9-5 汚名返上の行路 (2) - ネリーミアとティアン・メグリンド
購入する巻物を選んだあとは例によって「審査」を受けることになった。
俺自身はギルドの預金証明書を見せて済んだのだが、インにはその手のものを持たせていなかったし、姉妹も同様だ。身内だとしてもその辺はしっかり審査するらしい。
――インの手とネリーミアの手の間に淡い白い光が発生した。
光は落ち着いた心臓の鼓動のように穏やかに明滅しだした。
そういやこの審査、どういう仕組みなんだろうな。以前俺が受けた時には“自分よりもレベルが高い”と言われただけだったが。
光を受け、ネリーミアの目の青色が浮き上がるかのように色味を増した。
以前は何とも思わなかったが……少し緑がかった青だ。
魔導士の瞳は髪の色と同じように魔力の属性の色に傾くことがある。
ネリーミアは水魔導士だ。濃紺の髪も、今のターコイズブルー味のある青の瞳も水属性由来なのだろう。姉妹は属性魔法を極めると変化することがあると言っていた。使う魔法によって色合いに程度があるなら、風魔法も得意だったりするのかもしれない。
やがてネリーミアは眉をひそめた。
「あなたもやはり私よりレベルが高いのですね」
あなた“も”と含みを持たせてインにそう言うと、当然であろ、といつもの不遜だがまったく悪意のない調子でイン。インにこの手の嫌味は通じないよ。
光が消え、ネリーミアの目の色も落ち着いていく。
ネリーミアは明らかに不機嫌になった顔つきのまましばらくインを見つめていたが、そのうちに視線を外し、「なぜセティシアに」とつぶやいた。セティシア?
インが「セティシア?」と言葉の真意を訊ねたが、何でもありません、気にしないでください、とネリーミアは視線を外したままに口早に流した。
理知的な彼女にしては意外というか、少し突き放す物言いだった。
メガネを外していることもあり子供っぽい言動にも見える。インは首を傾げたが、彼女の言葉の通り追及はしなかった。
この短いやり取りでなにか浮かないものが心中に浮かび上がったらしいのは察して余りあったが……。
セティシアという言葉も出たことだ。死んだ彼女の身内や恋人かなにかのために湧き出した激情を、静かにこらえているようにも見えなくはない。
ネリーミアはインに「なぜセティシアに行かなかったのか?」と言おうとしたのだろう。もし彼女が先の戦いで大事な人を失っているのなら、これは「なぜ戦いに加わらなかったのか」の意味にも取れる。
彼女の願いももっともだが……俺たちにとっては理不尽な怒りでもある。
なぜなら、セティシア襲撃の報を受けて俺たちがケプラに戻った頃には既に団長の生首が送られてきていたからだ。時間的に無理だ。
ただ、確かに、……巡り合わせは悪かったと言える。
団長は警戒戦の途中でセティシアの警戒地の担当になった。それが団長の運命の分かれ道になった。
インや俺がセティシア側にいれば確実に団長が死ぬことはなかっただろう。ポーションでの存命含め、俺は知り合いが死ぬことは出来る限り避けただろうから。ただ、その時はフィッタはどうなっていたかは分からないのだが……。
詰め所でのネリーミアの様子は敗戦した戦いに身を投じてきた者として立派だった。
誰かの返り血を浴びた装備に身を包み、いるだけで戦場の酷薄な一幕を思い知らされる格好をしていながらも、詰め所での彼女は落ち延びる直線までの戦場の様子をつまびらかに語り、そして声を荒げず、今後の対策をアバンストさんたちと話し合う気丈さをも合わせ持っていた。
あまり正確には覚えてないのだが……団員のトストンも報告はしたが、ネリーミアほど有益な情報をくれはしなかった。
アルバンは――“脅した”俺のせいもあるだろうが――完全に意気消沈してしまっていて、ときどき身内のことでびくりと身を震わせたり、声を荒げるばかりで、頼りにならなかったように思う。ネリーミアの私情を挟まない客観的な報告が、今後の作戦を立てる上で要になったことは言うまでもないだろう。
審査側が喋らないし、インも黙り、俺も心境を察してかける言葉を失ったためしばらく何とも言えない間があったが、ネリーミアはやがて肩で息をついた。
「ダークエルフのお二人も見ましょう」
感情は暴発しなかったらしい。立派だが……彼女はこうしていつも孤独に怒りをこらえてきたのだろうかという同情の心境にもなる。
「レベルが上がりにくいことにでも悩んでおるのか?」
そんなところにインがよく分からない質問をした。レベル?
「レベルは確かに上がりにくいですが……。私は水魔導士ですし」
「うむ。水魔導士はレベルが上がりにくいからの」
突然の話題にインに怪訝な顔を向けたままに、ネリーミアはええ、と同意した。そうなのか。
ネリーミアの情報ウインドウを出す。レベルは38だ。おそらく変わっていない。
「砂漠地方には行ってみたか?」
「昔行きましたよ。近年は行ってませんが」
ネリーミアはそんなことはわかってるとでも言いたげに即答した。
「そうか。また行くのもよかろ。干からびた皮膚を持っているものや、岩石の類を身にまとっている魔物と戦うとよいぞ」
魔物。レベル上げ目的ならそうだろうけど。
「奴らは水魔法をくらうと体重が一気に増し、勢いを失うからの。あとは《
体重ね。火の剣があるなら水の剣もあるか。
「有名な水魔導士のレベル上げ方法ですね。もちろん行いましたよ。……これでも私は以前は
副官ならウルスラさんの前任ってことになるか? 結構レベル差があるが……。
「そうだったの。なら知っておって当然だな」
インがやけに磊落な笑みをこぼした。ネリーミアもやや小馬鹿にした風だが微笑した。
インなりに元気づけようとしたのか? 問題はレベルではないと思うけど。
「では。そちらの方、手を」
緊張しているのか、ディアラはおずおずと手を差し出す。
――やがて2人の手の中で発光し、光は“青白く”なった。
お? インの時は白い光だったけど。
「あなたは“普通”なのですね。安心しましたよ」
「は、はい」
普通。自分よりレベルが低いと青くなるのか?
それにしてもネリーミアにさきほど垣間見えた思い詰めたものが薄まっていることに気付く。多少皮肉っぽいが、なにか憑き物が軽く落ちた感じだ。
意外にもインのレベルの話題はいくらか効果があったらしい。
インに乗じて少し乗ってみるかと思い、「ディアラが普通って俺やインが普通じゃないみたいだね」と軽口を飛ばしてみると、ネリーミアは「いまさらですか?」と偏屈な顔を向けてくる。いまさら?
「私も10年以上戦いの中に身を置いてきましたが、人からあれほど強大な殺意を受けたのは初めての経験でしたよ」
詰め所でのことか……。
「一応言っておきますが。《
ネリーミアはそう言ったあと、やれやれとばかりに軽く首を振った。
クヴァルツにもそんなこと言われたな……。ディアラがなんとも言えない顔を向けていた。
軽口から一転、何も返せずにいると、
「あの殺意に屈したとしても別に恥じることではないぞ。なにせ……まあ、あの《魔力弾》も殺意もお主に向けられたものではなく、セティシアを襲撃し、騎士団の団長を亡き者にしたアマリアの奴らに向けられたものだからの。安心せい」
と、自慢げにインが解説した。
「のうダイチ?」
「まあ……そうなんだけどさ」
堂々と解説されると恥ずかしくもなるからやめてよ。
「奴とダイチは交友を温めておった途中でな。友人知人が死ぬのにも慣れておらん。憤怒するのも当然だったわけだの」
慣れるもんかね……。
ネリーミアは、そうでしたか、とアゴを動かして納得した様子を見せた。
そうして詰め所での話はもう続けないようで、「ではそちらの従者の方、手を出してください」と、彼女はヘルミラに審査を促した。
結構すんなり納得したな。理系には稀に竹を割ったような人がいるけど。
詰め所での俺の痴態をこれ以上掘り下げないことには安堵したが、ネリーミアが口元を緩めていることに気付く。
思わずまじまじと見てしまったが、理系的で仏頂面を隠さない彼女からは遠いものだと感じていた、穏やかな人情味の感じられる「普通の」微笑だった。
彼女のらしくない笑みが、インの発言に由来するものだろうとは察しがついた。彼女のセティシア軍への静かな怒りは今ばかりは解消されたらしい。
ヨシュカといい、ネリーミアといい。復讐に対する考えが覆されそうだ。
英雄は死体と血の上に立っているなんて類の台詞をなにかで見たがまさにそうなんだろう。
さしずめ無辜の民の代わりに復讐を果たしたってところか。そうなると、ホイツフェラー氏に英雄殿と呼ばれたものだが、別に間違ってないことになる。
だが……死体と血の上に立っていることが名誉になるわけもない。
いくら賞賛されても、俺が人を殺した事実は変わらない。俺がこの世界に元々いたのならきっとこの感性は持たなかったのだろう。
――ネリーミアが大量に購入した巻物を手際よく巻いていき、ディアラのリュックに詰めていく。巻物は人数分に分けて巻かれ、麻糸で結ばれる。
ネリーミアの慣れた手つきをぼんやり見ていて、ふと彼女が惜しんだ人は誰なのだろうと考えが及ぶ。
恋人なら彼女と似た人か全く違うタイプか。浮かんだベンツェさんとネリーミアの組み合わせはあまりピンとはこないが、悪くはない。
◇
「――ティアン・メグリンドですか? さあ……私には聞き覚えのない名前ですが。どのような方ですか?」
「錬金術師の女性ということだけしか分からなくて。錬金術の腕は確かだと思う」
「そうですか」
魔法道具屋の玄関口に立ったまま、ネリーミアはいったん俺から視線を外し、一考する素振りを見せた。
3人は玄関を出た少し離れた場所にいる。ネリーミアに俺を創造した例の錬金術師のことを訊ねてみることを言うと、インは姉妹の背中を押していったのだった。
「それだけの情報だと何とも言えませんが……錬金術師がどこにも所属しないのは少々考えにくい話です」
「そうなの?」
ネリーミアは顔をあげて、はいと頷いた。
「錬金術師は生計を立てるため、魔道具に必要な素材を集める必要があります。各地の店で素材を買い叩くのも方法の内ですが、腕が確かなら作成する魔道具もそれなりのものになるでしょう。そうなると素材は市場に出回らず、品薄の一品も多くなります」
俺はなるほどと頷く。
「高名な錬金術師が腕の立つ魔導士であることはままありますが……1人で魔物を倒してまわり、品薄の素材を調達してまわるのは少々、……いえ、だいぶ非現実的な話です」
クライシスだとソロの生活系ユーザーはいくらでもいたもんだけど、実際は厳しいだろうな。
「つまり……ギルドに所属していると?」
「ええ。それなりの魔物の絡む素材の調達は複数人で行くのが一般的です。ケプラのギルドには私の知る限りでは錬金術師向けの組合が2つあります。聞いてみるといいかと」
帰りにでも寄るか。
「……ところで。1つ私の考えを述べたいのですが」
気付けばネリーミアはむすっとしている。彼女のお馴染みの表情というには険しめだった。ん?
「さきほどは1人で魔物を倒してまわるのは非現実的だと言いましたが」
「うん」
「これはあくまでもレベル30を超えないほどの錬金術師の話です。あなたは……かのウラスロー伯に殺意だけで弓を握らせました。ワリド団長との手合わせでも剣が一度も入ることなく勝ったとも聞いてます。……そのような実力者が探している人が、およそ一般的な錬金術師であるわけはないと私は推測してみますよ」
自分のことながら全くそのとおりだと思った。傍から見れば、まあそうだ。
傍から見なくても、俺を創造したティアン・メグリンドは明らかに普通の錬金術師ではない。七竜を倒せる存在を創造する人物がまともな人物であるわけがない。常軌を逸し、世間の常識から逸脱しているのが道理だ。
ネリーミアは物言いたげに眉をあげて「そうでしょう?」と同意を求めてくるように見てくるので、俺は「うん、まあ……」と肯定せざるを得なかった。
ネリーミアの鋭い知性と考察を目の当たりにしながら、俺の中の避けては通れない問題でありながらなかなか前進していなかった問題の1つが持ち上がる。
ホムンクルスについてだ。
ネリーミアは「市井で初めての」相談相手として悪くない気がしたのだった。
彼女はきっと口も堅いだろう。何も根拠がないと言われるとそうなのだが……彼女と雰囲気が似ている小林君も口が堅かった。俺と小林君は相性は良い。
博識であるのもいい。すべてを打ち明けるのはさすがに無理だが、俺の探し人という線からホムンクルスのことを聞き出してみるのは話の流れとして悪くない。
「……俺もそう思うよ。具体的な強さは分からないんだけど。……ネリーミアはホムンクルスに詳しい? ホムンクルス兵でもいいよ」
「多少なら知識があります」
俺はネリーミアの反応を少しうかがってみたが、彼女はむすっとした顔にいくらかの真剣味を帯びさせて、次なる俺の言葉を従順に待った。
とりもなおさず俺からすればホムンクルスは重要かつ今となっては警戒もしてしまうワードだが、馴染みのある一単語を聞いたにすぎない様子のネリーミアの反応には少し安堵する。ここでなにか過剰な反応があったら話が始まらない。
「探している彼女はホムンクルスのことに詳しい人だと踏んでいて」
断定はしない。
「ホムンクルスに詳しい錬金術師で女性、あと相当の実力者ですか……」
ネリーミアは腕を下から軽く組んで視線を落とし、考える様子を見せた。まあ、実力はありそうだけど。
「詳しいというのは研究者レベルですか?」
「いや。それも分からないんだ」
「そうですか」
研究者か。まあでも研究者だろうな。にわかの人がホムンクルス、それも七竜を倒せる存在を造れるわけもない。転生のこともあるしな。……そうか、転生のこともあるんだった。もはやその辺の人に聞くのは無駄足かもしれない。
「……あと、料理が趣味かな」
ついでに思い出したので、一応料理のことについても触れる。
料理? 真面目な話ですよね? とネリーミアが聞き返した。
意外なことを聞いたというより、そんなことを新たな情報にするのかという嫌味の感じだ。
「真面目な話だよ。あんまり情報がないんだ」
情報がないのは事実だ。
いかにもな風を装って肩をすくめ、首を振ってみせると、やがて彼女の視線は再び思考の池に落ちたようだった。
少し間があり、料理の方は分からないと前置きした上で「ティアン・メグリンドという名前が偽名なら何人か候補はいます」と、彼女は続ける。
俺は確かに偽名の可能性もあるかとそんなことも考えつかなかった自分に落胆する気分にも半ばなりつつ、ぜひ教えてほしいと頼んだ。
「1人は魔導賢人のウルスラ様です。副官ですがレベル60以上の魔導士ですし、錬金術にも詳しいです。実力ではあなたの探している人に一番ふさわしい人でしょう。……まあ、個人的には。偽名を使ってまで裏であれこれやるような人にはあまり思えませんが」
ウルスラさんか。可能性はないわけではないだろうけど。……ちょっと美人すぎる気がするな。
彼女は化粧もしていたし、アクセサリーもたくさんつけていた。ただ、あの狭い山小屋の中にはそんな女性的な華美な要素はたいしてなかった。
もちろんあえて「表の顔」では飾り立てている可能性もあるが……。ウルスラさんにはそんなしたたかさを持ち合わせていてもおかしくなさそうな雰囲気はあるにはあったし。
「俺もウルスラさんは違う気がするな。あくまでも気がする、だけど」
ネリーミアが同意するようにええ、と小さく頷く。
でも、かつて一緒に戦っていた人が違うだろうと言うなら信用度は高いだろう。
「次の人は?」
「アマリア領の西の外れに<ラーカ・ダム>という集落があります。ここには兵役を終えたり、主人を失うなどして役目を終えたホムンクルスが集まって暮らしています」
グラナンたちが話してたやつか。
だが、アマリアか。正直あまり行きたい国ではない。
「この集落――研究所でもありますが――をピウスツキというアマリアにおけるホムンクルス研究の第一人者の方が管理しているのですが、彼の助手の1人が、かつて<黎明の七騎士>に所属していた女魔導士であると同時に優れた錬金術師です。ウルスラ様ほどの実力は持たないでしょうが、彼女はレベル50前後と目されています」
ピウスツキ。ロシア語っぽいな。
話を聞いたあの時は、まだアマリアとの戦争が始まってはいなかった。外れにあるようだし、行く手はなにかしらあるかもしれないけど。
女魔導士の名前を聞くと、ルッツァ・シラードというらしい。いまいち覚えにくい名前だ。
ネリーミアはさらにもう2人教えてくれた。
1人は、錬金術の大家であるデュパロンナ家当主のベルトラダ。
もう1人もまた優れた錬金術で名の売れている家、ヒュットフォルケ家の娘のレイジルだった。どちらもオルフェの名家だ。
ベルトラダは魔導士としてはレベル30程度だが、錬金術の素材を売買する最大手の商会を持ち、錬金術や素材に関して知らぬことなどないと言われているらしい。また、デュパロンナ家は七星の
レイジルは今でもホムンクルス製造に携わっている人で、オルフェのとある場所――詳細な場所は国家機密の情報なので教えられないとのこと――にあるホムンクルス研究施設のプロジェクトリーダーの1人であるとのこと。こちらも戦闘能力はそこそこだけどというタイプらしい。ちなみに狂人らしい。
彼らはみな、ホムンクルス兵製造に携わっている人々だ。ネリーミアもまた研究員として、ホムンクルスの研究施設には所属していたことがあったそうだ。
アマリアだけでなくオルフェ軍にもしっかりホムンクルス兵がいて、施設まである事実ににわかに驚いたが、どうであれ、ネリーミアという人選はだいぶよかったらしい。
ネリーミアが、挙げた人の中にいそうですか、と質問してくる。
ただ……名前を挙げられた彼女たちは「違う」気はする。
「正直に言うと……可能性はあるけど、どの人も違う気はするよ」
「そうですか。では、ダイチさんはどのような方を想像していますか?」
俺は候補を聞くに辺り、俺が生まれた家である山小屋を思い出していた。
外見はボロ小屋と言っても差し支えないあの小屋の中にはなぜか一張羅の高そうなドレスこそあれど、家財は古めかしいものばかりだった。
本や武器の類はあり、俺を収容していた設備含め、多少の金があることは察せられるが周囲に隣家は一切なく。家主は人嫌いと言えそうなほどには慎ましい生活の風景が小屋の中にはあった。衣類は男ものも女ものもあったし、誰か同棲していたのかもしれないが、料理の本もあり、自炊もしていた。
あそこにはネリーミアが挙げた人たち――華々しい経歴を持つであろう名家の人たちは暮らせないのではないかという疑惑は強い。
研究者気質の人は問題ないかもしれないし、中で行っていた錬金術の内容が内容なのでああいう立地と内装事情になるのかもしれないが……。
「世捨て人みたいな人かな。それか、研究のために慎ましい生活をできる人とか。探求心旺盛の人」
それと
なるほど、とネリーミアは頷く。しばらく彼女は考えていたが、たいした時間も経たたないまま「レイジルさんは近いと思いますが」と言いつつ顔を上げた。
「料理で躓きます。良家のご令嬢で料理ができるとなるとなかなかいないでしょう。みな、食事は使用人任せですから」
確かに。趣味でやってる夫人もいそうだけど、研究者でとなると微妙だなぁ……。
「私の知り合いには該当する人はいないように思いますが、確かにそういう人の可能性もありそうです。魔導士や錬金術師には厭世家気質の方もいますから」
いるだろうな。むしろ、そっちの方が多い可能性まである。
ちなみに聞いてみたが、レイジル嬢が狂人なのは耐久実験のためとはいえ、ホムンクルスを痛めつけることに容赦がなく喜々として行っていたことかららしい。
いやはや……お近づきになりたくはない。そんな人が単独で俺を生む「親」にはならないだろう。あの小屋の主にしては内装がおとなしすぎる。だいたい“成果物”を見ずに姿をくらますのは狂人の好奇心としてどうなのか。
ふとインたちが目に入る。インは家屋に寄りかかっていた。
……そろそろ引き上げるか。インも退屈してるようだし。次は宝石屋だ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。有益な情報ありがとう。参考になったよ」
ネリーミアはいえ、と言葉少なに頷いた。
俺は背を向けたが「あの」と呼び止められる。ん?
「……その腕輪ですが」
ネリーミアの視線のままに腕輪に視線を向ける。
ミリュスベの腕輪? ……ああ、高価な代物ってバレた? いや、金でどうにかならないかもしれないけど。
ネリーミアはなにかを言いかけて口を開けたが閉じた。が、すぐに再び開いた。なんか、珍しく動揺している風だ。高価すぎるか?
「素晴らしい腕輪ですね」
素晴らしい? 素晴らしくはあるだろうな。効果も実際に素晴らしい。
ネリーミアが興味深げに腕輪をじっと見ていたので、手を軽く差し出す。
「よかったら見る?」
「……よろしいのですか?」
ネリーミアが意外そうな顔で見てくる。
「うん、どうぞ。情報くれたしね」
「……ありがとうございます」
ネリーミアは腕輪を観察しだした。とくに腕輪の裏側に刻まれている言語が気になるようだった。
研究者らしいというか、実に真剣な顔だったので、言葉をかけるタイミングを忘れてしまった。
彼女はやがて腕輪から顔を引いた。
「……私の生涯でこれほどのものを見る機会はもうないかもしれません」
「そこまで??」
「ええ」
大言壮語しつつも、ネリーミアの驚きようは静かなものだった。いつ驚いたのかも分からなかったし、声すらあげてない。
そうしてネリーミアは唐突に《
「インが使えるけど……」
「そうですか。……ならこの腕輪にもかけるのをお勧めします」
そこまで?(2回目) というか腕輪にもかけれるのか? てか、なんで?
「理由を聞いても?」
「……この腕輪はおそらく……
アーティファクト……まあ、ネロがくれたしな。
「賊が目をつける?」
「……はい。あなたなら賊の撃退も容易いでしょうが……あのダークエルフのお二人もいることですし」
まあ、確かにな。
「それに余計なお世話かもしれませんが……貴族や良家の方々に目をつけられた場合、たとえ武力でどうにかしても後々面倒なことになりかねません。権力に逆らってなすすべなくすべてを失った人は私はこれまでに何人も見てきました」
そうだろうな……。
「分かった。インに伝えておくよ。重ね重ねありがとう」
ネリーミアは言葉少なに、いえ、とだけ返した。
なんだかずいぶん静かになってしまったようだが、腕輪の価値が計り知れるところでもある。先に足を運んでおいてよかったものだ。行く先々で騒動になったのではたまったものではない。
俺は腕輪をちらりと見た。いったいいくらするんだろうな、これ。所持金4兆とかあっていまさらだけどさ。
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