9-13 息子と店番傭兵と従者 (3)


「あんた、槍を使ってどのくらいになるんだ?」


 フルドの質問にディアラは一考したあと、8年くらいでしょうか、と答える。長い!


「ながっ!」

「でも里にいた頃はそんなに本格的な稽古ではありませんでしたし」

「ああ……あんたらダークエルフは俺たちの倍生きてるんだったな……。里を出てからは稽古の内容が違うのか?」

「はい。かなり違いますね。里の訓練は素振りと軽く打ち稽古をさせてもらうくらいでした。たまにしかしませんし、子供の行う稽古です」


 そう言うと、ディアラはちらりと俺のことを見てくる。今はだいぶ濃い訓練してるだろうね。


「ふうん……里を出てどのくらいになるんだ?」

「1年と……1ヵ月ほどでしょうか」


 1年と1ヵ月か、とフルドは視線を落とした。


「じゃ。その訓練の成果を見せてもらうぜ」


 再び視線を上げてそう言うと、フルドは剣と盾を構えた。ディアラもはいと槍を構える。

 その1年はシャイアンといた期間だし、ろくに訓練してなかったんだろうな。


 フルドはレベル20。ディアラは23だ。3差が誤差なのか、そうでないのか。

 1差しかないザバとはかなり実力の開きがあったのからすれば、フルドはかなり厳しい戦いを強いられることになるが、戦いが一本調子で、明らかな経験不足だったザバはちょっと参考のデータにはしづらい。


 ディアラ頑張れよ、というインの檄に、ディアラは「はい!」と気合のこもった返事をした。


「準備はいいか? ――では……はじめ!」


 まずは盾を前に出しながらフルドが駆けてきた。ディアラは突くが、フルドは盾で流してすぐに後ろに引いた。ディアラの追撃はなく、フルドも次の一手は仕掛けない。

 再度フルドが突進してくる。再びディアラは突くが、またもやフルドは流したあとにあっさり引いた。ディアラもとくにその場を動かなかった。


 2人とも慎重だな。というより、フルドが慎重か。ザバの時とは動きがまるで違う。一方のディアラはその場から動いてない。

 武器はリーチであるという説は聞いたことがあるけど、あれは新兵の場合だったように思う。戦闘経験のろくにない新兵を「歩兵」にするには、近づくという新兵にとっては重大なリスクを負わさずにすむリーチの長い槍は最も手頃な武器というわけだ。


 フルドは一定の距離を保ちつつ、ディアラの周りをゆっくりと横に歩いて移動しながら会話を試みだした。


「落ち着いてるな。……警戒戦はどうだった? ミノタウロスは手強かったか? 俺はまだ行ったことないんだ」

「強かったですよ。1人で戦うには厳しいものがありました」


 ディアラも自分の周りを歩くフルドに合わせて向きを変えていく。


「そうだろうな」

「でも、レッドアイの方が厳しかったです」


 フルドが立ち止まり、「レッドアイと戦ったのか!?」と驚いた様子を見せる。戦闘中に呑気というか。


「私は何もできませんでしたが……」

「聞いてはいるけどさ。よく無事だったな……」

「はい。なんとか」


 ディアラはそう言葉少なに言って苦笑しただけで、その後のことは続けなかった。

 俺のことは触れないようでちょっと安堵した。レッドアイ戦の事を隠そうとはとくに言っていないが、察してくれているものらしい。まあ俺は散々実力を隠そうとはしてるし、察するもなにもないか。


 というか、レッドアイを俺が討伐したことをフルドは聞いてないことに気付く。

 ……フィッタの件やらセティシアの件やら。直後に色々あったし。戦争の狼煙も上がったし、うやむやになっているのかもな。


「2人とも。親睦を深めるのもいいが、手合わせ中だからな」


 アバンストさんが少し偏屈な顔をして、2人に忠告した。


「分かってるよ」

「すみません」

「……さ。仕切り直し、――だっ!!」


 フルドが盾を前方に構えながら駆けてくる。少し不意打ちめいた動きだったが、ディアラはすぐに対応して槍で薙いでくる。

 動きを分かっていたのか、フルドは盾で槍を払い、剣で突いた。……が、フルドのディアラへの突きは中断される。なぜならディアラは払われた槍を再びそのまま押し戻して、今度はもう少し下――フルドの横腹に当て、態勢を崩したからだ。


「――ぐっ!?」


 そうしてディアラは素早く槍を引き、フルドの胸に向けて渾身の突きを見舞った。速い。


「ふっ!!」

「――ぐっ!?……」


 フルドは小さく呻きながらよたつき、尻もちをついた。顔を軽くしかめてしまった。横腹には革の鎧があるが……殺傷力がないとはいえ痛そうにしか見えない。

 だが、フルドはすぐに起き上がり、そして軽く深呼吸した。


「……ふう。まだ全然やれるぞ、親父」


 アバンストさんはアゴを数度動かして、息子の言葉に無言で同意した。


 ディアラは構え直した。落ち着いた構えだ。

 フルドの方も呼吸こそ乱れたが、確かにまだまだいけそうな雰囲気がある。


「やるねぇ」

「やりますね……」

「ディアラ殿はまだ全力じゃないぞ」

「いいぞ、ディアラ!」

「お姉ちゃん、頑張って!」


 ギャラリーの声に鼻が高くなりつつ、ザバが試合に魅入っている様子が目に入る。しっかり見ときなよ?


 フルドがじりじりとディアラににじりよる。今度はフルドは盾の構えが違い、やや下げている。胸が空いてるな。

 やがてディアラが胸に向けて突いた。フルドは盾でさばくかと思いきや……体さばきで突きを最小限の動きで避けたままに、“左手で”槍の柄をつかんだ。お?


 盾は地面側に向いていた。フルドは盾の持ち手を握る手を離して、槍をつかんでいた。うわ、熟練の技っぽい。


 ディアラが槍を引っ込める間もなくフルドは手前に思いっきり槍を引いた。

 引っ張られながら、態勢が崩れるディアラ。フルドは引いた勢いのままに自分も一気に距離を詰め、木剣の刀身をディアラの首に押し付けた。真剣なら首を切られて死んでるだろう。うまい。


「1つ返したぞ」

「……お見事です」

「あんたもな」


 フルドは槍を手から離し、ディアラから離れる。


「奴もなかなかやるのう」

「だね」

「槍相手のフルドの得意戦法だね。あれを初手から見極められる人はなかなかいないよ」


 確かに盾を持っている手を利用するなんてなかなか考えないだろう。

 片手剣使いのフルドは槍にはリーチで劣る分、盾があり、「2枚の手札」がある。2枚の手札とは剣と盾だ。<山の剣>掃討戦では片手斧の使い手が多かったものだが、この2枚の手札をどう切るのかが盾持ち剣士としての腕の見せ所なんだろう。


 MMORPG界隈でも、片手剣士は大剣使いや双剣使い、あるいは槍使いなどと比べて多彩な攻撃方法を持っていたものだった。小回りも利くからか、シールドバッシュ含めダッシュアタック系の技も豊富なイメージがある。

 ゲームはゲームということには違いないが、両者をゲーム内容で比較してみるのは存外興味深い。


 元の位置についた2人が構える。しばらく無言の時間が流れた。本気になってきたのか、フルドは話しかけることはないようだ。


 さて、ディアラは次はどう出るかな。今までは結構慎重というか、相手を見定める感じだったが。


 ――と、ディアラが突いて仕掛けた。フルドは軽く盾でさばくが、ディアラはすぐに槍を引き、再び突いた。

 連続突きらしい。ディアラは何度も何度も突いた。フルドはやがて防御でろくに動けなくなる。


「ちっ……!」


 ゴッゴッ、と槍と盾がぶつかり、あるいはかすめる音がしばらく続いた。


 攻防はディアラの方が余裕があるように見えるが、フルドの盾での防御と流しの腕も大したものだった。

 ディアラは剣を持つ右手の方に攻撃を寄せたりするのだったが、フルドは左半身を前に出しつつ、下がりつつ、しっかり盾でカバーしていた。言動の割には、片手剣士らしく堅実な戦い方を心得ている。


 とはいえ、ディアラの方も巧みだ。

 突きの中には「突かなかった」ものもあり、フルドはそのたびにタイミングを少し狂わされていた。牽制技やフェイクはダンテさんから教わっていた技の1つだ。


 そうして牽制の影響か、疲労か、それともさきほどの胸や腹へのダメージか。フルドの隙は確実に大きくなっていた。

 ディアラの槍撃の速度が上がっていったのも要因として大きいだろう。おそらく威力も上がっている。


「――ぐっ!」


 盾で流し損ねた一撃がフルドの左肩にかすめた。少しよろけるフルド。

 その隙を逃さず、ディアラは大きく一歩踏み込んで、これまでで一番速い突きを、今度は右肩に入れた。


「やっ!!」


 フルドはとっさに剣先を当てたようだが、槍の一撃は肩に思いっきり入り、フルドの態勢が完全に崩れる。

 ――フルドがのけぞった体を戻して視線を前方に戻した時にはディアラは半ばかがんでフルドの左側にまわり、足払いをしていた。おぉ?


 フルドは足を払われすっころび、……フルドの喉には槍の丸い穂先があった。


 一本。お見事。


「……あーやられた」


 フルドは力を抜いて大の字になる。


「……親父、ここまでだ。疲れた」

「なんだ。もういいのか。もう少し出来ると思うが」

「できるっちゃできるけどさ。ちょっと……実力の差があるな。悔しいけど」


 そうなのか。一本取ってたけどな。まあ、ディアラの連続突きには対応が厳しそうではあったけども。


「それに少し右肩が痛い」


 あら。ディアラもいい訓練になっただろうしな。ポーションあげるか。

 イェネーさんの負傷の時のことを踏まえて、ポーション用の革袋には試験管瓶に入れた上級ポーションがある。


「ふっ。名勝負には負傷がつきものだからな」


 アバンストさんはそう言って理解者然とした笑みをつくる。

 フルドはどこが名勝負だよと軽く毒づいたが、アバンストさんは取り合わず、「そこまでっ!」と試合の終わりを告げた。見れる試合だったけどね?


 肩大丈夫ですか、とディアラがいくらか不安げにフルドに声をかけて手を差し伸べた。


「ああ。これくらい屁でもねえ……っと」


 手を差し出したディアラによって立たされるフルド。

 カカシで訓練中の団員の何人かからも、いい勝負でしたと声をかけられ、フルドは口をへの字にしながら視線を明後日の方にやった。


 2人の元に栗色の長めの髪の若い青年がやってきて、「お二人とも、いい試合でした」と声をかけてくる。ありがとうございます、とディアラ。


「レスター。治療魔法頼めるか?」

「はい」


 レスターと言うらしい青年がフルドの右肩に手をかざした。やや童顔の性格の穏やかそうな顔立ちの青年だ。

 やがて黄色い魔法陣が出現する。ポーションはいらなくなったな。


 ディアラが戻ってきたので、「どうだった? 戦ってみて」と、手合わせの内容を訊ねてみる。


「強かったです。槍をあんなに上手くさばかれるなんて」

「フルドは団長に似て流しも達者ですからね。普段の戦いだとあまり発揮されないのが残念ですが」


 というアレクサンドラによる解説。発揮されない?


「発揮されないって?」

「フルドは実戦ではよく敵に突っ込んでしまうんです。そう無茶はしませんし、突貫も無謀の類ではなく理に適っていたりはするのですが」


 アレクサンドラはそう言ってフルドに目を向けた。フルドは聞いていたようで、バツが悪そうに鼻を鳴らした。

 なるほど。結構攻守が巧みの技巧派剣士に見えていたものだけど、相応に子供な部分もあるってわけね。


 レスターが治療をしながら、なぜ今日は彼らと手合わせを、とフルドに訊ねた。フルドの視線がザバの元に行く。ザバがきっかけだよな。


「へっぽこ傭兵殿がうちに鞍替えを考えてるんだとよ」


 え。そうなの?

 見れば、ザバは視線を泳がせていた。おや。


「別に強要はしないけどよ。グライドウェルに所属してもあそこは依頼をすすめるだけで別に訓練させたりはしないだろ」


 ザバが、はいと難しい顔で頷いた。まあ……派遣所だし。


「本家や別の支部には訓練場があるって聞いてるけどな。……傭兵ってのは、自分の力量をある程度分かっている奴が食い扶持を稼ぐためになるんだ。強くなりたいと考えてる未熟な奴がなるもんじゃねえよ。そんな奴は街の外で仕事をしても死ぬだけだ」


 そうなんだろうが、結構ひどい道理に聞こえてきた。“結構ひどい”という感想を抱けるだけ、俺はこの世界の「死の近さ」に慣れたのかもしれない。慣れれば慣れた分だけ冷静に動け、自分の死が遠ざかるんだろうけども。


「ちなみにな。レスターもお前と同じで、強くなりたくて騎士団に加入してきた奴だぞ。姉が賊に殺されてな」


 そうだったのか……。レスターは苦い顔をしていた。


「確かに強くなりたい想いもありますが。基本はお金ですよ。姉が死んで、家の収入が半分以下になりましたから」

「そうだったな」


 姉の死はある程度は呑みこんでいるようだ。金も必要であるとはいえ、強い人だ。


「ザバ君。セティシアでの先の戦いからうちにはグライドウェル家の者が加勢してきている。娘と従者だな。知ってたか?」

「い、いえ。初めて聞きました……」

「そうか」


 タチアナか。……鞍替えしにくくないか?


「彼らの加勢の名目はうちの戦力の底上げとケプラの防衛力の強化だが、本当のところはグライドウェルの家の名を広めるのが理由だろう。グライドウェル家はジギスムント伯からも支援を受けているオルフェでも有数の傭兵派遣の家だが、これまではケプラでの活動は小規模だった。今後はケプラでも名を広めるべく本格的に活動を始めたわけだな。もっとも代理とはいえ、王が直々に来るとは思っていなかっただろうがね」


 タチアナたちは広告塔として加入してきた感じか?


「まぁ、傭兵は死期が早いからな。いくら腕の立つ者であろうとも。そんな傭兵たちを囲う身としては資金源はあればあるほどいいわけだ。金があれば腕の立つ者をさらに雇えるしな。腕の立つ者は死期も遠のく」


 死期が早いか。そうだろうな。ザバも黙って聞いている。


「もし、グライドウェルからうちに鞍替えする気があるならグライドウェル家の者たちは気にしなくていい。そういう規則もないだろう?」

「はい……とくには……」

「うむ。うちからもグライドウェル家に鞍替えする者が出ないとも限らないからな」

「あんまり出てほしくねえけど」

「私としても無論そうだし、市長をはじめ、ケプラ騎士団を支援している家の者もそうだろう。まあ、そうどうにかはならんよ。うちがケプラを守れないほど弱体化するのはグライドウェル家も望んではいないだろうからな」


 お互い引き抜きのリスクは背負ってるだろうけど。


「……して。決意が固まったら騎士団の誰かに言うといい。本来は試験があるのだが、きみの実力も伸びしろがあるのも見たからな。時期によっては待たせるかもしれんが、悪いようにはせん」


 お、団長の許可が下りたぞ。


「団入りしたなら、君の願いを叶えるべく一門の戦士にすることを約束しよう。無論、君の努力は最低限必要だがね」

「あ、ありがとうございます!」


 ザバが慌てて頭を下げた。指示にはちゃんと従いそうだし、ザバは兵士向きかもなと思う。


「ちなみに入りたては給料安いからな。いきなり俺と同じ給料もらえるなんて思うなよ?」

「もちろんです!」

「そういや宝石屋の店番でいくらもらってるんだ?」

「1日700ゴールドです」


 高校生の時給? いや、もうちょいあると思うけど。


「まあ、それよりはやれるな。だったよな、親父?」

「新米のうちは1万ゴールド以上はやれんよ。遠征やギルドや他都市からの討伐依頼に参加すれば、これに限らんがね。……ところでその鉄の鎧や剣は自分で工面したのかね?」


 20日店番しても1万4千か……。


「いえ。コナールさんとハライさんに買ってもらいました」


 いいご身分だな、とフルドは肩をすくめた。


「どこに住んでるんだ?」

「ハライさんのところです。姉がハライさんの嫁なんです」

「ほう。ハライ氏の防具には我々もよく世話になっていてな」


 ザバ君、実家暮らしか。で、25歳でバイト中って感じか? そういう世界じゃないが、この字面はちょっと不安になるなぁ……。

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