すると、台座に登ってきて俺の右腹に手を当ててくる。後ろでは遅れて到着したボルさん。だが、彼の方はフルの後ろで立ち止まり、意味深に眼差しを送ってくるだけだ。


「……落ち着いていますね」

「また暴発するとかはない……?」


 ルオは手を離して表情を柔らかくした。


「もうないかと。ただ、あまり激しく興奮されるとないとも言い切れません」


 詰め所の時のようにか。


「この後に行う延命治療は肝臓治療とは違い、氷竜様は眠っているだけで終わりますが、いったんしばらく休みましょうか」

「うむ。それがいいだろうの」


 今はだるさもだいぶなくなってきたが、破壊してしまう事案の懸念がなくなるに越したことはない。それにしても眠ってるだけで終わるのはいいな。

 インが「少し治療したが、あとはお主がかけてくれ」とフルに頼んだ。ええ、分かりましたと頷くフル。


 フルは両手を握って目をつむりだした。間もなくフルの束ねた髪や髪飾りの羽根の部分が軽くなびきだし、手の周囲には黄色い魔力が集まってくる。インよりも濃い魔力だ。

 そうして顔2個分ほどの大きさの魔法陣が現れた。フルは目をゆっくりと開けたかと思うと、黄色い魔力で覆われた右手をゆっくりと俺に向けた。


 俺の体が黄色い膜で覆われる。体からはあっという間にだるさが抜け、清々しい朝のような心地よさが到来してくる。いったいどこに不調があったのか忘れるくらいの快調さだ。

 同時に記憶も鮮明になり、事故を起こした申し訳なさが、到来した快調と追随するテンションの高さを鎮めて俺を落ち着かせてくる。


 ありがとう、すっかりよくなったよ、と礼を言うと、フルは「お気になさらず」と慈悲をたたえた笑みを浮かべてくる。さすが回復魔法の大家。


「ではあちらのベッドに参りましょう。タローマティ」


 フルが名前らしき固有名詞を口にすると、跪いていた男性が「はっ」と呼応した。

 男性は何かつけてるのか額のベールが変な風に持ち上がっていた。手足にはとくに鱗などは見えず、普通に人族のように見えるが体格はいい。


「氷竜様をあちらのベッドまで運んでちょうだい」

「御意」


 運ぶ? ……おんぶ? 低めの凛々しい声と短い応答は体格と合わせて、あまり研究者らしくはない。


 タローマティと呼ばれた研究者はすっと立ち上がってベールつきの帽子を取った。

 あったのはやや浅黒い肌、東欧系の顔立ちとサラッとした栗色の髪、そして額の左右から伸びる2本の歪んだ角だ。ハンサムだが……だいぶ修羅場を潜ってきたような重々しい存在感を感じ取れた。たくましい肉体も合わせてやはりあまり研究者らしくはない。眷属ではあるだろうけど。何の亜人だ?


 そうして彼は胸に手を当ててくる。

 普通に人間の手の形をしているが結構骨の隆起が激しいごつごつした手で、爪も男にしては過剰に長い。下に着ているのか、首元には鎧の立て襟部分が覗いている。


「白竜直系眷属は竜人族ドラゴニュートのタローマティ・シュレです。お会いできて光栄でございます、氷竜様」


 今度はフルの眷属らしいがドラゴニュートか。ペイジジたちのことが思い返される。


 俺も会えて嬉しいよと返してみると、彼はなぜかじっと俺のことを見ていたが、間もなく会釈してくる。表情にはとくに変化らしい変化はなかった。

 変な初見ではなかったと思うけど……あ、魔力暴走で初見のインパクトは十分だったか。


 そんなことを考えていると、タローマティは「では失礼します」と言って、俺の座っている白い台座に右手をかざした。

 すると、石はゆっくりと浮上していく。乗っている俺とインはそのままに。


「重力魔法?」

「うむ。奴は珍しくも空間魔法の使い手でな。しかもゾフの元にいてもおかしくはないほどの手練れだ」


 おぉ~。それは相当な実力なんだろう。


「時々ゾフの元にやって空間魔法の研鑽を積ませたり、仕事を手伝わせたりはしているのよ。元々貴族だっただけあってゾフ曰く参謀にもなれる逸材らしくてね」

「ほぉ。そうなのか」


 フルとインに目で会釈するタローマティ。貴族だったのか。


 タローマティの情報ウインドウが出てくる。種族名には「魔族・竜人族」とあった。ハーフらしいが魔族も入ってるらしい。角もあるし、俺の中の魔族の外見イメージ的には合わなくもない。人化を解いた姿が気になるところだ。

 年齢は135歳だった。おじいちゃん。外見年齢はシワもないし、ぱっと見普通に20代に見える。まあ、顔だけね。


 そのまま俺たちは広間の奥にあるベッドまで移動することになった。

 タローマティはもう手は下げているが、石は浮いていてフルたちと同じ歩行スピードで移動している。便利な魔法だ。


「タローマティ。君って竜人族としては……変わり種?」


 先駆けて入手した混血情報への好奇心に負けて、ふわっとそう訊ねてみる。


「私は魔族と竜人族の混血ですから仰る通りです」

「魔族と竜人族の混血って少ないの?」


 タローマティは、はいと頷き、「私は白竜様に御血をいただいた末の混血ですが」と注釈を入れた。血をもらって眷属になるのか。


「氷竜様は現在人族社会におられるようですが、魔族社会にはお詳しいのですかな?」


 と、フルやタローマティの後ろからついてきていたボルさんからの質問。


「いや……それがさっぱりで」

「先日、薄い混血の人族の娘を見たばかりだの。アベスターグにも足は踏み入れておらん。とくに訪問する予定もないがの」


 インの言葉にボルさんがそうでしたかと頷く。

 薄い混血ってタチアナか。どんなところなんだろうな、魔族の土地って。


「エルフと同様、魔族は人族社会になかなかおりませんからな。……ところでタローマティはさきほどは竜人族と名乗りましたが、魔族社会に則ると彼は怪竜族ブネシーダに分類分けがされるのですな」


 ブネシーダ。聞いたことのない単語だ。

 そういえばそうだったの、とイン。


「魔族には大別して、人型の妖異、獣型の獣魔、植物型や幽魔ファントムなどをまとめた幻魔という3種がおるのですが、怪竜族は獣魔に属します。竜に近い種であると同時に獣にも近い種のことを怪竜族と、魔族社会では呼ぶのです」


 色々あるらしい。


「本来竜人族種は人型種になりますが、アベスターグには竜人族の住人はほとんどいないこともあり、竜人族という分類分けが魔族社会には浸透しておらんのですな」


 なるほどね。にしても、竜に近くて獣にも近い種ってなんだ?


「竜に近くて獣にも近い種って例えばどんな種?」

「陸地の生物なら蛇、ワニ、リザードマン、ガーゴイル、水生生物ならカメや海竜などですな」


 ああ、爬虫類系。カメもか。ガーゴイルって見た目どんなだろう。石像のイメージしかない。

 ちょっとじろじろと見てしまっていたのか、「私も魔族社会の分類に則るなら怪竜族になりますな。正確には亀竜族コリエシアですが」と次いで解説される。


 コリエシアがなにか訊ねてみると、自分の元来の種である亀種には甲羅という“骨の盾”が背中に元々あるが、竜の血により甲羅が退化し、甲羅並みの硬さの表皮を持つに至った種であると解説をされる。

 確かにボルさんは顔も手足もカメだが、甲羅らしきものは服の下にはなさげだ。


 そんな種族についての新鮮な話をしてもらっているとベッドに着いた。

 パステルカラーの天蓋付きベッドはどうやら珊瑚礁を意識した意匠――トビウオの羽のようなものが生えたカバに似た珍妙な生き物もいる――のようで、デザインが少々メルヘンというか奇抜だが、寝るだけしなとあまり気にしないでおく。


 それにしても……ベッドに触れてみる。金櫛荘のよりもふかふかなベッドだ。

 いい羽毛はガチョウとかだったと思うが、この世界的には最高ランクは鳥系の魔物産とかだったりするんだろうか。


「では、わたくしたちは延命治療の最終調整をして参りますので。氷竜様はしばらくこちらでお休みください。……タローマティ。エヨニ、タマラ。あなたたちは残っていなさい。氷竜様がなにかお求めになるならそれに応じるように」


 3人とも胸に手を当ててフルに頷く。また話でもするか?


 フルの言いつけにより、ベッドには3人とインと俺だけになる。俺はインに寝ておけと言われたので横になり、インはベッドに座った。

 残った3人は棒立ち。……見ていて落ち着かない光景だ。


「3人とも、イスでも持ってきて座りなよ」


 エヨニが何か言いたげな視線を寄こしてきたが、タマラが「では取ってまいります」と答える。だが、タローマティがタマラのことを手で遮った。


「私が取ってこよう」


 タローマティは広間の方を向いたかと思うと右手を向けた。……やがてどこからか魔力の付着した丸椅子3脚が鳥かなにかのように空中を飛んできた。スピードはそれほどでもないが、俺たちの方に向けて一直線だ。


 椅子がゆっくりと降ろされる。


「相変わらず便利な魔法だのう」

「人の社会ではなかなか扱えませんが」


 扱えない? インは「人の子は空間魔法をすぐに戦争や悪事に使おうとするからの。目立つのだ」と、ベッドに両手をやって自分の体を支えた。

 ああ。貴族たちから利用されるのを避けていたバーバルさんのことが思い出される。それにしてもインも服を圧縮していたものだけど。


「インは使えないの? 《収納スペース》も使えるし、服も圧縮していたけど」


 インは俺に背中を向けたままに答える。


「《物質操作グラスプ・マター》か?」

「うん、まあ……今タローマティが使ってたような」

「使えんよ。空間魔法は訓練すれば誰でも扱えるものとそうでないものがあってな。《物質操作》は後者だ。私は大陸切っての魔法のスペシャリストではあるが、空間魔法に関しては別だ」


 そんなに特別なのか、空間魔法って。


「インでもダメなんだね」

「ダメというか、空間魔法は先天性の才能がないといかんな。発現率は著しく低い以外に分かっておらんし、子を成したとしても遺伝することも同様にほとんどない。発現する種にもとくに偏りはなくてな。……空間魔法の使い手という部分に焦点を当てるなら、タローマティの有用性は八竜に勝るものがあろうな。無論ゾフには敵わんがの」


 やや意地悪な物言いでそうインが言うと、タロマーティがだいぶ慌てた素振りで「いえ、そのようなことは……」と、頭を下げた。さしずめ選ばれし者か。


「じゃあ……バーバルさんとかも?」


 インは「バーバル?」と聞き返した。分からない風だったので、メイホーで助けた魔力あげます屋の女性のことを教える。


「ああ。あの女か。……そこまでの使い手には見えんかったが……やり手の魔導士だったのか?」

「いや……たぶんそこまででもないと思う」


 レベル20くらいだったと思うし。

 タローマティが「バーバル」と呟いた。ん?


「知り合いか?」

「……私の友人に稀有な才を持った空間魔導士の人族がいるのですが、その者の弟子の1人がバーバルという名でした」

「ほう。その友人の名は?」

「ウルバン・テールマンと言います」


 あ。バーバルさんから聞いた名前だ。インも、その名前は聞いた覚えがあるな、とコメント。


「バーバルさんが自分を探す時は出してくれって言ってた名前だよ。確か先生って言ってた」

「師か」


 魔力屋を辞してケプラに行ったが、元気にやっているだろうか?

 タローマティにウルバン・テールマンがどんな人物か訊ねてみる。


「彼は<闇に殉ずる者>という空間魔導士の集う組織の幹部です」


 闇に殉ずる者。きなくさいワードだな……。

 みな黒竜信者の者たちだな、とイン。黒竜信者たちは死霊術に興味があると言っていたか。


「ウルバン・テールマンは空間魔導士としては大陸中三指に入る実力者だそうです。空間魔法に限るなら私よりも上の使い手です」


 ええ? タローマティよりも? タローマティはレベル67だ。……ん、でも、“空間魔法に限る”なら、か。


「ほう。お主よりもか」

「はい。私も長年研鑽を積んではいますが、彼の才に届くにはもう70年、いえ。……100年は必要でしょう」


 100年か。死んでるな。


「人族であるのが惜しい逸材だな。……ところでお主はそやつと友人らしいが。どのように友人になったのだ?」


 タローマティの話によると、ウルバン・テールマンとは8年ほど前に開かれた空間魔導士および黒竜信者の集まる会合に出席した時に知り合ったとのこと。

 タローマティは白竜の眷属としてでなく、一介の空間魔道士として素性を隠して参加したらしい。


 この会合――<黒角の呼び声コール・オブ・ブラックホーン>は2年ないし4年に一度開かれる定例会合で、かつて空間魔法界隈に多大な功績を残しつつも解散してしまった<虚ろなる者>の後継組織の幹部たちが集まり、各々取り組んでいる研究の成果を発表したり、これから取り組むべき研究や仕事を知らせたりする場なんだとか。


 また、黒竜信者の集う会合でもあり、黒竜を世話しているエルフたち以外だと不定期だが黒竜のお告げを聞ける唯一の場でもあるとのこと。


「他の八竜だと、八竜の声は王や最高司祭しか聞けないんだよね」

「黒竜教は他の七竜教と比べて規模が小さくての。ダークエルフの里の他、いくつかの集落が黒竜教信者のための場だと宣言しているのみで、守護地もないのだ。まあ、これはゾフが望んでいたことでもあるのだが……奴はとくにむやみに力を振るえんからの。黒波ニグルムによってな」


 ゾフに守護地がないってジルがぽろっとこぼしていたものだが、やはりそうだったらしい。


「とはいえ、何もしないのでは黒竜のみならず七竜全体の威信にも関わる。恐れられているばかりでは黒竜教が廃れるのみで信仰も集まらんということで何かしらの活動をさせておったら、ある日にゾフは信者たちと協力して空間魔法の開発をするなどと言い出してな」


 ほほう。


「正直我らは人の子との共同作業には否定的な見解をもっておったのだが……空間魔法は便利である一方、あまりに希少すぎるため、いかに我々といえども手に余る代物だ。……まあ。ゾフが意見を言うことなどそうないし、いったん様子を見ることにしたのだが、《圧縮》や《収納》、《物質操作》など便利な代物をいくつも開発しての。我々は空間魔導士たちの実力はもちろん、ゾフのやり方と功績を認めずにはおれなかったというわけだな」


 《収納》は知っていたが、《物質操作》と《圧縮》もか……。原理は聞いても分からない気がするが、天才だろうゾフは。


「……すごいんだね、ゾフ。いや、すごいのは知ってたけどさ」

「そう知られとるわけではないが、今では人の子の間ではゾフは魔導学や魔導研究を司る存在になっておるな。私は魔法の開発方面にさほど明るいわけではないが、少々嫉妬するほどにな」


 魔導研究を司る神か。ゾフらしい感じだが、ちょっとかっこよすぎるかもしれない。かなり内気な子だし。


 と、そんな折にインがルオに呼ばれた。大広間を直すのを手伝ってほしいとのこと。


 俺のせいなのでとくに引き止めるわけもなく眺めていたのだが……大広間の中心で2人は袖をまくり上げたかと思うと、インの両方の肘から先が竜のものになっていった。

 ルオはくわえて尻尾も出た。ごくごく自然に形態を変化させたので驚いてしまった。


 2人を手を掲げると、辺りの瓦礫やシャンデリアの金属片がカタカタと動き始める。


 ……瓦礫やシャンデリアが元あった場所に行ってするすると時間逆行するように「復元」していく様は摩訶不思議な光景だった。


 タローマティに聞けば、この建物の復元能力は魔法でもスキルでもなく、「七竜にのみ授けられている特殊な力」であるらしい。

 彼はこの力を七竜のみが持つ偉大な力だと言ったが、確かにそうだろう。世界遺産が大量に復元できるとかしょうもない考え――いやまあ、しょうもなくはないんだが――も浮かんでしまったが、七竜たちも建物にはずいぶん固執しているようだし、彼らにとっても偉大な力だろうと思った。


 俺も“システム的には”既に彼らの一員で、氷竜なわけだが……俺もこの力を授かったりするんだろうか?

 どうだろうな。ない気はする。絶対ではもちろんないけど。なんにせよ、もしそんな力があったとしたら何もかもを破壊できる力よりは有益ではあっただろう。間違いなく。

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