8-24 結界魔法とアダマントアームズ商会


 レナックスが向かった方で話し声の気配があったので、なんとなく《聞き耳》をONにしてみる。


「――銀勲章……? 爵位は? どんな人?」

「――爵位は分かりませんが……身なりはいいですし、ダークエルフの従者を連れているのでかなり裕福かと思います。少年です。未成年の。なので問題は」

「――レナックス。あなたが有能なのは知っていますけどね。貴族に年齢は関係ないのよ。知ってるでしょ? むしろ子供の方が厄介なんだから」

「――そうですね……でも、」

「――でも?」

「――知り合いで。ギルド長やベルナートさんとも親しいです。変なことをするような人ではないかと」

「――ふうん……」


 相手は女性の職員らしい。ベテラン職員って感じだな。


 2人は俺の用向きについて少し話をすると、ドアが開く音があり、レナックスと女性の職員が現れた。

 女性はほっそりとした顔になかなか厳しい眼差しを持った人のようだ。耳にはカットされた赤い宝石のピアスがついている。アラフォーかそこらだろう。紺色のスカートに黄色の前掛け、赤茶色の、女性にはお馴染みのコルセット的なベストをつけている。


 彼女のお局職員的な雰囲気は俺たちを認めるや否や、すぐに緩んだ。

 《聞き耳》で既に聞いているせいで、彼女の表情の変化の理由が丸わかりだ。単に仕事の顔になっただけなんだろうけどね。……子供であることで助かってることはかなり多いのかもなとふと思う。とくに人脈構築において。


 彼女は俺たちのところにやってくると腕に抱いていた冊子をテーブルに置いた。

 立派なベルトで留めてある上の本の表紙には「預金者名簿」とあった。どちらも古ぼけているが、下の本の方が明らかに質が良い。


「お初にお目にかかります。ケプラ支部で古物や魔法道具マジック・アイテムの鑑定をしております、ウィノーナと言います」


 意外とハスキーな声だ。ウィノーナさんは胸に手を当てて優雅に軽く会釈した。鑑定士か。


「ダイチ・タナカです。――あっちで座っているのが妹のイン、2人は従者のディアラとヘルミラです。インは小難しい話が苦手で」


 ウィノーナさんはにこやかに俺の紹介のままに視線を追っていった。

 インは座ったままこっちを見ていた。見てるならこっちに来ればいいだろうに。


「ダークエルフの従者とは珍しいですね」

「よく言われます。少し縁がありまして」


 それなりに目立っているとは思っているが、レナックスとの会話通りに、ウィノーナさんは俺たちのことは知らないものらしい。

 それにしても。ウィノーナさんは少しニコニコしすぎな気もしなくもない。子供相手だからと油断してはならないと諭していたようだが、あまりニコニコするのもよくないんじゃない?


 2人は席に着いた。


「銀勲章の方を拝見しても?」


 彼女の申し出にもちろんと頷く。


 ウィノーナさんは前掛けから手袋を出した。そうして真剣な表情になったかと思うと、銀勲章を見だした。

 ――表と裏をしばらく見たあと、彼女は「本物です」とこぼした。偽物だったらうける。


 銀勲章がことりとテーブルに置かれる。プレートに彫られた銀色の精巧な獅子の顔が、オルフェ屈指の権威を見せびらすかのようにきらりと光った。


「それで身分証明は問題ありませんか?」

「ええ、もちろんでございます。――アンスバッハ王家の名において、我々鑑定士の検分による侮辱の如何は免除されていますが、王家への大恩があり、みなさまから敬意を抱かれるべきあなた様を疑ってしまったことをここにお詫び致します」


 そうして唐突に、ウィノーナさんは胸に手を当てて厳粛に謝罪をした。レナックスも同様だ。

 侮辱罪か……。職業柄仕方ないことだろうが、大変だ。


「気にしないでください。職業柄仕方ないでしょうから」

「ありがとうございます。そう言っていただけると私どもも心が休まります」


 憩い所内では何人かの貴族が俺のつけていた銀勲章について噂していたものだが、ホイツフェラー氏が常に横にいたせいか、目の前で銀勲章にかしこまられたことはない。改めて身の縮まる思いがするものだ。


「ところで。タナカ家はどういったご商売をしているお家なのでしょうか? 私、勉強不足でして、よければ教えていただければ」

「……色々やってます。お金はあります」


 教えてあげたいのは山々なんだが……ボロが出る自信もあるので、俺は何回かしている短すぎる答え方をした。少し自信なさげに。

 ウィノーナさんは不思議そうな顔をしたが、あまり家の商売の方は詳しくなくて、と俺が追加で答えると、そうですか、とニコリとした。ここばかりは俺の外見年齢さまさまだ。


「ダイチ様はお抱えの方、商人の方などはございますか?」


 お抱えの商人?


「いえ、特にいませんが……」


 そう言いつつ、俺の脳裏にはガンリルさんのことが浮かぶ。

 商売仲間の娘から金のやり繰りについて小言を言われる彼は、お抱えの商人にするにはあまり頼もしくはない。


 再び、分かりましたと微笑するウィノーナさん。


「ダイチ様はうちのレナックスがお知り合いだと聞いております」

「あ、はい。よくしてもらってます。色々と丁寧に説明してもらったり」

「そうでしたか」


 ちょっと受付してもらった程度だけどね。

 少し間があり、ウィノーナさんが肘で軽くレナックスを小突いた。


「……では、手続きの方を続けようと思いますが、問題ありませんか?」


 俺は頷く。進行は彼に任せるようだ。


「帳簿の記入料は3,000ゴールドになります」


 記入料ね。俺は魔法の鞄から銀銅貨を3枚取り出してテーブルに置いた。


「ありがとうございます。では早速ですが、帳簿の方にダイチ様の名前を記入致しますね」


 レナックスがそう言って、2冊のうちの下の方の本を取り出してページをめくっていく。

 もちろん中心部には名前と項目と金額が書かれてあったが、ページ周りには植物や動物、人などで構成された芸術的な色鮮やかな飾りの絵が描かれていた。同じ作者のようで似てはいるが、毎ページ違う絵らしい。凝っている。


 取引先の人が、知り合いに頼んで活版印刷でつくった名刺を自慢げに説明していたのを思い出した。


 見ていると紙の質に違和感を覚えた。本の多少古ぼけた外観、写本的な飾りの絵からすると、紙の方は綺麗すぎるかもしれない。普通に現代の真っ白い紙だ。

 帳簿は大事だろうし、魔法の巻物マジックスクロールみたいに魔法的な付与がありそうではある。


 いろいろと注意を引かれているうちにレナックスは羽ペンを手に持ったが、


「……うちでは物品の保管に際しては、結界魔法の使用料込みの代金をいただきます。預金は年金利7%になります」

「結界魔法?」


 結界魔法という意外な単語の出現についそのまま口に出してしまった。7%も高いな。

 レナックスが「はい。そうですが……」と、怪訝な顔を見せたが、ウィノーナさんが横から解説をしてくれる。


「当ギルドでは貴金属、骨董、書面など、お預かりした品々を結界魔法を施してお守りしているのです。結界は元聖神官セイント隊所属ハンナ・ミルダー様にご依頼し、《魔法障壁マジックシェルター》を展開しています。ご希望があれば《魔法の鎖マジック・チェーン》を施すことも可能です」


 おお、なるほど……。

 セイントはこの世界だと七星だが、クライシスではユーザーが選べるクラスの1つで、女性ヒーラーだった。


 それにしても預金で金利7%か。美味しく思えてしまうが……。

 この世界は平和じゃない。少なくともオルフェは平和ではない。戦争があれば武器と鎧に逐一金がかかる。仮にオルフェがもし負けたら、預けた金はどうなるのやら……。貴族だってみんながみんな、事業を成功させるわけじゃないし、ビュッサー家のように不幸が重なる家もあるだろう。


 来週からガシエントに行ってしばらくオルフェには来れないので、とりあえず国際取引について聞くべきではあるだろう。


「ここに預金する気持ちではいるのですが……外国にあるギルド、もしくは提携先からお金を引き出すのは問題ありませんか?」


 レナックスが目を丸くさせた。ん? なんかおかしな部分あったか? ウィノーナさんが肘でレナックスを小突く。

 レナックスが羽ペンをやや雑にペン立てに戻して、テーブルに手を組み、外国と言いますと、と訊ねた。


「ガシエントです」


 レナックスがガシエントでしたら問題ありませんね、と安堵したように微笑する。問題がある都市もあるようだ。アマリアとかだろうな。今戦争中だし。

 次いで彼から、ガシエントに行ったことがあるか訊ねられたので、俺はないと答えた。


「ガシエントには『アダマントアームズ商会』という大きな商会がありまして。この商会に行けば、為替、両替、振込などの通貨取引は、まず間違いありません。安全面もしっかりしています」


 アダマントアームズね。アダマンタイトの腕?


「首都のロックスミス、2番目に大きな都市タジサンガス、オルフェから一番近いビアラットと、この商会はたいていの都市にあります。さすがに村落の規模の都市にはありませんけどね。……この商会とオルフェの都市ギルドは業務提携しています。また、ロックスミスにある商会本部に行かなくとも、アダマントアームズ商会に所属している為替商ならすぐに手配してくれるはずです。それなりの立場の方ならその場で話が進むように思います」


 なるほど。しかし為替商かぁ……。

 2人がじっと見ていたので、


「問題なさそうで安心しました」


 と、微笑しておくと、レナックスがニコリとする。


「ガシエントはオルフェとは150年以上もの間、友好国ですからね。連合の方でよほど理由がない限りは戦争に参戦しない中立国でもあるので、オルフェ人の商人の行き来も活発なんですよ。アマリアのように領土の奪い合いになることもありませんからね」


 ほほう。中立国とは聞いてはいたが、商人の活動も活発ならしばらくの拠点としてもやはり問題なさそうだ。


「ちなみにアマリアでは取引はできるのですか?」


 ちょっと気になったので聞いてみる。レナックスは途端に表情をしかめ、苦い顔になる。


「できなくはありません。ですが、我々オルフェ人だと、12%、下手をすると20%ほどの暴利を取られることもあります。まあ、場所や戦争の情勢にもよりますが……」


 げぇっ!


「ご存知かもしれませんが、なにか強力な伝手でもない限りは、現在のアマリアで商取引をするのはおすすめしません。為替税や両替税をはじめ、通行税、滞在税、売買税、従者所持税などの各種異国人への税が跳ねあがるのに加え、下手をすると、兵士や貴族に狙われ、財産が根こそぎ奪われることもあります」


 と、次ぐ解説。説明するレナックスの顔はいたって真面目に説明する職員の顔だ。

 なんか変な税もあるが……財産を根こそぎ奪われるとか簡単に言うなよ……。俺は返り討ちにできるだろうが、そういう問題じゃない。


 今度はウィノーナさんによる解説。


「仮にアマリアに行き、取引をするのだとしたら、占拠したトルスクですね。他の都市では白竜教のアクセサリーをお持ちになってください。たいてい門前で言えば入手できます。少々高いですけどね。その都市で一番高いものを購入すれば、ひとまず面倒なことは回避できるでしょう。用事を終えたらすぐに去るのをおすすめしますが」


 今回はアマリアには行かないルートを選んでガシエントに行くつもりだと伝えると、賢明ですね、とウィノーナさんから頷きと微笑をもらう。


 レナックスが羽ペンを再び手に取って、改めて帳簿に書くことを訊ねてきたので頷く。


 俺の名前が書かれていく。相変わらずペン先は合わない。

 名前の後ろには括弧書きで人族と書かれていく。インの名前も書くことを頼む。こちらももちろん人族だ。


「そういえば、さっそく預金しておきたいのですが」

「もちろん大丈夫です。今手持ちがあるなら受け付けますよ」

「じゃあお願いします」


 俺は魔法の鞄に手を入れて念じ、300万ゴールド分の金貨を取り出していく。


 この金額には大した理由はない。


 魔法の鞄を紛失した際の保険の1つではあるけども、憩い所でホイツフェラー氏に挨拶に来たなんとかという絹織物や毛織物を生業とするセティシア出身の商人が300万ゴールド預金したというので、俺もそれに倣った形だ。


 ガシエントでも預金はしてみようかと考えているが……5兆ゴールドの保険には遠く及ばない。

 一応先日の市場巡りで革の巾着袋を購入し、《収納》の中にも金貨50枚分を袋にまとめて2つと金のインゴットを2つ保管しているが、これでも3千万ゴールドだ。今後、どこかしらの拠点に屋敷とかを購入するつもりではあるが……。


 そんな話はさておいて、金貨30枚を俺は順々にテーブルの上に金貨を置いていった。多くて困る。紙幣はほんと楽だ。


 7%の利息は美味しいけど、時代が戦国時代じゃなぁ……。

 やっぱり攻略者が無難か? せっかく部類の強さがあるし。攻略者でレア敵倒して、市場価格の高い素材で稼ぐ方がいい気がする。ステュムパリデスの毛皮とか高そうだったな。


 そんなことを考えつつ金貨を置いていると、職員の2人が唖然としているのに気付く。マクイルさんもだ。

 大金が動いてそうな今のご時世、額はそこまで変じゃないと思うが……あ。この流れ、デジャブだ。


「……レナックス。私はギルド長を呼んでくるわ。あなたはトレーと金袋を持ってきなさい」

「は、はい!」


 ウィノーナさんがすみません、ちょっと席を外しますね、といくらか慌てたように言うので、俺は流されるままに頷いた。


 2人がいなくなってしまってから、


「またやってしまいました……」


 マクイルさんにそうこぼしてみると、「少しずつ慣れていきましょう」と苦笑気味にフォローされる。

 いつか金の使い方についてジョーラを笑ったものだが、俺もたいがいだ。


>称号「金貨は手垢塗れ」を獲得しました。

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