8-28 忘却の旅路 (4) - ガスパルンの想い


「……“短剣”の構成員はみな、少なからず“治療”を施しています。“治療”とは、我々人族の体の一部をホムンクルスのものにすることです」


 げ。人工生命体にはその手の改造はつきものだけどさ……。

 秘密をやすやすと語る長髪の彼を改めて見てみるが、体からはそれっぽい改造の跡は見つからない。


「それはそれは。さぞ特殊な暗殺部隊だったろうね。もちろんみんな強くなったんだろう? その治療とやらで」

「……はい。ある者は、“治療”以前の頃とは比べ物にならないくらいほどの実力者に」


 ネロが口を軽くへの字にしつつ頷く。ふうむ、とインが腕を組んだ。


「“治療”とはつまり、被験者と同種族のホムンクルスの同じ部位を魔法によって再生結合させることか? 魔法は聖浄魔法か神聖魔法だろうが」


 ルオが訊ねた。


「……はい。その通りです」

「成功の確率はどのくらいだ?」

「……適性にもよりますが、40%ほどです」


 あまり高くはないな。

 結合手術と言うと、「くっつける方」の時間の経過具合はもちろん切断面の傷の状態にもよると思うが……魔法があるとその辺の常識はあまり関係なさそうではある。


「適性とはなんだ? 適性の合わない者とはどういう者を指す?」

「……適性とは、種族の違い、性別の違い、体格の違い、魔力量と魔力の収容力の違いなどの適合条件です。人族と魚人族マーマン、少年と大男、魔法の使えない兵士と魔導士など、“治療”側と提供側で肉体に顕著な違いがあると、成功率が著しく落ちます」


 ディーター伯爵とした転生の話が思い返される。


「……つまり、自分と同じ姿をしたホムンクルスを所持していれば、損傷時には再生可能になるわけだな」

「……その通りです」


 ……ああ、なんかいよいよそれらしい話だ。

 ルオはさきほどの柔和な印象から一転して、言葉は硬くなり、熱心な化学者の言動になっている。ホムンクルスの再生治療もとい人体実験に興味があるようだが、……そういやルオも延命処置について詳しいんだったか。


「40%というのは、人族同士で実験した確率か?」

「……はい。他の種族では参考になるほどの数を“治療”しておりません」


 頭上から、「40%じゃ何とも言えないわね」というジルの言葉があった。仕方なかろ、とインが答える。


「人の子は本来、欠損部位を再生させるのがやっとだからな。むろん、強化されることもない。フルやルオの力を借りずに行える再生と強化の術を見つけたとするのなら、よくやったと言える方であろ」

「まあねぇ」


 インはホムンクルス実験に割と肯定的なのか? ホムンクルスである俺の母親を名乗るくらいだし、現状の心境としては理解できるが。

 ……いや、出会った頃からインはホムンクルスに肯定的だった。ホムンクルス兵を半ば誇っていたからな。それに……そもそも、ホムンクルスは七竜ないし竜族の素材が使われる。


 エルフで実験したことはないの? と今度はネロが訊ねた。


「……“短剣”の中にはエルフの者もいましたが、彼は拒みました」

「なんだあ。つまらないなぁ」


 ネロはそう言ってイスの背に軽く身を預けた。エルフは自国民だろうに。


「で? ルオ。こいつは色々知ってるようだけど、どうするんだ?」

「今後の彼の処遇にもよるが、もう少し詳しい話を聞きたいところだね。……ところできみは何者で、どういった立場の者なんだ? 氷竜様をさらった理由はなんだ?」


 改めてみんなの視線が長髪の彼に注がれる。


「……私はオルフェ国はミーゼンハイラム伯爵家の当主、ツァハリス・ダーク・イル・ミーゼンハイラムです。アイブリンガー公爵より命を受け、ミージュリアのベルコヴァー伯爵やバルツァーレク前執政官と協力をし、ミージュリア特使の1人として、ミージュリアの暗部育成計画に着手していました」


 やはり貴族のようだが……ミージュリアも組織に加担していたのか。


「……10年前に起こった<闇と太陽による劫火>によりミージュリアが滅亡し、特使としての任も半ば解かれたあと、ミージュリアの生き残りを探す名目で“短剣”の生き残りも探していました。隣の彼は違いますが、さきほどいなくなった3名はその生き残りです」


 え、もう2人いたの?? ……穴も開いてたし、さっきみたいに食われたか……。

 にしても、“いなくなった”か。つい、ちらりとネロを見てしまう。


「死んでないと思ってるようだけど。テュポーンはそんな器用なことは出来ないんだよね。お前も見ただろ? しっかり死んでるよ。……2人の男の罪状は誘拐に加担した愚かさ、女の方はダイを精神操作した罪深さを理由にね」


 あいつはテュポーンか……。


 後半に入るとネロの語気は冷ややかになっていた。テュポーンが食った現場に動じなかったことや、喋りでの子供っぽい言動を見ているせいか、ネロの残虐性には何の疑問も持てない。

 七竜側でもとくに言葉が上がることはなかった。仲間が殺された当の2人にしても激情で立ち上がることはおろか、表情の変化すらもない。


 ネロが殺したのは俺の、つまり、八竜としての報復だし、残った2人はジルにより“しっかりと”精神操作されてるとはいえ……ちぐはぐというか、不気味なやり取りだ。感情のやり取りがない。


「……今回のことは申し訳ございませんでした。私どもはあなた方の事情を知らなかったのです」


 ふと、長髪の男がそう謝る。しかし精神操作されてるためか、声音にも表情にもさほど変化はなく、頭こそ下げたものの全く謝意のこもっていない謝罪だった。初老の男性の方も頭を軽く下げたが、同様だった。


 ――突然、長髪の男の横の地面から太いツタが飛び出し、その針のように鋭い先が彼の喉元に向かった。

 あ、っと思った時には、しかしツタの先から火の手があがり、ツタの勢いがピタリと止まると同時にツタは見る見るうちに炭になってぼろぼろと地面にこぼれていく。


「精神操作されてる奴に謝らせるとイラっとくるんだね」


 見れば、ネロの髪には「蛇がいた」。両方の耳の後ろ辺りから、普通のサイズだが、全身が葉のような鱗で覆われた緑色の2匹の蛇が出てきていて威嚇している……。


「気持ちは分かるけどね。査問中でしょ? 今はまだ自重しなさいな。私も少しイラついたけど」


 火の手はジルの仕業か? 再びネロに視線を戻すと、蛇は消えていた。

 私もだ、とインも静かに続いた。ルオは「誠意ある謝罪をさせたいならジルの《誘惑ペルフム》ではダメだろうね」と語り、次いで、


「今の彼は感情はもちろんのこと、痛覚も麻痺しているような状態だ。この状態では彼は自身の罪をろくに認めずに死ぬことになる。彼への怒りは、100年間ブラッドパース海に沈めておくだけでも物足りないというのに」


 と、ごくごく自然な語り草で続けた。

 こわ……。知性派の七竜かと思ったが、しっかり七竜的な狂気は持ち合わせているようだ。まあ、ネロよりはずいぶんマシだが……。


「尋問用みたいなものだしね、この《誘惑》は」とジル。


 尋問用ね。ペルフムがジルの誘惑魔法を指すんだろうが。


 ふとネロが俺の方を見やる。表情はすっかり緩んでいた。そして「ああ、ごめんごめん、話を折ってしまったね。話を続けて」と長髪の男に話を促した。俺が原因とはいえ、冷や冷やする査問だ。


「……タナカ・ダイチ様を誘拐したのは、報告を元に、彼が“短剣”の生き残りではないかと判断したためです」


 まあ、そうだよな。


「私は暗部の育成を援助する中で、アンスバッハ七世王に“短剣”を差し向け、暗殺する計画を立てていました。結局この計画は、ミージュリアが滅亡し、“短剣”とこの計画に加担する者のほとんどが死んだことにより頓挫してしまいましたが、私は彼の口からこのことが漏れることを恐れました。漏れた暁には、私は反逆罪により死罪になるからです」


 王の暗殺か……。土に塗れ、髪も乱れてはいるが……この人はだいぶでかいことを計画してたんだな。


 なんだ、ただの暗殺か、とネロ。え? ただの?


「きみはその王の暗殺計画の首魁なの? それともなんとか公爵から指示されて遂行してたにすぎないわけ?」

「……私はアイブリンガー公爵の命で動いていました。私は1つの駒に過ぎません。多少大きな駒ではありましたが」


 自分で駒と言うか。


「アイブリンガー公爵って知ってる、ジル?」


 ネロが頭上にいるジルの方を向いて訊ねた。


「知ってるわよ。現王と同等の権力を持ってる人物ね。現王のアンスバッハ王家とアイブリンガー公爵家は内紛こそないけど、水面下では常に言い争いしているようなものね。まあ、両家の事情がどうであれ、一族が死ぬなり、金が尽きるなりしてアンスバッハ王家が没落すれば、次の王は公爵って決まってるわね。他に玉座に相応しいのがいないらしいから」


 いつか聞いたような話だ。ジルは七世王のことちょっとは気にかける素振りがあったものだが……。

 ジルの話のあと、ネロは、ふうん、と自分の巻き毛に指を巻きつけた。あまり興味なさそうだなぁ……。暗殺を「ただの暗殺」とか言ってたしな。


「新しい再生技術を見つけたってのに結局暗殺かぁ。暗殺暗殺ってほんと人族イゥマナってつまんないもんだね」


 確かにな……。暗殺は現代社会でもあるとこはありそうだ。

 ネロは次いで、殺しなんて大して面白くもないのに、と続けた。意外と否定派か?


「つまんない奴と面白い奴の2種類いるわよ? アイブリンガー公爵はつまらない奴だけど。昔からね。……ネロ、そっちの奴にも話聞いてみたら? そいつばっか喋ってるじゃない」


 ジルが初老の男性の方に興味を向ける。

 ネロは面倒くさそうに、「じゃあ、今度はそっちの髪の薄い奴。自己紹介よろしくね」と投げやりに言葉を投げた。おいおい……。


「……私は<七影魔導連>が1席、魔法闘士ヘクサナイトの隊長伯爵ウリッシュ・ガスパルンです」


 お。じゃあ、この人がクヴァルツの言ってた人か。王女を匿っているという。


「隊長? 伯爵? どっち?」


 ネロがジルを見上げる。確かにどっちだ?


「隊長伯爵の伯爵位はお飾りでもらってるようなものよ。栄えある国防精鋭部隊の隊長としてね。だから従来の伯爵位ほどの権力は持たないわ。どっちもしっかりやってるのもいるようだけど。……ま、市民は隊長伯爵が貴族の爵位とは違うことは知ってるわ」


 ふうん。ホイツフェラー氏は色々頭を悩ませていたし、どっちもしっかりやってそうだ。七影だし、従来の伯爵位っぽいな。


「で、隊長伯爵のきみはミーゼンハイラムの護衛かなにかできたの?」


 ネロは初老の彼に視線を戻して訊ねた。


「……そのようなものですが、ダイチ殿がどのような人物か、非常に気になっておりましたので、自ら同行を申し出ました」


 ほお、とネロが感心する声をあげる。


「で? きみにはダイはどんな風に映ったの? ああ、ダイっていうのはきみたちが誘拐した彼だよ。私たち八竜の新しいリーダーさ」

「……はじめは不可解な人物に映りました。秘密裏に受けていた報告によれば、七星・七影の副隊長以上の力を有していることが予想されていましたが、彼の素性は元より、途方もない力の源泉は、いっこうに明らかになりませんでしたから」


 ネロが俺のことを見て、そりゃそうだろうねえ、と得意げというよりも意地悪い笑みを浮かべる。

 ネロは転生者って知ってるんだよな? というか、秘密裏の報告っていつからだ。


 ネロが続けて、と機嫌よく先を促す。


「……実際に会ってみてもいよいよ不可解でした。手の者が術をかける段階では、“短剣”の生き残りか、あるいは低い可能性として“純正の”ホムンクルスであると考えていましたが、……精神操作されていながらも転生してきたと世迷言を吐くのを見るに、“短剣”の生き残りであることを強める一方で……私は彼の真実の方が気になりました」


 うんうん、とネロはガスパルンさんに同意したかと思うと身を少し乗り出して、「で?? それできみはダイの真実はどう踏んだ?」と興奮したように訊ねた。

 ネロはこの分だと、ガスパルンさんが転生が真実だとでも言いだしたら無邪気に喜びそうだな。


「……彼は『自分は別の世界からやって来て、この世界のホムンクルスの肉体に転生してきた』と言いました。伯爵やみなは信じませんでしたが、私は内心ではこの話を虚言の類と断言することはできませんでした」


 おいおい……精神操作された俺はありのままを言ったのか……。それは、……ちょっと……うかつすぎるだろう、俺…………。インは人の子にしては強力な精神魔法とは言ってたが……。


 ちらりと七竜の面々を見るが、みんな彼の話に聞き入っている。まだほとんど発言していないゾフですらも“しっかりと”顔を上げている。七竜は俺の事情を知ってるかもしれないが……。


「……現時点でのたどり着ける真実は彼が虚言癖であること、あるいは狂気に取りつかれてしまった者ということだけですが、彼を匿い、その間に彼の語ることについて調べることはできるだろうと考えました」

「あー、つまり。きみは、きみの考えられる範疇では、ダイの真実はまだ分からないということだね?」

「……はい。その通りです」


 なんだ、残念、とネロが残念そうに息をついた。転生なんて鵜呑みに出来る奴なんてそういないわよ、とジルが続く。

 俺は安堵して息をついた。まあジルの言う通りだ。一応この世界の中でも転生の例はあるようだけども。


「ガスパルンよ。お主は匿うと言ったが。ダイチをさらった後はどうするつもりだったのだ?」


 と、今度はインの質問。


「……もし彼が、我がミージュリアの同胞であるのなら“短剣”の構成員として働かせる予定でしたが、そうでないと分かった場合には、逃がしていたかもしれません」


 え。


「逃がしてたの?」


 つい言葉が出てしまった。


「逃がすとは、そんなことがお主に許されるのか? 公爵の命で動いているのであろう?」

「……許されはしません。逃亡を促したことが明らかになれば、私は謀反者として速やかに処されるでしょう」

「ではなぜ逃がそうとする? なにか狙いでもあるのか?」

「……狙いなどはありませんが、“短剣”の構成員が増えることは、実のところ、私自身がもう望んでないのです」


 それはなぜだ? と、今度はルオが先を促した。


「……ミージュリアがノツナニーチ城と共に滅んだあと、私は王都の牢獄の中で抜け殻のようになっていました。番兵からいつもゆすり起こされて食事にありつき、果ては『あんたに死なれると困るんだよ』と同情心をたぶんに声をかけられる始末でした。……堅固な街の石門。人であふれた街路。馴染みの酒場。賑やかな市場。色鮮やかな貴族区。不幸な者が住む水路。汗を流した訓練場、そして、我らミージュリア民の栄華と誇り、ノツナニーチ城。……家族や同僚を全て失い、故郷の慣れ親しんだ街の風景ですらもう二度と目に入れられないことは、私にとっては死も同然だったのです」


 まあ、そうね。同情するわ、とジル。さすがのジルでも気づかわし気だった。

 ネロも、はじめこそ簡潔にと念押ししていたものだが、今の彼の語りにとくに口を挟む様子はない。インは建物に執着していたが、他の七竜も少なからずそうらしい。


 思い出の中の故郷というもの、あるいは記憶というものは、風景に依存するものなのかもなという考えに及ぶ。

 フィッタの時のように、風景がそのままに人が誰もいないのも考えものだと思うが、こう言うとあれだが確かに人の補充はきく。数年すれば彼らはその土地の民としてフィッタの風景に馴染むだろう。そうしたら、そこはかつての故郷の風景と取って代われるのかもしれない。


 それにしても、だ。


 当のガスパルンさんは相変わらずの眉一つ動かさない&淡々とした口ぶりのありさまだ。故郷の風景を思い出す場面では少し話すスピードが遅くなったが……。

 感動の場面だろうに、彼の鉄面皮さは、ジルの精神操作の強力さが分かるとともに、ちょっと不気味ではある。結構表情豊かそうなおじさんなんだけど……。


 そんな俺の心境をよそに、ガスパルンさんは語りを再開した。


「……生き残りを見つけることが出来、今日まで同胞と再会できているのは、七世王をはじめ、公爵やミーゼンハイラム伯爵のような支援者のおかげです。ですが、暗殺稼業に身をやつし、それも友好国だったオルフェに牙を向けていると知られれば、もはや元手を何も持たないミージュリアの先は本当の意味でなくなるでしょう。ユリア王女――サーンス王家の命運も尽きたも同然です」


 クヴァルツの言ってた王女か。


「他国の支援なしに小国の復権は厳しかろうな」

「……はい。それに私は、せっかく再会できた“短剣”たちに、私が味わった絶望と喪失の日々を二度と味わってほしくないのです。国と王家の復活が叶わぬのなら、せめて彼らには新たに故郷となる土地で静かに暮らしてほしいのです」


 まるで親のような見解を持っているのだな、とインが穏やかな口調でガスパルンさんに語りかけた。

 言われてみて確かにそうだなと思う。口ぶりは淡々としてるからなんか調子狂うな。


「……すべてを失った私にとっては彼らは家族も同然ですから」


 いい人だ。無表情だけど。

 精神操作されてなかったら、さぞ感動的な場面に見えたことだろう。クヴァルツや王女と静かに暮らしていけたらいいだろうにな。

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