8-29 忘却の旅路 (5) - ゼロとアルハイム


「ダイ、彼らになにか質問あるかい? 私たちばかりが喋っているけど」


 ガスパルンさんの切実な心中の吐露に場がしばらく静まり返っていたところ、ネロが俺にそう訊ねてくる。質問か。


「君が殺してくれというならすぐにでもガスパルンを殺してあげるよ」


 え。


「彼の陥っている深刻な心的状況は切り抜けるのは厳しいものがある。いくら同郷の者たちが彼を慰めようと、彼の望むミージュリアの風景は二度と戻らないのだからね。故郷の光景というものは、……我々の魂にすらも刻まれる安寧と楽園図でもある――ダイ、君もそうだろう? ――ここで穏やかに命を終わらせれば、彼もこれ以上故郷や仲間のことで苦しむことはないだろう」


 ネロは、「故郷の光景というものは」のところで、目線を上げて自分の故郷でも懐かしんでもいたのか、穏やかな表情を見せていた。いやいや……。


 ネロの声音は七竜的な威厳の少なかったこれまでと一変して、寛大さで満ちていた。

 彼なりの慈悲なのかもしれないが……ちらりとみんなを見る――言葉こそ吐かないが、頷いているインをはじめ、ネロの意見に反対意見が出そうな雰囲気はない。ゾフは俯いていたけど。


 俺は慌てて、殺すのはやめといて、と断っておく。「そうかい?」と変わらずネロは機嫌のいい様子だ。


 ガスパルンさんは相変わらず虚ろな眼差しだ。七竜たちはすっかり同情したらしいのに当の本人はひとかけらも動じていないので、ほんとやりづらい。


「……あなたたちが受けていた報告とはどういった内容ですか? 誰から報告を? 俺にまつわることでです」


 俺は急いで、気になっていたことの1つを訊ねてみた。


「……報告は主にケプラ騎士団と暗部の者から受けていました」


 ……ケプラ騎士団。


「……ケプラ騎士団が俺の調査をあなたたちに報告していたのですか?」

「……はい。伯爵により、半ば強制的に調査させていた形でしたが」


 強制的にと聞いて、俺は安堵した。まさか彼らと“短剣”がグルだったなんてことにはならなさそうだ。


「なぜケプラ騎士団に調査を?」

「……ダイチ様はケプラにいましたし、ケプラ騎士団とはいくらか親交もあったようなので、調査を依頼するのに手頃な相手だったそうです」


 ネロが、ケプラ騎士団に知り合いでもいるのかと訊ねてきたので、頷いた。


「世話になっておる奴らだの。私らは、ダークエルフの従者の姉妹も含め、オルフェの世間というものをよう知らんからな。彼らとの付き合いはその点で色々と重宝しておるのだ」

「ふうん……」


 今度はいつから調査をしていたのか訊ねてみる。


「……調査を始めたのは伯爵ですが、おそらく槍闘士スティンガーのジョーラ・ガンメルタが王都に帰還した時でしょう」


 え、その頃から? 伯爵にそうなのかと訊ねてみると、そうです、と同意される。


「……ジョーラ・ガンメルタは、アルハイム男爵の抱えていた<タリーズの刃>なる賊徒たちによってアトラク毒を受けていました」


 と、今度はミーゼンハイラム伯爵による説明が始まる。

 アルハイム男爵……いたな、そんな奴。


「アトラク毒は毒を受けてすぐに治療しなければ、白竜様の御力を借りるか、霊薬以外には治療法はないとされる猛毒です。賊どもは周到にも槍闘士の部隊の魔法を魔道具によって封殺し、治療師ヒーラーたちも殺しました。ジョーラ・ガンメルタを確実に毒殺するためにです。<タリーズの刃>は壊滅しましたが、毒を塗った矢尻はジョーラ・ガンメルタをかすめ、この奇襲と封殺の作戦は成功しました」


 聞いてた内容そのままだな。……こいつが黒幕だったのか?


「……ジョーラ・ガンメルタは大陸最強のダークエルフと名高い戦士です。はじめは作戦が成功したことは嘘だと思い、にわかには信じがたいものがありましたが、やがて別の者からも伝言をもらい彼女の死はもう間近だと知りました」


 感情をなんら添えず、よどみなく語るミーゼンハイラム伯爵に、ジョーラの死への恐怖を押し殺していたかつての様子が蘇ってくる。

 怒りがふつふつと湧いてくる。ジョーラは結局無事に治療できたわけだが、被害がなかったわけではないのだ。死者も出ている。


「……しかし毒は解毒され、ジョーラ・ガンメルタは生還しました。私は不可解に思い、彼女に何が起こったのか、誰が治療したのか調べさせました。そこで辿り着いたのが、ダイチ様の一行です」


 そこまで念入りに隠していたわけではないが……バレてたか。

 いくらか驚いた様子でネロが「アトラク毒を治療したのかい??」と聞いてくる。え、インから聞いてるもんかと思ってたけど。


「……まあの。みなで私の外郭で夜露草を探しに行ったのだが、運良く見つかっての」

「へえぇ……運よく、ね。いかにオルフェが誇る精鋭と言えどもインの飛竜ワイバーンたちを退けるのはなかなかきついと思うけど?」


 ネロが首を傾げ、薄い笑みを浮かべて意味ありげにそう言ってくる。

 インは……目線を逸らした。そういや飛竜たちにも協力してもらったんだったな……。


「……ま、インはダイの同行者だしね。それに“しっかりとみんなで探していた”ようだし。多めに見ておくよ。な、ルオ?」

「そうだな。イン、変なことは起こってないのだろう?」

「う、うむ。草原での草探しは疲れるぞ」

「そうだろうねぇ。あそこ、確か何にもないし」


 2人とも黙認してくれるようだ。


 しかし、変なことか……タタバミを夜露草に変化させたのは変なことなんだろうな。俺も黙っておこう。

 ……そういや、《魔素疎通マナオステム》のことはジルも知ってたな。ジルを見てみると、こちらも笑み。不敵な笑みだ。黙っててくれよ?


「それで伯爵。……あなたはなぜジョーラを殺そうとした? 公爵の命か?」


 ジルに口を開かせない意味も兼ねて、話を再開させる。


「……私は彼女を殺すつもりはありませんでした。殺そうとしたのはアルハイム男爵です。私はただ、アルハイム男爵が、オルフェやアマリアの賊と通じ、金品を強奪していた事実を知ったため、処分を下しただけなのです。私は彼が、断罪されたことを理由に、独自で七星を亡き者にせんとする謀反を企てる愚かな男であるとは知りませんでした」


 これが普通の答弁なら、ネロが嫌いだと宣言したように、嘘の可能性もある。だが、彼はジルの魔法により真実しか言わなくなっている。


「ジル。今は彼は嘘はつけないよな?」


 念のためそう訊ねてみると、もちろん、とジル。


「独自でってことはアイブリンガー公爵の命ではないのか」

「……はい。そのようです。アルハイム男爵はかねてから七影派に入ることを望んでいた男でした。そのため襲撃はおそらく、七影派に所属するための彼なりのアピールであり手土産のつもりでもあったのでしょう。とはいえ、自分の悪事が明らかになり、王の信用を失った男の手土産など、公爵は受け取らなかったでしょうが」


 まあ、アルハイムの悪事に加担していると見られるしな。

 アイブリンガー公爵自身も、王の暗殺を目論んでいたほど黒い人物だが、公爵という地位にありながら暗殺を目論むような人が、衆目を意識しないはずもないだろう。


「つまり、槍闘士部隊への襲撃はアルハイム男爵が一人で計画したことであり、あなたは……ゼロや<タリーズの刃>とも無関係だと?」

「……はい。私には奴らとの繋がりはありません」


 俺は息をついた。彼には嘘はない。別に復讐をしようとは考えていなかったが、ちょっと気が抜けた。


「ゼロは……ゼロや<タリーズの刃>の正体は調べがついてるのですか?」

「……<タリーズの刃>の方は存じていませんが、頭目であるゼロはかつて“短剣”に所属していた男です」


 えっ?? 短剣だったの?? 再び伯爵のことを見る。


「ゼロのことは知らないのでは?」


 言ってから、伯爵は“繋がりはない”と言ってたことをすぐに思い出した。


「繋がりがないんでしたね」

「……はい。私が“短剣”に関わるようになった頃には、既にゼロはミージュリアを出ていました。“短剣”を出たあと、彼が何をしているのか、詳細は知りません。アマリアのどこかの名家の暗部として活動を始めた、ということだけは聞き及んでますが。……“短剣”の目的の1つには他国の貴族との繋がりを強めるというものがあります。彼の士官は別に珍しいことではありません」

「なるほど……。アトラク毒もアマリアの蜘蛛の毒でしたね」

「はい。ゴルグの森に生息するアトラク科の蜘蛛の毒です」


 一応繋がったな。また黒幕はアマリアなのか?


「ダイチよ。報復を考えているのではなかろうな?」

「いや。別に考えてないよ。でも、彼らの正体くらいは知りたいなって。……<タリーズの刃>も“短剣”の構成員ですか?」


 再び伯爵に訊ねる。


「……<タリーズの刃>の詳細は分かりません。拷問の末、男爵の指示であったこと、ゼロが頭目であることは認めましたが、その他のことについて――男爵の私兵なのか、別の家の兵なのか、所属はどこなのか、元々傭兵をしていたのかなど、一切口を割らなかったそうです」


 男爵が指示を出したのなら主人も男爵というわけでもないのか。ややこしいな。


「男爵の兵である線が一番濃厚のように思えますが」

「……彼は私兵を持っていないのです。そのため、なぜ彼が<タリーズの刃>に指示を出せるのか、探らねばならないのですが、彼らは黙秘したままでした。彼は賊と繋がりがあったので、賊の一味だろうと推測していますが、あまりにも賊らしくないのが気になるところです」


 うーん……。


「……<タリーズの刃>が一介の賊ではないことは確かです。この襲撃を知る者の間では、時勢からアマリアの暗部ではないかと考えましたが、これもまた物証も証言もなく、推測でしかありません」


 アマリアか。戦時中だからな。


「正体は別として……先日セティシアに襲撃しに来ましたし、オルフェの戦力を減らす目的では?」

「……その可能性は否めません。ただ、少々大胆過ぎるように思います。確かにアマリアは諜報に長けています。“短剣”が加わり、暗殺も脅威となっています。ですが、暗殺部隊というものは、10の兵士を盾にし、1人の敵将に毒をけしかけ、しかもそれが成功するか分からないような作戦の遂行はしません。多くの公的な暗殺組織もそうでしょう。このような真似をすれば、自国の暗殺が敵国にバレてしまうからです」


 確かに……。


「あなたの考えは? <タリーズの刃>はどこの誰だと?」

「……私の考えでは、ムニーラの奴隷兵かと推測しています。もちろんムニーラ出身の奴隷兵ではなく」


 なるほど、奴隷兵か、とルオがつぶやいた。結構いい線なのか?


「ムニーラの奴隷兵なら確かに口が堅いな。奴らは刺されても声を我慢できるほど寡黙な兵だと言うからな」


 それはもはや寡黙というレベルではないだろ……。テホ氏も関わってるんだろうか。


「全員が寡黙とはいかなかったようだが」


 伯爵はルオにはいと頷き、再び俺に視線を向ける。


「……アルハイム男爵は愚かな男でしたが、王の機嫌を取れるほどには賢しい男でもありました。ムニーラの奴隷兵を購入し、オルフェのどこかに住まわせ、逐次仕事をさせる。彼らは主人に忠実なので、酒や金や女、自堕落な生活にうつつを抜かして羽目を外すこともない。こうすれば役人の目も逃れるでしょう」

「……ダイチに良い顔をしようと思ってるのか知らないけど、あんた、ダイチを誘拐したあとは殺そうとしていたのよね?」


 ジルが横から、もとい上から口を挟んでくる。そうなのか? というか、真実しか言わないならいい顔も何も……いや、「真実」だからいい顔はするのか? ややこしいな。


「……はい」


 ……マジか。意外と話せる人だと思ってたんだけども。いや、精神操作状態だから何とも言えないが。


「……ただ、ダイチ様が転生したという世迷言を言ってからは、その必要はなさそうだと思い始めていました」


 本人を前に世迷言というか。


「もう彼女は死にましたが、少なくともダグニーの術があれば、我々について口を割ることはおろか、逃げ出すこともないようでしたから」


 操作されてるなら逃げ出すこともしないだろうな……。


 確か伯爵が恐れていたのは王の暗殺計画が漏れることだったか。俺が“短剣”でなく、逃げる心配もないなら、俺への不安もなくなるのだろう。

 それにしてもダグニーはさきほどの女傭兵らしいが、あっさりしてるな。今は仕方ないけど。


「ダイチ。そろそろ夜も遅い。なにか聞きたいことがあるならまた今度聞くのがよかろ」


 と、インが話を切り上げることを提案してくる。


「そうだね。ダイのまだ未熟な体に負担をかけるのもよくないしね」


 みんなの視線が到来する。気遣われているのはいいんだが……2人は殺さずにおくのか?


「2人はどうするんだ? ……殺すのか?」

「ひとまずのところは、ゾフが亜空間内に捕縛しておいてくれるでしょう。私も2人にはホムンクルスのことで聞きたいこともありますから、殺すことはありませんよ」


 ゾフを見ると、目線をあげて「しっかり《監獄プリズン》に……入れておきます」とコメント。

 この子はほんとタクシーとパシリだな……。今回座ってるばかりで大した発言してないぞ……。


「《監獄》って《三次元空間創造クリエイト・スリー・ディメンション》みたいな空間?」

「はい……狭くしただけですが、……竜が入れるほど……広くもできます」


 便利なものだ。便利すぎてほんと、パシリになるのも分かりすぎるほど分かる。


 ……そういえば俺の精神操作はどうやってかかったんだ?


「じゃあ、最後の質問。俺への精神操作はどうやったの? それっぽいものをかけられた感じはなかったんだけど……」

「……市内で《粘気ギャザリング》によりダイチ様から魔力を摂取し、疑似契約魔法により契約しました」


 え? ギャザリング? 疑似契約魔法?


「魔力をダイチ様に戻し、ダグニーには、《睡眠スリープ》と《平和:意志操作シーズ・ヴォリション》の術を込めた魔力種スペルシードを作成させました。その後は、ヴァレンティン・ホッジャという昔、我々の側にいた男に連絡を取り、彼にダイチ様と会わせ、“釘打ち”をさせました」


 待て待て……わけわかんないぞ……。


 俺を操ることが目的だし、シーズ・ヴォリションとか言ってるしで、何となくは分かるんだが……。……あ、《睡眠》ってアレクサンドラが言ってたな。一応繋がったぞ……。

 というか、ホッジャ氏仕掛け人だったのかよ。確かにいきなり接触してきたけどさ……。


 しばらく伯爵は俺の反応をうかがっていたが、発言を再開した。


「……魔力種が発芽したあとは、もう死んだ男ですが、ヤドジフという男がここまで連れてきた次第です」


 発芽。シードというくらいだしな……。

 とりあえずインに「説明頼むよ」と言った。インは仕方ないの、と言いつつもいつものように説明をしてくれる。


「こやつ、というよりさきほど死んだ女がだが。奴はまず、ダイチの魔力を摂取したのだ。ほんの少しの量をな。なぜか分かるか?」


 俺は首を振った。


 インは自分を指差したかと思うと、すぐに俺に指先を向けた。指先には薄黄色の光があった。やがて光は小さくまとまり――六角形の形になった。


「――これは《粘気》といってな、魔力や魔素マナを集める魔法だ。分類的には使役魔法になるんだが、まあ、解析魔法の一種だな。魔導研究の基礎的な魔法技術だな。……ああ、石にする意味はあまりないぞ? 魔鉱石も似たようなやり方でつくるが、《粘気》はあくまでも相手の魔力や魔素を調べるのが目的だからの」


 研究用か。色々あるものだ。


「研究以外にも有用な用途はありますね。人の子たちの前に手に負えない未知なる強大な魔物が立ちふさがった時。まずは多く、《粘気》で敵の魔力や魔素、あるいは瘴気を採取し、魔法は使うか、弱点は何か、状態異常が効くかなど、そこから相手の能力の分析をするのです」


 と、ルオによる解説。「うむ。その通りだ」とインも同意する。

 なるほど。相手の魔力を摂取するとか地味というか悠長だが、解析ができるなら確かな情報源ではあるだろう。


「それで俺のことをまずは内部分析、魔力解析? したわけか」

「うむ。まあ、奴の場合は解析の他にもやることはあったのだがな。……《粘気》には多少術式を込めることも出来てな。奴はここに契約の術式を込めた。正確には奴も言っていたように疑似契約になるのだが」

「どんな契約?」

「さしずめ奴が主人で、ダイチが忠実な下僕となる内容だろうの」


 うわぁ……。


「もっともこれはダイチが知り得もしない契約であり、奴の側で勝手に交わした契約だ。何も効果は持たん。あくまでもスムーズに精神操作するための下地、布石にすぎん。もちろん、この《粘気》によって取り出したダイチの魔力はダイチの元に戻さねば意味はないのだが」


 そうしてインは、自分のものと思しき指先の六角形の魔力を自分の胸に放った。魔力がインの胸に入り込み、消えていく。

 水面下でそんなことが行われてたのか。全く分からなかったが、インは分からなかったのか?


「金櫛荘で娼館の主の男がおっただろう?」

「ああ。ホッジャ氏でしょ?」


 あまり関わっているとは思えなかった人だったんだけど。


「奴が次の手だ。奴はお主に魔力種を与えた。魔力種というのはだな、」


 ねえ、イン、とネロが呼びかける。


「きみがダイに日頃から懇切丁寧に色々と教えてるのは知ってるけどさ。魔法講義は今度にしてくれない? 有益な内容ならまあ聞く気にもなるけど、魔法史の生き字引である私たちがいまさら《粘気》とか魔力種の説明を聞いてもね」


 ルオが、ネロ、と語気を少し強くしてたしなめた。ネロはルオのことを視界に入れたがふいと視線を背けた。……ああ、長い話嫌いだもんな。


 インがため息をついた。目が合う。


「まあ……なんだ。お主への精神操作の術は入念かつ綿密な計画の元に行われたものだったわけだな。お主が強大な力を秘めている一方で、極端に精神操作に弱いとはいえ、私も久しぶりに感心したもんだ」


 別に珍しい手法ではないよ、とネロ。


「歴史的に言えばな。だがこの術を完璧にこなすとなると話は別だ。50年、いや、100年ほどに1人くらいの逸材かもしれんぞ?」

「大げさだなぁ……。50年眠ってたくせに。各国の暗部には私たち七竜も知らない不世出の人材がいくらでもいるよ。そういう奴らほどこき使われてあっという間に死ぬけどね。あーかわいそかわいそ」


 ネロはやれやれだという風に盛大に息をついた。経験でもあるのか?


 ……今回の精神操作の件は、あとで聞くことにして。

 魔法やら精神抵抗やら、ちょっと本腰を入れて準備しないといけない。精神操作されるとかいくらなんでも失態すぎる……。七竜たちに愛想を尽かされてもいいことは何もないだろう。


 俺はリーダーとなってしまっているが、とくに何かする予定はない。だが、かといって、反発を受けたいわけもない。

 本来のリーダーは白竜のフルっぽいし、それならフルが筆頭になりそうなものだが……反発を始める筆頭はネロのような気がしなくもない。ちょっと怖いんだよな、ネロ。まだ短い付き合いだが、何をするのか分からない面がある。


「では引き上げるとするかの」


 俺の不安な心境をよそにインがそう言って立ち上がる。みんなも立ち上がった。

 そんなところにゾフが「ネ、ネロさん。……腕輪を」と、発言した。腕輪?


「ああ! そうだったね。渡し忘れるところだった」


 ネロが思い出したようにそう言って、自分の《収納スペース》から銀色の腕輪を取り出した。


「ダイ。これつけときなよ。今回みたいなことがまた起こったら困るだろうからね」


 一転して友好的なネロに少し戸惑うが、腕輪を受け取る。

 腕輪には緑、白、黄色の小さな宝石が3つ取り付けられていた。装飾はラインが引かれているだけとシンプルだ。だが、腕輪の裏側を見れば《言語翻訳》でも読めない言語がびっしり刻まれていた。


「それはミリュスベの腕輪って言ってね、あらゆる状態異常を防ぐ代物さ。きみはまだ完全なホムンクルス体ではないから、多少効果は落ちるだろうけどね。今もう1個作らせてるから、待っててよ」


 作らせてるのか……。


「なんか悪いね……」


 気にしないでいいよ、とネロは両手を後ろにまわし、満足気な表情を見せる。ありがたいが、ネロ掴みどころないな。


 ひとまずはめてみる。サイズは合っている。ステータス画面を開いてみた。


 ……おぉ! 精神抵抗の数値が-15%から35%になっていた。状態異常抵抗も50%だ。これ1個で50%も上がるのか。

 クライシスでは状態異常系の抵抗値は100%以上にしていたものだけど、この世界での上限数値ってどのくらいなんだろう。ネロの言いようだと、七竜の作成物という信頼度も加味して50%で完璧に防げるようになることになるが。


「すごい能力だねこれ」


 分かるのかい、と眉をあげていくらか意外そうにネロ。ステータスウインドウのことは伏せたが、俺は頷く。

 ネロは掴みどころがないし、ちょっと怖いが、礼はちゃんと言っておこう。


「ありがとうネロ。精神抵抗系のアクセサリーは探すのに苦労しそうだったから助かるよ」

「いえいえ。どういたしまして」

「――ルオ、ジル、ゾフ、3人も今日は助けてくれてありがとう。インもね」


 同様に同じくお礼。各々から、「氷竜様のためとあらば」「別にいいわよ」「は、はい……」「うむ」などと、コメント。ルオは頼もしい仲間になる予感。


「そうそうこれでもね。今日は少し肝が冷えたんだぜ?」


 と、上機嫌なままのネロ。


「え、どうして? いやまあ、分かるけど……」


 すぐに俺は申し訳ない気分になる。


「インとはちょうど念話で話をしてたんだけどね。急に静まり返ったかとおもえば、『ダイチを精神操作しようとする輩の目的はなんであろうな』な~んて言うんだから」


 笑い話の体で言ってくれるのは正直助かるが……インを見れば、娼館の主の奴が接触してきた頃だの、と告げられる。あの時か。


 ……接触。つまり、ホッジャ氏が肩に触れた時に「何か」したわけか。俺はあの時何も感じなかった……。

 俺はこれまで自分がなんでも感知できると考えている節も否めなかったが、驕りだったらしい。今後は注意しよう。


「まあ……きみが邪悪な存在でないことはジルからも聞いてたから一瞬肝が冷えたくらいですんだんだけどさ。これでも度胸は据わってるつもりだからね」

「ダイチが邪悪な奴だったら、ありとあらゆる生物が邪悪な存在になってるでしょうねぇ」


 と、依然として窓にいて、令嬢風吹かせているからかいを含んだジルの返し。その言いようもどうなんだ。


「……最近変わったよね、ジルは」

「ん? なんか言った?」

「いいや。私たちも食には勝てないもんだと思ってね」

「なによそれ?」


 まあ、勝てないだろうなとインを例に内心で苦笑する。


 それにしても邪悪か。抽象的な言葉だが……もし俺が邪悪な存在だったらどうなってたのかと訊ねてみる。


「そりゃあ――今頃国の1つや2つ、滅びてしまってたかもね」


 ネロはそう事もなげに言って、朗らかな笑みを浮かべてくる。


「滅びてって……」


 ネロのいまいちかみ合っていない台詞と笑みに、気軽に質問するべきでなかったと軽い後悔。


「戦いによって“結果的に”そうなってしまったかもしれないっていう意味も含むよ。きみの氷はどうやっても溶けないようだからね。氷漬けにされた大地に人や動植物が住むと思うかい?」

「いや……。思わないよ」


 ネロは一瞬俺から視線を外しながら頷いたあと、「それが滅びって言うのさ。戦争で負けるばかりが滅びじゃない」と、再び俺を見て、なじるでもなく子供を諭す調子でもなく、普通の会話の調子でそう言った。

 古代ローマの支配者風の装いとは裏腹に、子供っぽいというか、色々とインパクトのあった言動で忘れそうになるが……俺は彼のこの短い言葉からは膨大な年の功を感じるとともに、この大陸の支配者の一柱であることを実感させられた気分を味わわされた。


「きみを倒すには我々が単独で向かってもダメだと聞いているし。……“邪悪な存在から世界を守る”のも私たち七竜のお役目でね。たとえ敵対する相手が我々の仲間であってもそれは変わらない。――きみが敵でなくて心から安心しているよ」


 そう言ってネロは口を薄く伸ばして、彼にしては人好きのする笑みをつくってくる。

 とはいえ俺は、仲間でも倒さねばならない・敵でなくて安心しているという言葉の割には含蓄のなさすぎる笑みのように感じた。インもそういうところはあるし、さきほどその一端を見せたように、何千年も生きる者の達観かもしれないが……。


 実際に言ったわけではないが、俺はネロが、


「もしそうなったらさぞ面白かっただろうに」


 と、そう思っているような気がしてならなかった。むしろ、ストレートにそう言ってくれている方が安堵していたかもしれない。


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