9-15 殺意の衝動


「うちに10人団員がきたとして、ようやく1人2人魔法適性のある者が現れる程度ですね」


 横でアレクサンドラがそう答えた。

 適性のある、か。じゃあ魔道士になれないこともありそうだな。


「魔導士ってほんとに来ないんだね」

「ええ。魔導士は通常、錬金術師や魔導士の集まる組合に入って仕事を得ますからね。組合に伝手がなかったり、攻略者にはなる気のない人が各都市にある警備兵団への入団を考えます」


 魔導士系の組合か。錬金術師系もあれば魔導士系もあるよな。


「安定収入欲しさや都市で安全に暮らしたいことを理由に警備兵になる人もいますね」


 安定収入に安全ね。求めるものはどこも一緒だな。


 アレクサンドラの髪に触れる。一房つかみ、指先で軽くこするようにいじった。普通に綺麗な髪だ。

 アバンストさんよりも茶味がかっているこの金髪は、いつからかうねりやかさばりがなくなり、“さらさら”になった。三つ編みもほどきやすくなったと言う。


 もちろんこの髪の変容については訊ねた。

 だが、彼女の答えは「それが……とくに何もしてないのです」だった。


 アレクサンドラは同年代の女性と比べて自分が女らしくないとは、初夜の時、事が終わった頃にこぼしていた言葉だ。周りの年の近い女たちが化粧をしたり、美容や男を上手く誘う作戦について考え、色々と試している時期に街を守る兵士として剣を振るっていたのだから当然だとも付け加えた。

 そう断言する彼女にはやるせなさなどはなく、ひねくれた心情の1つも見せずに納得している風だった。そもそも父親しかいないし、美容よりも剣が好きだったしで、女らしい生き方についてはたいして上手くはならなかっただろうという予想も述べた。


 そんな彼女でも毎朝結ぶ前に櫛で髪を梳くくらいはしている。父親もそのくらいは幼い頃の彼女に教えたのだった。

 なんにせよ、櫛で髪を梳くだけではこのような仕上がり――髪質を変えるほどには至らないだろうとはアレクサンドラの言だったし、俺もそう思う。


 遺伝や人種的なものは別として髪質は決して変わらないわけじゃない。ただ、数日で劇的に変わるようなものでもない。

 美容院に行くかシャンプーを変え、メンタルケアもしつつ、月単位で栄養成分を考慮した食生活を送るなど、生活習慣を変える必要もある。


 そんな美について熟考できる生活が、貴族でもなければそれなりに金のある家でもなく、ましてやシャンプーすらもまだ見ていない世界でそうやすやすと実行できるとは思えない。


「髪、切りにくくなったね」


 アレクサンドラは俺がいじっている指に目線を寄せながら、いえ、と否定した。


「カツラの売値が膨れ上がるでしょう。切る時が楽しみです」

「えぇ……」


 いやいや。そうかもしれないけど。


 俺は苦笑を禁じ得なかったが、アレクサンドラの方は慎ましい笑みを浮かべていて純粋に嬉しそうだった。

 増えた貯金額に喜ぶ感情と似てると思うんだが、ちょっと子供っぽい喜びようにも見える。かわいいけどね。


 とくに変わった風習や文化がないのなら髪を伸ばすのは女性としての武器あるいは矜持になりやすいとは思うが、アレクサンドラのように金目的で伸ばしている人もなかにはいるのだろう。いるんだろうけど……


「嫌ですか? 私が髪を切るのは」


 茶目っ気を声や表情に含ませて、アレクサンドラが訊ねてくる。


「無理強いはしないけど……似合ってると思うよ? 長い髪」


 さすがにここまで長いのは俺の周囲ではあまり見なかったが、大きな三つ編みは割と男受けのいい髪型のように思う。俺も普通に好きな髪型だ。

 転生前だとそもそもショートが好きだったり、髪の手入れが面倒だという人もいれば、女として見られるのが嫌だという人もいたものだけど。


 アレクサンドラは俺の意見に、そうですか、と静かにこぼした。嬉しがっているというよりはカツラを惜しむ様子の方が見て取れた。

 アレクサンドラの場合、容姿あるいは男受けよりは家の貯蓄であるらしいのを察して内心で苦笑する。あとは剣の腕や仕事か。剣の腕の方はともかく現代社会の方が生きやすいのではないかという考えが浮かぶ。


 それにしてもアレクサンドラがカツラのために髪を伸ばしているのは父親がそれほど稼ぎのいい商人ではなく、いざお金が必要になった時のためだというが……。


 俺たちのいる部屋が視界に入る。

 そのまま室内にちらりと視線を這わせた。


 10畳ほどの広さの埃っぽい木造の部屋に木箱が所狭しと積まれている。

 中は額縁に入った絵画や古い食器や花瓶などの食器類、アレクサンドラ曰く「どこの誰だかわからない自称彫刻家」の彫った木彫刻の作品などが詰め込まれている。


 隅の小さなスペースはアレクサンドラ用のスペースだ。

 まるで武士の一画のようだと思ったが、茣蓙と小ぶりの簡素なラックがあって、ラックには油の染みで汚れた麻布が数枚かけられている。傍の壁際には予備の長剣と小ぶりのパイクが壁に打ちつけた釘によって立てかけられている。


 この家はファヴニル家で借りている倉庫であり、倉庫用途以外だとアレクサンドラが暇なときに武器や鎧の手入れをしたりする場所らしい。

 俺たちが今いるのは低い木枠のある脚のないベッドだ。シングルくらいのこの寝所は、元々家にあった古いものを移動させたのだが、他所の都市から男性の商人仲間を家に泊める時などにはアレクサンドラはここで寝ることがあるらしい。


 本当はこんなところを使わせるのは申し訳ないと彼女は言っていたが、俺はまあ、気にしなかった。本音を言えばちょっと気にはなったけど。

 マットレスは藁を束ねたものが袋詰めされているらしかった。中でしっかり革袋に詰めているらしく、ちくちくはしないのだが、寝心地はそれなりだ。


 このベッドを閨として使うにあたり、金櫛荘は比べるまでもなく、ヴァイン亭や赤斧休憩所が相当「凝ったベッド」であるというのはただちに理解した。

 ああいうふかふかの寝床があればこういう藁束の寝床があるとして、この落差を素直に受け入れられることを俺は素朴に疑問に思ったりもした。


 ただ、まぁ。


 そんななかなかインパクトのある庶民の寝床事情だったが、事がいよいよ始まるとなればそれほど気にならなくなり、忘れてしまうのはなんというかまあ……だ。


 若いっていうのはほんとに極端だ。すぐに相手――アレクサンドラしか目に入らなくなる。

 俺は彼女の一部であり、彼女もまた俺の一部だと信じて疑わない獣のように荒々しく、それでいて極めて純真な魂の叫びがある。抗いがたい本能だ。


 アレクサンドラが事のあとに余裕ぶっている風なのが俺の衝動を半ば逆なでするように煽ってくるし、“大人の俺”の方で余裕ぶる理由を察せられもするため、実のところ少しばかり辛くさせもする。

 俺とアレクサンドラの外見年齢差は結構あり、俺の勘違いでなければ――勘違いであればいいと願う気持ちもある――明らかにアレクサンドラには、俺との関係を良家の人間のお遊びのように取っている節があるからだ。


 なんにせよ、裸のアレクサンドラが横にいるだけでたかぶるのが治まらないのは確かだった。

 さすがに変態的なので抑えているが、正直アレクサンドラのにおいと体に埋もれたい感情が常にある。可能な限り、ずっと。


 倉庫内の戸や窓の隙間からは、強い赤らんだ日差しが入り込んでいる。

 夜まではあと少し時間がある……。最後にあと1戦するか。最中はお遊びでないことが証明できる。お互い気持ちよくもなれる。懸念事項はすべて頭から排除できた上で。


『ダイチ、邪魔してすまんがちょっといいか?』


 と、そんなところにインからの念話。声の調子はとくにからかっている風ではない。


 ――なに?


『延命治療の準備が整ったようだぞ。ダイチさえ良ければ、今すぐに治療を始めてもいいそうだ』


 む。延命治療か……。思わずため息をつきそうになったので、我慢した。


 治療はしなければならないが、いったい何をされるのか分からない恐怖の懸念はある。

 時間はあったし、教えてくれたかは分からないが、インを通して聞いとけばよかったという後悔が次いで襲う。いまさらではある。


 ネロがフリドランの訪問も一緒にするかもと言っていたのが思い返される。


 ――フリドランの訪問の方は?


『ネロからは何も来とらんよ。別の日だろう』


 別の日か。それならそれでしっかり治療してもらおう。時間は長めに取っておいて損はないだろう。


 ――分かった。帰るよ。


『うむ』


 念話が切れ、いつか到来するはずだったアレクサンドラと離れる名残り惜しさが、みるみるうちに得体のしれない施術の抵抗感と不安に取って代わっていく。


「治療」というが。


 インも内容は知らないため、俺に具体的な情報はない。肝臓を蘇生させるかもしれないというのは聞いている。


 まさか転生前の世界の手術と同じく腹を開いてどうにかするわけじゃないだろう。治療魔法があり、ポーションで片腕が復活し、人体も創造してしまえる世界で。いや、別に何も根拠はないんだけど……。

 いったい何をするのか想像できないという意味では魔法療法の方が怖い。くわえて寿命を延ばすという内容だ。毛根の復活くらいおとぎ話めいている。


「これから嫌なことでもあるのですか?」


 表情に出てしまっていたらしい。表情を緩める。


「これからアレクサンドラと離れ離れになることが辛いことだよ」

「ふふ。そうですか。そろそろ帰りますか?」

「そうだね。うちには“小さな姑”もいるしね」

「姑ですか」

「そう、姑」


 やがて出立について言うつもりだったことが思い出される。

 心が不安の色に染まった。俺も、“若い俺”も。


 くすりと笑みを浮かべたアレクサンドラを見ると、不安が薄まっていく。出発のことは次言うことにした。タイミングが悪いように思えたから。

 俺は頑張るかと内心で気合を入れた。何を頑張るのかすら分からないけども。


>称号「君の瞳に恋してる」を獲得しました。



 某名曲が頭に流れながら帰路につき、金櫛荘の部屋に戻ると、インにのっけから


「奴のにおいがする。風呂に入ってこい」


 と言われた。これまでそんなことを言われたことはない。


 <ペチュニアの泉>の方がにおいきつかったぞと思いつつ、仕方なくひとっ風呂入って戻ってくると、部屋には青竜のルオがいた。


「お邪魔しております、氷竜様」


 ルオは俺を認めると丁寧に両手を前に頭を下げ、会釈した。


 相変わらず礼儀正しい人だが、頭についている金色のサークレットに目がいく。珊瑚っぽい白いものが角のような配置でサークレットの耳付近についている。

 顔が上がると、額の部分にある精緻な細工飾りとともにジルやネロとはまた違った落ち着いた美形の顔立ちに遭遇する。


 ルオは耽美系というか。線の細い少女漫画に出てきそうな顔を地でいっている。他の八竜の例によってハーフ寄りな薄めの顔な上、穏やかめなのだが、恐ろしいルックスだ。

 もっとも彼は昨日と同じく金糸で縁どり、芸術的な模様が薄く入った質の良い長チュニックとベストを着ている。神殿にいる高位神官っぽい装いだ。また、様にもなっている。


 それにしても前はダイチって呼んでたのに。


「邪魔じゃないよ。……前はダイチって呼んでなかった?」

「名前で呼んだ方がよろしいですか?」

「そうしてくれると嬉しいかな……。氷竜様とか……慣れなくて」


 もう今更戻れないのはわかってるのだが……あがきのようなものだろう。


 ルオは俺の言葉に頷き、分かりました、ダイチと改めて名前を呼んだ。表情は少し柔らかくなっていた。

 相変わらずのまともそうな人格に安堵する。全部はまともじゃないかもしれないが、インレベルの人格ならじゅうぶん安心できる。


 ベッドに座る。


「インから聞いたけど延命治療が出来るんだってね」

「はい。準備が整いましたのでうかがいました。いつでも処置は行えます」


 そう告げるルオには、手を後ろにまわした以外に特別変わった様子はなかった。さきほど緩めた表情のままだ。


 ただ一方では、彼に変わった変化がないことに怪訝な心境にもなる。手術前の医者もこんな感じで、患者に不安を与えないようにこやかに接するらしいのはドラマで見ているけど。

 ……いや、にこやかなのはたいていダメな医者だったな。ドラマはドラマだけどさ。


 小さく息をつく。“手術”が俺が拒みたくなるような変な内容でないことを願いたい。

 俺は風呂の間中ずっと考えていたが、結局たいしたことは思いつかなかった問題を訊ねることにした。


「延命治療って何するの? 具体的にさ」

「まずはダイチの肝臓を完全復活させます」


 ルオはさほどの間もなく答えた。

 肝臓か。インの言ってた通りだな。


「ダイチの肝臓は、……」


 と、まだ話し始めたばかりだが、ルオは言いよどんでしまった。

 待っても先を続ける様子がなかった。ん? ぼろぼろか?


「はっきり言ってくれていいよ。酷使してるとは聞いてるし」


 ルオは下げていた視線をあげた。表情は硬いままだ。いくらか深刻な雰囲気に不安が募らされる。そんなにひどいのか?


「本来ならつぶれてしまっていたことでしょう」


 つぶれてしまっていたって。


「つぶれるっていうのは使い物にならないって意味?」

「はい……。その先は死に向かいます」


 死か……。インと会わなかったら俺の寿命は3日だったらしいしな。


 そういやこのままでも「もって2週間」とインは言ってたが、この“もって”というのはどういう状態を指すんだろう。魔力供給を一晩断っただけで俺は動けなくなったというのに。


 ルオと目が合う。眉はいくぶんひそめられていて、眼差しにはまだ色濃く不安がある。俺の身を心配してくれているのなら嬉しいものだけど。


 俺とルオはまだ会って間もない。昨夜に顔を合わせたきりだ。あまりそうは思いたくはないが……すげ替わったリーダーに取り入ろうとするのは組織内のまったく自然な言動パターンの1つでもある。

 本来なら、一方では、ちゃんと拒絶もあるはずだ。むしろ拒絶の方が強いかもしれない。一応俺は力を示しているし、彼の仲間にはなったが……なんか懐疑的になっちゃうな。


「そう聞いてるよ。インと会わなかったら3日だったってね。このままでも2週間って聞いてる」


 とりあえず、この場――俺の治療を担当する彼との仲を不和にしたいわけもない。


 だが、次に出たルオの言葉はさすがに俺の心境を乱した。


「いえ。2週間も持たないでしょう。おそらく……5日もてばよいほうです」

「……え?」


 素で聞き返してしまった。5日って、ケプラを出た直後じゃないか……。


「2週間というのはインから聞いたのですか?」


 俺は頷く。ルオがインのことをちらりと見たので、俺も視線を追った。インは険しい顔で視線を下げたままでこちらを見なかった。え?


「イン。2週間とはいつ立てた目算だ?」

「……氷竜の襲名を決めた時だから7日前になるかの」

「そうか」


 短くなったのか? ルオは俺に視線を戻した。


「7日前なら、それほどだったでしょう。ですがダイチ。あなたの体は日々成長しています。生まれたてのホムンクルスが日々成長していくように。インの立てた寿命の目算はズレていったのです」


 成長……。


「今日、多く成体で生まれるホムンクルスですが、外見上の変化は何もないように見えて実のところ体内では劇的な変化があります。とくに著しい変化があるのは魔力濃度です」


 魔力濃度?


「……7日前と比べると、あなたの魔力濃度は3倍近くも濃くなっています。驚きべき速度です。いったいどれほど濃くなるのか……」


 3倍……。


「幸い魔力の供給量の方は調整されているようなので、過剰放出や魔力暴走の恐れはないようなのですが……5日後にはこの濃くなった魔力にあなたの体が耐えられなくなることが予想されます」


 俺はなんとも返しようがないまま、視線を落とした。濃度については今まで考えたことはない。


「通常のホムンクルスではどうやってもあなたほどの成長速度にはなりませんが、ホムンクルスにおいて魔力濃度の成長速度は“精神の経験”と密接な関わりがあります」

「精神の経験?」


 顔を上げる。ルオは、はいと頷いた。


「将来的にホムンクルスを前線に立たせる兵士として使う場合、生まれてから日が浅いうちから戦闘に参加させることがあります。もちろん、まだ本領は半分も発揮できません。だから後方にいるだけです。……敵が誰か、味方は誰か、戦場というものがどういうものか、戦場では何が起こるのか。これらを早いうちから身をもって経験させるのです。そうすることによって、ホムンクルスの魔力濃度の成長速度は上がります」


 英才教育みたいなものか? 訊ねてみると、「個体によって成長速度の程度は異なりますが、そのようなものです」と同意をもらう。


「延命治療のために必要な情報でしたので転生してからあなたが何をしてきたのか、インから聞き及んでいます。……7日前、つまり、氷竜として襲名する以降と言うと、セルトハーレス山での戦闘とフィッタでの戦闘があったようですね?」


 そうなるな。俺は頷いた。


「前者のセルトハーレス山のプルシストやミノタウロスはともかく。後者のフィッタでの戦いは元々この世界の住人でないあなたにとって、非常に強い衝撃――精神的な動揺があったと聞きました」


 精神的な動揺……。


 俺は目線を落としながらフィッタの戦いの模様を思い返した。なぜ衝撃や動揺があったのか。それは言うまでもなく、殺人を経験し、村人たちの無惨な死を目撃したからなんだろうが……口に出すのははばかれた。

 言えるわけもなかった。自分が罪人ですと認めてしまうように思われて。この世界の法律に慣れるまで、俺には、俺の現代人の魂にはまだ時間が必要だ。本当に慣れるのかは自信はないし、慣れるわけがないという確信めいたものもある。


「村の人々の死に悲しみ、その後はご友人の復讐も決意していたとか」


 俺は思わず顔を上げてルオを見た。ルオは別に責める素振りもなく、むしろ穏やかな表情を浮かべていた。俺の心痛を労わる風にも見えなくもない。


「ですが、あなたは実際にセティシアに行くことはなかった。番となった方と閨を共にして」


 アレクサンドラか……。


「彼女はあなたの事情を知らないようですが、行かなかったことはあなたにとっては良い運命だったでしょう。もしセティシアで復讐を遂げていたとしたら、戦いの後、もしくは戦いの最中にあなたは倒れていたかもしれませんから」

「…………そのまま死んでた?」


 ルオは眉を上げて、死なせませんよ、と表情を緩めた。……頼もしい。

 インが俺の方にやってきて、「そうだぞ」と声をかけてくる。少しなだめる風だ。そうしてインは俺の肩に手を添えてきた。


「ただ……。暴走して何が起こっていたか、私には予測ができません。単に死体の山を築くのであれば多少寿命を縮めるだけだったかもしれませんが、……ご友人の首を前に軽い魔力暴動を起こし、殺意を“意図せず具現化していた”ほどです。膨れ上がり、暴走してしまったあなたの殺意の衝動が、我々の手に負えていたかどうか」


 無念そうに首を振るルオに何も言えなくなる。

 ネリーミアも言ってたな。詰め所でのあれが魔力暴走なのか。……確かに、意図せず使役魔法や《氷結装具アイシーアーマー》が発動していた。俺の怒りや考えと連動する形と断定されるとそうとしか思えないし、状況的にも納得が出来る。


 《凍久なる眠りジェリダ・ソムノ》……。もし、《凍久なる眠り》を暴発させていたら――


「アレクサンドラには感謝せねばならんな?」


 インの言葉に少し意表を突かれてしまった。永久凍土の地となったバルフサの光景とか最悪すぎる……。災厄もいいところだ。

 安堵しつつ、さっきはにおい取ってこいと言ったくせにと思いつつ、そうだねと頷く。


「私もその方に感謝したいところですね。魔力暴走は最悪、生命力と引き換えに全魔力を解き放ってしまうことありますから」


 自爆技か……?


 それからルオは、ダイチの全魔力を使った魔力暴走など考えたくありません、と険しい顔をして眉間にシワを寄せた。本当に考えたくない事例のようだ。


「その時は……セティシアは軽々と吹き飛ぶだろうの」


 と、小さく息をついてイン。


「ああ。ミージュリアの時の規模ではないだろうな」

「うむ……」


 マジかよ……。俺、核爆弾……。

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