9-10 汚名返上の行路 (7) - 鉱石と状態異常
「さあ、入ってくれ。汚い場所ですまんが。ザバから話は聞いている」
俺たちはコナールさんのいた部屋に入る。
中は奥が作業場、手前が応接室に簡易に分けられた一室だった。さすが宝石の作業場とも言うべきか、粉っぽい空気だ。あとなんか温かい?
作業場の白い粉まみれのテーブルにはプレス器具に挟まれた白い石があり、研磨用と思しき小さな工具がいくつか置かれてある。
テーブルの周囲には大小の木箱に入った鉱石と思しき石や武具などが大量に雑然と置かれ、石造りの灰色の武骨な室内にしては、カンテラの火をはじめ、様々な煌めく色がある。
とある一角に目が留まった。
明らかに鑑賞用と思しきクッションめいたふっくらとした布の上に、幾何学的な模様を幾重にも重ねて虹色に輝く不思議な石や、中に庭を閉じ込めたような大きな水晶などがあったからだ。うわぁ……。
はやる好奇心のままに見に行きそうだったが、なんとか踏み留まった。商談を終わったら色々見せてもらおう。うん、そうしよう。
コナールさんは革の手袋を脱ぎ、今しがたまで作業していたと思しきテーブルに手袋を置いてから応接間のテーブルセットの長イスに腰を下ろした。
俺たちも対面に座るように言われる。姉妹にも丸椅子だが勧めてくれた。
壁に黒い獅子のはく製があった。黒いオスライオンだ。たてがみがあるし豹ではない。
「さて。ザバから聞いとるのは精神耐性と状態異常耐性の石だが。あってるかね?」
俺は頷く。話は手早く進むようだ。子供は嫌いだと聞いていたが、表情や対応にはとくに変なものは見当たらない。
「ザバの奴はあんなのだが……嘘は言わんからな。まあ、まともな美徳はそれだけかもしれんのだが。仕方のない奴だ」
コナールさんはしかめっ面になって割と深刻なため息を吐つきつつ、そんな愚痴ともフォローとも言える言葉を並べてくる。
身内びいきはそれなりに強いらしい。ザバは従ってるし、悪い仲ではないんだろう。
ひとまず俺はザバのことは別にぐちぐち言うつもりはない。素直に引いてくれたし、コナールさんに言われてすぐに降りたし、少なくとも根は悪くない人物であるとは感じていた。
インを見るとじゃっかん不服そうに口をへの字にしていた。俺と目が合う。が、すぐにコナールさんの方にいった。念話はとくに来ない。やり返したのにまだへそ曲げてるのか?
「状態異常耐性と言っても色々あるが。なにか希望の耐性はあるか?」
色々とあるだろうというのは想像つくが……俺のステータス画面にはざっくりと精神耐性と状態異常耐性の2つの耐性項目しかない。
「希望の耐性というと……」
「精神耐性なら、呪術、誘惑、陰鬱、狂気、混乱なんかだな。状態異常耐性なら、睡眠、毒、麻痺、氷結……沈黙などがある。他にもあるが、うちでめぼしいのはこの辺りだ」
おお? 陰鬱とかはないし、クライシスとは微妙に内容が違うが、分かる分かる。
「ポピュラーなのは、毒、混乱、睡眠、麻痺、沈黙とかだな。お主は呪術と睡眠に保険をかけとくのがよかろうの」
と、インによる助言。もうとくにへそを曲げてる感じはない。
昨夜の精神操作のこともあるしな。……睡眠抵抗って早起きできるんだろうかと少しずれた考えが浮かぶ。眠れなくなっても困るけど。
「少し待っておれ」
コナールさんは腰を上げた。まだ老人ではないにしてもそこそこの歳であるのは顔を見れば分かるが、重そうな腰だ。
彼は作業場の方に行ったかと思うと、周囲に雑然と積んである大小さまざまな箱を漁ってはいくつか石を取り、自分が手にした明るい色合いの小さな木箱に入れていく。なんてことのない木箱のように見えるが、石を中に入れる時に音はしなかった。
「こんなもんか。うちで今請けおえるものになるが。いいかね?」
「ええ」
戻ってきたコナールさんはテーブルに木箱を置いて長イスに腰を下ろした。木箱を見ると思わず目を見張った。
夕日のような色合いと輝きが美しい丸い石。磨けば夜空のようになりそうな多数の白い斑点を持った深い濃紺の結晶。切り取った岩石の上に、鏡のような煌めきを持つ鉄色の立方体の物体が付着しているもの。黒く、いびつな形をしているが黒曜石のような滑らかな質感を持った石。……
観賞用の石ほどではないが、童心が騒ぎ出す光景だ。ビー玉とマーブルチョコで子供の注意を引けるわけだ。今俺は子供だからな。
コナールさんは前掛けから折りたたまれた綺麗な分厚い白い布を取り出してテーブルに敷いた。そうして石を1個ずつ布の上に出していく。
木箱の底には下敷きの麻の布が何枚も敷かれているようで、これで音が鳴らなかったようだ。これから削ったり輝きを出したりするんだと思うけど、扱いは丁重らしい。
「色々あるのう」
「説明はいるかね?」
「頼もうかの。私らはそれほど石に詳しくないからの」
インが代表してそう言うと、コナールさんはそうか、とアゴを動かす。
イン的には色々知ってそうだけど俺たちのことを気遣ったのだろう。
「――これは
まずコナールさんが手で指し示したのは、夕日色の丸い石だった。
メノウなのかこれ。言われてみると、綺麗な夕日色の輝きがごくありふれたものにも見えてくる。でもメノウはもっと輝きが控えめだったものだ。ここに並べた石は全部、転生前の世界にもあった鉱石なんだろうか。
「
前言撤回。普通じゃなかった。
そういやこの世界の自然物には魔素が宿るんだった。紅玉髄に精神を集中してみると、ほんのりとだが確かに魔力の気配がある。
パワーストーンは色んな種類があったものだが、ほんとにパワー持ってることになったな。
しかし陰鬱か……。あるようであまり見かけない状態異常だ。
クライシスにもなかった状態異常だが、つまりそういうことを仕掛けられる魔法があるってことになる。戦闘時には無気力になり、戦う気がなくなるんだろう。地味に厄介……全体化できたりしたらやばいな。
「これは私も知っているぞ。オルフェでは有名な石だな」
「うむ。古い石だし、昔から赤竜教の装身具にも使われているしな。もっともうちに運ばれるのは戦闘用に効力を高めたもので、装身具に使われるほど美しい石はないがな」
赤竜教か。赤系統の色の宝石は使われてそうだ。
コナールさんが次に指し示したのは、黄味がかった結晶だ。中には輪っかのような不思議な白い模様がある。
「これは光輪石だ。《
光輪。睡眠抵抗ってわけか。
聖浄魔法や神聖魔法は回復系魔法と聞いているが、攻撃魔法ってあるのか? ……ああ、あったな。インの誘導矢。でもあれ普通の魔導士が使えるのか?
「輪っかのような模様がありますね」
「これは聖属性の魔素が鉱物中で留まり、変化したものだ。変化が強いものがそのように
これも魔素か。
「ああ、魔人ミカエルブーケが現れた時に大量にできた石か」
コナールさんがインに少し意外そうな顔をして、「よく知ってるな」と感心した素振りを見せる。
ミカエルブーケ。知らない敵だな。
「奴は聖浄魔法と神聖魔法の使い手だったの」
「ああ。そう伝わっているな。この石には奴の名を冠してミカエラオスという名もある。……かつてミカエルブーケが出現した時のように神聖・聖浄系統の大規模儀式魔法の使用時や、アマリアのような聖属性魔法にゆかりのある地では出土しやすい石でもある。戦争時には《睡眠》による奇襲を危惧し、夜番の兵士たちに持たせることもあるな」
集団睡眠とかやばい戦法だ。
コナールさんは次いで、隣の石を指し示した。
「これは
うわ。ブラックデスとか。
石は濃紫の混じった黒い石で、まだ軽く削っただけなのか形はいびつだが輝きは艶っぽく、不穏な名前の割には綺麗な石だ。
「毒に対する抵抗力を飛躍的に高める石だな。……元はありふれた石なのだが、リーダント湿地の毒沼の毒気や瘴気により変質したものだ」
「危なくないですか?」
ここにあるってことはたぶん大丈夫なんだろうけど、聞いてみる。
「毒か?」
「はい」
「無論、浄化はしてある。完全に浄化してしまうと元の何の効果も持たない蛍石になってしまうから適度にだがな」
大丈夫かそれ? インを見れば知っているのか、頷いている。
俺の不安な心境をよそに、コナールさんの説明は次の石に移った。もう滑らかに削られているが濃紺の透き通った結晶石で、白や黄色や水色の光の粒がある美しい石だ。
「これは星辰魔鉱と言って、魔導士がよく所持している魔鉱石だな」
セイシン?
コナールさんが星辰魔鉱を軽く掲げてみせ、「夜空のように見えるだろう?」といくらか得意げに訊ねてくる。彼の言う通り、室内の灯りに彩られ、星辰魔鉱が秘めた夜空の星々のような輝きは至上のものになる。
ヘルミラが綺麗、とつぶやいた。ヘルミラのつぶやきにコナールさんが表情をふっと緩める。
「ネーム・オブ・サイレントという呼び名があり、宝石としても有名なんだ。無論、宝石だけに留まらん。周囲の魔素や魔力を整える作用があり、沈黙系の魔法に免疫を持っている」
沈黙抵抗か。魔導士御用達にもなるだろう。それにしてもネーム・オブ・サイレントとはしゃれた名前だ。
「きみは魔法は使えるか?」
「ええ」
コナールさんが少し眉をひそめた。間があった。ん。
俺は手のひらを出して、《
「おお! 使役魔法か。……道理でザバなどでは敵わんわけだ」
「見てたんですか? さっきの」
いや、とザバさんが首を振る。途端に厳しくなる表情。
「見えてはおらんかったよ。だが、ザバがあんなにあっさり引き下がったこともなかった。……ありがとうよ。ザバには一度がつんと凹ませる必要があるとは常々思っとったんだが。わしは石しか分からん」
コナールさんが堅かった表情を緩めてそうお礼を言ってくる。
「いや、お礼を言われるほどでは……。彼のことは息子のように思ってるんですね」
「そんな大層なもんでもないが。それにどちらかというと孫だろうな」
ああ、孫か。
「ここの革職人とはもう会ったか? 市場で店を構えてる奴だ。ハライというんだが」
おお、ハライさん。
「ええ。会いました」
コナールさんはそうかと頷く。
「ザバの姉がそのハライに嫁いでな。奴には革職人の道を勧めたんだが、どうもこらえ性がなくてな。そのうちに剣の道に進んでしまったんだ」
ほ〜。ハライさんの身内だったか。
「手先が器用だし、才能があったというのに。案の定くすぶってしまっている」
と、ため息をつくコナールさん。手先器用なのか。
再び戻った彼の険しめの顔に、現在の彼の悩みの種はザバのことばかりなのではないかと危惧してしまう。
若いし仕方ないかもしれないが、ザバ、しっかりしろよ。
そんな話を挟みつつ、石の話に戻った。
最後に残ったのは鉄色で、見事な立方体の形を形成している石だ。
「さて。これはメキラ魔鉱だ」
お、メキラ石系か。メキラ鋼の鎧は白っぽい物質だったものだけども。
「メキラ石が変化したものですか?」
コナールさんがうむと頷く。
「魔鉱石化したものなのだが、これは少し変わっていてな。設置してしばらくすると、設置された物質と“合体”する」
合体? 化学変化的な?
「メキラ魔鉱が持つ魔素が、物体の方に流れ込むのだ。そうして物体はメキラ魔鉱の魔素の恩恵を受け、通常よりも頑丈になる。だから武具用の石として重宝されている」
防御力アップ系ってところか。
「ほぉ。
「ふっ。さすがに竜麟魔鉱ほどの効果は持たんがね」
なにその強そうな魔鉱石。絶対七竜の魔力の影響受けてる魔鉱石とかだろ。
「ということはメキラ魔鉱は兵士たちが使うのではないか?」
「その通りだ。先のセティシア戦からはこの石の注文が増えてな。とくにヒルヘッケン団長たちの葬式を経てからは爆発的に増えたよ。8割はメキラ魔鉱の注文だ」
8割もか。
「……ひとまず今うちで売れそうなのはこの辺りだが。どうかね?」
全部買うのは買うんだけど。気になるのは数値だ。
「ちょっと触ってみてもいいですか?」
少し間があったが、構わんよ、と承諾される。
「なにかめぼしい石はあったかね?」
「はい。一応全部購入しようかと」
コナールさんが眉をあげる。また少し間があり、インに彼はいくら持ってるのかね、と訊ねた。
インは「さあの。だが金に苦労してるとこは見たことがない」と答えた。コナールさんは軽く口をへの字にしつつ頷く。不服と言う感じではない。まあ、多少金がある風でも大金持ちには見えないかもしれない。
さて。手に持った状態でステータスに変化は起きるのかな。
ステータスウインドウを開く。紅玉髄を手に取ってみる。……お?
状態異常抵抗の項目に「陰鬱+60%」や「睡眠+50%」をはじめとする複数の項目が現れた。
お? 久々のアップデートだ! オール50%はミリュスベの腕輪の効果か。「陰鬱+60%」ってことは10%上がるらしい。火抵抗も10%増えている。
他の石も手に取ってみてみる。……
各種鉱石の効果をざっとまとめると以下のようらしい。
・紅玉髄 陰鬱+10%、火+10%
・光輪石 睡眠+10%、神聖+10%
・黒死石 毒+10%、呪術-5%
・星辰魔鉱 沈黙+10%
・メキラ魔鉱 土+5%
黒死石の呪術-5%には「げ」と思うが、俺にはミリュスベの腕輪もあるので問題ないだろう。
姉妹にはあまり持たせたくはないが……でも破邪のネックレスで相殺か。とはいえ毒攻撃はありふれてそうなので、絶対重宝するだろうしな。その時々で使えばいいか。
メキラ魔鉱は装備の方を硬くするらしいから防御力アップの表示はされないようだが、土魔法への抵抗も高めるようだ。もし防御力+10%とかだったらと期待してたんだが、そうした項目は出ていない。残念。
増えた項目は状態異常は毒、睡眠、麻痺、沈黙、氷結、陰鬱の6つ。
精神抵抗は呪術、誘惑、狂気、混乱の4つだった。
ちなみに称号はひどいことになっていた。
>称号「状態異常を学んだ」を獲得しました。
>称号「状態異常マニア」を獲得しました。
>称号「魔法の属性を学ぶ」を獲得しました。
>称号「健康な肉体と健全な精神」を獲得しました。
>称号「毒味役は任せておけ」を獲得しました。
>称号「眠らない精神」を獲得しました。
>称号「丸1日正座ができる」を獲得しました。
>称号「遮られない魔法」を獲得しました。
>称号「ほかほかの体」を獲得しました。
項目アップデートと数値達成が鍵になってるっぽいが……称号多すぎぃ!
そしてつっこみきれんわ。丸1日正座ってなんだよ。……麻痺抵抗か。実際にそういう効果があるのか、冗談文句なのか分からん。
『さすがにミリュスベの腕輪の効力には勝てんな』
……と、いつの間にか俺と同じように石を手にしていたインから念話。分かるらしい。
――そうだろうね。ミリュスベの腕輪クラスの装備がほいほいあったら大変だよ。
『ふっ。そうだの』
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