9-3 計画の手順と血盟団


 てか、ディアラがなんで近くにいたんだ? いつもイスに座って待ってるのに。


「寝てるときディアラ傍にいたの? 珍しいね?」

「うなされてるようでしたので……乱れていたベッドを直そうかと」


 なるほど。甲斐甲斐しい。


「それで近くに寄っていたら……俺が抱き着いてきた、と」


 ディアラが再び目を伏せて恥ずかしそうに、はいと同意する。耳も少し垂れた。

 夢の中で剣でも振っとったんじゃないかと、インが冷笑した。そのままイスから立ち上がり、俺の方にやってくる。


「苦しそうにしておれば悪い夢を見、なにやら寝言を言っておれば夢の中でよう喋っとったりするもんだしの」

「まあね」


 剣か。


 ……ホイツフェラー氏は<ドゥームズデイ・ルーター>振ってたな。ベルガー伯爵邸の時のように野獣の動きのようでいて、しっかり相手の動きを回避したり防御したりしていた。

 ベイアーも剣を振っていた。俺は、……あ。


「……分かった気がする」

「何がだ?」

「俺の寝起きの行動について」


 インが鼻で笑った。


「何をそんな見た夢について真面目に考えとるんだ? 夢など夢にしかすぎんし、お主が考えねばならんことは他にも色々とあるんだろうに。のう?」


 声高にそう言い、インは姉妹に同意を求めた。苦笑する姉妹。


 まあ、そうなんだけどさ、と内心で思いつつ俺は肩をすくめた。

 居合の構えを取って、それがたまたま傍にいたディアラを引き寄せる行動になったんじゃないかとか確かにどうでもいい推察ではある。夢は夢でしかない。


「今日は魔法道具屋と宝石屋に行くのであろ?」


 昨夜俺が言ったのをちゃんと覚えていてくれたようだ。


「まあね」


 マップを出して縮小する。

 魔法道具屋は南東の地区にある。宝石店はマップにはまだ表示されていないが、地図によれば南門の近く、南門厩舎の向かいにあったはずだ。


 北西にある緑色のマークに目が行く。アレクサンドラは詰め所らしい。

 あとはアレクサンドラに会いたかったりするが、会っても“その後”はどうだろうな。


「行くよ。――俺たちの魔法と装備の強化にね」


 姉妹の方を向いてそう言うと、「私たちに魔法は……よろしいのですか?」とヘルミラ。2人ともうかがうような様子だ。よろしいよろしい。

 想定していた挙動だ。巻物は消耗品だし、習得したからと言って使いこなせるとも限らない。


 当初の目的は俺の精神抵抗の補強と2人の強化だったが、旅は野宿もある。


「長い旅になるからね。準備は万端にしておかないと。野宿中には賊や魔物も出るだろうし。俺も夜は動けないし……使える魔法のバリエーションを増やしてくれると俺も安心だよ。ディアラもね」

「私もですか?」

「もちろん。――イン、ディアラは魔法が全くダメってわけじゃないんでしょ?」


 うむ、とインは同意する。そして、ディアラの元にいって横腹に軽く手を添えた。


「……ヘルミラほどではないが、《灯りトーチ》や《水射ウォーター》ばかり使わせておくのはちともったいない才だの。少し修練が必要だろうが、もう少し良い魔法、中級魔法までは使えるはずだぞ。魔法の練度も使っていくうちに上がるであろ」


 インのディアラ評に満足する。魔法を全く使えないジョーラのような人もいるならとは常々考えていた。


「先生も似たようなことを仰ってました」


 ヘルミラが目を輝かせていた。先生の名前なんだっけな。


「ほう。なかなかいい師だの」


 ディアラがちょっと自信なさげだが、「が、頑張ります」とインに宣言する。

 ヘルミラに「ディアラにコツとか教えてあげてね」と言うと、分かりました、とこちらも意気込まれる。


 ふむ。ディアラはともかくとして。ヘルミラの魔法の才能はどこまで行くだろう?

 インに聞こうかと思ったが、やめておいた。限界を知ることは必ずしも良い影響を与えるわけじゃないしな。俺自身がヘルミラの成長を楽しみにしているのももちろんある。


 ・


 金櫛荘の食堂で朝食を食べている間、俺は食事にがっつくインから、昨夜聞けなかった俺が精神操作されたあらましを念話で解説してもらった。


 おおまかな流れはこうだった。


 1.例の女傭兵が解析魔法の《粘気ギャザリング》により俺の魔力を少量入手する。

 2.俺の魔力を分析後、女傭兵が俺と女傭兵との間で疑似契約(契約魔法)を結ぶ。

 3.女傭兵が《粘気》で抽出した魔力を俺に戻す。

 4.次いで《睡眠スリープ》と《平和:意志操作シーズ・ヴォリション》の術式を込めた「魔力種スペルシード」を作成する。

 5.ホッジャ氏により、魔力種を俺に植えつける。

 6.植えつけた魔力種がやがて発動し、俺は眠くなると同時に、俺を精神操作するための術式も発動する。

 7.起きた頃には疑似契約含めた精神操作をするための術式が俺の体にしっかり行き渡り、俺は女傭兵に盲目的に従うようになる。


 このあと俺は、金櫛荘前で待機していたなめし皮の卸し人に扮した仲間の男――テュポーンに食われた男だ――によりケプラから連れ出され、<ヤジルタの森>まで行った、とのことらしい。


『<魔力種>は魔法や魔道具の開発でよく用いられる技術だの。術式を込める土台のようなものだな。魔道具はもちろん、結界魔法や儀式魔法、魔法罠などでもよく使うぞ。媒介にな。――ほう。甘い。なかなか美味いの。――ん、<魔力種>の作成はそこまで難しくないぞ。ただ、高度な魔道具の作成の際にはそれなりの魔力操作の技量を持った魔導士が必要になるな。……奴の精神操作の術は優れたものだった。特定の誰かを遠隔で操るというのはそう容易く出来ることではない。ミージュリア人の生き残りが集まっておったようだし、奴もまた優れた魔法研究の魔導士であったと同時に、使役魔法や魔力操作に長けたミージュリア人らしい魔導士であったのだろうの』


 黄金トーストの感想が漏れながらの解説を受けつつ、気になってくるのは俺がいつ魔力を抽出されたのかということだった。


『実のところ、私もそれは気付かんかった。<魔力種>の方は気付いたのだがの。……おそらくだが。あの騒ぎに乗じたのではないか?』


 聞けばあの騒ぎとは、会合のために集結する七星・七影目的に市民が集まってきた例のお祭り騒ぎのことらしい。

 確かにあの喧騒の規模は凄まじく、人だかりの周辺では見知らぬ誰かの体がよく当たっていたものだ。スリもし放題だろうし、魔力をちょっといただくのもわけなかったのだろう。


 ――じゃあ、機は熟してたってことか。


『奴らにとっては降って湧いた格好のタイミングだったろうの。祭りは人の子を喜ばせ、新たな絆も生むが、古来から事件の起こる場でもある。みな気が緩むからの。祭りの数だけ謀略の類は進むと言ってもよい。……ま、相手が八竜とあっては何も意味はなさぬのだが。そこだけは不運だったな』


 計画も綿密で、気も熟してた、か。

 仕掛け側にしてみれば結局どうしようもなかったらしいが、……それはそれとして俺自身の気の緩みは否定できない。こんなことを想定しろってのも無茶な話ではあるのだが……。


 指をなめていたインがトーストに視線を落とした。2皿目の黄金トーストは残り半分だ。

 俺もまだ手を付けてなかった黄金トーストをかじった。


 トッピングにはバナーヌと、グーズベリーというベリー科のジャムだ。

 グーズベリーは初めて食べたが、イチゴに似たほのかな酸味が快くて美味い。本来はもっと酸味が強いらしい。ベリー系は俺は普通に好きだ。


 インも俺と同じものを注文し、姉妹はバナーヌにくわえてプラムのジャムを乗せている。

 今はお試し期間らしく、3割引で出していたのだが、考案者であるということで俺たちの黄金トースト代は無料になっている。


 他の八竜に俺がされた精神操作が効くのかと訊ねると、効かないらしかった。効くわけなかろう、と一蹴された。

 クライシスでの銀竜ないし100竜たちにも状態異常の類はほとんど効かなかった。他のゲームでもボスに状態異常が効くことはそうそうなかったものだ。でもそこまで忠実に再現しているものだろうか? そもそも俺にだけ見える各種ウインドウ以外だとゲーム感はまったくないからな。


「ご主人様」

「ん?」

「これ、とても美味しいですっ」


 そう言ってディアラが満面の笑みで黄金トーストを賞賛した。ヘルミラも続いて「私も美味しいです」と姉よりも品のある微笑を見せてくる。

 2人は黄金トーストを食べるのはインとは違って二度目になるが、乗っているものは違う。あの時はチーズとエリドンが乗っていた。


「それはよかったよ」


 黄金トースト自体は俺が考案した料理ではないのだが、思わず笑みがこぼれた。

 レシピを提供したにすぎないが、料理を振舞う者の喜びと似たものを実感する。


 少しインと念話しすぎていたかもしれないと思う。結構黙ってたし。

 旅路で作ろうかと2人に提案してみると、作れるのですかとヘルミラ。


「作れる作れる。基本は甘くした溶き卵にパンを浸して焼くだけだし、そんなに難しい料理じゃないからね。君たちも作れるようになるよ」


 それなら簡単そうです、と頷きながらヘルミラ。ディアラは頑張りますと小さくアイドルポーズを見せた。


 旅路の間の料理も考えなきゃな。料理のラインナップがマンネリ化しそうなだけに、トッピングでその辺ごまかせる黄金トーストは優秀な料理になりそうだ。

 市場では調味料の類をごっそり買うべきだろう。料理は調味料が命だ。



 ◇



 朝食のあとは歯みがきや着替えを済ませ、予定通り俺たちはまずはネリーミアの魔法道具店に向かった。


 金櫛荘の付近の通りは静かなものだったが、店を出す一等地であるウルナイ像が迫ってくると人通りが増え、騒がしくなってくる。


「鍬に鋤、熊手に、麦わら帽子! ならず者撃退用の斧や剣もあるよ~! ほら! ケプラの経済を潤す農夫の奴らは見た見た! お、そこの英雄の毛がある旦那! 見ておいきよ!」


 英雄の毛。


「この剣ってどこのだ? まさか普段農具作ってる奴に作らせたんじゃないだろうな?」

「言いがかりはよしとくれ! そんな馬鹿なことするわけないだろう? こいつは正真正銘アマリンの武具屋から卸したもんさね」

「証書は?」

「はぁ。疑り深い英雄殿だね。――ほら、ここにあるだろ」

「……なら安心だな」


 店主と出し物の小皿について話す客。紐でがちがちに縛ったリュックを背負い、腹には酒瓶の入った木箱を抱えて主人を待っている風の貧相な恰好の従僕。ベンチで難しい顔で話し込んでいる傭兵風の男たち。


 昨日の人だかりというほどではないいつものケプラの姿に内心で俺は安堵した。このレベルなら「遅れ」を取ることはない。

 街中で魔力をかすめとられたことが精神操作の発端とか言われたら警戒するなという方が難しい。ミリュスベの腕輪をしている今の俺はそう簡単に洗脳されることはないとは思うのだけども。


 気持ちいつもよりも通行人から距離を取ってウルナイ像を通り過ぎた頃、ふと疑問。


「そういや、ディアラとヘルミラの魔法適性って何の属性があるの?」

「2人とも火属性と幻影属性に適性があるぞ」


 ああ、幻影魔法。


「ダークエルフってみんなその2つに適性が?」


 インは姉妹を見ながら、「少なくとも幻影属性はそうであろうの」と答えた。


「火属性は人によるかと思いますが、幻影属性はダークエルフにみんな適性がありますね。火属性の方は私たちはお母さんが火魔法が得意だったので、その影響だと思います」


 遺伝か。


「犯人はあいつじゃないか?」

「いや。あそこまで間抜け面はしてない」

「あんな馬鹿なことをしでかす奴だ、間抜け面してても俺はおかしくは思わんが」


 聞こえてきた声音は真剣そのものだ。不穏めな横からの会話についちらりと見ると、傭兵か攻略者かといった風貌の男が2人と兵士だった。

 警備の兵がいるなら彼らは治安維持のため動いてるんだろう。


「得意属性って遺伝するんだね」

「絶対ではありませんが、可能性は高いですね」


 そういえばご主人様の適性は何ですか、とディアラからの質問。そういやなんだろう。

 インを見てみると、「水属性と使役魔法だな」と回答。ああ、納得。


「ただ他のも適性はあるぞ。今は水に傾いておるが、四大属性の方は問題なかろうな」


 ヘルミラが、すごいです、と魔導士勢らしく賞賛した。次いでインから念話で『それほど高いわけではないが、ホムンクルスは元から四大属性に適性があっての。お主も同じだ』とくる。なるほど。


『まあ、お主の場合は適性云々の話ではないがの』


 インはそう言って眉をあげて意味深に見上げてくる。はいはい、すみませんね。


 ……そういえばティアン・メグリンドのことを聞くのも忘れないようにしないと。

 近頃は彼女のことをすっかり忘れている。


 ウルナイ像を抜け、アマリンの武具屋を過ぎた辺りで人だかりがあった。結構大きな人だかりだが、不穏な雰囲気がある。


「なんだろう」

「また七星や七影か? もう人だかりは勘弁してほしいぞ……」


 インがため息をついた。

 道中割ともみくちゃにされてたもんな。でも七星や七影は今はセティシアにいるはずなので違うだろう。


「――ふん。貴様らなんぞいなくとも街の警備は我々とケプラ騎士団で事足りている」

「――別に縄張り争いをするつもりはないんだが」

「――だったら元の鞘に収まって攻略者稼業に精を出してればいいだろう?」

「――あんたらの手の届かないところを俺たちが手助けするってだけだ」

「――だから手は足りとると言っているのだ!」


 ONにした《聞き耳》により、そんな会話が聞こえてくる。縄張り争い?


 近寄ってみると憩い所にきた富豪陣ほど華美ではないが、縦ストライプのシャツ――チョコミント色だ――を着た裕福そうな初老の男性が民家の壁に寄りかかり、座っていた。疲れているというか苦しそうだ。

 傍では介抱でもしていたのか、娘らしき花柄の薄緑色のドレスを着た巻毛の少女が座り込んでいる。


 集まっているみんなは彼らを心配しているようだ。


 周りには門番兵と思しき……というか、キーランド門番兵長だ。

 彼と大柄の傭兵の男が言い合っている。大柄の彼は攻略者らしいが、事件か?


 人だかりの後方にいるおじさんに訊ねてみる。


「何かあったんですか?」

「ん? ……ソルマック商会長の娘エリアンテ嬢が誘拐されそうになったらしくてな。――ほら、あそこの商会長の倉庫でな。悲鳴を聞いて商会長と護衛の男がすぐに駆け付けたんだが、誘拐犯は逃げる間際に商会長の腹を殴っていったんだと」


 あの人が胃腸薬商会長か。

 父親を労る彼女を見ていると顔に思い当たりがあった。ジョーラたちと市場を巡っていたときに見かけた娘だ。今回は髪を巻いていて、執事っぽい人はいないようだが。


「灰色の帽子をかぶった鼻の曲がった男だったらしいわよ。子分とかもいずにたった1人。顔を知ってるってことで商会長の護衛の人とメイ・マーフィ血盟団の人が追いかけてるのよ」


 と、隣にいた女性が話に入ってくる。女性は男性よりも分かりやすく姉妹に好奇の視線を寄せた。

 メイ・マーフィ血盟団? どこかで聞いたな。


「バカな男だよな。こんな白昼堂々誘拐とか。昨日ワリド団長が英雄に祭り上げられたばかりだってのに」


 確かに。1人で昼に、しかも大通りに面した場所で誘拐とか雑な計画にもほどがある。

 俺が精神操作された計画の周到さ具合に比べると月とスッポンだ。ターゲットが商会長なら入念に計画を練ってもいいだろうに。


「兵士たちの士気は上がりに上がってるし、今回はメイ・マーフィの奴らもいるし。逃げられっこねえな」

「昨日の窃盗案件で兵たちは市内を動き回ってるでしょうし、大変ねぇ」

「まったくだ」


 窃盗。騒ぎに乗じてか。


「メイ・マーフィ血盟団ってあの男の人ですか?」


 俺がキーランド門番兵長と言い合っている男を見ると、「そうさ。奴はコルトンだよ。団長のな」と解説してくれる。団長だったか。


「キーランド門番兵長となにか言い合ってたようですが」

「いつもの言い合いさ。お前らは出しゃばるな、手伝うって言ってるだけだ、ってな。ま、俺たち市民からすれば、税を徴収しない兵士が増えるのは一向に構わないんだが」

「門番兵長は手柄が減って、メイ・マーフィのやつらに褒賞金を取られるのが嫌なのよ。自分たち門番兵には褒賞金が出ないもんだからって」


 ははぁ。門番兵は雇われてるからなぁ。よほど大犯罪でもない限り褒賞金は出なさそうではある。


 商会長が立ち上がった。


「お騒がせしました。みなさん。私はもう大丈夫です」


 娘の方も一緒に立ち上がり、商会長を支えている。ほんとに大丈夫か?


「商会長。門番兵の威信をかけて逃亡した奴を捕えてみせます」

「頼むぞ。キーランド」

「私も犯人確保に尽力しますよ、商会長」


 コルトンさんが続けてそう言うと、門番兵長は遮るように


「このようなどこぞの馬の骨ともわからぬ奴に頼らずとも我々門番兵とケプラ騎士団がおればケプラの治安は今後、いえ、今後百年ますます良くなりましょう!」


 と大見えを切った。


「馬の骨ではないが……メイ・マーフィ血盟団だ」

「ふん。肉屋の亭主がしゃしゃり出おって……。肉屋は肉を売るか物でも運んでおればいいのだ!」

「肉屋はメイの方だ。俺は肉屋の仕事に関しては手伝いだけだ。俺は攻略者だ」


 コルトンさんのウインドウが出てくる。


 レベル35で、彼の言う通り職業にも攻略者とあった。嫁が肉屋で、旦那は攻略者か。

 インが肉屋なら赤字続きだろうなとどうでもいいことが浮かぶ。下手したら売らないかもしれない。


 キーランド門番兵長がコルトンさんに顔を近づけた。


「聞いたぞ? お前らの団名にもなってる“お頭”は金にしか目がない売女だってな」

「メイは売女じゃない」


 コルトンさんの眉間が深くなり、表情が怒りににじみだした。

 あー、因縁つけだした……。てか、メイ・マーフィって嫁さんの名前なのか。


「ふん。売女を売女と呼んで何が悪い。血盟団とかたいそうな名をつけてお前らを送り出しているのも金目当てだそうじゃないか」


 門番兵長はそう言ってコルトンさんの革の胸当てを手で軽く押しやった。コルトンさんは一歩後ろに下がったが、怒りの眼差しは門番兵長を捉えてはなさない。


「訂正しろ! メイは売女じゃない。メイはならず者の俺たちをかき集めてケプラを守る守護者になれと言った。メイは俺たちの光だ!」


 門番兵長はちょっとたじろぎ、肉屋が光ねぇ、と一転して怪訝な顔をした。

 あー……。騙してると言うとあれだが、いいように使われてそうだなぁ……。愛されてはいるんだろうが。たぶん。


「訂正しろ! 門しか守れない老いぼれボンクラが!」

「あ?」

「ケプラの治安を守る自信がないんだろう? お前ら門番兵は門周りからろくに動けんからな。市内の治安はケプラ騎士団任せで、名誉は騎士団ばかり、それがお前らは気に食わないんだ」

「そんなわ」

「ケプラ騎士団は俺たちのことを何も言わない。ところがお前らはいつも難癖つけやがる。少しは騎士団の寛容さを見習ったらどうだ!」

「おい。そこまでにしておけよ? 俺の《車輪斬り》がお前に痛い目を見せるぞ」

「老いぼれの剣など通るものか。それとも嫁に怒られるのが怖いのか? 昔は嫁に土下座してまで一緒のベッドに入ってたそうじゃないか?」


 図星なのか知らないが、門番兵長が「き、貴様!」と声を荒げた。


 くつくつと抑えた笑い声に気付けば、さっき解説してくれた女性が笑いをこらえていた。男性は苦い顔。他の人も大なり小なり似たような反応だ。


 図星か……いらんこと知ったな。男の悲しいサガだな。


 やれやれと思いつつ見れば、商会長が手持無沙汰に2人を微妙な顔で見ていた。そういう顔にもなる。


「しょ、商会長! こいつの言ってるのは戯言ですぞ!!」

「戯言なもんか。あんたの嫁はうちの肉屋によくきてるからな」


 コルトンさんがとくに嘲った様子もなくそう言い放つとキーランドさんは顔をしかめた。


「売女の言葉なぞ信じられるものか!!」

「メイは売女じゃない! 訂正しろ!」


 ……魔法道具屋に行くか。行こうと声をかけてインを見れば、口の端を上げてしっかり観戦していた。


 インの手を引っ張って人だかりから離れていく。


「今からがいいところだというのに!」


 はいはい。


 MMORPGなら門番兵と血盟団でルート分岐式のサブクエストになってるところだな。しかも、報酬がそんなに美味しくないという。

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