8-23 特許の申請


 ある程度人がはけた通りを行き、俺たちはマクイルさんとともにギルドに入った。特許の話を進めるためだ。


 題目は黄金トースト――フレンチトーストのトッピング。

 この話が進むと、俺は月4万ゴールドの不労所得が得られることになる。この額は警備兵の月給くらいらしいが、金策面の出だしとしては悪くない。現在俺たちは無収入だからね。


 ギルド内は想像通り、そこまで人の増加は見られず、いつも通りのように思えた。大理石めいた石の床も、足跡で汚らしいといったこともない。


 掲示板の前で話し込んでいた黒人風味のギルド長、ラズロさんが俺たちに気付く。

 ラズロさんは憩い所で着ていた服のままで、カーキ色のシャツに群青色のベスト、頭には灰色のハンチング帽子を被っている。ベストの前立てにはラインが引かれているし、今見てもなかなかオシャレだ。


 掲示板にはいくらか紙が貼り出されている。隣にいるのはレナックスだ。それほど関わりがあったわけではないが、職員の1人だ。こちらは麻のチュニックに黄色のベスト、紺のパンツと普通の格好だ。

 レナックスの手元にはひもで結んだ紙の束があり、地面には釘とトンカチの入った木箱があるので、貼り付けているところらしい。


 ちなみに俺は着替えていつもの黒いベスト姿だ。

 インも華美さがもう少し控えめの鮮やかな青色――多少静かだが美辞麗句っぷりがミュイさんとよく似ているカルリーノさん曰く、「私もこの色は好きでしてね。見てください、この見事な青色は、コルヴァンの東に広がるルガーノ海のごときではないですか??」とのこと――のワンピースに着替えている。首にはシルクワームのショールも巻いている。どちらもケプラのコルヴァンの風で購入したものだ。


「お? ダイチじゃねえか。てっきりディーター伯らの見送りに行ったかと思ってたが」


 そう言いつつ、ラズロさんはちらりとマクイルさんを見据える。


「見送りは墓地ですませてきました」

「そうか。マクイルさんを連れてきてどうした?」

「今回は特許の申請をしに」


 特許? と意外な用向きだったからか、眉をあげて聞き返すラズロさんに、


「ダイチ様の料理のレシピの特許を申請しにきたのです。この料理は、今後金櫛荘でお出しする予定です」

「ほお……。ダイチは料理が得意な口か」

「別にそういうわけでは。今回のレシピもごく簡単なものですし」


 黄金トーストにチョコやスライスした果物を乗っける手法ですよ、とマクイルさんが簡単に説明すると、「おぉ? ……チョコは分かんねえが……そいつぁ美味そうだな……」と、ラズロさんは想像したのか、腕を組んでうんうん頷いた。


「レナックス。受け付けてやれ。――俺も早くそいつを食べてみたいからよ」


 そう言ってラズロさんはニッと人好きのする笑みを浮かべた。レナックスが手続きをしてくれるようだ。

 じゃあ、ちょっと書類用意してきます、とレナックスは受付テーブルの向こう側に行く。


「結構金櫛荘で食べたりするんですか?」

「まあ、たまにな。あまりそうは見えないかもしれないが、俺もたまには静か~に高い料理と酒を楽しむんだよ」


 ラズロさんが肩をすくめる。確かにラズロさんが金櫛荘の上品な食堂で食べる人のようにはあまり見えないが、今の格好だと別にそれほど違和感はない。

 ……1人って結婚してないんだろうか? 俺的にはラズロさんの結婚如何は微妙に判断がつかない。黒人風の女性をほとんど見ていないのもある。


「そうだ。酒渡したか? ムルックの奴によ」


 実は渡せなかった。俺も半ば忘れていたのもあるが、正確には渡す暇がなかったっていうのが正しい。

 憩い所では俺は戦斧名士ラブリュスのテーブルにいたし、アバンストさんにしても移動時には団員たちとともに警備であっちに行ったりこっちに行ったりしていた。人も多かったし、とてもじゃないが、酒瓶を渡すような時間じゃなかった。


 忙しそうにしていて渡せなかったことを伝えると、


「まあ、仕方ねえな。あの騒ぎじゃあな。……なんなら渡しといてやろうか?」

「そうですね……お願いしようかな」


 酒――レーリンゲンは《収納スペース》に入ってるんだが、ラズロさんならいいか。

 ギルドにもそれほど人はいない。ギルド内に背中を向ければそれほど怪しまれないだろう。


「ラズロさん。ちょっとこっちへ」


 俺は手招きした。疑問符を顔に貼り付けながらラズロさんが掲示板の方にやってくる。

 インが念話で『なんだ?』と聞いてきたので、《収納》を隠すためだよと説明する。インはやれやれというような顔をした。


「――うん、そこでいいよ」


 姉妹が不思議そうに見ていたので、俺たちの左右に立ってもらうことにした。

 インは少し俺たちの方に来たがこちらに来たりはしない。壁になるつもりはとくにないようだ。


 ――《収納》の黒い鏡を出して、俺は手を突っ込み、中からレーリンゲンを出した。


「……こりゃあ驚いた。《収納》使えるのか」

「インも使えますよ」


 ラズロさんはちらりとインを見たあと、底の知れない坊ちゃんたちだ、とこぼした。驚いたとは言っているが、納得できないわけではないらしいのを見て俺の中でのラズロさんの株が上がる。

 彼の内心ではさしずめ、団長を倒せるなら使えておかしくはない、という感じだろう。レベル45以上という具体的な数値も出てきたことだしね。


「じゃあ、お願いします」

「おうよ」


 マクイルさんがラズロさんの手に酒瓶があるのを不思議そうな顔で見ていたので、「《収納》に入れてたんですよ。あまり見せびらかすのもなと思いまして」と説明する。


「左様でございましたか……。便利でございますよね、《収納》」


 ……あんまりすごさ分かってない口か? マクイルさんが魔法に詳しいとはとくに聞いたことはない。館内の魔道具も調整役であるマグドルナをはじめとした契約している魔導士たちが担当していると聞いている。


 ちょうどレナックスが準備を終えたというので、俺たちはカウンターについた。

 インは話だけだと聞くと退屈だからと言って俺たちの真後ろの壁際にあるベンチに座ってしまった。


「ではダイチさん――マクイルさんでも構いませんが――改めてお聞きますが、特許の内容をお聞かせください」


 俺たちは黄金トーストのトッピングの説明をした。説明といっても、果物の上に調味料をまぶすだけなので、すぐに終わる。

 大げさだし、恥ずかしかったが、名前は「黄金トーストにおけるダイチ式トッピング手法」となった。


 もちろん名づけは俺ではない。簡単な名前でという俺のリクエストを汲み、料理・特許所持者・手法の名前を入れたらこんな論文めいた名前になった。


「――なるほど。確かに美味しそうです。……ダイチさんは黄金トーストの調理法そのものには関与していないのですか?」

「ええ、まあ。トッピングだけです」


 一応黄金トーストの作り方もマクイルさんに聞いたのだが、別に変わったことは何もなかった。弱火でじっくり焼くところまでちゃんと一緒だった。


 強いて言うならバニラエッセンスの有無だ。

 だが、俺にはバニラエッセンスの「なにがしか」は口頭で説明できなかった。ただ、この世界にもバニラという植物があり、香料として用いる文化はあったので、「ほのかにバニラの香りもあるといい感じになるかも」ということだけを伝えた。


 ちなみに本来はここに料理長も呼びたかったのだが、運悪く、彼は今は熱を出していて自宅療養中らしい。


「では、トッピングとして乗せるもの……そうですね、まずは果物を教えてください」


 俺は記憶の引き出しを開けつつ、マクイルさんにこの世界のフルーツ、とくに金櫛荘で取り扱っているフルーツを教えてもらいつつ、列挙した。


「――トッピングとして乗せる果物は、モモ、ベリー科、キーウィ、バナーヌなどの果肉の柔らかい果物をスライスしたもの、または果肉の小さい果物、ですね」

「はい。そもそも黄金トーストが柔らかいので、……食感を合わせています。エリドンなども、コンポートやジャムにしたらいい感じになるかと思います」


 コンポートについて聞かれたので、砂糖水やワインで煮込んで柔らかくした果物であることを伝える。


 頷きつつレナックスは羽根ペンを走らせる。

 彼は俺の話したことをメモしているにすぎないが、その様子に不思議な現象が伴っているのを見つけた。


 動くペン先と書かれる文字が“合っていない”のだった。だが、書きだされる文字はしっかり日本語だ。Flashアニメーションかなにかでも見ているようだ。


 《言語翻訳》をOFFにする。当然、文字はこの世界の言語に戻った。もちろんペン先の文字と文字も合う。これが……「本当の現実」だ。


 《言語翻訳》は俺の精神に影響はあっても、他人には影響、もとい、実害を及ぼさないらしい。俺の翻訳スキルをONにすることで書き手の手の動きが変わるのはおかしいし、それはそうかもしれないが……。

 唐突に俺の精神に得たいの知れない「なにか」が付着している気味の悪い感覚を覚える。俺は転生前と違う人種だし、魔法があればスキルもある世界だし、いまさらではある……。


 真面目に考えると、ON/OFFがある時点で《言語翻訳》はパッシブスキル的なスキルだ。少し納得ができた。だが、この「生の」世界に馴染みつつある今、このゲーム的な情報はあまり知りたかった情報ではない。

 特別気にしたことはなかったんだが……、日本語を話す彼らの「口の動き」に違和感を持ったことはとくにない。


「次は、果物以外をお願いします」


 レナックスの唇の動きは日本語だ。とくに変な動きは見せていない。俺はもう一度聞くため、聞き返した。


「え? はい。次は果物以外をお願いします」


 やはり変な動きはない。

 解決できそうにない問題を見つけてしまった思考をよそにやり、俺は言われたままに列挙した。


「――チョコレート、チーズ、または粉にしたチーズ、メイプルシロップ、蜂蜜、シナモンに、塩、ですか……。チョコレートに塩とは……なかなか奇抜です」


 チョコはともかく、塩はそうかもしれない。

 他のものほどメジャーではないように思うが、俺が塩チョコなどの甘じょっぱい系のお菓子が好きだったので、かけたりしていた。


「塩は大量にはいりません。チョコレートなどの甘味に塩を加えることで、“甘じょっぱく”なるんです。トマトなどにも合いますよ。この味がはまる人はいるように思います。とくに男性ですね。俺も好きな口です」


 レナックスは聞きながら頷いたあと、マクイルさんに、「結構原価が高くなりそうですが」と言葉を添える。


「そうですね。チーズとシナモン、塩などは問題はございませんが、他のものは少々値が張ります。ですので、トッピングにはランクを儲け、追加料金をいただくことにしようかと考えています」

「なるほど。ランクですか。いいですね」


 両者がニコリとする。

 レナックスが改めて自分の書いた紙を眺めて考える素振りを見せたあと、目線をあげた。


「果物を乗せて、調味料をかける、といった感じなんですね。私も黄金トーストは食べたことはありますが……甘そうです」


 レナックスがそう言って苦笑する。確かにそうですね、と俺も微笑した。

 甘いものは苦手なのか訊ねてみると、彼はちょっと苦手だと答えた。この辺の市場では出回ってないけど、コーヒー派だな。


「ご婦人の方々が喜ぶかと思いますよ」

「はは。確かにそうでしょうね」


 レナックスは羽根ペンを琥珀色の綺麗な石のペン立てに挿した。


「申請する特許の内容は分かりました。細かい部分は後日また話し合っていただくことになるかと思いますが……ダイチさんに支払う金額の方は決まっていますか?」


 マクイルさんが俺に提示した金額を言いつつ、俺のことをちらりと見てくる。俺も問題ないことを伝えた。

 たぶんそうじゃないかと思っていたが、道中で聞くに、この4万Gという金額は法外ではないにしてもだいぶいいお値段らしい。一般兵士の給料分だしね。


「ダイチさん、身分証などはお持ちですか?」


 きたきた。俺は魔法の鞄から攻略者のプレートと銀勲章を取り出した。


「こちらは……? まさか」


 銀勲章であることを伝える。


「こ、これが……? すみません、人を呼んできますので少々お待ちください」


 レナックスが少し慌てた風にギルドの奥に消えていく。


「銀勲章って珍しいんですか?」


 マクイルさんに訊ねてみると、「そうですね……実物を見る機会はあまりないかもしれません」とのこと。まあ、そうほいほい渡してもおかしいか。

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