8-22 娼館の主


 葬式を終えたあと、ディーター伯爵たちは大勢の人たちを引き連れて東門に向かった。


 忙しい話だが、彼らの次の予定地はセティシアだ。

 用向きは言うまでもなくセティシアの現状の視察、および生き残ったセティシアの役人たちとマイアン公爵やバッツクィート子爵、そしてこれまで前領主代行の家令として活動していたアルバンを交えて会談をするとのこと。これまた忙しい話だが葬式もするらしい。


 諸問題についてはさきほど憩い所で話し合った通りを伝えればいいのだが、セティシアには現実的な復興問題がある。

 街の北にある門の修復工事はまだいいとしても砦の方は修復にかかる日数を逆算したり、人手と素材を集めたりと、色々と計画を練らなければならない。もちろん兵士と装備の問題や金の問題もある。


 また、セティシアの経済回復と市民の流出防止を目的とした諸々の新しい決まり事のためには市民の現在の様子を知る必要もある。場合によっては、滞在する七星・七影も増えるかもしれない。


 聞けば聞くほどいよいよ忙しい話だと思った。


 でも話を聞き、今後の対策を講じるため王の代理人として王都からケプラまで遥々やって来て、一番の被害を被った地に足を運ばないというのも変な話かもしれない。

 一時でも占領されていた場所ではあるので、王が気安く行けるものでもないんだろうけど……。


 この世界は奇襲、殺人、暗殺が跋扈している世界でもある。俺自身も体験したが、“奴ら”はミノタウロスなどの魔物と何ら変わらない奴らだ。

 セティシアは紛争地域と言える。現在は頼もしい兵士たちが警備をし、落ち着いてはいるが、国が施行した法律と銃刀法に守られた世界で首相や天皇が被災地やお参りに行くのとはわけが違う。


 でも、こう……なんていうのか。


 伯爵が素のちょっとやかましく、政治家らしい性格をあわらにしつつ、商人や貴族たちとディスカッションをし、そしてインとは平身低頭の体ながら好奇心のままに恐る恐る会話していたのを思い返すと、なかなか大変な役目をおおせつかったんだなと思わざるを得ない。

 要人との会話の数は多いだろうし、セティシアでもまた人だかりにまみれるのだろう。仕事が終わったらゆっくり休んでほしいところだ。彼は魔導士といえど武人ではないようだし、体力的には一般人とそう変わらないように思うから。


 これが王様業の一例だとするなら、……大変だ、ほんと。

 彼は「商会長」の方がずっと似合っているように思われてならない。もっとも、王との古い絆が彼を駆り立てているらしいので、余計なお世話とか言われてしまいそうだけどね。


 ところで。


 そんな話はさておき俺たちはというと、伯爵たちのことは墓地で見送るに留め、いったん金櫛荘に戻ることにした。

 別に東門まで伯爵たちについていってもよかったんだが……心が1つになった合唱から一転して、踵を返すように“またミーハーに戻って”墓地を離れていく見物客たちを見て、その気が失せてしまったからだ。イデリーナさんやデニス君などの遺族と思しき人たちは残ってたんだけどね。


 ホイツフェラー氏やヴィクトルさんも伯爵に同伴し、せっかく再会したジョーラ部隊の面々もついていき、ケプラ騎士団も警備兼見送りだ。俺たち一行は一気に静かになってしまった。


 墓地にしてもまたそうだ。


 墓地には人の姿も話し声も一気になくなり。墓地は墓地らしいうら寂しい姿――高い防壁の影にすっぽり覆われ、土がむき出しで、墓石の類も一切ない、墓地というには質素すぎる場所に戻ってしまった。

 あるのは天然の防壁にもなっているいくらかの木々、墓地を囲う柵、墓守人の小屋、木と紐で作った原始的な街灯、そしてケプラ騎士団員のために置かれた武骨な石の剣の墓標などだ。


 これがこの市民墓地のいつもの姿なんだろうが……。

 俺は団長の埋められた土の辺りを見ながら、付き合いがいのない人たちでしたねと少しばかりささくれた内心で団長に語りかけてしまっていた。


 もっとも、イデリーナさんやデニス君含む遺族たちは、あまり気にした風もなく墓参りを再開していた。メダルは棺に入れてしまったし、イデリーナさんは深い愛情をもって団長と接していたように思われた。

 1人のおばあさんが、「なんだい。王の代理人ってのは無慈悲なのかい」と小言をちょうだいしていることに俺はいくらか救われた気分になった。

 まあ、ディーター伯爵や参列者を攻める気持ちはとくになかったけどね。


 ちなみに市民葬にもかかわらず盛大になった葬式には良い影響もしっかりあった。


 ケプラ騎士団入りしたいと声高に宣言する人たちがアバンストさんや団員たちに押しかけていたのだった。

 これからしばらくは騎士団は忙しくなるだろう。有望な人材が増え、“鍬だけさん” や“ペンだけさん”が来ないことを祈るばかりだ。察するに無理だと思うけどさ。


 また、セティシアに戻る避難民も出るだろう。セティシアの市場を盛り上げようとしてくれる商人たちも出るかもしれない。

 葬式はそういった、祭りじみた効果があってもなんらおかしくはなかった。悲しんでばかりもいられないしね。



 ――金櫛荘に着く。


 あんな騒ぎがあってもロビーになとくに人だかりはなく、いつもと同じようにフロントで仕事に勤しんでいるマクイルさんになんだかほっとさせられる。ここは平和だ。


 マクイルさんが手元にあった目線をあげて、俺たちに気付いた。

 片メガネを胸ポケットにしまって台帳の前にやってくる。そういや胸ポケットついてる服全然見ないな。


「おかえりなさいませ。ダイチ様にイン様、それにディアラ様にヘルミラ様も」


 姉妹がいつものように軽く会釈をする。インもうむと、マクイルさんの主人かなにかのように、ある種のふてぶてしさを漂わせて頷いた。


「戻りました。……ちょっと疲れました」


 それはお疲れさまでございました、とマクイルさんが労ってくる。言っても仕方がないのだが、ついこぼしてしまった。


「会合は長いお話でございましたか?」


 マクイルさんには会合に行くことは伝えてある。自分も行く、ホイツフェラー氏の招待客だと伝えると、驚かれたものだった。


「長くはあったのですが……それよりも、どこに行ってもついてまわる人だかりにちょっと疲れまして」


 話の途中で姉妹に目線を送ると、2人は困ったような顔を浮かべる。

 同意というより俺を心配してしまった風だが、ヘルミラは一度、体格のいい男性に軽く吹き飛ばされていたものだ。


 軽く息をついた俺に、「それはそれは……お疲れさまでございました。ハーブティーでもお淹れしましょうか? 気持ちが落ち着くものがございますよ」と、微笑してマクイルさん。


 ハーブティーかぁ……。


 俺はハーブティーはあまり飲んだことはない。学生時代に試しに飲んだものがまずく、以来なかなか手が伸びなかったものだった。味も香りもあっさりな和食を常食とする「お茶市民」にハーブティーはちょっと合わない。

 だが、試してもいいかもしれないと思う。狼肉やキジ肉も食べたし、砂漠の料理も口にしたけど、俺の今の舌は間違いなく西洋寄りだろうしね。


 ただ。俺たちはこれから部屋に戻ってコーヒーを飲む予定だ。

 なんか無性に飲みたくなったんだよね、コーヒー。あれだけ贅沢に料理を並べておいて飲み物だけがいまいちなのは奇妙な話だった。


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。……少し部屋で休んでから、特許の話進められたらなと思うんですが、どうでしょう? マクイルさんのご予定とか」

「私の方は問題ございませんよ。金額の方にご納得がいただけるのであれば、すぐにでも向かえます」


 10万ゴールドと、以降は毎月4万ゴールドだったか。……インが退屈そうに俺に寄りかかった。

 金額面はとくに問題ないし、とりあえず戻るか。色々と付き合わせちゃったしな。部屋にいるとごねなかっただけマシだったかもしれない。


「とりあえず今のところは問題ないです。またあとで詳しい話を聞かせてください」

「はい。もちろんでございます」


 ……と、そんなところで、さきほどから何やら話をしていたフロントの左手のフロアから、ちょっと不穏な会話が耳に入ってきた。


「――ホッジャ家の当主である私が推薦しますよ。あなたならどんな堅物の男も人形師が人形を糸で操るがごとく思うがままになるでしょう」

「すみませんが、私は娼婦になる気はございませんので……」


 娼婦の勧誘? ここの使用人を? 俺の知る限りでは美人揃いだし、分からなくもないが……。

 マグドルナの声のような気がしたが、ちょうど壁が邪魔をしていて勧誘されている使用人の顔は見えない。


 男の方もまた背中の一部分しか見えないが、木や鳥などの模様の入った、俺のものよりだいぶ色味の強いオレンジ色のマントを着ている。

 高そうなマントだ。憩い所にいた人かもしれない。


「ほう? どのような娼婦も畏敬の念をもって頭を下げるこの私じきじきのお誘いを断るのですかな? 見かけは豪華ですが、ここの給料は兵士の給料にちょっと上乗せした程度でしょう。――だいたいあなたはただの娼婦の器じゃない。美貌なのはもちろん知性も教養もある。あなたなら“魅惑の君”も夢じゃないでしょう。そうなったら、ここで運よく大金を入手した傭兵や獣人風情に『おつくろぎくださいませ』などと頭を下げなくてもよくなりますよ?」


 言葉は丁寧だが……声は結構男らしい声質で、言葉にも押しの強さを感じさせる。

 当主だとするなら相手は相応の家だろう。だとしたら断りにくくないか? 娼婦に転向するのも本人次第ではあるが……。


 マクイルさんに、「あれ大丈夫ですか?」と囁き声で言ってみる。


「ええ、まあ。使用人たちには色々と学ばせておりますので……」


 マクイルさんには焦った素振りが少しある。……不安だ。マクイルさん、若い頃も兵士の類じゃなさそうだもんな。


 もう一度声の方を見ると、ちらりとこちらを見てきた男と視線が合う。

 赤いベレー帽、やや垂れた目、整えられた口ヒゲ、自信たっぷりの不敵な笑みと、言動からすれば納得のしやすい押しの強そうな顔がそこにはあった。


 興味がなさそうに視線は逸らされる。が、すぐに慌てたように二度見される。ん?


「やや! これはこれは! お見苦しいところをお見せしました! 私はヴァレンティン・ホッジャと申す者でございます」


 男――ホッジャ氏が両手を広げた大仰な仕草でやってくる。え、俺?

 傍にいたようで、従者も顔を出してくる。……あ。従者はとくに変わった服を着ていないが、覚えがある。ここですれ違った時、ダークエルフを珍しがった奴だ。


「ダイチ殿でございましょう? ホイツフェラー伯爵に招待されていた御客人の」

「え、はい。そうですが……」


 俺のこと知ってるのか。とはいっても、俺の方は彼と面識を持った覚えはない。

 ホッジャ氏の態度は一転し、揉み手をつくって、ニコニコしていた。


 揉み手はいいとして……彼の分厚い唇や頬にある大きなホクロ、そしてホクロから飛び出た2本の黒い毛によって、多少の生理的嫌悪を催してしまった。覚えやすそうな顔だけどな。

 というかすれ違った時にはもっと立派な貴族感たっぷりな人だった気がするんだが……。


 フロアを隔てている壁からマグドルナが顔を出した。少し驚いた様子を見せたあと、彼女はすまさなそうな表情を向けてくる。やっぱりマグドルナだったか。

 マグドルナは毎朝ヘルミラに魔法を教えてる子だ。熱心に教えている様子だったし、娼婦になるようには思えない。弱みにつけ込まれたりするならまだしも。


「お噂は聞いておりますよ。……何でも、フィッタが賊どもに襲撃を受けた際には単身で村人を救助し、その後の掃討戦ではホイツフェラー伯の率いる戦斧名士ラブリュス隊とご一緒したのだとか。あなたほどご勇敢なうら若きお人もそうそうおりますまい」


 マクイルさんが横でいくらか驚いた顔を見せた。


 ホイツフェラー氏とは近頃はよく一緒に行動しているが、このホッジャとかいう男とは絡んだことはない。なんなら、ここで会ったのも忘れてたくらいだ。

 俺たちがホイツフェラー氏と一緒にいない間に、彼がホイツフェラー氏と話した可能性ももちろんあるが……。ホイツフェラー氏の声は大きいし、実際に話さなくとも、近くで聞き耳を立てていた人も何人もいたものだった。極端だが、憩い所内では俺にまつわる話を誰が聞いていても不思議ではない。


 従者は吊り目で、ちょっと強面の人だが、俺と目線が合うと笑みを浮かべてきた。半ば引きつっていて、無理やり作ったような笑みだ。

 主人がへこへこしている上、相手が単身で賊をどうにかする逸話を聞いたのなら、こういう態度にもなるだろう。


「良家の若いご当主でありながら、そのような英雄的なエピソードを持てるとは……いやはや。今後どのような活躍をなさるのか、私のような剣を持たない者には到底予想のつかない次第です」


 良家の若いご当主ってのは言葉の綾というか推測だろうが……俺は自分の服をちらりと見た。

 金があるなら、若いし、強いし、勇敢だしで、確かに期待するのも仕方ないのかもな、と人ごとのように思う。この世界なら確かに簡単そうな人生だ。


「ありがとうございます。……すみませんが、ホッジャさんはどのような方で?」


 しっかり聞き耳は立ててしまっているが、改めて聞いてみる。

 ホッジャ氏はよく分からないがアゴを数度動かして、納得する素振りを見せた。


「まだうら若きあなたのことです。私のことをご存知でないのは無理もありませんよ。私、各地で娼館を営んでおります家の者でして。マイアン領ではそれなりに名の売れた事業家でもあります」


 ふうん、事業家ね。肩書きなんて名乗ったもんがちだ。娼館を経営するのも立派な事業には違いないだろうけど。


「ダイチ殿。私の興味と言いますか、少し肩を揉んでみてもよろしいですかな?」


 ん? 肩?


「山賊たちを歯牙にもかけない方の肩というのは一体全体どういうものなのかとちょっと興味がありましてな」

「はぁ。どうぞ」


 まあ、俺の外見からは想像しにくいだろう。もしホッジャ氏が人体方面に見識があるなら、なおさらだろう。


 俺の許しを得るとホッジャ氏が肩を軽く掴み、揉んでくる。

 結構大きな手には赤い宝石のついた指輪があり、指の一本一本にしっかりと毛が生えている。


「ほう! 存外、いえ、武勇伝通りしっかりとした肩ですな。さすが賊どもをこらしめただけはある」


 ふうん?


「……おっと。こちらのお嬢さんは?」


 見れば、インが俺たちを見ていた。少し怖い顔だ。

 別にいかがわしいことはしてないぞ? インは“そっち方面”だと怒るのか? いや、もちろんそっち方面にはいかないし、しないけども。


「妹のインです」

「妹さんでしたか。可愛らしい方ですね」


 おお、インを初対面で可愛いと言う人は珍しいぞ。


 と、ホッジャ氏が耳元に顔を寄せてくる。そっち方面のことを考えてしまったので、少し顔を引いてしまった。


「もし、あなたのその英雄の魂を持て余すことがありましたら、是非『エリシー宮』にご来店ください。お安くしておきますよ」


 エリシー宮? 俺が聞き返すと、ホッジャ氏は耳元から離れ、手も肩から離し、「ケプラで一番安心のできる娼館でございますよ」と微笑する。


 ……なるほど。あの禁断症状がまだ続いてたら分からないが、今はとくに必要ないだろう。

 ……ああ、でも、整髪料とか避妊薬とか、その辺のことは聞きに行ってもいいかもしれない。薬屋に行って情報がなかったら行ってみてもいいか。


 それにしても、安心のできるってどういう意味だ? 安心できない娼館があるのか? ぼったくられるとか?


「……ふむ。なんでもダイチ殿は熟達した魔導士でもあるとのこと。私は最近いまさらながら魔法への意欲が湧いてきていましてね。幸い才能は悪くはない方でして。ときどき、知り合いの魔導士から手ほどきをうけているのですよ」


 次いでホッジャ氏の口から出てきた話は意外にも魔法の話だった。下品な話をするつもりは特にないらしい。

 ホッジャ氏は40~50代と思しき男性だ。イン曰く魔法は若いうちがいいらしいが、楽しむ分には年齢は関係ないだろう。


「ダイチ殿と魔法のお話をするのもよいですな。そのときは是非晩餐をご用意しますよ。さすがに今日ほどの贅をつくした料理は出せませんがね」


 片眉をあげて気さくな表情を見せたホッジャ氏に、俺も似たような表情を返した。


「……では。お会いできて光栄でございました」


 そう胸に手を当てて丁寧に礼をしたかと思うと、ホッジャ氏はそのまま悠然と金櫛荘を出ていってしまった。従者も後ろについていった。


 なんか勝手に話をしてきて、勝手に話を切り上げられてしまった感じだ。それほど悪い人に見えないと考えるのはちょっと人がよすぎるか。結構強引に勧誘してたしな。


 マグドルナから助かりました、とお礼を言われる。俺はとくに大したことしてないんですけどね、と言うと微笑して「そのようなことはございませんよ」と好意的なコメント。


 まあ、なにはともあれ何事もなくてよかったけどね。


 マクイルさんにホッジャ氏はこれまでにああいう勧誘をしたことがあるのかと聞いてみれば、とくにそのような報告は聞いてないとのこと。客としての態度も普通らしい。

 俺は一応、今後の彼には気を付けてくださいねとだけ言っておいた。


 部屋に戻ろうと思ったが、ふと見ると、インがなにか考え込むようにして突っ立っていた。何を考えてるのかは知らないが、結構真剣に考えている様子だ。


「行くよ?」

「う、うむ」


 ・


 ――インが神猪の肉串にかぶりついているのを横目に、


「他のめぼしい候補としては、ベイアー、カレタカたち、アランたちかな」


 俺はコーヒーを注いだカップを姉妹に手渡した。

 お礼を言われ、2人はコーヒー、ないし「カフェー」をすすった。俺も自分のコーヒーにミルクを入れて自室の窓際のテーブルに座る。


 コーヒーをすする。コーヒーのお馴染みの味にほっと息がついた心地がする。姉妹曰く、この世界のコーヒーの味はあまり変わらないというが、実際どうなんだろうな。


「あとは、……ここで紹介された使用人の一番若い子が騎手ができるっていうから、彼が騎手の候補だね」


 姉妹がなるほどと頷く。名前は忘れたが美少年風の子だ。

 金櫛荘の使用人はそういったお供の依頼もくることは聞いているので、彼自身から拒まなければ受け入れられるように思う。


 マクワイアさんも個人的には候補ではあるのだが、彼は一般市民だ。

 チップには喜んでいたし、お金を渡せばついてきてくれるようには思うのだけど、自分の身をある程度守れる人の方がやはりこちらとしても安心ができる。


「ただ、ベイアーは騎士団に仮入団できたから誘うことはないかもしれない。前から騎士団には入団したかったようだしね」

「確かにちょっと誘いにくいですね」


 ディアラの言葉に俺も同意を寄せる。お世話になった人なだけに誘えないのは残念ではあるが、仲良くなった分、彼の悲願は俺にとっても悲願だ。


「元々王都についてきてもらうつもりだったし、騎士団の人も候補ではあったけど……現状が現状だから厳しいのかもね」

「そうですね……」


 俺たちが今話しているのは一週間後に予定しているガシエントへの旅路の同行者についてだが、話では直接的には触れてはいないものの、当然、俺の脳裏にはアレクサンドラのことが浮かぶ。


 内心では、騎士団にはタチアナ、つまりグライドウェル家や槍闘士スティンガー部隊が加勢したためアレクサンドラの同行は割と大丈夫そうな気もしている。

 騎士団が盛り上がっている今、言いにくいのは言いにくいんだが……ついてきてくれるのなら一番ついてきてほしい人だ。


「グライドウェルの方々は何人来てくれるのでしょう?」

「う~ん……ガシエント方面に詳しくて野営の得意な人を選んでくれるって言ってたけど、どうだろうね」


 既に決まっている人選としては、タチアナが俺たちに同行者をつけてくれることになっている。これはヘラフルの憩い所で話がまとまった。

 食事中、タチアナが俺たちを見つけてやってきてそのままの流れで決まったことだったが、ホイツフェラー氏とヴィクトルさんが推薦しただけあって、タチアナは同行人の依頼に快諾していた。グライドウェル家の威信をかけて選ぶと言っていたので、人選に不安はさほどない。


 ちなみにエリゼオはタチアナも知り合いらしいので、話を通してくれるそうだ。

 同行人がすべて見知らぬグライドウェル家の人間というのは少し寂しかったので、エリゼオが来てくれるなら嬉しいところだ。タチアナとしてもガシエント出身のエリゼオはいいチョイスとのことだった。


「……あの。ご主人様」


 ヘルミラが少し言いにくそうに俺のことを見てくる。


「アレクサンドラ様はお誘いにならないのですか?」


 ディアラも気になっているのか見てくる。インも視線は俺にあるが、相変わらず肉串を食べていて何とも言えない。

 2人ともアレクサンドラがついてくること自体にはそれほど不快感はない様子だが……むしろ俺を案じている様子がうかがえた。何に?


 最近の自分のことを振り返ると、フィッタの葬式で体操座りしていたことが思い返される。

 別に振り返らずとも、戦闘面はともかく、主人としては頼りないように思った。俺は健気な2人から目線を逸らして小さく息をついた。


「ついてきてはほしいけど、分からないよ。ケプラ騎士団は今が大事な時期だろうしね」


 それから俺は、「留まることになっても別に……今生の別れってわけでもないしさ」と付け加えた。

 気さくな表情の維持に努めてはいたが、内面をひた隠しにする自分が少し嫌に思った。離れ離れになりたいわけがない。


 手紙のやり取りしかできないこの世界で遠距離恋愛はどうなんだろうな。


 コーヒーの水面では若い俺が揺れていた。改めて実感するわけでもなくほとほと若い顔だったが、自信も度量の広さも、あるようには思えなかった。


>称号「恋の病」を獲得しました。

>称号「17歳。相手想うがゆえに」を獲得しました。


 面白がりやがって……。俺は小さくため息をついた。

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