9-12 息子と店番傭兵と従者 (2)


「そういえばダイチ殿。ラズロからレーリンゲンいただきましたよ」


 俺が武具屋に所用があるのでその道中、アバンストさんからそんな話題。

 レーリンゲンはアバンストさんにあげた酒の銘柄だ。これから団長を頑張ってほしいという意味を込めて。


「どうでした?」

「いやぁ……美味でしたな」


 アバンストさんは満足げに、「人生にはやはり酒が必要だと実感させられましたな」とずいぶんな含蓄を込めた。俺も“美味い酒”は必要なんだけどなぁ。


「それはよかったです。これから忙しくなるとは思いますが、ああ、いえ、既に忙しそうですけどたまには酒ででもご自身を労ってあげてください」

「はは。先日は情けない姿を見られていますし、痛み入りますな」


 アバンストさんが苦笑しながら、自分の黄土色のアゴヒゲを触った。


 情けない姿というのは詰め所での“気負い”のことだろう。


 俺としては、ディーター伯爵に呼ばれた際のバキバキに緊張した姿の方が印象に残っていたりするが、あれは不名誉すぎるきらいがあるだろうし、話題には出さないでおこう。息子もいるしね。

 ……もしかして知らないってことはないよな? いや、ラズロさんとかが既にからかってる気はする。


「ところでディアラ殿はやはり槍ですか?」

「ええ。毎日鍛錬させていますよ」

「ほう。鍛錬というと、ダイチ殿が稽古を? もしそうなら愚息では相手にならないかもしれませんな」


 興味を引いたらしいが、俺はいや、と首を振り、早朝に金櫛荘の使用人たち――ダンテさんたちとさせていることを伝えた。

 俺が相手してもいいっちゃいいんだが、俺と手合わせをしてレベルアップを図るにはもう少し経験を積んでからの方がいい気はしている。俺が大して助言できないので、自分で発見して試行錯誤と軌道修正ができるくらいには。


「ダンテ殿なら相手として申し分ないですね。あの方は東門のグラッツ殿からも評価されていますし」


 おぉ、グラッツから。確かに2人ともレベル近かった気がするな。


「フルド君はアランプト丘でも活躍したと聞いていますが」

「ええ。少々単独で突っ込んでしまう嫌いはありますがね。まあ……恥ずかしながら私もかつてはそうでしたのでなんとも」


 え、アバンストさんが?


「それは意外と言うか……」


 アバンストさんがつぶらめな目を細める。


「私が言うのもなんですが、剣を振ってきたなら勇み足は誰もが通る道ですよ。程度の違いはありますがね」


 ふうん。そんなものか。創作でもよく見る内容ではあるけど。


 武具屋に着いたので俺だけ店内に入り、ガルソンさんに宝石屋の発注書を渡した。


「……坊主よ。いったいいくら持ってやがんだ? ジョーラに勝てても金の方は、」

「ガ、ガルソンさん」

「ん? ――ああ、すまんすまん。坊主は“秘密兵器”だったなそういや」


 と、アバンストさんたちは店の前で待機しているとはいえ、隠したりしつつ。


 とはいえ、武具屋から詰め所までの道中でも、フルドがベルナートさんに「アレクサに勝ったと聞いていたが本当はどうなのか? 父親の接し方が他の人と明らかに違うし、ホイツフェラー伯と親しげなのも見たし」と言った内容の俺に関する内緒話をしていたので、冷や汗ものだった。

 ベルナートさんはしっかりフォローしてくれていたが――たまたま警戒戦に出ていて、フィッタで宿泊もしていたので、フィッタの掃討戦に参加することになり親しくなったというあたりさわりない弁解だ――さすがに息子目線の方まではカバーできる自信はない。それで何かボロが出るなら……もういいや。別に変なことしてないし、引かれることはあっても敵意むきだしにはならないだろうし。


 ・


 西門にいたマルトンさんたちと軽く挨拶したあと、俺たちは詰め所に到着した。

 奥から若い掛け声がいくつか聞こえる。精が出ているらしい。


 さて、アレクサンドラは何をやってるんだろう。俺の内心もそわそわし始める。


 長屋の扉が開けられ、女団員のアリーズが出てきた。


「団長。……みなさんも。お揃いでどうしました?」

「ちょっとこれから手合わせをな」

「手合わせ? 誘拐犯に会いに行ったと聞いてましたが」


 そう言ってアリーズが俺たちの顔ぶれに再度視線をはわせた。


「行ったよ。単独犯の愚鈍な男で、たいした発見はなかったがね。彼らとは牢に行った帰りにばったり会ってな。して、手合わせはその話の成り行きでな」


 道中で聞いた話によれば、誘拐未遂の犯人はアバンストさんの言う通り単独犯の男だったらしい。絨毯売りの見習いで鼻の曲がった男だという。

 誘拐の目的は金目当て。昨日財布を盗まれてしまい、生活がままならないので、その金を取り戻すためだったらしい。盗まれたのは憩い所周りの人だかりでだった。ベルナートさんの言った通り、現在の市中では、盗みの犯人探しが攻略者たちによって行われているらしい。


 ただ、この誘拐犯は1週間ほど前から商会長の娘エリアンテ嬢をストーキングをしていた人物でもあり、かつて見かねて護衛が声をかけた男だったとのこと。

 これが速い発見に繋がったらしいが、どこにでもいるものだ。


 ちなみにエリアンテ嬢は今年で14歳になるらしい。


 アバンストさん曰く、エリアンテ嬢くらいの歳頃は誘拐が多いのだとか。

 なんでも、良家では遅くともこの頃には結婚相手を決めてあり、結婚に響かないよう穏便に済ますために身代金の払いがいいとのこと。基本的に不名誉な事実があると結婚は一発で破談になるらしく、その時は相手の“良家ランク”を落とすのだとか。なんというか、夢のない話だ。


「手合わせですか。どなたがするのですか?」

「フルドと彼――ザバ君だ。悩み多きグライドウェル傭兵の青年だよ」


 アリーズがザバのことを上から下まで軽く見たあと、何に納得したのかは分からないが、アゴを上下させた。見られていたザバは緊張した面持ちだ。

 アリーズさんは確かに女性にしてはかなり武骨で迫力あるけど。ザバはアバンストさんに会ってから緊張しっぱなしだ。こんな状態で手合わせして大丈夫か?


「そのあとはフルドとダイチ殿の従者ディアラ殿だ」


 アリーズさんは額に数本の横ジワを作ると同時にやや薄めの眉をもちあげて意外そうに俺や姉妹のことを見た。

 やがて、なるほど、と言って薄い笑みをつくる彼女。フルドとザバの対決よりは見がいがあると見た感じだろうか。まあそうかもしれない。


 俺とヘルミラの的当て対決もあるよ、と後ろからベルナートさんがひょうきんに言うと、アリーズさんはえくぼをつくって表情を崩したかと思うと視線を落とした。

 なかなか可愛らしい笑い方だ。この手の人はギャップ萌えに弱い人に刺さるのかな?


「そういうわけだからな。手合わせのための場所を開けてやってくれ。そんなにはかからん」

「分かりました」


 長屋を通り、かつて団長たちと手合わせをした場所に行くと、アレクサンドラと男性の団員が木剣で稽古していた。

 団員は若く、俺やフルドくらいの年齢に見える。


「――そう。――そうだ。いいぞ」


 アレクサンドラが木剣を上下左右に動かし、そこに団員に斬りつけさせているようだ。さしずめ動く的だ。

 団員の動きは剣を振る前に一呼吸並みの間があり、真剣ではあるが初心者以外の何者でもない。もし転生前の力のない俺だったら、カカシに打つ稽古と同じくちょっとやりたくなる練習だ。


 奥では、団員たちが各々カカシに向かって武器をぶつけていた。結構鈍い音が鳴っているし、奇声じみた掛け声もあって軽く眉をしかめてしまった。


 カカシの方にはジルヴェスターさんもいてどうやら監督しているようだが、一方の団員たちの方は知らない人ばかりのように見える。

 というか、若い子が多いような。庶民服に革の装備をつけているだけの人が多いようだ。仮入部者って感じ。


「私からも目を離すな。――そう。本来見るのは剣ではなく相手だからな。――団長。……ダイチ殿」


 アレクサンドラが振り向いて俺たちに気付く。そうして目の前の団員を手で制し、打ち合いをやめさせた。

 次いで改めて彼女はにこりと俺に微笑した。訓練中だったのもあってか、引き締まった爽やかな笑みだ。俺も微笑を返す。ちょっとムラっとくるが、みんながいる手前さすがに無視した。


「アレクサ、ニーダ、ちょっとの間、場所を開けてくれ。“期待のホープ”たちが手合わせをする」

「期待のホープとは?」


 アバンストさんはフルドの元に行って、背後からフルドの両肩に手を乗せた。父親らしく、期待をかける力強い手つきで。道中でも思ったが、普通に親子仲はよさそうだ。

 期待のホープへの分かりやすい解答にアレクサンドラはなるほどと小さく頷いた。


「フルドと、そこにいるザバという傭兵の青年と、ディアラ殿だ」

「フルド……ディアラ殿が。分かりました」


 アリーズさんと同じくアレクサンドラは少し驚いた様子を見せたが、笑みは見せずに頷きに留めた。そうしてニーダというらしい若い団員と一緒に場所を引く。


「……さて。3人とも武器と胸当てを取りなさい。無論、そこの木箱にある稽古用のだ。ザバ君は腰の剣は外せよ? 重いだけだからな。ディアラ殿は訓練用の革の胸当てがあるからつけるといい」


 3人は顔を見合わせた。ディアラが見てきたので、俺は頷く。


「俺の胸当ても革にした方がいいですか?」

「うむ。そうしてくれ」


 3人は木箱に行き、各々武器と胸当てを取った。


 フルドは一番短い長剣と丸盾。ザバは3サイズある中、一番長い剣のみ。大剣使いか? 腰につけてる剣もそこそこ長いが……。


 ディアラは革の胸当てをつけ、穂先に布の巻かれた槍を手にした。先は尖ってないし、槍というよりショートスタッフっぽい。


 ディアラの胸当てはアレクサンドラが着付けを手伝い、2人の胸当てもアリーズさんと他の団員が手伝った。


 アバンストさんに準備ができたら位置につくようにと言われ、フルドが先んじて位置についた。やる気満々らしい。

 ザバも腰の剣をベルトから外して場外に置いたあと、木剣を軽く振りながら位置につく。相変わらずザバは緊張の色が濃い。


 ディアラは観戦する俺たちの方に。ジルヴェスターさんも見るようで、俺たちとは反対側の壁に寄りかかり、改めて腕を組んだ。


「では……――はじめっ!!」


 合図して両者はしばらく動かなかったが、フルドが先に動いた。

 フルドはザバに向けて駆け、斬りつける。ザバは――後方に避けた。上半身を思いっきりひねり、両手の剣を大きく後方に逸らして。


 ん? 変な避け方だ。戦いの回避というよりは……。


 フルドは一瞬止まって怪訝な顔をザバに向けたが、再び斬りつける。

 ザバは慌てたように後ろに跳ねるように逃げた。明らかに素人の動きだ。狼の森で狩り始めた姉妹だってこんな動きは見せたことない。


 反応は悪くないようだけど……まあ、素振りと店番だけじゃあな。フルドが相手なのも手伝ってそうだ。


「真面目にやってるよな?」

「は、はい……」


 フルドがアバンストさんのことをちらりと見たが……


「いいから続けろフルド」


 と、アバンストさん。とくに中止にする気はないようだ。

 フルドは軽く息をついて、構えを解き、剣をかついだ。やる気が削げたらしい。まあそうもなるだろう。ザバの動きは憧れの人の息子が相手なのを差し引いても明らかに素人だ。


「今度はお前から打ってこいよ」


 ザバはしばらく黙って棒立ちしていたが、やがて剣を握り直した。

 そうして……フルドの元に大振りの一撃をお見舞いした。フルドはさっと身軽に避け、勢い余って地面に打ちつけられるザバの木剣。


 本気で来いよ、とフルドが挑発する。


 ザバは本気を出せるんだろうかと思っていると、ザバは2回目の斬りつけを試みた。

 しかし軽々と避けるフルド。再び地面に鈍い音が鳴る。


「それじゃいつまでも当たんねえぞ」


 次ぐ3回目。やはり避けられる。追撃でザバは薙いだが、フルドに盾で軽く防がれてしまった。流しつつ。煽るだけあって普通に上手い。


 4回目も回避された。フルドの言ったように、ザバの一撃はいっこうに当たる気配がなかった。フルドはザバの攻撃が訓練している人たちがいるカカシの方にいかないよう、注意を払って移動している余裕すらある。

 だが、5回目にもなるとザバの振り下ろしもいくらか様になり、地面に打ちつけることもなくなっていた。やる気がなかったフルドの構えもいつの間にかザバに剣を向け、しっかりとしたものになっている。


「少しずつ速くなってるな」

「そうだね。威力も上がってる」


 というアレクサンドラとベルナートさんの言葉。


「穴も大きくなっておる」


 インの言うように、最後の4回目にできた地面の浅い傷は最初にできたものと比べると大きさも深さも結構違う。これ以上大きくなると木剣の方が心配になる。にしても木剣丈夫だな。


「まあ、当たらんければ意味はないがの。振りも単調だし」


 確かにこの手合わせはもはや勝負になってない。見るべきはフルドがザバの実力をどこまで引き出せるかといったところだ。


「グライドウェル傭兵ってのはこんなへっぽこばかりか? 宝石屋の店主もなんでこんなのを用心棒にしてるんだか」

「いえ。……へっぽこなのは俺だけです。コナールさんは俺を案じてるだけです」

「はっ、そうかい――」


 ――鼻で笑ったフルドが視線を上げた時、意外と冷静に言葉を返したザバは既に駆けていた。今までよりも速い初動だ。


 そして光り出すザバの刀身。お? スキルだ。


「――くっ!」


 ザバのこれまでよりも一番速い振り下ろしの一撃を、回避の間に合わなかったフルドは木刀で流し、そして成功した。ザバの一撃は今までと同じように、だが明らかに大きな音を立てて地面に着地した。


 砂埃をあげながらできた傷は今まで一番大きい。先の方では折れた木刀が壁にぶつかって落ちてきた。


 ザバはすぐに振り返り、次なる一撃をお見舞いしようとしたが、自分の木刀が折れていることに気付く。

 その間にザバに素早く迫ってきていたフルドは勢いよくザバの胸を突いた。ザバとは違い、よく訓練されているであろう、綺麗な突きだ。


「――ぐっ!……」


 突かれ、軽く吹っ飛んで大の字に倒れるザバ。気絶とかはしてないようで、起き上がろうとザバは慌てて身を起こした。


 そこまで、とアバンストさんの声があがる。


「……ったく。スキル持ってるとか贅沢な奴だな。俺だってまだスキルは発現してないってのに」


 フルドはスキルないのか。

 アバンストさんがフルドの元に行って、左肩を叩いた。


「《冑割り》だったな。グライドウェル家に雇われているだけある」


 《冑割り》か。振り下ろし系になるんだろうな。


「……ザバ君、君に圧倒的に足りてないのは手合わせの数だ。つまり“戦う経験”だな。このままではいつか死ぬぞ。外で敵と戦ったのならな。……暇な時に詰め所に来るといい。フルドや他の団員が相手してくれる」


 ええ、と不満そうにフルドがアバンストさんを見るが、「フルドもいい経験になるだろう。近頃は剣の精彩を欠いていたようだからな」という厳しい言葉が送られると、肩をすくめた。


「嫁の顔を見るのも楽しみではあるが、」

「わーかった。わーかった! やればいいんだろ、やれば」


 フルドはアバンストさんの言葉を乱暴に遮り、「次からは木刀を折るなよな。安くねえんだからな」とザバに言う。嫁の顔?


「はい! 気をつけます」


 吹っ飛んだ割にそれほどダメージはないようで、ザバは普通に立ち上がった。


「フルドは嫁探しでもしてたのか?」


 インのストレートな質問に、ベルナートさんが「失恋したんだよ。ちょっと悪い女に引っかかっててね」と囁いた。なるほど。アレクサンドラも知っているようで、小さく頷いていた。


「さ。次はディアラ殿ですが、準備はいいですかな?」


 ディアラは「はい!」と気合十分に槍の石突を地面に立てた。

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