幕間:思案する女 (4) - ミサゴと夢


 しばらくセティシア市の現状について話したあと、バッツクィート子爵は「ウルスラ殿は相手をどう見ますか?」とそう訊ねてきた。


「七騎士は一筋縄ではいかない相手ですが、具体的にどうとは?」

「……次の戦いはいつになるでしょうか」


 子爵の声音は落ちていた。


 ウルスラはいったいどういった心境で子爵がこの言葉を投げかけたのか一瞬よく分からなかった。現状について話している時も、出会いがしらの時の余裕がなくなってしまっていたものだ。

 ただ、子爵がそれなりに思い悩んでいることはずれた応答をしていることや深刻味を帯びた横顔からもうかがい知れた。


 また、敵に怯えているのも。

 だが、この敵とは何も<黎明の七騎士>だけに留まらないかもしれない。


 敵兵。賊。魔法学校の同僚や老獪な魔導教員。ウルスラも怯えられた経験はいくらでもある。

 七星クラスの者を相手にすると己の無力さを痛いほど痛感する。なにかはけ口があればよいのだが、なければ権力を駆使し、犯罪めいたやり口になって返ってくることがある。もちろん部隊入りすればこうした事例はほぼなくなるのだが。


 ウルスラはやがて、さきほど自分が実力をまざまざと示したことが多分に影響したのだろうと察し、後悔した。

 マスタスとの和解のために行ったが、子爵の方は怯えさせてしまったようだ。


 マスタスは一転して黙り、ウルスラと子爵、それから城門と<緑の牧場路グリーン・ファームロード>が一望できる場所に堂々と立っている。ロアはマスタスの反対側に。


 爽やかな風が吹いた。

 緑豊かな<緑の牧場路>の風景からは惨たらしい戦いの予兆はまるで感じ取れない。


 ウルスラは小さく息をついた。

 まあ、ある程度時間が経てば慣れるだろうという予想を立てた。確証はない。確証はないが、大抵の人々は慣れていったものだ。七星だって人の子だ。その事実は時間を経たり、人として接していくにあたり理解していく。


「私たちは少なくとも1ヵ月以内には何かしらの動きがあると見ています。動きがあるのはここセティシアかもしれませんし、占拠したトルスクの方かもしれません」


 ウルスラは淀みなく説明する。


「ええ」

「先の戦いではフィッタとセティシアの同時襲撃でした。しかも我が国の賊と手まで組んで。……新王は策を講じてきます。2都市のみの警戒は危険だと言わざるを得ません。現在ジギスムント領をはじめとする他都市では早急に警戒を強めるのはもちろん、セルトハーレス周辺では各地からも派兵し、警戒網を敷いています」

「動きがあるとすれば可能性が高いのはジギスムント領のホルヴァートやガウス……」

「山を通ってくるならそうなりますね。ジギスムント伯も兵を駐屯させていることでしょう」


 子爵が振り向き、ウルスラに視線を合わせたあと、半壊した城砦を見上げる。ウルスラも彼の目線を追った。


「この城砦を破壊したのは攻城魔導士と<黒の黎明>の党首だと聞いています。党首の彼女の槍はまるで……空を滑空してきたと。一直線に。まるで……ミサゴが水辺の獲物を狙うように」


 確かに<黒の黎明>党首の投擲技術は凄まじいと言えた。破壊力も申し分ない。神級法具アーティファクトにくわえて投擲系のスキルもあるだろう。

 先の戦いを生き延びた兵士には吹き飛ばされて気絶した者や逃げ出した者など幾人かいたが、滑空に見えても仕方ないと言える。


 それよりもウルスラはミサゴが何か分からず、気になった。鳥かなにかだろうけども。


 子爵は思いつめるとダメなタイプだと直感してみたこともあり、ウルスラは場を少し濁したくなった。

 恐怖に支配された者とは理性的な会話はできない。今はなんとなく、そういう会話はしたくない。


「ミサゴとは何ですか?」

「……ああ、鳥の一種で、タカですよ。タカの中でも魚を好む変わり種です」


 子爵は一瞬意外そうに目を大きくしたあと、口元を緩めた。ウルスラは彼の緊張が解けたらしいことに満足する。

 それにしてもウルスラはタカについてはおろか鳥類についても詳しくない。


「タカですか」

「私は幼い頃、バルシュミデ領のヴァンカに住んでいましてね。ヴァンカはご存知ですか?」


 ヴァンカはノルトン南部駐屯地からノルトン川を挟んで南にあるのどかな小都市だ。

 ヴァンカの近くにあるノルトン川から分かれたノーブルサン湖では毎年水鳥の狩猟大会が開かれている。


「ええ。もちろん」


 子爵は頷いた。


「現バルシュミデ伯の弟であるウルマン子爵ともよく遊んでいたのですが、ヴァンカは名うての鷹匠の家がいくつかあるのです。私、ウルマン子爵、子爵の従僕で、とある鷹匠の家にこっそりと通っていたのですが、勉学がおざなりになっていたのでそのうちに父上に叱られましてね」


 微笑ましいお話ですねとウルスラが言うと、「よくある“懐かしき無邪気な日々”です。それでも子供心になかなか辞められず、父上からは爵位はお前にやらんとまで言われたものでした」と、子爵はその頃よりもずっと落ち着いているであろう微笑を浮かべる。


「その鷹匠の家にミサゴが?」

「ええ。凛々しい鳥でした。数日に一度、ミサゴには川で狩猟をさせるのです。家族で連れだってその様を見たのですが、子供の私は魅入られましてね」


 なぜ狩猟させるのだろうか。ウルスラに疑問が湧き起こる。

 鷹匠の元にいるということは飼育されているということだ。飼育しているのなら餌は与えられているはず。


「素朴な疑問なのですが、なぜ川で狩猟を? 鷹匠は普段から餌をあげているのでは?」


 子爵は目線を落として、悟ったような薄い笑みをこぼした。

 得意げらしい。ウルスラはそんな子爵の様子を子供のようだと思った。


「1つはパフォーマンスのためです。タカを好む上流階級の人々は多くいます。彼らにタカ狩りの光景を見て楽しんでもらい、鷹匠は援助金を得ます。そのためにはときどき狩りを行い、タカが狩りのやり方を忘れないようにする必要があるのです」

「なるほど」

「もう1つは彼らが長生きをするためです。あまり長く狩りをさせないとやがて元気がなくなり、寿命も短くなるのだそうです」


 ウルスラの脳裏に昔読んだ著作が浮かんだ。

 別に興味があったわけではないのだが、よく突っかかってきていた魔法学校のクラスメイトの貴族令嬢が鼻も高々に講釈を垂れていたので読んでみたのだった。


「動物的本能の喪失ですか。ラリー・ハモック氏の著作で読んだことがあります」


 子爵は少し驚いたような表情を見せ、次いでにこやかな顔で「動物に興味がおありですか?」と質問してくる。

 だが、ウルスラはたまたま読んだだけだった。貴族令嬢が何かにつけてこうるさかったので、彼女との無意味な付き合いの解決案をどうにかするべく読んでみたにすぎない。結局貴族令嬢の興味は婚約者の愛情を得るための計画の数々に取って代わった。


「いえ、実はたまたま読んだだけなのです。あまり詳しくは」


 ウルスラの正直な感想に、「そうですか」と子爵は少し残念がる素振りを見せた。ウルスラはそんな彼の様子に苦い顔をした。


「エディング」


 と、そんなところにマスタスが口を挟んだ。


「そろそろ屋敷に戻った方がよいのではないか?」


 少し考える様子を見せた後、確かにそうだな、と子爵は同意した。ウルスラに向き直る子爵。


「実は今日は執政市議員の方々と少しばかり話をすることになっているのです。セティシアについての勉強会ですね。ディーター伯の容態がよくなるまでに少しでも知識を深めておこうかと。マスタスたちは読み書きの訓練もあります」

「そうでしたか。では屋敷の方まで送りましょう」

「よろしいのですか? なにかお仕事などは……」

「あとは兵たちの訓練を少し見るくらいですから。とくに誰かが待っているわけではありませんし、お気になさらず」


 そうでしたか、と子爵は微笑する。


 ・


 ウルスラたちはヴァレス砦を去り、バッツクィート子爵の宿泊しているトムゼン家の屋敷に向かった。


「そういえば子爵。ここの修復作業についてなんですが。ディーター伯爵が国境側の壁の建材を強化せよと仰ったでしょう?」


 子爵はええと頷く。


「それに伴って、石工たちの工具も良いものにした方がよいかと思います。修復作業も早くなるでしょう」

「ふむ……。確かにそうですね。従来の鋼製の工具ではメキラ石やドゥルム石の加工は少々厳しいでしょうし。……作業速度を上げるなら、リキッドの大量使用も視野に入れた方がよさそうです。オネスト男爵や建築魔導士の方々に言付ておきます」


 そう言うと子爵はウルスラに感服した様子を見せる。


「さすがウルスラ殿ですね」

「いずれ問題にあがっていたかと」

「そうですね。建築にご興味でも?」

「いえ、とくにそういうわけでは。さきほど少しここの監督官と話しまして。彼の悩みが工具についてであっただけなのです。彼自身は自分が言ったことは伏せてほしいと」


 子爵はなるほど、とすべて理解したとばかりにふっと頬を緩め、かと思えば、どこか寂しげな表情を見せながら前方に広がるセティシアの街並みを見据えた。


「彼が気軽に意見できるようになればよいのですが。階級を問わず、1つの目標に向かってみなが意見を言い合える……。セティシアをそのような都市にしたいものです」


 なるといいですね、とウルスラも鷹揚に返しつつ、実際問題、前領主の治世の例もある。そう簡単にはいかないだろうと思った。

 そうでなくとも間違いなく夢物語だ。貧富の差がこの世から消えることはないし、権力の差が消えることもない。しかし子爵という地位につきながらこの手の夢物語を語れる者はそういないだろう。それにウルスラは聞いている分には心地がよかった。叶うかどうかは別として。ハンツという一風変わった例もある。


 ただ、国境都市であり、防衛都市でもあるセティシアにはのどかな都市計画をのんびりと進められる余裕はないし、今後もないだろう。

 むしろ今までが警戒心がなさすぎていると言えた。アマリア軍の唐突な、それも奸計を伴っての進軍はさすがに誰も予期できなかったが……。


 子爵は現在のセティシアの状況を知らないはずもない。前領主の内政の如何や解決しなかった問題の数々のことも聞いているはずだ。

 いったい子爵は何を考えているのか? ウルスラの内心はいくらか子爵に対して不信の色に染まる。夢物語を語る場所としてはセティシアはあまりにも相応しくない。


「ウルスラ。子供が2人ついてきているが、知り合いか?」


 マスタスにそう言われ、ウルスラはちらりと後ろを見た。

 ボロ布を着た少女2人と目が合う。2人はぴたりと歩みを止めた。トリシャとイタだ。


 視線を戻してマスタスに説明する。


「気にしないで。ここに派兵されてから仲良くなった子たちよ。街の案内をしてくれたり、ぼったくらない露店や腕のいい仕立て屋を教えてくれたりするわ。この辺はロアじゃ頼りないもの」


 ロアはつり眉の角度を少し緩めて少々不本意だという顔をしつつも、「すみません、頼りなくて」と殊勝に謝ってくる。


「貧民区の子たちですか?」

「ええ」

「そうですか……。貧しい者たちの救済案については常々考えているのですが……」


 ウルスラは少し難しい顔をした子爵に取り合わず、言葉は続けなかった。

 そうして少しうんざりした。さすがにそこまでの夢物語を子爵には求めていなかったからだ。ハンツのような男が酒の席で冗談の体で言うのならともかく。


 救済案はウルスラにとって歓迎の意思がないわけではなかった。

 ただ、貧しい者たちを救済する見返りはほとんどない。残念ながら。なんべんも考えたが、やはりないのだった。せいぜい働き口を見つけてやることくらいだが、そんなことは大なり小なりどこの都市でも行っている。自分は誰よりも運が良かったにすぎない。


 なんにせよ、子爵が余計なことを考え、頭を悩ませることがあるなら説得しようとウルスラは思った。

 やるべきことの順序はつけねばならない。子爵はまず、都市の復興に注力せねばならない。よそ見をしている分だけ到達点は遠ざかっていく。よそ見をしている余裕は今のセティシアにはないし、この隙をついてくるのが今のアマリアだ。



 ◇


 

 トムゼンの屋敷まで子爵を送ったあと、ウルスラとロアは兵団の訓練を少し見た。

 魔導師たちはまだまだ戦場では後方にいるべき逸材ばかりだったが、その中でもマシだったのが、例の賊っぽい新兵たちの1人だったのは何とも言いようがなかった。


 空間魔法の才能が種族・先祖を問わず誰にでも芽生える例は極端だが、魔導士は兵士に比べると見かけによらないことがままある。

 だとしても賊の風体で兵団魔導士の主力になられるのは正直複雑な心境だった。人のこと言えないな、とウルスラはロアに思う。


 晩餐時になり、ウルスラはロアとともにとある食事処に行く。


 食事をするには宿泊している屋敷に戻ればいい話なのだが、ウルスラは今日はそこそこの料理を味わいたい気分だった。

 昔の薄汚い自分に触れたからかもしれない。豪勢な食事には慣れたものだし美味しく食しているが、稀に拒絶感を催し、最悪吐いてしまうことがある。


 <酔っぱらったネズミ亭>は限られた者しか入れない店だ。変わり者の貴族や金持ち、“人嫌い”の者向けの店。七星には評判はいいらしい。

 店の見た目はたいしたことはないし、料理のレベルもそれなりだが、密やかに確かな縁が結べる場所として知られていた。また、地方の酒や珍味の類がたまに出されてることがあり、これは客に評判だった。


 古ぼけた店のドアを押し開けると、意外な顔ぶれが揃っていた。


「お、ウルスラじゃないか」


 手を挙げてウルスラに呼びかけたのは、<七影魔導連>は戦斧名士ラブリュスの隊長ハンツ・ホイツフェラーだった。

 同席しているのは同じく戦斧名士の副官ラディスラウス、それから<七星の大剣>は陣風騎長ストームライダーの隊長ブラナリと副官のヴェンデルだ。テーブルには食事や酒がある。


「珍しい組み合わせですね」


 ウルスラの知る限りでは、ハンツとブラナリはあまり相性の良くない組み合わせだ。主にブラナリのせいだが。


「たまには安酒でもと思ってな。そうしたら彼らがいたんだ」


 ブラナリを見てみると、彼は酒に静かに口をつけただけだった。


 ハンツが長イスを1人分開けたので、ウルスラは促されるままに座る。ロアはヴェンデルの横に座った。


「今面白い話をしてたところなんだ。なあ、ブラナリ?」


 ハンツはいくぶん茶化すようにそう訊ねる。だが、対面の男は一度目線を合わせただけで「どうだかな」と短い言葉でそっけなく応じただけだった。

 ハンツは肩をすくめて、「こいつは信じてないんだ、俺の話を。まったくな」とウルスラに片眉をあげて同情を求める素振りを見せた。


「何の話をしてたんです?」


 取り持ち役になる予感を覚えながらウルスラはそう訊ねる。


「俺よりも腕の立つ奴がいたって話さ」


 ウルスラは眉をひそめそうになった。


 副官以上というならまだ分かる。貴重な逸材を見つけたとして、ウルスラも好奇心をそそられる相手になることだろう。ただ、隊長格の自分たちよりも上となると少々というか現実味がない。

 だが、ウルスラはすぐに1人の人物を思い浮かべた。もっとも腕が立つのは魔導士としてだ。魔法はたいして使えないハンツをして自分よりも腕が立つと言わせる類の人物ではないだろう。


「どのような方?」

「会合に俺が連れてきた少年がいただろう? 彼だよ」


 ウルスラはつい、「ほんとに?」と疑念を込めて反射的に訊ねてしまった。あり得ない話だった。


「はっは。君でもみなと同じ反応を見せるんだな。――本当のことだ。俺とダイチは手合わせをしたからな。ラディスラウスも見ている」


 ハンツはジョッキをあおりながらそう語った。ラディスラウスを見れば、「本当です」といくぶん苦い顔で同意される。


 ラディスラウスは堅気な老将だ。ハンツが冗談を言うのはともかく、ラディスラウスは冗談をあまり言うたちではない。

 仮にハンツの茶目っ気により冗談を強いられたのなら、相応に“下手くそな仕草”があることだろう。老人、それも堅気な老将に嘘をつかせるのは骨が折れるものだ。しかしラディスラウスにはまったく嘘を言っている素振りはなかった。


「手合わせはどんな内容だったの?」

「ハンツ様の体のどこかに触れたら勝ち、という内容ですな。我が戦斧名士では隊員の実力問わずたまにやる立ち合いです。一見児戯のような立ち合い稽古ですが、斧使いには大味すぎる戦い方をする者が多かったことを危惧し、先々代が考案した修練法です。学のない者にも間合いの管理の重要性を分かりやすく伝えるための」


 ハンツはアゴを動かして同意する。


 ラディスラウスは大味すぎると言葉を柔らかくしたが、その言葉の意味はウルスラもよく理解ができた。

 戦斧名士隊は木こりから隊員を徴兵することもある、貴族主義の七影でも変わり種の部隊だ。木しか切ってこなかった者が間合いの重要さ、すなわち「戦い方」を知るわけがない。木こりたちは農民とさほど変わらないので当然学もない。


 これはディーター伯爵をはじめとして多くの人がイノームオークたちの戦いっぷりを不安がる理由でもある。

 オークは斧使いが多く、斧使いの戦い方は戦略性に乏しく、総じて戦斧名士隊以外の斧使いは相対的に兵士としての信頼度は低くなりがちだからだ。


「一度目はスキルなしで行い、彼は触れました。《瞬歩》によってハンツ様の背後を取り、右後方から首を指先で触れて。私などでは目で追えないほどの速さでした。……2度目はハンツ様は《瞬筋》を用いましたが、同様に左後方から指先を首に突きつけられました」

「腕を少しは動かせたんだがな。彼の《瞬歩》の速さに敵わなかった。速さはアインハードやジョーラを凌ぐだろう」


 ラディスラウスに次いで語るハンツは楽し気だった。いかにも楽しかった思い出でも語る風に。


「あの子が……」


 ウルスラは正直信じられなかった。ハンツは戦場では巨大な斧を振り回す豪快な戦い方をする男だが、かといって懐に入れるかというとまったくそんなことはない。副官以下の者と手合わせをするとよく不動の将となるし、そのことは他の隊長や副官たちもよく知るところでもある。

 彼の雄々しい戦いを敵を退けるだけのものにし、支えているのが、反応速度を一時的だが飛躍的に上げる《瞬筋》。このスキルを破られるとなれば、確かにハンツよりも上手の男というのも頷ける話ではあった。もちろん戦いは速さだけではないのだが。


「ふっ。ま、信じられんのも無理はないがな。惜しいのは彼を兵士にできないことだ」

「そうなのですか?」


 ああ、と頷き、ハンツはジョッキをあおった。

 ベリー感のある甘酸っぱい香りが香った。地酒と言っていたが、テロンドの銘酒――チェリーワインを飲んでいるらしいことにウルスラは気付く。そして彼がオルフェを発つらしいのも思い出した。


「……そういえばオルフェを発つって」

「ああ。それと残念ながら戦う気概も持ち合わせてない。正義の味方にはなれるようだがな」


 戦う意思のない奴は軍にはいらん、とブラナリが半ば吐き捨てるように一蹴した。


「その通りではあるんだがな」


 ブラナリは悪酔いしてるのか知らないが、ウルスラも内心では同意した。


 平凡な体つき、威勢や自信のなさ、そして同席していた彼の身内には少女が3名。

 どこかの名家の子供だとウルスラは踏んでいたが、ハンツを上回った実力を聞かなければ、とても安易に徴兵できる逸材ではない。たとえ、自分よりも魔力量があるとして、魔導士として推挙するのだとしても。


「正義の味方って?」

「ん。フィッタに単身乗り込んだんだよ。屋敷に立てこもっていた<山の剣>の連中以外、全滅させたのは彼だ。まあ、多少他の奴が仕留めていたようだが」


 ウルスラは驚いた。実力ではなく、彼がそのようなことをやってのけたことに。とてもじゃないが……彼がそんなことを断行できる器には思えなかった。

 第一印象だが、彼には剣も戦いも似合わなかったものだった。まだ少年の身だし未来は分からないが、もしかするとバッツクィート子爵以上に。

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