9-4 汚名返上の行路 (1) - 増えた巻物
どれどれとインが、机の上に整然と並べられた
「ほぉ。だいぶ増えたのう」
感心するインに続いて俺や姉妹も覗き込む。
前回は水魔法の列ばかりが長かったものだが、今回は火魔法と風魔法も同様に列が長い。その一方で土魔法は変わらず少ないらしく、たった2種類しかない。
増えた魔法の中にはクライシスと同名の魔法がいくつかあり、俺のテンションもにわかに上がる。
・火魔法 - 「
・水魔法 - 「
・土魔法 - 「
・風魔法 - 「
あるのが上記だが、新しい魔法の中では、《火の加護》と《疾風の狙撃》が同名でクライシス産と思しきものだ。
《風力場》もそうだが、こちらはハリィ君も使っていたので既に知っている。
クライシスの《ファイアー・エンチャント》は火属性を付与する火力補助の魔法で、《エアリアル》は攻撃速度と移動速度を上げる魔法だ。
どちらもゲーム内では上位互換が存在する魔法だが、廃装備――おおむね現在進行形でそのゲームにおける最高水準の装備という意味――でINT値やスキルレベルを上げた状態ならそこそこ有用になる魔法だ。もっとも、上位互換があるのに下位互換を使う用途としては、MPの温存、友人間のフレンドリーマッチくらいのものだったけれども。
《トライ・ソニックヒット》は矢を3本打ち込む射撃系の魔法スキルだ。フォレスターという魔法も使えるレンジャー系のスキルだ。
それにしても……改めて見ても結構な数が増えている。
ネリーミアは火魔法と風魔法が入荷したとは言っていたけども。
「というか、増えすぎじゃない?」
「まあ、ある分には問題なかろ」
「まあね」
なんにせよ昨日の精神操作された大失態で一念発起して、今日はすぐに魔法道具屋に来てよかったというものだ。
姉妹が興味津々に見ているので、使えそうなのあったら言ってね、と伝えておく。ヘルミラがはいと意気込んだ。
ディアラも返答したが、妹とは違って明らかに緊張した風だった。いきなり苦手分野に投資されたんだから仕方ないか。
さてさて。俺は改めてラインナップを見ていく。
《竈火》は《灯り》と同じでおそらく生活系だろう。竈にくべる火種としてちょうどいい塩梅にしてあるにちがいない。《火の加護》と一緒にこれは買いだな。
《火炎連弾》はインが使った火の玉を複数飛ばすやつだ。軍用で重宝してるとハリィ君が言ってたっけ。
《火剣作成》は火属性の剣でも作るんだろう。
でも俺には《魔力装》がある。使えないこともないんだろうが、姉妹用かな。
とくにディアラだ。槍がない時に短剣だけだと正直心もとなかったところだ。
《火箭作成》は名前的に火箭だろうが……
「《火箭作成》って矢を丸々つくるの?」
「いや? 矢に火を灯すだけだの。通常の火矢より多少消えにくい火にはなっておる。ま、初歩の魔法だの」
火を灯すだけか。なら微妙だなぁ。後方用としては有用なんだろうけど。
《炎師の鞭》は微妙に分からない。バルログズというくらいなのだから人の名前を冠しているように思えるけど、バルログズという魔物かなにかの固有名詞の可能性もある。
ウィップだし鞭系ではあるんだろう。火属性の鞭は新しい。長さ次第ではディアラが中距離戦闘も視野に入れられるんじゃないか?
水魔法は数こそ多いが、《水射:熱湯撃》が増えているのみだ。
これはベルガー伯爵の衛兵がやられていたかく乱系というか状態異常系のお湯の魔法だろう。
俺もお湯は出せるが、お湯の出る量や勢い、温度など、調整が済んでるのならそれに越したことはない。カップ麺、いや諸々の調理も楽だろう。
「《水射:熱湯撃》ってお湯が、いや。熱湯が出るんだよね?」
うむ、その通りだ、とイン。
「なかなか良い魔法のようでな。子供でも覚えられるほど難易度が低く、魔力の消費も少ない。後方にいる魔導兵が近寄られてしまった兵士をどうにかする時にも使うようだの」
子供か。痴漢撃退スプレーみたいなものか?
「ベルガー伯爵邸の衛兵がやられてたね」
「うむ。目は目のない奴は除くが、生き物全ての弱点だ。そこに熱湯を浴びせられたらたまったものではない」
粘膜に熱湯はな……。
「《水射》で出す熱湯とはまた違うの? 噴射の威力とかはどうにもできないかもしれないけど、似たようなことはできるように思うけど」
インは違うな、と軽く首を振った。
「《水射》で《水射:熱湯撃》と似たようなことをすると魔力消費が激しくてな。命中精度も悪いのだ。勢いも足りんくなるだろうな。お主のようなことはみな出来んよ。……そもそも《水射:熱湯撃》は《水射》の応用術式だ。本来生活魔法用途でしかなかった《水射》を戦闘向きに改良したものが《水射:熱湯撃》なのだ。自衛の術をあまり持たなかった水魔導士を救うためにの。目つぶしという同じ目的で扱うなら《水射:熱湯撃》の方が圧倒的に魔力効率が良いぞ」
なるほど。
「水属性の適性はそれほど高くはないが、2人にも覚えさせて損のない魔法だろうの」
「俺もそう思うよ」
インが腕を組んでうんうん頷く。
そういや《
「回復系ってないんだね」
「聖浄魔法や神聖魔法の巻物ならないぞ。七竜教会が巻物にするのを禁じておるからの」
ふうん。治療師ワードは聞いたことがあるけど。
「治療師って七竜教会所属の人?」
「ん? そうだが。治療の技は教会の収入源の一つだな」
なるほど。だから禁止してるわけね。
魔法のラインナップの確認に戻る。
《土壁》は防御にせよ、足場にせよ、色々と活用方法がありそうな魔法だ。ハリィ君が小さな竈を作っていたが、あれは応用術式だったっけ?
最後に風魔法。風魔法もまた火魔法並みに増えている。
《豆風射撃》ってなんだろう。風魔法に豆? ビーンショットって言うくらいだから豆粒みたいな風を飛ばす魔法か? 用途あるのか……?
風が銃弾レベルになるのかは疑問だが、俺が使うと鉄砲化できるだろうか。そしたら空気砲になる? あとの楽しみにとっておこう。
《強風:突風》は有用そうだ。ミノタウロスがしてきたような突風が出るなら厄介この上ない。上位魔法になんとかガストとか、ガスティなんとかとかありそうではある。
《風力場》は買うとして。《疾風の三撃》も買いだ。
……シムーンってなんだろうな。語感は綺麗だが聞いたことのない言葉だ。
「なあ。《毒の風》ってどんな魔法?」
「竜巻を生む魔法だの。砂漠地域にはシムーンと呼ばれる厄介な竜巻があってな。それをモチーフとした魔法だ」
ほほう。竜巻系か。しかも砂漠由来とは。
「シムーンはなかなか厄介な竜巻でな。熱風にくわえて高密度で、囚われたら中から抜け出すのは困難とされておる」
「熱風に高密度か……。砂漠の竜巻だしね」
「うむ。囚われた末、待っているのは窒息死だ。アペッシュはともかくラクダも持たん」
怖いな。日本じゃあまり竜巻の被害は聞いてなかったが、そうだよな、竜巻だし。
アペッシュが何か訪ねると、ムニーラ、つまり西の砂漠の民が騎乗生物としている足の長い亀のような古代生物らしい。
「《毒の風》は本来砂漠地域で本領を発揮する魔法だが、ここで売られているように砂漠以外の地域でも使えることは使えるのだ。なかなか強力な魔法だぞ? ダイチが使う際には周囲に気をつけねばならんな?」
そうだねと肩をすくめる。
本を閉じる物音と衣ずれの音が聞こえた。ネリーミアがイスから立ち上がったようだ。
読書は止めて、こっちにやってくるものらしい。
巻物に視線を戻す。あとは《悲願の翼》か。魔法というよりユニーク品のような名前だが。
「この《悲願の翼》ってどんな魔法? デザイア・オブ・デウカリオンってたいそうな名前だけど」
「分からん。聞いたこともない」
え。インも知らないの?
「知らないのも当然でしょうね。今朝方、
ネリーミアがやってきてそう解説する。
メガネは外したらしく、元々ヨーロッパ系にしては幼顔だったが、より少女味が増している。麻のワンピースにサンダルを引っかけただけのラフすぎていた前回と違って今回はコルセットと前掛けがしっかりあるので、町娘感が強くなっている。
ほうとインが感心した様子を見せた。インが知らないのは新しい魔法だからか。にしても、ハレルヤ君がか。
「ハレルヤ君、セティシアから帰ってきたの?」
「いえ。渡し忘れたからと。渡した後はまた戻ったようですよ」
ふうん。「
「このデウカリオンという名は120年ほど前にリエッタの地に生きていた人物のことです。魔法開発を得意としていた非翼人の鳥人族だったそうです」
と、ネリーミアによる解説。
前回は魔法が決まるまでずっと読書していたものだが、今回は違うようだ。
「当時この魔法は未完成のままデウカリオンは亡くなりましたが、術式は子供や弟子たちに受け継がれました。それでつい最近完成させたそうです」
「出来立てか。道理で知らんわけだな」
ネリーミアが頷く。そうして視線を逸らした。
「……本来は上級クラスの魔法なためうちでは置かないのですが……ハレルヤ様は試作品として売買する許可を取った上、中級魔法扱いでいいからと頼まれたので置いてます」
試作品。でもついに上級魔法か。
どういう魔法なのだ、とインが訊ねる。
「背中に魔力で翼を作り出し、飛翔する風魔法です」
おお? 空飛べるのか!!
「鳥人族が発案した飛翔系魔法か。興味深いの。……《
ネリーミアは「いえ、正直なところ」と言い淀んだ。
えぇ……。出来はいまいちらしい。デザイアーなんだけどなぁ……。
インがちらりと俺のことを見上げてくる。
「ま、試作ならダイチは良い人材になるであろ」
人材て。
「つまり、上手く飛べないってこと?」
「簡単に言えばそうですね。翼の維持に魔力がだいぶ取られてしまって飛行の操作が難しいそうです」
あ~翼か……。見栄えはよさそうだけど。仮に落ちても俺やインならなんとかなりそうだが、ちょっと怖いな。
ネリーミアが「やはり全部買うのですか?」と訊ねてくるので、だいたいね、と俺は頷いた。持ってないものは全部買う予定だ。
「今日は俺だけでなくて、2人やインのものも買う予定なんだ。在庫結構なくなると思うけど大丈夫?」
ネリーミアは「問題ありませんよ」と言ったあと、疲れたように小さく息を吐いた。
来た時からそうだったが……今日のネリーミアは少し元気がない。彼女とたいして付き合いがあるわけでもないのでなんとも言えないけど。
彼女は昨日、葬式にこっそり顔を出していた。ケプラ騎士団か西部駐屯地の兵士に身内や恋人でもいたのかもしれない。
――全部買うということで、ネリーミアからは各種魔法について軽く説明を受けることになった。
説明する時の彼女は事務的だが説明自体は丁寧で、とくに前回と変わらないように見えた。強い人だ。
新しい魔法の説明はだいたい想像した通りで、《毒の風》もインから説明を受けた通りの竜巻系の魔法だったが、鞭である以外はよく分からなかった《炎師の鞭》はというと。
《炎師の鞭》はかつてオルフェ軍の従軍魔導士として勇名を轟かせ、晩年は王都で教鞭を取ったバルログという魔導士の“教鞭”をモチーフとした魔法であるらしい。
彼は実際に火の鞭を使っていたわけではないが、火魔法の達人で、馬鞭で生徒たちを叱っていた逸話が伝わっていた。彼の授業には回毎に新しい魔法の学説を唱えられそうなほどいつも新しい発見があったそうで、魔導士間では今でも敬愛されている魔導士の1人であるとのこと。また、初めて聞いた魔法だが、使役魔法の《
ともかく、つまりこの《炎師の鞭》は「炎の鞭」が使えるようになる。長さや鞭の硬さは術者次第だが、10メートル以上伸ばした者もいたのだとか。
結構有能だと思う。ディアラにもいいサブウェポンになるんじゃないかと思った。
ちなみに《火炎連弾》や《土壁》、ハリィ君が使っていた《風力場》は在庫がなくなったがそのままにしていたそうで、ないらしい。
セティシアの襲撃を受けて攻略者たちや私兵を持つ貴族たちがこぞって購入したそうだ。残念だ。
やはりというかこの3つの魔法は軍用魔法として重宝している魔法で、昨日はケプラ騎士団が予約したのだとか。
「もしや今回魔法の巻物が大量に増えているのも軍備強化のため?」
「そうです。昨日ケプラにいらっしゃった
なんか悪いな……。
「在庫は大丈夫? さっきも言ったけど、俺たちが結構減らすと思うけど……」
「2つ3つなら問題ありません。置いてある魔法は《火炎連弾》や《風力場》ほど人気ではないですし、それにしばらくはただちに補充していただけるようなので」
アマリアとの戦闘準備もあるし、王の代理もきたしな。1週間したら俺たちは既に出発しているが、巻物はしばらく充実してそうだな。
ネリーミアは《火炎連弾》の巻物に置かれた、重しの綺麗に削られた小石を手に取って巻物を抜いた。
ネリーミアによって在庫のない《火炎連弾》、《土壁》、《風力場》の3つの巻物が机から持ち運び出されたあと、改めて俺たちは購入する巻物を選んでいった。
選び方は当初通り、俺は前回購入した巻物以外はすべて選択し、インは興味があるという《悲願の翼》、姉妹はそれぞれ使えそうな魔法をインとネリーミアから助言をもらいつつチョイスした。
魔法の才能豊かなヘルミラには上級魔法の《悲願の翼》以外の魔法を選び。
ヘルミラほど才のないディアラには火属性に適性があることを踏まえて火魔法をすべてと、《岩槍》や《風刃》などの今後の彼女の戦いの役に立ち、かつ扱いやすい魔法と、《凍結》や《水の防壁》などの利便性の高い魔法も選んだ。
>称号「夢は大魔導士」を獲得しました。
>称号「魔法の巻物は部屋に並べて飾る」を獲得しました。
飾らんわっ。
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