9-14 的当て競争と嫉妬


 手合わせが終わると、ヘルミラとベルナートさんの的当て対決になった。


 的当て対決は言葉の通りの競技性だったが、的に当てる5本の矢のうち最後の2つは、1つが歩きながらの射撃、もう1つは小走りしながらの射撃だった。

 最初の3本の矢もだんだんと距離が遠くなるというルールだ。


 元々、ヘルミラとベルナートさんが競うだけだったが、アバンストさんが有望な射手を見極める場として活用しようと思い立ち、近頃加入しためぼしい新兵を全員競技に参加させることになった。

 ちなみにザバにも参加の旨を聞かれたが、弓は射った経験がないということで不参加になった。使っていてもあの大味な戦い方を見るにザバは大した結果は残さないように思う。


 参加者はヘルミラとベルナートさんを除くと5人だ。


 競技に参加しないアリーズさんや団員たちがカカシを移動させたりして、訓練場を的当ての会場にしていく。

 俺も手伝おうと思ったのだが、アリーズさんに「私は力仕事得意ですので」と自信げに言われて拒否されてしまった。俺の方が力あるんだけどね?


 ふと見ると、アレクサンドラがカカシをずりずりと運んでいた。結構重そうだ。人の胴体のような形の木の彫刻もそれなりのでかさだ。

 俺は残念ながら力がありすぎるせいで自分で物の重さを計ることができないのだが、もし俺が怪力でなかったら、アレクサンドラと近い膂力なのは察せられるところだ。


 手伝うか。……と、アレクサンドラは近くにいた団員を呼び寄せた。ニーダだったか。


「ニーダ、ちょっと押してくれ」

「はい」


 2人によってずりずりと運ばれるカカシ。


 ニーダは俺と似たような背丈・体型だ。さっきはアレクサンドラを例に出したが、彼の方がより近そうだ。

 年齢は彼の方が少し上っぽいと思っていると、情報ウインドウにより19歳であることが明かされる。もう1つ、同様に2人は運んだ。


 アレクサンドラは運び終えると、「ありがとう。助かった」とニーダに笑みを浮かべた。柔らかい笑みだった。団員にも笑うんだな。当然か。


 ニーダも「いえ」と、疲労感の伴う笑みを返す。やや頼りないが、純粋そうな屈託のない笑みだ。

 アレクサンドラは当初俺のことを弟のようだと言っていたものだが、彼の方がよほど弟らしく見えた。それから意外と2人の組み合わせが悪くないようにも。


 インが俺を見ているのに気付く。何か言いたげな表情だ。


「なに?」

「いや? 何も」


 何だよ。


 対面の壁際で手合わせを観戦しつつも、適宜カカシに打ち込む団員たちの指導をしていたジルヴェスターさんがやってくる。ナイスダンディの元攻略者の人だ。


「やあ。ダイチ君、イン君も」

「こんにちは、ジルヴェスターさん」


 インも、うむと頷く。


「いい戦いだった。ディアラ、だったか?」

「はい。ありがとうございます」


 ディアラが軽く会釈すると、満足そうにジルヴェスターさんは頷く。


「……ムルック。そいつは入団希望者なのか?」


 次いでジルヴェスターさんが見たのはザバだ。


「いや。まだそうとは決まっていない。彼はグライドウェル家所属の傭兵だ」

「ほう。こいつが傭兵ねぇ……」


 ジルヴェスターさんは冷笑をつくり、ザバのことを無遠慮にじろじろ眺めだした。

 ザバは緊張した面持ちだ。ジルヴェスターさんは忌憚ない意見というか素振りだが、あの手合わせの内容を見たら擁護はちょっと難しい。


「ザバ君、彼はジルヴェスターと言ってな。私の旧友だ。今は団員を共に鍛える同志になっている。もし入団したらきみの教官になる男だろうな」


 ジルヴェスターさんが鼻息を漏らした。過度には嫌がっていなさそうだが、やれやれ俺がこいつをか、といった不満の心境が透けて見える。


「その時はよろしくお願いします!」

「ああ。“その時”はな。もし入団する気があるなら……毎日構えて1時間立ってろ。そうして100数えるごとに剣の位置を順番に変えろ」


 100秒ごとに剣の位置を? 結構負荷はありそうだけど。


「剣の位置を、ですか?」


 俺の内心に湧いた疑問をそのままジルヴェスターさんに投げかけるザバ。


「ああ。相手の右肩、左肩、右腿、左腿を外から打つつもりでな。剣の基本動作だ。胸を突くのは後でいい」


 ふうん。突くのは技術的に難しい感じか?

 ジルヴェスターさんが「どうせ素振りばっかりやってたんだろ」と続けた。鋭い。


「よ、よく分かりますね……」

「あの振り下ろしてばかりの力任せの剣を見れば誰だってわかる。粗削りなんてもんじゃない。丸太でも振り回してるのかと思ったぞ。なあ、ムルック?」


 小ぶりのな、とアバンストさんが肩をすくめる。小ぶりの丸太ね。


「まあ、話は入団してからだ。俺の話が聞きたいなら入団することだな」


 ジルヴェスターさんは俺たちから少し離れた場所にあった古木のイスに座った。なにげに入団を後押しした?


 そんな話をしていると、的の設置が終わったようだった。ベルナートさんがアバンストさんの元にやってきて準備が終わったことを告げる。

 カカシは奥の1つを除き、左右に移動させられていた。あの奥のやつが的なんだろう。

 

 アバンストさんが説明するからついてきてくれというので、ベルナートさん、ヘルミラにくわえて他の5名がついていく。俺たちもついていった。


「距離はそこまで離れてないの」

「あんまり遠すぎても困るんじゃない? ベルナートさんとヘルミラ以外だと新兵の腕を見るってだけだし」

「ふむ」


 ベルナートさんがカカシの1つに白いボロ布を巻きつけ、結びつけた。真ん中には丸い茶色の皮が縫い付けてある。皮は小さな切り傷が結構ついている。

 カカシの前の地面には、カカシを動かして開けた道を少し逸れる形で木刀が3つ置いてある。的のカカシから一番近いもので5メートル、遠いもので10メートルといったところか。


「諸君が弓で射るのはこの的だ。あの皮が的だが、いきなりそこまでの精度は望んでいないのでひとまずカカシの白い部分に当たればいい。……矢の数は5本だ。最初の3本は止まって撃つ。木剣を3つ置いてあるので、1本ごとに離れるように。残りの2本は真ん中の木剣から前に行かないようにだ。ただ、1本は利き腕の方に歩きながら矢を放ち、最後の1本は利き腕の方に走りながら放つ。ルールはこうだ。ああ、走るのは小走りでいいからな」


 なにか質問はあるか、とアバンストさんが訊ねてがなにも質問はなかったので、早速競技が始まった。

 的当ての会場になった訓練場からみんなが引き、長屋側に集まってくる。


 ニーダはアレクサンドラの近くに行った時、つんのめり、アレクサンドラが彼を受け止めた。あ。


「大丈夫か?」

「あ、はい。すみません。何もないところでつまずく癖があって……」

「頼りない新米団員だな」

「はは……」


 そんなの早く直せよ。


 始めの競技者はルールの確認も兼ねてベルナートさんになった。


 さすが団が誇る射手のベルナートさん、歩き中の射撃も、走りながらの射撃もあっさりカカシに当ててしまった。しかも全部縫い付けられた皮に。

 新入りの団員と思しき人たちからは感嘆する声が上がるのに対して、従来の団員たちからはとくに目立った声は上がらなかった。新人が来たときはいつもやってるのかもしれない。


 次の人は弓が得意だという団員が弓を放ち、4発カカシに当てた。外したのは走行中の射撃だ。いうまでもなく一番難しいだろう。

 3人目はヘルミラで、さすがに全部的の中心というわけにはいかなかったが、こちらはすべてカカシに当てて見せた。新入り団員、従来の団員、そして俺たち含め湧く歓声。


「さすがうちの子だ」

「うむうむ」

「ヘルミラすごい!」

「すごいねヘルミラ。警戒戦でもいい腕だと思ってたけど」


 ベルナートさんが感心する。


「そうなんですか?」

「的が大きいとはいえ、プルシストやミノタウロスに一発も外さなかったからね」


 ほほぉ。でもあの時は逆に自分は動かず、相手が動いていた。どっちが難しいんだろうな。


「自分が動いてて的が止まってるのと、的が動いて自分は止まってるのはどっちが難しいですか?」

「そりゃあ的が動く方だよ。ウサギみたいにすばしっこい上に的が小さいとなおさらね。自分が動くのは慣れれば精度はあがるしね」


 そうか。予測が出来ない動きをするならそうだよな。


 4人目の団員は1発しか当たらなかった。弓を射るときもだいぶまごついて、アバンストさんから指導も受けていたので、当てただけマシかもしれない。

 5人目はニーダだった。ニーダもまた不慣れなようで当たらなかったが、こいつは変わっていて、自分が動く4,5射撃目をカカシに当てていた。


「へえ! 彼は射手向きだろうね」


 理由を訊ねてみると、


「最初の直線上の3本は練習すれば誰でもある程度は精度を高められるんだけど、動きながらとなるとそうもいかなくてね。人を選ぶんだ。彼がいい例だね。勘や集中力もさることながら、とっさの判断力にも優れてると思うよ」


 とのことだった。ニーダの人柄は今さっき見た限りだが、ちょっと意外だ。


 アレクサンドラがやってきて、忙しくなりそうだな、教官殿、とベルナートさんを茶化した。


「教官役にはラユムンドもいるけどね。それよりもイグナーツとチェスラフの代わりがいないのが辛いところだよ」

「確かにな」


 聞いてみれば、イグナーツとチェスラフは先の戦いで戦死した魔導士の団員らしかった。墓穴を掘ってしまった。


「まあ、魔導士が不足するのはいつものことだしね。いなければ攻略者やグライドウェルから魔導士を借り受けることになるだろう」

「そうだな」


 戻ってきたニーダ含め、どことなくしんみりとなってしまったベルナートさんとアレクサンドラの周りだったが、本人たちはそれほど落ち込んでいる風でもなく、競技の方も進んだ。レスターもそうだったけど、みんな強い。


 6人目も不慣れな人で、ちょっとまごつき、当てたのは2本だった。当たったのははじめの立って射る2つ。


「弓の腕はみんな悪くないね」


 そうなの?


「そうだな。今のところ全部外しているのはいないしな」


 確かにそうだけど。


 最後の1人は童顔寄りだが背は結構高く、体格もよかったので、ちょっと年齢が分かりづらい団員だった。


「マインストがすべて外すことはないだろうな」

「だね」


 マインストというらしいが、2人の評価の通り、彼は3本当てた。最後の走りながらの1本を当ててちょっと無邪気に喜んでいたのが印象的だった。


 アバンストさんが俺たちの方を向く。


「よし! ここまでだ! 早熟な才能の如何はだいたいわかったぞ。さて。うちの弓術名士殿であるベルナートはともかく。1番はヘルミラだったな」


 みんなの視線がヘルミラに向く。ヘルミラは恥ずかしそうに俯いた。


「彼女はうちの団員ではないが、私の友人の従者でね。元々この的当ては彼女とベルナートがお互いの技量を高めるために行う予定だったのだが、そこに我々が便乗して参加させてもらった形だ。見事な腕前だった。……して、うちではベルナートを除くとコーエンが一番だったな。期待しているぞ、コーエン。今後も訓練を頑張るように」


 今度はコーエンという団員に注意が向く。見てみれば2番目に射った人だ。

 少し強面の彼はおもむろに立ち上がり、頑張ります、と威勢のいい声をあげて胸に手を当てた。がんばれ~。



 カカシを元の位置に直している間、膝をついて集めた弓の弦を見ているアレクサンドラの元に向かう。


「ダイチ殿」


 アレクサンドラは俺に気付くと、微笑んでくる。ニーダに向けたものより親密な笑みに見えた。

 団員たちと接する凛々しいアレクサンドラを見ていたせいか一瞬照れくささに襲われつつも、俺は満ち足りた。“もやもやしていた気分”も晴れていく。


「何してるの?」

「弓の調子を見てるんです。今日は不慣れな人たちが使っていますからね」


 俺も隣に座り込む。地面に置かれた弓はぱっと見ではとくに変な場所はないように思える。


「弓ってそんなに壊れる?」

「壊れる時は壊れますね。ヒビが見えたら取り替えねばなりません。この訓練用の弓はやや柔軟性に欠けるニレを使っていて強度はそれほどでもないのです。訓練用なので仕方ないのですが」


 ニレの木か。


「安いものはメンテナンスの目も光らせないといけないってわけか。使うにも注意を払って」

「そうです」


 アレクサンドラが頷く。まあ、強度は安いものと高いものの露骨な差だよね。


 アレクサンドラが見ていた弓を置いたタイミングで訊ねてみる。


「このあと時間ある?」

「ええ、今日は夜警もないので」


 ちょうどよかった。小首を傾げて用向きを訊ねる眼差しを送ってくるアレクサンドラ。とくに何かを察した素振りは見られない。純朴だ~。


「一緒に食事でもしない?」

「いいですよ」


 ちょっと間があったが、承諾してくれたアレクサンドラに内心でほっとする。

 と、言ってから俺は、食事する場所を金櫛荘しか考えてない不躾な様に気付く。金櫛荘は前に一緒に食べたじゃないか……それにいかにも考えてない感がある。


 満腹処、エリドン食堂……うーん……。“その先”はどう繋げよう。逢引屋とか布団屋とか聞きはしたが……。


「どこで食べますか?」

「それが……金櫛荘以外考えてなかったんだよね」


 仕方ないので正直に言う。「弟化」に拍車がかかってしまうが、アレクサンドラの案でいくか。


「どこかおすすめある?」


 そうですね、とアレクサンドラが一考し始めると、インが声をかけてきた。後ろには姉妹もいる。


「何しておるのだ? ……ん、弓か」

「はい。ちょっと具合を見ていて。イン殿はなにか食べたいものなどありますか?」

「お、飯か? そんなもの決まっておろう」


 インが口を開く前に、「肉ですね」とアレクサンドラがさらっとその先を言った。

 インは口を“パクパク”したあと言いかけた口を閉じて、「う、うむ。まあそうだの」と動揺を隠せないままに同意する。


 微笑が3つ。俺も思わず苦笑してしまった。

 一本調子なんだよな、いつも。芸がない。和やかムードを作ってくれるからいいが、そのうちオワコンって言われるぞ?


「いい肉の出る店を知っておるんだろうな? のぅ、アレクサンドラよ」


 一芸を取られた腹いせか知らないが、インは不服そうな顔になり、半ばすごんだ。すごむな、すごむな。

 だがアレクサンドラの方は口に合うか分かりませんが、と普通に返した。分かってないと思うが、強い。


「いい店あったら教えてよ。食事代は俺が持つからさ」

「え、でも」


 俺はいいからいいから、とアレクサンドラを遮り、「自費でインの食事に付き合うと給料飛ぶよ? たぶん」と続けた。

 じゃっかん驚いた様子を見せたあと、目線を落として割と本気モードで考え込むアレクサンドラ。あんまり家に金ない感じだもんな。そうしてインに何とも言えない眼差しを向けたかと思うと、俺を見て「ではお言葉に甘えて」と遠慮がちに言ってくる。インはちょっと信じられないものでも見たような顔になる。


「私が金食い虫のようではないか……」

「自覚なかったの? いつも4人分は軽く食べるでしょ」


 呆れたようにそう訊ねると、「……いや、……まあ。その、な?」と弱ったような顔で見てくるイン。


「そ、そんなに毎回イン殿は食べるのですか……」

「食べる食べる」


 実際のところは今日の巻物や鉱石の方が金が飛んだし、諸々の武具やら衣類やらの方が断然金はかかっている。

 でもまぁ触れないでおこう。俺が庶民レベルの金しか持たなかったら、確実に金には苦労しているのは想像に難くないのだから。


「量が出る店と、量は少ないですが一品の肉料理を出す店を知ってますよ」


 と、気づかわし気にアレクサンドラ。

 ほほう。量が出る店は<満腹処>か?


「1つは<満腹処>?」

「よく分かりましたね。ご存知でしたか?」

「一度行ったんだけど、食べそびれてね。ね?」


 姉妹の方を向くと、はいと頷かれ、ディアラから「カレタカさんたちと落ち合った店ですよね」と聞かれたので頷いた。

 一品の方は、<戦士の篝火>という知らない店だった。なんとなく焼肉が出そうな店名ではある。


 当然どっちに行くかという話になる。

 みんなの視線が俺にあったが、ちょっといじったし、インに選択権をあげるか。アレクサンドラを誘う方法はどの店でも変わらないだろう。たぶん。


「イン決めていいよ」

「私が決めるのか?」

「うん。嫌なら俺が決めるけど」

「う~~ん……」


 インは腕を組んで、盛大に悩み始めた。時間かかりそうだ。アレクサンドラに肩をすくめると、彼女も軽く苦い顔をした。

 アレクサンドラに<戦士の篝火>ではどんな肉料理を出すのかと訊ねようと思ったが、インから早くも「よし」と気合のこもった声。


「<戦士の篝火>だ!」


 決めるの早かったな。


「その心は?」

「ん、おお。先日の<ヘラフルの憩い所>では様々な料理が出ていたろ?」


 俺は頷く。アレクサンドラも頷いた。


「私はあの食卓でこんなにも調理の方法があり、こんなにも多彩な味わいがあるのかと、改めて料理というものの尋常ならざる可能性を見た。他にも美味なる料理があるのなら食べねばならん。美味い料理というものは味わうためにあるからな」


 まあそうかもしれないけど。断定っぷりに軽く吹き出してしまった。


「確かに絶品の料理ばかりでしたね。夢にまで出てきそうです」

「うむうむ。……ん? そんなにおかしな点があったか?」


 3人は吹き出した俺を不思議がり、笑みを浮かべこそすれ、とくにうけた様子はない。俺だけか、うけたの。


「いや、ごめんごめん。……いやさ、もう求道者かなんかじゃんって思って」


 インは視線を落として、「ふうむ。求道者か。確かにそうかもしれん」と、俺とは違うベクトルで納得してしまった。

 笑いが収まってくる。……ふう。まあいいや。


「まあインは前々から色々な料理を食べたいって言ってたしね。ようするに、量より質を選ぶってことだよね。いいと思うよ」


 インが「であろ?」と見てくるので、俺はうんうん頷いてやった。ともかく旅の目的としては、料理を食べてまわるのはとてもいい目的だ。


 アレクサンドラはもう少し詰め所に残ったあと、いったん家に戻るとのこと。この間にギルドに寄ろうと思った。錬金術師の組合にティアン・メグリンドの名前があるのか聞くためだ。

 集合場所を決めようとしたが、自分が待たせるのだからとアレクサンドラが金櫛荘まで迎えに来ることになった。<戦士の篝火>なる店は金櫛荘に近いらしい。


 ベルナートさんやザバやアバンストさんたちに軽く挨拶をして、金櫛荘に戻る。


 道中に寄ったギルドへの用事を終え――残念ながらティアン・メグリンドは組合に所属していなかったし、名前に聞き覚えのある職員もいなかった――金櫛荘に戻る道中、ウルナイ像周りで道化と魔導士が芸をやっているのに姉妹が興味を惹かれていた風なので、ちょっと見学をしていると、


『食事のあと、アレクサンドラと閨か?』


 と、察しのいい念話。


 ――誘うつもりだったけど。よく分かったね?


『私はお主の母親だからのう。何でも分かる』


 見ればインがしたり顔で見上げていた。頼もしい母親なことで。


 ほんとは治療まで我慢するつもりだったが……我慢できなくなった。もし俺が1人でいて、アレクサンドラが「完全防御」状態でなかったら、いよいよ年齢相応に思考は悶々としていたかもしれない。


『金櫛荘で寝るのか?』


 ――いや。別の場所かな。夜には戻るつもり。


『では、2人には魔法の講義でもしてやるかの。巻物も買ったことだし』


 ――助かるよ。断られたらすぐ帰るよ。


『断られる? アレクサンドラがお主をか?』


 ――え? うん。


『そんなわけなかろう? お主らは番だというのに』


 よくわからない理屈だが……。


 にしてもインみたいな母親いたらみんなマザコンになる気がするな。……ああ、俺既にマザコンの称号取ってたな、そういえば。



 ちなみに、食事中に聞いたのだが、セティシア兵団の葬式および会合は予定通りには行われず、現在延期になっているらしい。事情を聞けば、ディーター伯爵が寝込んでいるためとのこと。

 セティシアは襲撃を受けた地なので、伯爵の周りの人たちは毒や状態異常や呪いなどを懸念したりしたそうなのだが、単なる疲労だったらしい。毒でなくてよかったものだ。


 アバンストさんは伯爵が回復し、開催の目途が立ったら文で呼ぶので職務に戻るようにと言われて帰還したらしい。ジョーラたちは護衛および警備としてセティシアに残っているとのことだった。

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