8-27 忘却の旅路 (3) - 緑竜と青竜


 突然俺の目の前に現れたのは、天パ+緑髪緑目の美青年だった。


 往来でうねりの強い髪を見かけるのは全然珍しくないのだが、……緑という色も相まって彼の容姿はちょっと奇天烈と言えた。

 しかも、髪は明らかに“植物が混じっていた”。葉々がそうであるように、濃淡の緑と黄味が折り重なり合い、本来髪では表現し得ない色合いと質感があった。


 魔導士や亜人の髪の変質がいったいどれほどの規模に及ぶのか、俺はまだ詳しく知るところではないが、髪に植物が混じるのは、特別な亜人以外にはなさそうではある……。

 それにしても顔は同じ緑髪のハレルヤ君以上の整い具合だ。奇抜な髪に少し残念に思ってしまった。インやジルが3Dキャラ級の完璧な整い具合なら、彼もまた3Dキャラ級の美男子だからだ。


 傍には土をいくらかかぶった地に伏せた男が2人――長髪+巻き毛といかにも貴族的な男性と、髪がだいぶ薄くなった小柄で初老の男性がいた。

 2人とも相応の身分のようだが……傍で同じように伏せている女傭兵は護衛かなにかだろう。女傭兵は思い切りのいいショートヘアーで、アリーズに次いで珍しい髪型だ。顔立ちはクールビューティー系。


 3人ともこちらに視線を向け、唖然としたまま、とくに動かない。

 彼らの傍にはだいぶ深そうな直径1メートルは軽くある巨大な穴がある。


 ……どういう状況だ……?


 緑髪の青年は手にしていた《灯りトーチ》を空中に軽く放る仕草をした。

 《灯り》がふわりと空中に放られ、やがて制止した。そんなこともできるのか。便利だな。


 彼はゆとりのある真っ白いチュニックに、ビロードの緑色の布を巻きつけた、古代ローマ風味の衣装に身を包んでいた。

 裾や腰帯、緑色の布にはリボンを縫い付けたような金糸模様があり、頭の植物を模した金色の耳飾りも合わせて、君主風のいで立ちがあった。


 そりゃあそうだ。彼は明らかに……


「初めまして氷竜。私は緑竜。ネロと呼んでもらって構わないよ。代わりに私もダイと呼んで構わないかな?」


 彼は胸に手をあてて、にこやかにそう挨拶をした。


 ネロ。緑竜。やはり七竜だったらしい。次に会う予定だった竜だ。


 彼は姿通りの若い青年の声音を発しつつ、身なりのままに上品な笑みを浮かべていたが、……俺はそこに違和感――いくばくかの冷淡さ、悪寒を感じた。俺に向けているわけではないことは察したが……。


>称号「緑竜の威光に触れた」を獲得しました。


 今までに会ったどの七竜とも、最初は戦ったものだ。ジルはともかく、インもそうだったし、共闘ではあるがゾフですらそうだった。

 戦いの正当な理由はいくらでも作れるだろう。俺は突然彼ら七竜のリーダーになったのだから。懸念していたことでもある。


 これから突然始まるかもしれない壮絶な戦いを想像してしまい、内心では身構えてしまって何も言わない俺に、首を傾げたネロが「まだ精神操作されてるわけはないはずだけど」とこぼした。


 俺はつい「……精神操作?」と聞き返してしまった。


「そうだよ。実に不愉快なことだけどね。……そこにいる奴らは我々八竜のリーダーを、ただの定命の人種の身でありながら我が物にしようとしたんだ。彼らの罪の深さを語るには、いかに我々としても語りつくせないことだろう」


 ネロはちらりと倒れている者たちの方に視線をやりながら、そう語った。はじめこそ柔らかい言葉遣いだったが、声は段々と低くなり、顔からも表情が消え、そうしてやがて一片の慈悲もなくなっていた。


「……は、八竜……?」


 長髪の方の貴族がそうつぶやく。だがネロは、冷たい眼差しで彼を一瞥しただけで、何も答えてやらなかった。

 市井への八竜政権(?)誕生の告知は、王都への訪問時ではまだだったが。


 ネロからリーダーと認知されていることには多少安堵もしたが、俺は一抹の不安も感じた。

 インなら、慈悲を与えることもあるかもしれないが……ネロが彼らを許すだろうか? 彼の俺に対する親しげな感情は果たして「本物」か? ジルも当初はひどかったものだ……。


 ふと俺は周囲に視線を這わせた。


 ……そういえば俺はここ――「エリクール子爵領ヤジルタの森」に来た覚えがない。マップの森の中には赤いマークはあるが、各マークの間隔は広く、遠方にある。

 どうやらケプラの南に位置するようだが、見知らぬ場所に見知らぬ人たちといるってことは俺は誘拐でもされたのか? それをネロがどうにかしたわけか?


 ……やってしまったな俺……。精神抵抗値は気にかけていたというのに。

 ガルソンさんの言う通りだ。たかだか5%10%抵抗値があがるアクセサリーをつけて準備万端の装備になるわけがない。


 内々で後悔の念を強くしていると、地響きが聞こえ始めた。地面の下からだ。なんだ?

 猛スピードで近づいてきているようだ。振動が伝わってくる。あの穴からくるようだ。あの穴……だいぶでかいぞ??


「また奴か!!」


 また?? 悲痛に叫んだ長髪の彼に、事態はあまり良くないらしいことを察する。


 ――穴からは胴のやたら長い怪物が地面から出現した。体がもの凄い勢いで穴から出ていく。10メートルは軽くあるらしい。

 やがて怪物の動きは止まり、俺たちの上に影をつくった。怪物は蛇のような手足のない長い体をしていて、頭部がコブラのように太くなっていた。目は……目のある部分に穴があるだけで、目があるのかは分からない。


 気のせいでなければ……コブラは俺を見ていた。とっさに身構えたが、彼はただ見ているだけだった。敵意はなかった。彼はそのままツタや茎で覆われた巨木のような太い体を“穴にしまっていく”。

 そうしてあともう少しで頭部が穴に差し掛かるということで――急にコブラの怪物はでかすぎる口を開け、びっしりと生えた犬歯を見せたのもつかの間、倒れていた女傭兵を口に挟んだ。


「――あっ!!」


 一瞬の出来事だった。

 怪物が穴に下がり、再び口を開けると同時に女傭兵が口内に落ち、短い悲鳴とグシャリと骨と肉が砕かれる嫌な音が聞こえたのもつかの間、大蛇は再び出てきた地面に消えてしまった……。


 辺りには何事もなかったかのように静けさが戻った。蛇の用事は女傭兵だったらしい。

 さきほどと違うのは、少しばかりの血が地面に点々と落ちているのと、女傭兵が消え、残った男2人が驚愕に目を見開き、長髪の方はすっかり青ざめ、手を恐怖で半ば震わせているということだけだ。


 なんてもの見せるんだ……絶対夢に出るだろ、これ……。


 非難の心境でネロを見ると、彼もまた俺のことを見ていた。彼はニコリと、全く穏やかな笑みを浮かべたので、俺は何も口に出すことが出来なくなった。


 ……あのコブラはネロの配下の魔物に違いない。断罪だ。

 それから俺は、ネロを怒らせない方がいいと察知した自分の考えを強めることになった。

 ネロの配下なら俺が食われることはないだろうが……。ジル戦のように、近いうちに起こり得る戦いにあの怪物が参戦しないとも限らない。


「ねえ、ダイ? 私は君のことを助けたんだけど。そのことは分かってる?」


 ネロは少し口をとがらせて、子供っぽい素振りを見せた。さっきの捕食劇は全く知らぬ存ぜぬとでも言う風な口調だ。

 助けられた手前もある。今度は俺は彼を苛立たせまいとすぐに口を動かした。


「あ、ああ。感謝してるよ。まだ事態がちょっと分かっていないけど……」


 ネロは俺の目をしっかり見て、まごつく子供の話をよく聞こうとする大人よろしく聞いていた後、うんうんアゴを上下させた。


「そうだね。そりゃあそうだ」


 ――視界の右に《三次元空間創造クリエイト・スリー・ディメンション》の姿見が再び現れた。ネロが出てきた姿見はもうない。


 やがて、


「――ダイチ!! 大丈夫か??」


 インが飛び出してきて俺の目の前にやってきた。

 なぜか寝間着のようだが、馴染みの相方の姿に俺は胸を撫でおろした。ネロと2人というのは少し、いやだいぶ心臓に悪いからだ。


「大丈夫。ネロが助けてくれたみたい」


 インは不安な面持ちでしばらく俺の上から下まで視線を這わせたが、気にかかるものは何も見つからなかったようで、深く安堵の息をついた。

 そうして俺に抱き着いてくる。インのほのかな植物の香りにくわえ、革のにおいが香ってくる。革?


「すまんな……すぐにどうにかすることも出来たのだが……ダイチの弱点につけ込んだ奴らが一体どのような輩か、どんな目論見があるのか気になってな。無論私はすぐに助けたかったのだぞ? だがこれはみなが気にするところでもあったのだ」


 「みな」というのは七竜たちだろう。確かに気になると言えば気になるかもしれないが……。

 というか、俺は囮か?? てか、それだとネロも気になっていたということになるぞ……。


 視線を犯人たちにやる。


 2人は、相変わらず少々不格好なほふく前進の姿勢で、地面に顔をぴったりくっつけている。顔はもちろん、背中にもいくらか土をかぶっていて、貴族的な服装も台無しだ。

 2人とも唖然とした表情だ。仲間があっという間に死んだからな。でも、七竜が相手だ。彼らが信じているのかは分からないが……。


「ダイにかけられた精神操作を綺麗さっぱり消すには私の力が必要だったけどね」

「うむ。人の子らにしてはまあまあよく出来た術であったからな。私も解除は出来るが……後遺症が残らんとも限らん。その点ではネロは七竜一安心のできる奴だ」


 解除って、……ああ、あの時の花か?

 ネロは口をニコリと伸ばして満足気な表情を俺に向けてくる。俺はひとまず「改めてありがとう。ネロ」と、お礼を言った。食われたくはない……。


 察するにネロは精神操作されるのを黙って見ていたことになるが、ともあれ「敵」に対して準備不足だったのは間違いない。


「いいさ。出会いが最悪であるよりはずっといい。ジルのようにね」


 確かにジルとの出会いは最悪だったが、知っているらしい。そりゃそうか。七竜側からすれば、俺が八竜になるのを決定づけた事件だったろう。


 ……少し和んでいた場に、ゾフが現れた。インが出てきた黒い姿見から現れたようだ。相変わらずの黒いゴスロリ姿だ。


 ゾフに次いで、見知らぬ青年が出てくる。


 ゾフに追従する《蒼火フォース》の青い炎によって照らし出されているので不確かではあったものの、やがて彼の髪が深い青色であることが分かった。今度は青竜か……。

 青年はネロほど“古びた”装いではないが、服には腰の帯以外だいぶゆとりがあり、神殿にでもいそうな服装だ。青髪は長く、輝くほどに美髪で、後ろで緩く結んでいる。


「――初めまして氷竜。私は青竜です。ネロと同様、私のことはルオとお呼びください」


 ルオは長い裾の両手を前にやって、軽く会釈してきた。イメージよりも声は低かったが、落ち着いていてはっきりとした、聞き取りやすい声音だ。

 この手の知識がない俺は、三国志や中国系のマンガの文官たちの作法を思い浮かべた。だが確かルオは、バルフサの地を守護しているはずだ。


「ダイチです。ダイチでもダイでも好きに呼んでください」


 分かりましたダイチ、とルオは微笑した。


>称号「青竜の微笑みに射抜かれる」を獲得しました。


 やはり彼もまたネロと同じように美青年で、微笑みも魔性の笑みだったが――傭兵を“食べた”所業はおそらくネロの仕業だろうし――ネロに感じてしまった酷薄な感情はとくに感じ取れない。

 まともそうな人だ。七竜に「まとも」がどこまで適用されるかはなんとも言えないが、きっと賢くもあるんだろう。


「さて! 話はあとにしよう。先にこいつらから話を聞かなければいけない」


 ネロがそう高らかに宣言した。語調は明るく、さながらこれからなにか楽しいことでも始める様子だ。


「…………りょ、緑竜様…………」


 もう髪は頭頂部に少ししか生えていない初老の男性の方が、ようやく静寂を破り、つぶやいた。みんなの視線が彼に行く。


「……も、申し訳ありませんでした……。我々は彼が……あなた様方の大事なお仲間であるとは」

「わ、私も知りませんでし」


 長髪の方も彼の弁解に続いたが、ネロは「はいはい。そこまで」と手を叩いて2人の発言を止めさせた。


「私はこういう時の人族イゥマナの言葉は信用しないことにしている。言わずとも分かるよな? きみたち人族の最大の得意技は――騙し合いだからだ。きみたちは幾重もの嘘と欺きによって戦いに勝利し、国をつくり、街と城を築き、そして、自身の身に最大の危険が及ぶ時や裁判の時ですらも嘘をつくことで生を勝ち取ってきた。君たちの言う武勇だの英雄だのというものは、民衆から指示を得るための嘘で塗り固めた偶像のようなものだ」


 イウマナは人族かあるいは貴族か何かを指すのだろうが……偏見が過ぎないか? なかなか抗弁も難しいところはあるだろうが……。

 エルフの人嫌いはネロからってことはないよな。


 ネロは2人の傍に行き、覗き込むように彼らを見下ろした。


「――悪いことだと言ってるわけじゃないんだぜ? 戦い、生き抜こうとする力は、人族に私の国民ププレ メウスに魔物にとどんな生物も持つ普遍的な力だ。素晴らしい力、美しき力という者もいるし、私も否定はしない。……だが、それも今は必要ない。私ときみたちとの間で起こるのは戦いじゃないからね。そもそも、“戦いにすらならない”。……ともかくだ。なので私は、君たちからちゃんとした話――つまり真実だ――を聞くにはこちらで精神操作をするのが最適だと考えている。な? きみたちもそう思うだろ?」


 ネロは始終弾んだ話し振りだった。当の2人は絶望的な顔をしたり、目線を泳がしたりするばかりで、返答はない。2人に少し同情してしまった。


 ……ネロはやはり少しネジが外れているらしい。ジルがかつてそうだったように。

 狂人の言葉が的を射るように、言ってることは分からなくもないんだが、人里を守護し、崇められている者の意見としては、やはり偏見が強いように思えてならない。


「私はエルフの長老たちの長い話には飽き飽きしていてね。彼らの話は……はぁ。……本当に、……本当に長いんだ。出来立てのおいしいポタージュや焼き立てのパンが冷めるなんてあっという間さ。自分の生死を天秤に預けた今のきみたちに短い話なんて到底無理だろ? きみたちは弁解がしたくてたまらないのだからね。たとえ、相手が七竜であっても。……じゃ、ジル。頼むよ」


 ……え、ジルもいるの?


「――はいはい」


 上空からジルのやる気のなさそうな声が聞こえたので見てみれば、空中に窓のような形をした黒い姿見があり、そこにジルが顔を出した。

 部屋の中にでもいるのか、窓の奥に金櫛荘のような豪華な部屋の一部が見える。


 ジルは「窓」に両腕を乗せた。そうして、少し気だるげな、誘うような笑みを浮かべて俺に軽く手を振った。ネグリジェのようなものを着ている。寝起きか? いや、時間的に寝る前か。


「はあい、ダイチ。今日はふふ、なっさけない姿を見せたわねぇ。あんたといると飽きないわ、ほんと。これからも楽しませてね?」


 ジルの楽し気な皮肉に、俺はため息をついた。いつものノリだったら俺も何か返すんだが、助けられた立場的に何も言えない。


「……も、もしやあなた様は赤竜様では??」


 長髪の男が声を半ば震わせながらジルに訊ねた。


「そうよ。それが何か?」


 ジルのとくに何の気持ちもこもってない言葉に、男が目を見開いた。


「せ、赤竜様! わ、わたしは……!! 知らなかったのです! 彼があなた様のお仲間だと……!」


 長髪の男はだいぶ焦った様子で叫ぶようにジルに語りかけたが、顔は半ば笑っていて少々気味の悪い表情になっていた。

 そういやオルフェは赤竜信仰だったな。赤竜に会えるのも最高司祭と王だけだ。


 ジルはふうと息をついた。


「不運だったとしか言いようがないわね。……ま、話は聞かせてもらうわ」

「は、はい! いくらでも……」


 確かに不運ではあるだろう。俺が氷竜だとは、ノアさんと王以外誰も知っていない事実だ。もしそれを知っていれば、彼らは手を出してこなかったに違いない。


 ジルが窓から腕を伸ばして、人差し指で何かを押すような仕草をした。指の先には数メートル先に彼らがいる以外、とくに何もない。


「かけたわよ」


 え、もう? 2人を見ると、表情がなくなっていた。目も虚ろだ。

 今のが精神操作だったらしい。……ジルに頼むってことは、精神操作する方はジルが得意なのか。


「ん、よし。じゃあ――みんなとりあえず座ってくれ。ダイもね。――きみたちも座れ。……さ! 楽しい楽しい査問の開始だ」


 ――ネロが座ってくれというのと同時に俺たちと地に伏せた2人の間の地面からは、浅いU字型の木のテーブルがせり上がってきた。人数分の背付きのイスまでもある。イスの脚の先には細い木の根のようなものが数本地面に続いている。

 誘拐犯の2人の傍にも同様に木のイスが出てきた。2人は間もなく立ち上がって、驚くこともなく、体の土を払うこともなく、言われるがままにイスについた。重力魔法は解いたようだ。


 何とも便利な術だが……間もなく、テーブルの天板に太い木の枝が伸びてきて動き出し、車のワイパーのように天板に残っていた土を払った。イスも同様だ。やり慣れてるなぁ……。


 俺たちは席についた。ジルはそのまま窓辺の席らしい。


「さて。じゃあ何から聞こうかな~。う~~ん……。――よし! じゃあまずはダイをさらった目的からだ。髪の長いきみからだ。短く、簡潔にね。……そう! 簡潔明瞭にだ! きみ、話長そうだし。……話が長いとさ、心を病むんだよね。する方も聞く方もね。きみがちょっと界隈で偉いだけの人族の男なのに髪をずいぶん伸ばしたようにね」


 ネロは身振り手振りを交えていかにも楽しそうに振舞っていた。インが、俺の手合わせをさながら格闘技の観戦でもしていた時のように。


 それにしても大丈夫か? ネロ。

 心を病むとか言っているが、既に病んでいるのはネロじゃないかと考えてしまったのは言うまでもない。


 結局、ネロの言葉に誰もなにも反応することもなく、長髪の彼が話を始める。


「……私は“短剣”に関わっていた自分のことがアンスバッハ王家に知られるのを恐れ、ダイチ様をさらいました」


 短剣? 探検ではないよな。ネロが「“短剣”ってなんだい?」と質問する。


「……ミージュリアの特殊暗殺部隊のことです」


 うわ、いきなりだな。


「“短剣”は隠語でしたが、正式な名は名付けられていません」

「“特殊”か。特殊なんてどこの誰が特殊と言うかで言葉の意味が変わってくるぞ。エルフから言わせれば人族の肉好きは特殊だし、人種にとってはエルフの野菜好きは特殊だ。貴族のきみからすれば、エルフの乞食が土も食べれることなんて特殊も特殊だろう?」


 え、土食うの?


「それは空腹のあまり、掘り出したばかりの野菜にもがっつくという意味だろう? ダイチに変な知識を植えつけんでくれ」

「ああ、ごめんごめん」


 ネロがにこりとしてくる。そういうことか。てか、エルフに乞食もいるんだな。まあ……いるか。貧民街ってどこにでもありそうだしな。


「とにかくだ。暗殺部隊なんてどこの国にもあるじゃないか。やることもこそこそ隠れて隙をうかがって――首をかっ切るだけだ。なあ、ルオ?」


 ネロはそう言いながら、指先で自分の首を掻っ切る素振りをしてみせた。


「そうだね。気性が穏やかだと言われる我が公国民にすらあるよ」


 コロニオ公国か? 青竜が守護竜か。


「で。その“短剣”とかいう暗殺部隊についてのもっと詳しい情報ないの? “短剣”についての説明よろしく。もちろん短く、簡潔明瞭に、だ」


 好きだね、その言葉。


「……“短剣”は元々、密偵や暗殺を生業とする組織でした。仰る通り、他国の珍しい組織ではないでしょう。この暗部組織は、200年前の魔族との戦いの敗戦から長い間憂き目を見ているミージュリアの独立と隆盛を願い、預言竜オブリビシから預言をもらい、設立しました」


 オブリビシか、とネロがぼそりとこぼした。言葉は続かない。

 預言竜とかいるんだな。例のアマリアの最強剣士然り、古竜がいるとは聞いているけど。


「“短剣”の構成員はみな、少なからず“治療”を施しています。“治療”とは体の一部をホムンクルス化することです」


 げ。人工生命体にはその手の改造はつきものだけどさ……。

 ネロが、「それはそれは。さぞ特殊な暗殺部隊だったろうね」と肩をすくめて、彼らの特殊さに納得した。

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