第9章 延命治療・緑竜大戦

9-1 強欲な者


 ヤジルタの森から帰宅するべく俺たちは《三次元空間創造クリエイト・スリー・ディメンション》に入った。

 行き先はもちろん金櫛荘の俺たちの部屋だ。


 黒い廊下を通り、部屋に戻ると、《三次元空間創造》を通らなかったジルが手と足を組んで空中で座っていた。

 森にいた時にはネグリジェのようなものを着ていたが、いつの間にか赤いドレスに着替えている。速い着替えだ。ドレスは少し中東風味で、金色の帯模様が斜めに入っている。


「なあ、ジル」


 ジルがなあに、と俺のことを見る。みんなも俺の方を向いた。

 背後ではゾフが最後に出てきて、《三次元空間創造》が消える。ミーゼンハイラム伯爵とガスパルンさんは既にゾフの《監獄プリズン》とやらに収監してある。


「ミーゼンハイラムたちはなんで俺を精神操作したんだろう。仲間に引き入れるなら、一度会って話をする選択肢もあったと思うんだけど」

「そんなの決まってるじゃない。あなたが怖かったからよ」


 怖い? 俺が?


「七星のダークエルフを助けた後のあんたたちの動向はだいたい漏れてるって聞いたわよ。インとネロとゾフは聞いてたんでしょ? 奴らの話」


 ジョーラを助けたあとって、なんか変なことしてたっけか。


「でかいミノタウロスを真っ二つとか、山賊の根城に単身飛び込んで生き残ったとか言ってたね。なかなか暴れてたようだね、ダイ?」


 ネロはそう言って、ニッコリとして気さくな表情を見せた。

 ああ、その辺りのことか。それにしてもネロ嬉しそうだな。あんまりニコニコしていてほしくないんだが……。


「別に暴れてたつもりはないけど……」

「ま、ミーゼンハイラムは他の奴らと比べて戦えん者のようだったからの。ダイチを恐れるのも当然であろ」


 インはそう言って、身軽にベッドに座る。


「人の子の身で我々七竜の力を目の当たりにすると、彼のような反応を見せる者はままあります。我々の力は人の子の身では到底測れないものですから。我らの力を認知していても受け入れられないのなら、敵対勢力の場合も多いのですが」

「敵対勢力?」


 ルオはええ、と頷いた。七竜に敵対する組織はあまりあるようには思えないし、とくにあってほしくもない。というか、実力的に無理だろ……。

 ルオは目線を下げていて、少し間があった。


「いわば、七竜教を認めない者たちです」


 宗教の問題か。なるほどね、まあそれなら……ありそうかな?

 次いでルオは「我々は昼夜問わず、人の子たちを守護しているというのに」とため息をついて、嘆く様子を見せた。確かに。……ということは守護している都市に住んでない人たちか?


 そんななかネロがベッドに座り、なかなかふかふかでいいね、このベッド、と隣のインにコメント。とくに興味ない話題らしい。


「あとは奴らの親玉のアイブリンガーが“そういう奴”だったってことね」


 ジルを見ると、自分の赤い爪を眺めていた。


「そういう奴?」

「強欲だってこと。とくに支配欲と権力欲ね。あんたのような力の持ち主を手に入れれば、自分や家の者が玉座に座れる日が近づく。自分の兵力や財産を失うことなく勝てるでしょうからね。だから是が非でも手に入れたい、力ずくが難しそうなら操ればいいってそう安直に考える奴らのことよ」


 ジルはとくに感情をこめずにそう述べた。そういう奴ね。過去に似たような人はいくらでもいた感じか。

 なにもファンタジー諸作品を引き合いに出さなくとも、精神操作系の魔法がまかり通っている世界なら歴史上いくらでもいそうではある。


 玉座か……。アイブリンガーの手下であるミーゼンハイラムは王の暗殺を企てていた……。


「俺に王を殺させようとしたのか」

「実際にさせるかは知らないけど、そういう方向であんたを利用しようとしたんじゃないの」


 そうして顔だけを向けて、


「――ま。無理だろうけどね」


 と、ジルは冷笑的に口の端を持ち上げ、瞳を細くし、自信たっぷりに俺を見下ろした。

 決して攻撃的ではないし、多くの男を虜にしそうな蠱惑を秘めた眼差しにも見えた。だが、ジルは人ではない。


 かつてジルが赤い竜の姿で俺を見下ろしていたことが思い返されつつ、無理だろうなと俺も思う。


 精神操作されたという状況的に、もしあのまま放っておかれた場合、俺が奴らに与さない状況は考えにくい。どうやるのか見当もつかないが、精神操作を自力で解くこともなかっただろう。

 ということはジルの自信は、そうなる前に、彼女自身や七竜たちが精神操作も敵もいつでもどうにかできたという自信と言える。ジルはそもそも完璧な精神操作を行っていた側だし、ネロにしても俺の精神操作をあっさりと解いてしまった。


 インが立って、「私たちはそろそろ寝るぞ。話はしまいだ」と宣言したかと思うと、俺の傍にきて軽く服をはたいてくる。


「土でもついてた?」

「多少な」


 そういえば俺の服はいつも黒いベストの下に着るそれなりの仕立てのチュニックだが、インは寝間着にしている麻製のチュニックドレスだ。

 俺はなぜ寝間着じゃないのか、インはいつ着替えたのだろうといまさらではあるのだが疑問。


「では、御身のため引き上げます。ダイチ様。治療の方はもうじき準備が整いますので。遅くとも明後日になるかと思われます」


 と、俺の疑問をよそに両手を前に組んで中国風に会釈するルオ。明後日か。あれ? ユラ・リデ・メルファの結晶はもう入手できたのか? ネロも立ち上がった。


「頼んでたフリドランへの訪問もその辺かな~。みんな準備に張り切っちゃっててさ」


 みんなって俺の訪問を知ってるのか。


「日取りが被らないか?」

「被ったとしてもいいんじゃない? 訪問時間はそんなにかからないよ」


 ルオが非難めいた顔をネロに向ける。ルオは結構ガチで怒りそうな雰囲気に見えなくもない。仲悪いのか?


「王都の訪問もそんなにかからなかったし、被ってもいいよ」


 なだめる意味も込めてそう言うと、ルオからそうですか、と苦笑される。訪問よりもむしろ延命治療の内容の方が気がかりだよ。


「そういえばだけどさ。ユラ・リデ・メルファの大結晶はもういいの? なんか俺が取りに行くならってインが言ってたけど」

「あれはこちらで回収ができました。神樹のエルフたちだけではもう少し時間がかかる予定でしたが、都市にいるエルフたちが手伝ってくれたのです。ですので、お手を煩わせることはありませんよ」


 ふうん。そっか。


「では治療の詳細はまた後ほどお伝えします」


 再びルオから会釈をもらい、ネロとルオは順々にゾフの《三次元空間創造》によって消えていった。ジルもあくびをしながら顔を引っ込め、小窓も消えた。


 残りはゾフと俺たちのみとなったあと、自分の服から革のにおいがすることに気付く。服をつまんで鼻を近づけてみるが、やはり皮のにおいがする。

 インがなんだ? といった顔を見せていたので、皮のにおいがすることを伝える。


「ダイチを森まで連れ出した者は皮の卸し人に扮していたからの。お主は積み荷の箱に入っておったようだぞ」


 ドナドナか。明日マクイルさんに渡して洗ってもらおう。

 次いでインの寝間着が目に留まる。


「イン寝てたの? 俺が精神操作されたとき」

「うむ。お主も寝とったよ。『夜風に当たる』などと言って出ていったがの」


 お、覚えてないぞ……?? 寝る前の記憶も……マクイルさんとギルドに入ったところで不自然にも記憶が途切れている。


「覚えてない…………俺いつ寝たんだ?」

「マクイルとギルドに行っとった頃だが、晩の食事には早かったな」


 記憶通りだな……。


「ギルドって特許の件だよね?」

「うむ。特許は終えたぞ」


 ゾフが《三次元空間創造》の姿見から顔を出した。


「それでは……私もこれで」


 ゾフは今日は少し喋っただけだったな。


「いつもありがとう、ゾフ」

「いえ……」


 お礼を言ってはみたが、ゾフにはあまり照れた感じも嬉しがる様子もなかった。

 うーん。まあ、戦えない代わりの仕事って言ってたしな。意外と職人肌かもしれなのは分からなくもない。長い時間をかけて《収納スペース》やらなんやら魔法を作ってたようだし。


 ゾフが去ったあと、タンスに行ったインから寝間着を渡されたので俺は着替えた。


「さ、寝直すとするかの」


 もういつも通りのモードかと、内心で苦笑する。

 “息子”が洗脳された上に誘拐までされてしまったというのに。


 燭台の火を消して、俺たちはベッドに潜りこんだ。俺は仰向けになり、インは横になる。

 ……さほどの時間も待たず、俺はどういう方法と作戦で精神操作されたのかの詳細が気になり始める。説明はネロのせいで中途半端で終えてしまっていた。


 俺のことを研究でも使われる魔法で分析し、疑似契約を結び、そしてホッジャ氏が次の手の仕掛け人。そこまでは聞いた。


「……なあ、イン。魔力種スペルシードだっけ。ホッジャ氏が仕掛け人のやつ。俺が精神操作された経緯……その辺のこと教えてよ」

「焦っても何もないぞ? 明日な」


 インはにべもなくつっぱねた。むう。


「……明日そのことを教えてもらったら魔法道具屋行こう」

「ん? 魔法でも買うのか?」

「うん。俺もだけど、姉妹も新しい魔法をって。もちろんインもね。宝石屋にも行こう」

「私は別によいのだがの」


 俺は右腕をあげてミリュスベの腕輪を眺める。


 50%の恩恵はでかい。もう1個作ってるそうだし、精神抵抗に関してはもうじゅうぶんかもしれない。

 でも、何もしないのは不安だし、汚名返上しなければならない。今後また二の舞を踏まないためにも。クライシスでも各種状態異常抵抗値の限界値はなく、100%程度を維持すればひとまずよかったが、各種状態異常の抵抗値を下げるスキルなんていくらでもあったものだ。


「精神抵抗か? その腕輪があるではないか。ネロの奴はもう1個くれるらしいしの」

「そうだけどさ。勉強も兼ねてさ」

「勉強?」

「社会勉強っていうか。宝石屋行ったことないし。ディアラとヘルミラのも買う予定だしね。それに……もらってばっかりなのは俺が納得できないっていうか……姉妹にも強くなってほしいし」


 インはふっと悟ったような笑みを浮かべ、目をつむった。


「別に構わんよ。いつものように連れ回せばよい。退屈なのは勘弁してほしいがの。……さ、考え事をしておるようでは寝るにも寝れんぞ」

「おやすみ」

「うむ」


 ――しばらく目をつむっていたが……なかなか眠れなかった。

 夕方前に寝て今か。今はおそらくまだ日付は変わってない。時間的にはそんなに寝てないのにな。


 仕方ないので眠くなるまで考え事――明日、もといこれからの計画を練ることにする。


 明日は魔法道具屋と宝石屋に行き、俺たちの能力および戦力の強化だ。

 魔法なにか増えてればいいけど、どうだろうか。


 ついでに行ってないところに寄り道するのもいいだろう。ケプラを出たらしばらくここには戻らないし。


 明日以降は、……ヘッセーでも行くか。


 クヴァルツと会って……てか、今はガスパルンさんいないのか。ちょっと会いづらいな。

 まあ2,3日経ったくらいじゃ、「ガスパルン様がいなくなった。何か知ってるか」とかなにも聞かれないか? と、思いたい。


 他には……タチアナをはじめ、グライドウェル家の人とも話し合わないといけない。


 旅路のお供になってくれる人と会うこともそうだが、長距離移動で必要な物品の購入もある。馬車は手配してくれそうだが、備品とかは俺たちで揃えるかどうかも分からない。

 ……キャンプ道具って結構色々と必要なんじゃないか? この件は少し長くなりそうだし、1日分は空けとくべきだろう。


 早めにグライドウェル家に寄って予定を聞いておくべきだな。地図にあったよな? グライドウェルの名前。事務所かなにかだと思うけど。


 アレクサンドラ…………会うことはできるけど、出発のこと言えるかな、俺……。なんて言おう……。なんて言うもなにもそのままを言うしかないんだけど……。


 てか、……普通に会いたいな。……抱きしめたい……。普通に……普通の交際がしたい。なんで常時鎧なんだ…………。戦いなんてなければいいのに…………。


 ……ああ。ティアン・メグリンドの情報……すっかり忘れてたな。

 各“イベント”のインパクトが大きすぎるんだよな、色々と…………明日……ネリーミアに聞いてみよう…………。


 ――俺の意識はまどろんでいった。


 転生前だったら、ほとほとこの寝つきの良さには羨ましがってたことだろう。睡眠時間に関してはちょっと、あれだけど。

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