9-16 始原の炎


「ああ、すみません。話を戻しましょう」


 そう言ってルオが和やかな表情を取りつくろってくる。気分的にはまったく取りつくろえてはいないのたが、合わせる。


「肝臓を修復した後でしたね。……この後は我々が用意したホムンクルス用の大型の容器に入っていただきます」


 大型の容器?

 思い出されるのはティアン・メグリンドの小屋にあった、俺が生まれた水槽だ。


「大型の容器って?」

「ホムンクルスを製造する際に使用する大きな槽のことです。“揺り籠”とよく呼称されます。正式には安息の森海スリーピング・フォレストという名です。もちろん我々の用意した揺り籠はダイチのための特別製で、人の子たちが用いているものとは大幅に質と強度が異なりますが、中を淵源えんげん水で満たすのは同じです。淵源水はご存知ですか?」


 いや、と俺は首を振った。スリーピング・フォレストとはシャレた名だが、えんげんとは?


「淵源水は、火、水、風、土の4属性の魔素を混ぜ合わせた高位魔素マナのことです。国によっては竜源聖水や原初の水などと呼ばれたりします」


 高位魔素。俺が水槽の中にいたとき、確かに「何か」で満たされていた。「水に近い何か」だったが、魔素だったのか……。


 ルオが、「あなたが生まれた小屋にある槽についても少し調べさせていただきました」と続ける。


「え。あの家に行ったの??」


 思わず反射的に訊ねてしまった。


「は、はい。今回の治療で参考になるだろうと思いましたから。賊によって荒らされぬよう結界を貼ってきましたが……お嫌でしたか?」


 ルオがすまなさそうな表情を浮かべるので、いや、大丈夫と否定する。

 赤の他人に調べられるのはまずいと思うが、……八竜、それもこれから俺の治療をする相手に調べられるのは全く問題ないというか、必要な調査だろう。


「安心しました」

「ありがとう。結界を貼ってくれて」

「いえ。……あの槽の中に満たされていたものも淵源水です。あの中で転生の儀も行われたので、もはや別次元の淵源水になっていましたが」


 あれが淵源水……。ん、満たされて”いた”ってことはもうないのか?


「あの槽の中に淵源水はもうなかったの?」

「ええ。私が見た時にはほとんどなくなっていました。日が経っていましたから。高位魔素は通常の魔素に比べて存在が希薄で消失しやすいのです」


 そうか……。……俺はまたあの中に入るんだろうか。


「俺はまた淵源水の中に?」

「ええ。入ってしばらく眠ってもらいます。その間、我々が聖浄魔法の《治癒ヒール》をかけ続け、ダイチの肉体の根源的な成長を早め、より多くの体内魔力の定着を促すことになります」


 《治癒》? 上位魔法に《大治癒ハイ・ヒール》とかあるが……なぜ下位魔法?


「《治癒》って……初歩の回復魔法じゃなかった?」


 ルオが「ええ。そうです」と頷く。だよな。


 《大治癒》じゃダメなのかと訊ねると、インから「お主が初めて《灯りトーチ》を覚えた時のことを覚えておるか?」と逆に訊ねられる。


 《灯り》? 質問の意図がよく分からなかったが、覚えていることは覚えているので同意する。


「あの時お主は《灯り》で火柱を作ってしまっただろう?」


 あったな。そんなことも。俺は続いて頷く。


「あれはな、おそらく始原魔法だ。火魔法の原型であり、火の魔素の根源である高位の魔素を内包しておる魔法だな。淵源水に用いられるものとは少々違うがの」


 原初系魔法だったのか……。……でもなんで初級魔法に?


 インの言葉をかみ砕いてみる前に、ルオの驚きが大きいらしいことに気を取られる。

 ルオが「それはほんとか??」とインに問いただしたからだ。表情は険しくなり、声音にも疑惑と緊迫感がある。


「言っとらんかったか。ダイチの魔力の存在感に気を取られて私も気付かんかったのだが。精霊の加護も私の助力も何も必要とせずに、蝋燭に火をつけてみる感覚でしおったぞ。――こう、ふーっとな」


 インは肩をすくめたかと思うと、手のひらを見せて、その上に息を吹きかけた。それは火を消す時だろ……。 

 ルオはそんなインの言動を目にしながら、口元に手を当てて真面目に考え込む様子を見せた。しばらくして、俺に視線。


「……ダイチ。以前やったように《灯り》で始原の炎を出してみてもらえませんか?」


 え。あの火柱もう1回出すの? 別に変なこと念じてなかったと思うけど……。


「でもあれ……部屋の天井が焦げるというか」

「では、焦げないよう防御結界を貼っておきましょう」


 ルオは軽く右手を挙げた。部屋の周りでなにかが現れた気配と、靄のように消える気配。

 言葉通りに結界を貼ったんだろうが……やらせる気満々だ。


「出来るか分からないよ?」


 適当に念じただけだし……。


 構いません、とルオ。

 知的好奇心か、俺の治療にも関係する別の理由か。ルオはしっかりと俺を見据え、頑なな様子だ。もっとも別に俺には見せたくない理由はとくにない。


 俺は手のひらを出して「トーチ・大きく」と念じてみた――


 その途端、手の上に一瞬従来の小さな火が出てきたのは分かったのだが、火はすぐに燃え盛り、爆発でもしたかのような猛烈な勢いで膨張していった。思わず顔面を左手で覆ってしまった。


「――……は? えっ??」


 火柱というよりもはや火だるまというか。


 熱くはないようだが、……馬鹿みたいに大きな樽のような炎が俺の手の上で燃え盛っている。

 ベッドや絨毯に火が燃え移らないか心配になる。今のところは何もなさそうだが……。天井は先がくっついているものの、結界のおかげか焦げ目は見えない。


「……前よりずいぶん火の勢いがあるな。ダイチ。ここまでせんでもよいぞ?」


 インが非難めいてそう言ってくる。


「いや……俺前と同じくらいの加減でやってるよ。たぶん」


 そう言いつつ、少し小さくと念じると、頭が50センチほど下がり、天井に届かないほどに低くなった。樽のようだった幅もだいぶ細められ――まだ以前よりも勢いはあるが――火柱と呼べる代物になる。


 インは炎に向き直り、加減が難しくなってるわけか、とこぼした。成長してるって言ってたしな……。

 ふと見ればルオは炎をじっと見あげていた。表情がまた険しくなっているが、口は半ば開いている。……あ、閉じた。


 俺も炎を見上げる。


 始原の炎。ルオはそう言っていたが、もはや火柱ではない以外に変わった点はないように思える。

 いや、……《灯り》とは違うことは分かる。外見的なものではない。何がどうという正確な情報は持たないのだが……。


>称号「始原魔法を確認した」を獲得しました。

>称号「始まりを生みし者」を獲得しました。


 かっこいい称号だな。


 ルオ、とインが声をかけた。

 ルオは険しい表情のまま俺たちに視線を寄せたが、やがて眉間から力を抜いた。


「ダイチ。炎を小さくしてもらっていいですか。できれば密度は高めながら」

「密度……? 雪を固めるみたいな?」


 ルオが笑みを浮かべて、いいイメージです、と俺を褒めた。

 言われたままに、「灯り 少しずつ小さく」と念じつつ、「縮小 雪を固めるように密度を高めながら」とくわえて念じてみる。


 ……驚いたが、縮小する途中で炎は形を変えていき、やがて手で握れないくらいのサイズの赤い鉱石になった。

 荒くカットしてあるようで、形は宝石のように整った形はしていないが、綺麗な深紅色をしている。


 鉱石は手のひらに落ちることはなく、浮いたままだ。


「……素晴らしいっ……! これほどまでに濃密な始原魔鉱は……」

「うむ……。予想はしていたが……ダイチの才の影響もあるだろうの」

「ええ。稀に見る魔力操作の手腕です」


 始原魔鉱ね。魔力操作に関してはよく分からない。こればっかりは1から学んでいったほうが良かった気もする。


 ルオはずいぶん興奮しているらしいが……以前に銀竜の顎でダイヤモンドのような石をつくったことが思い出される。あれも似たようなものなんだろうか。


>称号「始原魔鉱石を作ってみました」を獲得しました。


 冷やし中華のノリかよ。


 ふと思い、称号ウインドウを引っ張りだしてスクロールしてみる。

 やがてあったのは、「魔鉱石生成職人」だった。銀竜の顎のあれは魔鉱石だったか。


 それにしても意図せず作ったはいいけど。

 始原魔鉱が何かに使えるのか訊ねてみると、インは難しい顔で軽くうなった。


「正直ここまでの質となると使い道は分からん」

「え」


 インが始原魔鉱に触れた。てっきり物質かと思えば……インが始原魔鉱に触れた途端、石の表面から赤い神秘的な粒子が「辺りに散った亅。

 だが粒子は消えることはないようで、インの手の周辺を漂っているのみだった。インが触れるはずだった石の表面には、薄い色の魔素らしきものがいくらか残ってはいるものの、ごっそり“なくなっている”。言葉通りだ。


 俺も自由な方の手で触れてみたが、同様のことが起きた。

 夜露草を触った時のことを思い出すが、神秘的な現象だ。ちょっと面白い。


 俺の驚いた内心とは裏腹に、インは声色をとくに変えることもなく説明を添えた。


「本来始原魔法は――人の子たちで知るのは一部の者だが――内包する高位魔素が利用価値のあるものとして知られる。ホムンクルスを製造するのに活用したり、ミリュスベの腕輪のような神級法具アーティファクトを作るのに用いられたりするのだ」


 ミリュスベの腕輪に目をやる。これにも使われてるんだな。


「お主の治療で《治癒》を用いるのは各属性魔法の初級の魔法、つまり各魔法の原型となる魔法に始原魔法があり、高位魔素が隠されているからだな。お主の肉体の成長を助けるのに、《治癒》すなわち聖浄属性の高位魔素は最適なのだ」


 そういえばその話だったな。


 なぜ初級魔法に始原魔法が隠されているのかと訊ねれば、魔法が開発され始めた頃、盗まれるなどしてむやみに高位魔素を使われないように行った処置の名残りであるとのこと。

 七竜が世の中に君臨する以前の大昔の話らしいが、当時の魔導士たちは高位魔素からしか新しい魔法をつくる術を持たなかったのだとか。また、高位魔素は精霊との結びつきが強いせいか、失われ過ぎると災厄が訪れると考えられていたらしい。


「――しかし今となっては、あまり用途がなくての」

「ないの?」

「うむ。上級魔法や魔力生命体マジアンタルの作成にも用いられるのだが、上級魔法には別にここまでの量と質はいらんし、魔力生命体にしても主に使うのは精霊の魔素だしの。そもそも始原魔法を顕現できる者がいなくなってしまったのもある。というか、これが理由だの。……まあ、いずれにせよ。高位魔素は人の子にとっては過分なものだな。隠れておる方が変なこともおこらんだろう」


 そうですね、とルオが同意する。過分なものね。

 上級魔法に魔力生命体か。魔力生命体はかつてジルが出したが、精霊の形をした魔力の保管庫のようなものだ。


 と、そんなところに、ゾフが現れた。


「こ、こんにちは……。お迎えに、……あがりました」


 ルオが、そろそろ行きましょうかと促す。行くようだ。

 言う通りに俺たちは移動を始めた。俺の肉体の治療をしに。俺の寿命を延ばすために。


*********


続きの内容については近況ノートを見てください。

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