幕間:思案する女 (5) - 正体


「それにヴィクトルから聞いたんだが、セティシアが占領された後、時間稼ぎで決闘をしていた3名の生首がケプラ騎士団の詰め所に送られたのは知ってると思うが。ダイチも詰め所に来てな。ヴィクトル曰く、詰め所にいたみなを皆殺しにできるような形相と殺意を見せていたそうだ」

「え……」

「もちろん、ヴィクトル含めてな」


 そう言いながらハンツは目線を落とし、どこかやるせない表情を見せた。


 彼のそこら辺の少年と何一つ変わらない体格や穏やかそうな性格に対してまったくかみ合わない話で、理解のしにくい話だった。ハンツは実力を知っているからか訳知り顔だが……。


「彼は使役魔法使いだそうだ」

「……使役魔法?」

「《魔力弾マジックショット》で作成したレイピアで木に見事な穴を開けていてな。俺も使わせてもらったが、あっさり穴が開いたもんだ。切れ味は比較にならないがミスリルのレイピアでも握ってる気分だったな」


 ミスリル? 《魔力弾》で? 《魔力武器化ウェポナイズ》ではなく?

 ウルスラの心境はいよいよ猜疑心で溢れた。


 《魔力弾》で武器を作成すること自体はできなくはない。だがそれはよほどの手練れだ。しかし作るのがミスリル製並みとなるともはやその技術は《魔力武器化》の域になる。《魔力弾》でそんなことが可能なのかと疑わなければならないレベルの話になる。

 1つ確かなのは、ダイチが使役魔法使いないし魔導士としてかなりの逸材であることだ。自分や隊長のルドン・ハイルナートや、魔聖マギのザロモ・イェーガーに勝るとも劣らないほどの。創造系魔法の才能に関しては3名は誰も敵わないだろう。


 ウルスラに好奇心が湧き、そして対抗心と嫉妬心もにわかに沸き起こった。同時に興奮もした。このような逸材は二度と見ないかもしれない。

 そうして彼がミージュリア出の人物である懸念が次いで浮かび、ウルスラの波立った心情は静まってくる。


 かの魔女騎士ヘクサナイトの副隊長だったオリー・ナライエは使役魔法では最高峰の魔導士とされていた人物だ。

 ミージュリアは都市ごと滅び、歴史の幕を閉じた。だが、魔法闘士ヘクサナイトの隊長ガスパルンがそうだったように、外に出ていた生き残りはいる。彼がオリー・ナライエの子供、もしくは関係者である可能性はないわけではないだろう。あまり深入りすべきではないかもしれない。


 ミージュリアに関しては様々なよくない憶測が飛び交っている。憶測の真偽はどれも分からない。


 ただ、あの爆発そのものに関しては教鞭を取れるほどの魔導士なら誰もが似たような見解を持っている。

 威力にせよ、範囲の広さにせよ、あの爆発は“禁忌に触れたレベル”だったとされる。市井で囃されているような、「優れた錬金術師でもあった女王の行きすぎた実験の末路」などという物差しでおよそ語られるレベルではない。


 禁忌が具体的に何かという点では見解はてんでバラバラだったが、魔人の放つ最大の攻撃、対する七竜や眷属たちの最大火力、あるいは文献にいくつか語られている遺失魔法の類というレベルで語る人物も少なくない。

 なんにしてもウルスラの《災火の新星アメイジング・ノヴァ》はもちろん、文献に残されている英傑たちの魔法とは比較にならない代物であるのは確かだ。


 ウルスラとて魔導学の探究者だし、件の爆発について興味がないわけではない。

 だが、とにかく規模が違いすぎた。一部の老魔導士や赤竜教の総督司教などはむやみに語るべからず・触れるべからずという意見を持ち、現在はこのお触れにみなが従っている形だが、ウルスラも始めからそちら寄りだった。探求の結果自分が死ぬことはまだ仕方がないとしても、国を滅ぼしたいわけもない。爆発の真相に迫る現実的な話が何1つない不可解さも、ウルスラの意思を頑なにしていた。


「<山の剣>の連中も魔力装で一網打尽にされていましたな」

「ああ。魔力装を長く伸ばし、一度に8名切り伏せたという話だな」


 魔力装? ダイチの外見は人族だった。獣人ではない。

 もっともダークエルフの従者を連れていたし、白髪の少女も他の種族の血があっても不思議ではない。


 と、ウルスラに「彼は亜人ではないか」という考えが生まれる。話の流れとしてごくごく自然に辿り着くべき場所ではあった。

 亜人にできて人族にできないことはたくさんある。妹が数人分の食事をぺろりと平らげていたのも一応考慮すべきか。


「あの子は人族のように見えました。獣人ではなく。ダークエルフを連れていましたし、白髪の少女の方にしても別の種族の血が混じっているのかも。彼もまた……」

「うむ。俺も人族には見えたんだがな。……俺の正直な意見を言えば」


 ハンツはぐいっとジョッキをあおった。


「ふう。……“どれも事実だった”としか言えないな。彼が安々と俺に勝ち、ヴィクトルに警戒させ、<山の剣>の連中を容易く切り伏せ、そして《魔力弾》も《魔力装》も扱えるやり手の魔導士でもあるという。他の魔法も優れてるようだったからな。……一見耳を疑うような話だが、実際彼は俺の前にいたからな。第一どの話も証言がある」


 ウルスラはテーブルに視線を落とした。


 確かにハンツの言う通り、なかなか馬鹿げた話ではあった。

 魔導士にも剣を扱える器用なタイプはいるが、隊長格を凌いだほどの例はない。前代の隊長にもいなかったはずだ。


 ハンツは仲間に引き込もうとしたようだが、だいたい彼を引き込んだとして、いったいどういった立場に据えればいいのだろうとふとウルスラは思った。

 もちろん彼にだって出来ないことはあるだろうが……使役魔法使いなら魔法闘士ヘクサナイトに加えるのがいいのだろうか?


「ハンツ」


 そんなところでブラナリがハンツを呼んだ。


「なんだ?」

「お前はいつからそんな腑抜けになった?」


 ハンツは眉を上げて、首を傾げた。


「お前は俺が腑抜けになったと見るか?」

「ああ」


 ブラナリは間髪入れずに肯定した。今度は目線をハンツに向けて。ハンツはジョッキを置き、腕を組んだ。


「そいつは兵士ではない」

「ああ。駆け出しの攻略者らしいがな」


 ずいぶん優秀な駆け出しね、とウルスラは内心でついつっこんだ。


「オルフェ人でない可能性も大いにある」

「詳しい素性は明かさなかったが、まあそうだな」

「魔族が幻術を使っている可能性もある」


 魔族か、とハンツは視線を下げた。

 ハンツが魔族である可能性を探ったと思しき様子を見せたようにウルスラもこの可能性について一考した。


 確かに話を聞く限りでは、彼が魔族である可能性はないわけではない。


 彼らは幻術が得意であり、人族社会にもほとんど定着していないため正確な情報を記した文献は少ないが、曰く彼らは肉体の強化はもちろんのこと、魔導士の才も人為的に伸ばせるのだという。

 なら、彼のような戦士としても魔導士としても優れた逸材を生み出すのも可能かもしれない。もし魔族だというなら、彼の少々非現実的な武勇伝は納得できるところではある。


 ブラナリが小さく息を吐いた。


「素性も分からず、味方かどうかも分からない。それもガキだと? そんな相手に現を抜かしてこの先どうするんだ? 負けたのもたるんでたんじゃないか? アマリアはいつ攻めてくるとも限らない。友の死で魂を抜かれたか、ハンツ」

「ブラナリ殿」


 ラディスラウスが口を挟んだ。顔にはいくらか頑ななものがある。


「なんだ」

「閣下とオトマール様は幼い頃より共に切磋琢磨してきた間柄です。勉学も鍛錬もすべてです。家ぐるみでの付き合いでしたし、ひとえに友人関係と言うには」


 ハンツが、「いい。ラディスラウス」と左手を挙げて続きを遮る。そうして身を乗り出して頬杖をついた。


「それでブラナリ。腑抜けた俺に何を求める。ん?」

「出ろ。俺と打ち合え」


 今日は妙につっかかるわね、とウルスラはブラナリに思う。時と場所もあまりよくない。

 静観していた副官のヴェンデルがウルスラの懸念事項を口をした。


「ブラナリ様。ここには今は王の代理がいらっしゃいます」

「だからなんだ? 士気を高めるものにすればいい」

「……というと?」

「見物を許せばいいだろ」


 なるほど、とヴェンデルは納得する素振りを見せたが、すぐに「いや、ですが」と言葉を続けた。


 ヴェンデルが止めたように、ウルスラにも気がかりがあった。確かに士気は上がるかもしれないが、七星と七影の隊長が戦うとなると話は違ってくる。

 両部隊の優劣がつくことはあまりいいことではない。2人や関係者にとってはただの打ち合いかもしれないが、見物する兵士や市井の者は必ずしもそうはとらないだろうし、七星と七影で妙な因縁ができる懸念もある。


 だが、ハンツはヴェンデルの気がかりを無視してブラナリと話を進めた。


「今からか?」

「ああ。なにも真剣で打ち合えと言っているのではない。俺がお前の腑抜けた根性を叩き直すだけだ」


 ブラナリが少しばかり感情を込めているのをウルスラは感じ取った。

 ハンツは、ふっと薄い笑みを浮かべて頬杖を解いた。


「言ってくれる。ここには手合わせ用の斧はあるのか? 両手で扱うでかいのだぞ」

「バルディッシュはあったはずだ」

「バルディッシュか……。まあいいだろう」

「実力を出し切れないか?」

「ふん。槍はすべて振るえる。いついかなる時でもな」


 乗り気になったハンツを横目に、ウルスラはブラナリの心境の変化が少し気になった。

 ハンツに突っかかった別の理由がなにかあるんだろうかと。


 とはいえ、ブラナリの心情を察するほど難しいこともなかなかない。ウルスラは長年ブラナリと付き合いがあるが、ブラナリほど心根をおくびにも出さない男もいなかったからだ。

 なんにせよ、2人が親睦を深められるのなら悪い機会ではないのかもしれないと、ウルスラは一応思った。


 そんなところで唐突にハンツが店主を呼んだ。


「2人に酒でもやってくれ」


 ハンツがウルスラやロアを見てくる。


「手合わせはいいの?」

「酒くらい待つぞ。そのくらいの我慢強さはあるだろう? 戦いには我慢も必要だが、“天下のブラナリ殿”がまさか知らないわけもあるまい?」


 ハンツがそう皮肉たっぷりに言ってブラナリを見やると、ブラナリは返答する代わりに不満げな顔のままジョッキに口をつけた。ハンツはどうやらやり返したかったらしい。

 ともあれ、ウルスラは腹はそれなりに減っていたが、我慢できないほどではなかった。よもや1時間2時間も手合わせをするわけではないだろう。


「じゃあ、お酒だけいただくわ」

「へい。何をご所望で?」

「そうね。……じゃあ、チェリーワインで」


 店主が気さくな表情をつくる。


「昨日届いたものなんですがね。今回のチェリーワインは評判いいですよ」

「そうなの?」 

「へい。何でもテロンドでは近頃チェリーの品種を色々と研究してるらしいんですが、ある種がうまいことはまったそうでしてね。ホイツフェラーの旦那やブラナリの旦那が飲まれているのがそうでして」

「なかなかうまいぞ。フルーツワインの類はあまり飲んでこなかったが、これは悪くない」


 ブラナリを見てみれば、眉をあげてすぐに視線を落としただけだった。同意らしい。


 やがてウルスラは飲んでみたが、チェリーの風味が豊かで味わいは確かにいいし、出来もよかったが、フルーツワインの割に度数がきつかった。それと体の中から刺激されているような妙な違和感も少し。ディーター伯のこともあり、一瞬毒物を警戒したが、ハンツたちはとても不調をきたしているようには見えない。

 違和感については触れず、ウルスラが感想を素直に伝えると、ハンツからは自分が酒豪であることを引き合いに軽く笑われ、ブラナリからも微笑をこぼされたものだった。


 《水射ウォーター》の水で割ると、違和感はほとんどなくなった。

 味はいいのでちびちびと飲んでいる間、いつぞやにどこぞの貴族から強いられ、ワインとエーテルを混ぜる研究をしていた錬金術師がいたのをウルスラは思い出した。


 その時試飲したワインも似たような内部刺激があったものだった。


 このワインはしばらくの間、魔導士たちに試飲させた末、「酔えるエーテル」として好評を得ていたのだったが、魔力感知力の高い魔導士とホムンクルス兵には悪影響を及ぼすことが判明した。

 前者はウルスラが感じたものよりも多少強めの刺激であり、ホムンクルスは精神を揺さぶられた。人への刺激はアルコールと同じように寝れば抜けるのだったが、ホムンクルスの方は少し問題になった。


 当初は酔っぱらっただけだと踏んだが、ホムンクルスたちは程度の差はあるが短絡的になったり、“かりかり”するようになったり、時々判断を誤るようになった。

 ホムンクルスは酒が飲めないわけではない。それなりの量を飲めば酩酊し、眠くなる。人とそれほど大差はない。だから、ワインとエーテルの組み合わせが悪いのだという結果に落ち着いた。


 ウルスラは馴染みの店でもあるし、あとで店主に言及し、輸入元含め詳しい話を聞こうと思った。

 幸いこの程度で済んでいるが、他国の酒ではどうにもしようがない。毒物が戦いにおいて有効なのはもちろん、昔の戦いでは腹下しの薬を混ぜて戦いに勝利したこともあったほどだ。戦いに備えている都市でよく分からないものを飲むリスクは、結構ある。



 兵団の詰め所でハンツとブラナリが訓練用の革鎧を身に着けているのを見ていると、ウルスラを呼ぶ声があった。

 隊員のブロンダスとデイカーだった。2人が駆けてくる。


「ウルスラ様! なぜこのようなお二人が戦う流れに?」

「お互いを高めるための手合わせ……でいいのかしらね?」


 ロアに話を振れば、いくらか自信なさげに「そうだと思います」と同意される。

 ブロンダスは2人の反応で、単なる手合わせではないが、それほど問題ではないらしいのを感じ取ったようで、二の句は続けなかった。


 問題はないこともないのだが……2人だって、この手合わせの抱える諸問題を分かってないはずもないだろう。その上で行う手合わせなのだから、まあなんとかなるのだろう。おそらく。


 ややあって、デイカーが「私はあのお二人が戦われるのは初めて見ます」と続けた。ブロンダスとロアも同意した。


 ウルスラは4年前に見たことがある。七世王やグラシャウス卿他数名にくわえ、七星・七影の隊長と副官のみが観戦していた内々での手合わせでのことだ。

 あの時はハンツが勝った。ただ、今はどうか。あの時のブラナリはハンツよりもレベルが2つ下回っていた。今はブラナリの方が3つも上回っている。成長の度合いは人によって様々だが、ブラナリの年齢的な衰えを一向に見せない成長は語らずには置けない。この事実はハンツが知らないわけもない。


「激しい手合わせになるでしょうね。ホイツフェラー様はバルディッシュで大斧ではないけど、斧槍もよく使うし」


 ただ、レベルは確かに大事で、強さの指標にもなるが、七星・七影の隊長クラスになるとスキルの練度や経験の差である程度挽回ができる。

 馬上槍試合ならブラナリが圧倒するだろうが、打ち合いの技術や戦闘勘に関してはハンツほどの男はそういないと言われている。昔も今も。


 鎧を着終えたブラナリが兵士からカイトシールドとランスを受け取る。

 カイトシールドもランスもブラナリの自前の訓練用だ。もう1本のランスもある。


 ハンツもバルディッシュを受け取った。


「カスチェイ、だったか? 合図を頼む」

「はっ。ご武運を」


 新セティシア兵団副団長のカスチェイはそう言って、胸に手を当てた。


「ご武運も何も単なる手合わせだぞ。訓練みたいなものだ」


 ハンツが薄い笑みを浮かべてそうカスチェイに返答しながら位置についた。


「ブラナリ様も」


 カスチェイが律儀にそう言葉を送ったが、ブラナリは目線を送っただけだった。かと思えば、「ハンツの予備の槍を用意しといてやれ」と一言。


 カスチェイは近くにいた兵士に槍を用意しておくよう指示を出した。

 急ぎ足で詰め所に戻る兵士。話し声がなくなり、場が一気に静まった。


「では。……準備はよろしいですか?」

「俺はいいぞ」


 ブラナリも「ああ」と短く返答した。構える両者。

 ブラナリは盾を前に槍を構え、ハンツは槍で前方を防御するように構えた。


「では……――はじめっ!!」

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