8-21 ヘラフルの憩い所にて (12) - 英雄たちへの賛歌


 ヘラフルの憩い所を出てそのまま俺たちはケプラ騎士団と西部駐屯地兵の葬式に出ることになった。

 俺からするとフォークソング風な葬送歌――「風の送り歌」を聞いてからあまり時間も経たない頃だった。


 物知りのご老公、ヘリバルトさん曰く。


 鳥人族ハーピィたちの住まうリエッタという都市の傍には「墜落の谷」という深い谷があるらしい。

 ここでは名前の通り、旅人、商人、山賊、山賊から逃げる人、密猟者など、リエッタを目指す幾人もの人々が道を踏み外しては落下死してきた。谷底は岩場で、流れの激しい川も流れているため、落下した者が生還することはほとんどないそうだ。


 この「墜落の谷」の谷間の風は弱いこともあれば強いこともあり、あたたかい日もあれば冬の日のように冷たいこともある。

 まるで誰かがすすり泣いているような声が聞こえることもある――このホラーめいた、あるいは単なる自然現象にしかすぎないかもしれない現象は、鳥人族の子供が谷に寄りつくのを抑止させる怖い話として伝わっていくのはもちろん、鳥人族たちの風への感性をぞんぶんに刺激してきたらしい。


 風はすべてを語る。

 とは、翼人かどうかを問わず、鳥人たち全てが納得の事実なんだそうだ。


 そこには「冷たい」「砂っぽい」などの感性ばかりが先行し、具体的な論拠はない。俺にもヘリバルトさんにも、インにすらもその感性には納得しかねるものがあったが、ともあれ。

 その様々な谷の音を聞きつつ、鳥人たちは死者を思い、懐かしんできたのは事実なんだろう。そうして出来た1つの歌が、「風の送り歌」らしい。


 ちなみに「風の送り歌」のあとは、「ヘ」や「ヴィ」や「ウー」などだけで紡がれた音楽が歌われた。

 合間には本物とそっくりの鳥の鳴き声も何種類か入り、変わってはいたが、こちらはなんとも“鳥人族”らしい音楽だと思った。らしくこの音楽は「冬鳥の旅立ち」という題名らしかった。


 ――と、長いようで濃かった会合は葬式に行くのに相応しい幕切れとなったのだが、その後に行われた葬式は、教会の関係者や団長の奥さんであるイデリーナさんなどが怖気づくほどの盛大な式になった。


 葬儀の行われる埋葬場所は南門から出たすぐの外区にあるため、俺たちは南門付近の<ヘリストオーネ教区>に向けて歩いていったのだけども、進行中は例のごとく七星・七影の影響が目立ち、俺たちの周りが人で埋め尽くされてしまったからだ。


 あとはもう大名行列ならぬ、歌手のゲリラライブやデモ行進の類だ。


 ヘラフルの憩い所に集う時ですら人ごみを避けるのに困難を極めたくらいなのだから、時間が経てば噂が広まり、人が増えないわけもなかった。

 ヘラフルの憩い所にいる間も、集まっていた市民の声はいくらか聞こえていたしね。音楽が流れていた時はとりわけ静かだったものだ。


 で、移動に伴い、マイアン公爵旗下の麦穂の兵士たちをはじめ、伯爵の連れてきたジョーラたち槍闘士スティンガーの部隊、フェタイディガーさんの近衛勇将パラディンの部隊、王都の衛兵数名に、ケプラ騎士団に召集された門番兵にと、ケプラにいる兵士たちは率先して人払いをしようとしたのだが……これでも人手が足らなかった。


 どんだけ集まってるんだよと思うところだが、そもそも俺たち側が「VIPすぎる」のが要因だった。王の代理に公爵に、国に資金提供をしている大商人たちに、各貴族に、そして殺される可能性は低いが七星・七影だってそうだ。

 暗殺などされてしまえば事になる人々ばかりだ。重要なのは交通整備ではなくむしろ護衛で、護衛に人を割かねばならないのだった。もちろん彼らだって自分の護衛はいるのだが……イノームオークたちはともかく、ホセ氏なんかは例の俺くらいの体格の青年2人と、体格の良いアラビアンなチンピラ2人だった。正直、2人は実力がそこまであるとは思えなかった。


 結局、中でも屈指の強者である槍闘士隊や近衛勇将隊はディーター伯爵とマイアン公爵をはじめとする各VIPたちにつき、それ以外の兵士たち隊員たちは交通整備にあたることになったようだった。


 一番のVIPであるディーター伯爵とマイアン公爵の周りにはジョーラやフェタイディガー伯爵、そして、イノームオークたち3名と他の七星・七影の部隊を配備し、他の大貴族や大商人の周りには自分たちの従者や七星・七影の隊員たちを配備した。

 肝心の七星・七影の隊長たち――ホイツフェラー氏、ヴィクトルさん、ウルスラさん、ハレルヤ君なんかは「引き寄せ役」だ。


 実際問題、彼らが離れて歩けば、ディーター伯爵たちや貴族たちに向かう人は半減した。ジョーラやフェタイディガー伯爵にも人は来たが、彼ら4人の方に大勢の人たちが行った。直接話せるからだ。

 これに乗じて魔聖マギの副隊長だというヒュライさんは、名乗ったり率先して目立っていたが、彼のところにはあまり人は集まらなかった。あまり知られていないらしい。ここで俺は彼が氷魔法使いの玄人であることを思い出したが、悲しい……。


「え、オーク?? 角が生えてるぞ……王の護衛か? 代理人だけどよ……」

「あのオークだれ?? 七星と七影にオークなんていたっけ?」

「いねえよ。おそらくどこかの家の護衛だろう」

「ねえ、ハンツ様。あのオークたちはどなたのお雇いになってる護衛ですか?」

「新しいセティシア領主のバッツクィート子爵の護衛だよ。護衛というか盟友だな」

「え、盟友?? ほんとですか??」

「ああ。我が家紋に誓ってもいいぞ」

「そりゃあ頼もしいぜ! 俺はセティシアから逃れてきた口なんですが、また戻ろうかな」

「戻る意志があるなら戻ってやってくれ。セティシアは市民が減っていって困っている状態だからな」


 イノームオークたちは最初は怖がられていたが、それも最初だけだった。

 とくに俺より下の世代の男子たちに大ウケだった。やれやれだね。分かるけどさ。恐竜とか怪獣みたいなものなんだろう。


 この行進の最中には、ヴィクトルさんは「市民の狼藉を引き受けるのも私たちの仕事だよ」と言っていたものだが、割と事実であるように思う。

 とはいえ、王の代理人のいる手前、「王の代理人に何かあれば即刻晒し首」という兵士たちの威勢のいい声もあったし、誰かがそれらしき狼藉を働く様子は見ている分には少しもなかったのが幸いというか、なんというかだ。


 ハリィ君がスリを働こうとした少年を捕まえていたのはご愛嬌……だろうか?

 まあ、わざわざ列に加わるなんてことをせず、家の窓から矢を射るものなんだろうけどね。それでも普通に矢に反応しそうなので、この世界の護衛たちは本当に頼もしい限りだ。俺も含めてね。


 この行進では、ヘラフルの憩い所にはこなかったが、アルマシー、ハムラの懐かしい顔ぶれをはじめ、ダークエルフのヒーファ君も見かけた。

 ちらりと見ただけだったが、初めて見た男ダークエルフは、顔立ちは整ってはいたが結構吊り目で、勇猛そうな一方で危ない橋も渡りそうな印象の人だった。勇みすぎるところがある風にジョーラは言っていたものだが、少しだけ納得した。


 ちなみにこの大行進の間、インは俺が背負っていた。


 耳元で再三「害がないとはいえ、人の子もここまで集まるとこうるさくてしょうがないの」などとインは毒づいていた。

 もちろん俺の周りは大して人も集まらずに快適ではあったんだけど。俺たちの後ろについていた姉妹は短剣しか持ってこなかったのを少し悔いていた。そんな2人の会話を聞いていて、両腕が使えない今は、襲撃を受けると割とピンチだなとぼんやり考えていた。



 ――墓所への道は、南門の近くにある別の小さな門を通ることになるのだが、二人も通れないので南門も解放することになった。

 葬式に参加する意志のある住人たちは南門から出て、墓所へ回り込むことになった。


 キーランド兵長はまだいいのだが、アバンストさんがいくらか声を荒げながら兵士たちに指示を飛ばしていたのが印象的だった。

 主役はアバンストさんのようなものなのにね。傍には息子のフルド君もいて、並ぶとなかなか見栄えのする親子だった。


 もっとも、近くにいた市民の何人かは、アバンストさんに「団長もこんな英雄騒ぎになるなんて思わなかっただろうねぇ」と、声をかけていたりしていた。全くその通りだろう。

 フルドの友人と思しき攻略者たちも交通整備に協力していた。彼らは結構悪友っぽい感じだったが、団長のことはひとえに残念に思っているようだった。


 ケプラの墓所は扉の先の高い防壁によりちょうど影になっている更地にあった。草はあまり生えていないが、それほど特別な様相はしていなかった。マップでも、ケプラから枠線が飛び出しているのみだ。

 枠線の中に小屋があるように、墓地を守る番人はしっかりいるらしい。ちなみに墓地を荒らした者は、市中を馬に繋がれて走らされた挙句、晒し首になるそうだ。怖い怖い。


 小屋の前では既に棺桶が並び、墓守の番人と思しき数名が土下座をしていた。

 傍には先にきていた、おなじみのシャルル司祭とハミットモールさんや数名の子供の神父などの教会関係者がずらりと立ち並び、団長の奥さんや息子、他にも団員の身内と思しき者たちが目を伏せていた。


 墓所のとある場所には、十字架かと思いきや石でできた剣が刺さっている場所があり、近くには穴が掘られていた。埋葬場所だろうか。


 墓所に来ると、俺たちと付き従う人だかりとの間は空き、話し声も静まっていく。ようやく静かになって俺は思わず息をついた。


「ワリド・ヒルヘッケンの奥方かな?」


 同様の気持ちだったようで、ふうと一息ついたディーター伯爵が夫人にそう声をかける。

 夫人は頭はあげないまま少し萎縮した声で、「はい。イデリーナ・ヒルヘッケンです」と答えた。伯爵が「そちらは?」と隣の息子にも声をかけると、同様に「息子のデニスです」と返答される。


「騒がしくしてすまないね。……顔をあげてよいぞ。……此度は誠に不運であったな。かつては王の元にいたワリド・ヒルヘッケンの訃報にあたり、王も大変お嘆きの様子だった。事態が落ち着いたら、墓参りしにくるとのことだ」

「大変名誉なことにございます……。主人もお喜びになることでしょう」


 ディーター伯爵は頷くと、横でグラシャウス氏が手にしている木彫りの箱から太陽の形をした銀色の勲章を取り出した。


「これは王家に多大な恩赦をもたらした者を讃え、そして悔やみ、その名誉ある死に対して名誉階級を与えたことを示す勲章である」

「そのようなものを……」


 周囲から軽く歓声があがる。死んだら階級上がるやつか。

 しばらくして、グラシャウス氏が、静粛に、と叫ぶ。やがて周りは静かになる。


「ん゛ん゛! ……ワリド・ヒルヘッケンの名は今日より、名誉男爵としてこのオルフェの地に名を刻まれることになった。我らが王より拝命された使命をまっとうし、ケプラ騎士団を育て上げ、そしてセティシアにて最後まで戦い抜いた功績は誰しもにできることではない。この功績に見合った褒賞も近いうちに贈らせるので、受け取って欲しい。あなたが将来を誓い合った者を誇りなさい」


 厳粛な言葉とともに、ゆっくりと夫人の手に勲章が贈られる。

 贈られてすぐにデニス君が伯爵様と、声をかける。イデリーナさんがすぐに、「王様よ」と慌てて言うが、伯爵は気にしなくていいと、寛容な言葉を送った。


「父上は……勇敢だったでしょうか?」

「ふむ。……残念ながら私は君の父上ほど剣に通じている者ではなくてね。君の父上が戦っていた現場にいたわけでもない。だが、オルフェを守る者として、最後まで戦い、この功績を与えるに足る恥ずかしくない戦いをしたと聞いているよ」

「……グラシャウスおじさんもそう思いますか?」


 ディーター伯爵とグラシャウス氏が顔を見合わせた。知り合いか。


「もちろんだとも。彼ほど勇敢で、国に忠実な男は私は知らなかった。勇敢で、国に忠実で、そして強い男がみなから好かれないわけがない。彼はまさしくケプラの英雄だった。だからこそこうして伯爵は、王の代理としてここにこられたんだ。英雄の死を嘆かない王はいないからね。王様の方はそのうちに来る予定さ」

「……そっか」


 うむ、とグラシャウス氏が頷いてみせる。国の英雄か……。

 そうして彼はマントから巻物を取り出して紐を解き、伯爵に渡した。


「静粛に! 王の代理人を承ったディーター伯爵が、惜しくもその勇敢なる命を散らした者たちの名を読み上げる!」


 グラシャウス氏が叫んだ。読み上げは王が自ら読み上げるからこそ名誉ってやつか。


「……ケプラ騎士団団長ムルック・アバンスト、西部駐屯地隊長オランドル・ウィードゥルフ、前へ!」


 軍務官の言葉から間もなく、正装姿のオランドル隊長とアバンストさんが伯爵の前にひざまずいた。


「オランドル・ウィードゥルフよ。ピオンテークの家臣になったそうだな」

「はっ。その通りでございます」


 そうなのか。なら、隊長は? ……まさかホロイッツじゃないよな。


「うむ。彼の道は決して容易くはないだろうが……再起の意気込みはあるようだぞ。支えてやるように」

「この身をもって必ず」

「……では名を読み上げる。……ケプラ騎士団。ワリド・ヒルヘッケン、ベンツェ、オデルマー、ユラ、イグナーツ、チェスラフ、サイモン……――そして、西部駐屯地。ビル・ウェーバー、センスタッフ、――以上だ。彼らは果敢にも戦い、そして、散っていった。我らが誇るオルフェの勇士として、永劫語り継がせるべき名である。……彼らの親族には王より報奨金が与えられる。オランドル・ウィードゥルフ、ムルック・アバンストの両名は責任をもって彼らの死により寡婦となった者、または残された身内に報奨金を与えるように」

「「はっ」」


 前々から思っていたが、前時代的な葬式の様式はともかく、死者に対する礼儀はしっかりしているらしい。この辺は万国共通なんだろうな。


 伯爵は名の記されたであろう紙をグラシャウス氏に戻した。


「シャルル司祭、面会を」


 そう伯爵が声をかけると、シャルル司祭は頷いた。彼がそのまま「みな、準備を」と神父たちに言葉を送ると、それぞれ準備をしだした。

 神父たちは各所にある松明に火をくべ、ハミットモールさんは香を焚き、そして良い身なりの男たちがやってきてはゆっくりと棺桶を開けていった。


 神父の1人がシャルル司祭に神を手渡したあと、前に出てくる。


「では面会を始めます。遺族の方々は彼によって禊ぎを行い、再会を果たしてください。もし、棺に入れたいものがあれば前もってお教えください――」


 面会はもう見慣れた光景だ。


 少し心の準備をしたが、涙を見せる人はいるにしても取り乱す人はあまりいなかった。

 先に栄誉をたたえたからだろう。また、ここには王の代理人や七星・七影などのVIPが一堂に会してもいる。


 ディーター伯爵たちがきたのは騎士団員や兵士としては誉れかもしれないが、ゆっくり喪に服せないのは少し考えものなのかもしれないなどと思う。


 オランドル隊長がとある兵士の棺桶の横に立った。座ってぼんやりしていた平民と思しき女性といくらか言葉を交わしていた。死んだ兵士の奥さんかもしれない。

 そういえばホロイッツはいないのだろうかと周囲を見たが、それらしき人物はいなかった。留守番なのだろう。


 行われていた面会の合間に、ふと見た人だかりの顔ぶれの中で、紺色の髪の女性がいるのに気付いた。ネリーミアだ。

 しばらくして再び見た時にはもういなかった。団員たちとは一緒に戦った仲だし、元魔導賢人の副官だといえば面会は簡単に通りそうなものだが……。あとあと一人で墓参りに来るだろう。


 ――俺たちは誰と一緒に面会すればいいのだろうと思いつつ、ディアラのリュックから取り出したメナードクを手に待っていると、ケプラ騎士団員たちの番になった。

 タチアナ、ジルヴェスターさんと言った新しい顔ぶれをはじめ、キーランド兵長や次期隊員のベイアーに東門のグラッツ、それから、西門のマルトンさんなどの門番兵のメンバーも揃い――門番は今誰がしてるんだろうという疑問――人数は一番多くなっていた。


 フルドもいた。彼はティボルさんとアレクサンドラを交えてなにやら話している。アレクサンドラと目が合う。ニコリとしてきたので、俺も返した。


「ダイチ殿も我々と一緒に行きましょう」


 アバンストさんから声がかかる。彼はつぶらな目を細め、悲しんでいる風ではなかった。団長に与えられた名誉を噛みしめているのかもしれない。

 悲しんでいるよりはいいかな。なんにせよ、よかった。普通に面会できそうだ。


 順々に禊ぎを受けていく。俺も神父の人から聖浄魔法の魔力を受け、酒瓶を入れたいことを伝えた。

 「酒を楽しむのはかの地でも許されていることです」という言葉とともに鷹揚な笑みで承諾される。問題ないようだ。かの地とは<竜の去った地>だろう。


「――ヒルヘッケン殿……もう一緒に酒を飲めないのですなぁ……」


 団長の棺桶の近くに行くと、マルトンさんが団長に向けてやるせない心情を吐露していた。悲しみに沈んでいる風ではない。


「マルトン、お前の酒にヒルヘッケンを付き合わせていたのか?」

「え? ええ、まあ。何度か」

「そりゃあ気の毒だったな。なあ、ヒルヘッケン。こいつの酒の涙にはうんざりだったろ?――」


 マルトンさんとキーランド兵長の会話の流れで、話は酒の話になったようだ。

 トストンや一部の兵士はしんみりしているが、騎士団員たちはそれほど悲しみに沈んでいないようだった。団長はしんみりとしたのは苦手そうだな、と思ったりもする。セティシアで行われる葬式はどういう雰囲気になるんだろう。


『悲しくなったか?』


 そんなところに、インがフィッタの時と同じ問いかけをしてくる。あの時ほどの悲しみはない。


 ――悲しいよ。でも、団長にとっては幸せな死なのかもね。


『幸せな死か。そうかもしれんな。一兵士に代理人とはいえ、王がやってきた上、英雄と称されたのだからな。見送ってくれる仲間も市民もたくさんおるし』


 そうだな。見送る人が多いのは喜ばしいことだ。「見送られる側」としては少し恥ずかしくなってしまいそうだが、きっと成仏はしやすいだろう。


 集まってきている市民の中にも、並んだ棺桶に向けて静かに胸に手を当てている人も大勢いた。

 七星・七影を追いかけるミーハーな人はいたし、市民に怒鳴り散らす兵士もいたが、団長ないしケプラ騎士団を讃える会話はいくらでも小耳に入ってきている。


「――これから“英雄の息子”に剣を教えるのは誰がいいだろうな?」

「やっぱりふくだん、いえ、団長では?」

「私はレイピアだからな。デニスは団長と同じようにロングソードじゃないか」

「……ワリドよ。ムルックの奴はな、新任の団長として少し頼もしくないんだよ。お前もなんとか言ってやってくれ」

「おい。ジルヴェスター」

「はは。ジルヴェスター殿がいれば“アバンストの少々頼りない問題”も問題ないでしょう」

「あんたもな、キーランド。……ま、グライドウェル家も槍闘士もいるから、もう大した心配はしてないけどよ」

「まあな。ケプラ騎士団は不滅だ」

「お、ようやく団長らしいこと言ったな」

「団長からそんな言葉は聞いたことはないが」

「言ってたんだよ、常に――“ここ”でな」


 そう言ってジルヴェスターさんは自分の胸を力強く叩いた。


「確かにそうだな。そうだった」


 ――みんなが和やかに会話をしている折に、団長の顔を見に行く。


 団長は眠っていた。貴族でないためか埋葬布ではなく白い庶民服を着せられ、胸元から下をケプラ騎士団の青いマントでくるまれていた。

 ただ、顔に生気はなく、青白かった。ふっと、多少意地の悪さを感じた薄い笑みをこぼすこともない。当然だ。彼は死んだのだから。


 膝をついて、顔をよく見る。


 生首だった時とは多少様相が違っている。

 血や泥の類は綺麗に拭き取られているし、表情にしても仏のように静かな表情だ。しばらく見ていると、息が詰まるような気分を味わわされる。


 生首の時も見ているはずなのにな、と思う。あの時はろくに直視していなかったが……。

 やがて、まるで別人だとそんな感想が浮かんでくる。義両親の時はそんなことを思っただろうか。思ってはいただろう。ただ、現代日本は高度な医療と銃刀法により、老衰、病気、事故と、死はもはや自然現象に近いものだった。


 だが、ここではそうではない。団長の死がそうでないように。

 ……そうか。だから動くんだな、感情が。


 首に包帯が巻かれてあるのを改めて見て、現実に戻った。

 いまさらながら、団長の体がどれか分からないなんて間抜けな事態にはならなかったようで安心した。他の2人も大丈夫だよな?


「お酒、入れますか?」


 アレクサンドラが膝をついてきて訊ねてくる。


「入れていいのなら。瓶ごと入れたらいいよね」

「ええ」


 まあそうだよな。ドバドバと酒を注ぐわけにはいかないだろう。小説やマンガなどでそういう描写は見たことはあるけども、あれは墓にかけていたか。


 瓶は取っ手付きの横に広いタイプなので、入れるには少し大きいようにも思えたが、ゆっくりと棺に入れる。酒瓶は肩のところにちょうど収まった。

 ベルガー伯爵夫妻のようにあれこれ入っているわけでもなし、団長の着ている服も普通の服なことも手伝って、まるで酒好きの故人みたいなことになってしまった。


「なんか……ただの酒好きの人みたいになっちゃったよ」


 つい内心をそのままにこぼしてしまうと、アレクサンドラがくすくすと笑い、聞いていたようで、ティボルさんにも笑われる。


「団長が平服で酒を飲んでる姿は見たことなかったなぁ」

「アバンストさんとは飲んでるようでしたよ?」


 ティボルさんが、俺の付き合いの内ではね、と返答する。なるほど。


「……団長は俺の知る限りでは一番働き者な人だった。誰よりも一番偉かったのにな。だから、しばらくはいい休暇になるだろう。……俺たちとしては少し長すぎる休暇になってしまったけどな」

「ええ。……私たちはちょっと団長に甘えすぎていたのかも」

「そうかもな」


 団長が目まぐるしく各地を移動していた状況的にもきっとそうなんだろうな、とアレクサンドラの意見に内心で同意する。


 ふと気づけば、ディアラが向かいでじっと団長の顔を見ていた。ヘルミラもだ。なにか言いたいことでもあるのか?


「ディアラ。ヘルミラ。なにか言いたいことあるなら今のうちだよ」

「はい……」


 2人はほとんど俺たちと一緒にいるため、団長との繋がりも俺たちと同じだ。

 だが、俺がジルと戦っていた時は異なる。その時2人は団長と出会い、団長はテンパっていた姉妹を落ち着かせたのだと言う。心情はいくらか違う部分はあるだろう。


「……色々とありがとうございました。……強くなります。あなたのように」

「……私も強くなります」


 決意を込めて静かにそう言葉を紡いだ姉妹の様子に、そういえばあの時以来では俺の知る限りでは姉妹と団長って話したことはあまりなかったっけな、と思う。

 インは従者は主人の傍に常に付き従わせるべきだという。その意味も分かるんだが、やはり彼女たちは彼女たちで色々と経験してほしいなとも思う。


 ――ベンツェさんとも面会を果たし、ケプラ騎士団の番も終えたあと、面会は再び進みだして、やがて埋葬の時間になった。


 やはり埋葬場所は石の剣の場所だったようで、棺桶が穴の中に規則正しく配置されていく。

 王が来て祭りのような騒ぎになり、みんなが見守っているという事態の割には質素というか、ここはあまり変わらないんだな、などと思ってしまう。


 ハミットモールさんが神父たちに指示を出していく。穴の中に幼い神父たちが入っては聖水が撒かれていく。

 次いで、フィッタの時と同じように魔法陣の描かれた紙を神父たちに手渡し、グリーグ神父には魔力注入の指示を出した。


 やがて墓穴に土がかけられ始めた。


 俺はインに“餞”やってよ、とお願いした。インは眉をあげて、『気に入ったのか?』と軽口でも言いそうな雰囲気だったが、実際にその言葉を言うことはなく、快諾してくれる。


 ハミットモールさんが松明の灯りに手をかざし、白い火にしていく。

 死者の魂が迷わないための灯台だ。


 ふと、デニス君とアバンストさんが墓穴の方に進み出た。デニス君は長剣を持っていた。

 だいぶ使い込んであるというか、欠けている場所がいくつかあり、遠目でも使い物にならないのが分かる剣だった。イデリーナさんが静かに泣き始めたようだった。


 2人は石の剣の前に立つと、デニス君がゆっくりと石の剣の横に古い剣を刺した。そうして2人は左胸に手を当てて、敬礼した。

 あとで聞いたが、剣は想像通り、団長が兵士時代に使い込んだ剣だった。団長は捨てられずに持っていたらしい。


 すべての準備を終えると、教会関係者たちが立ち並んだ。

 みんな――俺たちと集まった市民たちが各々祈りのポーズを取り始める。数が数だけになかなか壮観だった。南門の石壁の上で祈っている兵士もいた。


 シャルル司祭が口を開く。


「みなさん。先に少しケプラ騎士団の話をしましょう。……ケプラ騎士団はおよそ100年前に誕生しました。3代目のマイアン公爵様であらせられました、シモン・オスカル・イル・マイアン公爵様の治世の頃です」


 100年か。


「当時はケプラは今ほど栄えてはおりませんでした。ケプラ騎士団の自警団組織としての実力もそれほどでなかったと言います。……しかしながら、当時のマイアン公爵様とケプラ商会長の創設者アッティラ・デイクイル様、そして、時の英雄ウルナイ・イル・トルミナーテ様は自警団の強化に踏み出しました」


 ウルナイ。


「名誉団長に就任したウルナイ様の教えのいくつかは非常に斬新であったとされます。ですが、彼の教えはケプラ騎士団の自警団組織としての地盤を盤石なものとし、『迅速かつ冷静で、対処も的確な一団である』と七世王より評されましたように、今日までその教えを色濃く残すこととなりました。……そして100年が経ち、代表が替わってもケプラ騎士団は存在し続けました。喜ばしいことに、ケプラが賊の一党や魔物による再起不能な惨事に見舞われることはついにありませんでした」


 いいことだな。

 軽く歓声があがり、司祭が慈悲深い笑みをたたえながら、頷く。アバンストさんも左胸に手を当てながら満足そうにアゴを小さく上下させていた。


「廃村になるような惨事がなかったとはいえ、私たちの知らない外では数々の厳しい戦いが繰り広げられたことでしょう。我々市民が、ケプラでの穏やかな日々を享受できているのは、いつでもこの厳しい戦いに赴いていったケプラ騎士団あってこそのものでした。……彼らの剣はいつでも我々市民のためにあったと言います。現在ももちろんそうでしょう。我々ケプラ市民は、決して彼らの勇敢な魂を忘れてはなりません」


 そうだ、そうだと民衆から声があがる。シャルル司祭、自分の都市だからか、ちょっとヒートアップしている気がするな。


「……彼らの魂は今、肉体と現世から離れ、旅立とうとしています。これから我々がするべきことは、彼らが道を見失わぬよう導いてやり、その旅路を見守ることです。……幸いにも、彼らを見送る人々はここにたくさん集っています。私もこの規模には少々驚いてしまいましたが、我らが王やマイアン公爵様、<七星の大剣>や<七影魔導連>の方々も参列にくわわっておいでです。七竜様の加護も賜り、無事に<竜の去った地>へ、彼らは到着することになるでしょう」


 そうして、シャルル司祭は歌い出した――例の厳かな葬送歌だ。


 歌は聞き慣れたもので、あいかわらずシャルル司祭の歌声は美声だったが、今回は具合が違った。

 市民たちの歌う声が少しずつ大きくなり、盛大な合唱の規模になったからだ。まるで国家斉唱だ。


 アバンストさんやイデリーナさんが泣くのは分かるのだが、ティボルさんも泣いていた。

 嬉しくもなるだろう。ケプラ騎士団員としてこれほどの名誉もないことは、さすがの俺でも理解ができる。


  我らが尊ぶ主よ 七つの主よ

  ここに旅立つ者がいます あなた方のいない場所へ

  旅立つ者がいます

  光の導きと安らかなる日々を 彼らに与えてください――


 俺はインの肩を軽く叩いた。


『なんだ?』


 ――餞、やっぱりなしにしてよ。


 インが怪訝な顔を向けてくる。俺は眉をあげていくらか陽気な顔を見せた。

 やがて、それもよいかもしれんな、とインはふっと笑みを見せたかと思うと、俺の背中をポンポンと軽く叩いた。


『八竜の長らしくなったのではないか?』


 インは満足そうにそう言ったが、言われてもあまり嬉しくない言葉のように思う。

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