8-20 ヘラフルの憩い所にて (11) - 鳥人族の歌
ディーター伯爵との話が終わり、応接室を出て間もなく、店内では音楽が鳴り始めたようだった。
音楽というとこの世界では“生の演奏”しかない。
とはいえ、会合で演奏する予定があるとはとくに聞いていない。食事中は賑やかだったし、あってもおかしくはないけどね。
ギター、それかリュートに類する弦楽器の演奏らしい。奏者は2人のようだ。
主旋律も副旋律も
聞いていると、天気のいい草原を歩きながら近くでは少年少女が軽く追いかけ合っているような、そんな牧歌的な、メイホー的な情景が浮かんできそうだった。
ときどきやってくる主旋律の高らかな音色と半音には、舞台の草原はメイホーのような田舎の近辺ではなく少し発展している都市の近くであると、イメージを修正させられる。
深夜も近い頃に放送していた西欧の紀行番組の移動時の解説シーン――もちろん古い歴史のある街がいい――で流れそうな音楽だ。
というかもう。まんまそんな音楽だ。見ていたのはずいぶん昔のことだからあやふやな記憶だけどね。
「ほう。なかなか上手い奏者じゃないか」
ディーター伯爵が俺たちの後ろで褒めるのに俺も内心で同意した。
「うむ。いい音楽だの」
インも好みらしい。まあ、もっと陽気なのがいいと言う人はいるかもしれないが、そんなに嫌う人はいない音楽だろう。
演奏は弾き違うこともなければ、少しもテンポが崩れることもなかった。弾き慣れてるんだろうが、息ぴったりだ。
先日やってきていたサラバルロンドが演奏していたのは笛や太鼓やハープなど、様々な楽器を掛け合わせたケルト的な音楽だった。
踊り子の踊りも楽しめたし、よかったが、こちらもこれはこれでいいものだ。音楽を楽しめる上に心が落ち着く旋律だ。会場内のVIPたちの小難しい話にもそれほど邪魔をしないだろう。
――店内に戻ると、近くで伯爵を見つけた数名が慌てて席を立った。
俺たちの一番近くにいた商人風の人が慌てて「申し訳ありません! 私は伯爵が来られるまで待った方がいいと思ったのですが……」と、言い訳の言葉を放ってくる。
そうだった。さっきの密談で忘れていたが、この場はディーター伯爵が掌握していたんだった。
次々に立つ人があり、演奏も止まってしまった。やれやれ。
見れば奏者の1人はメリットだった。もう1人はハレルヤ君の従者兼隊員の……名前なんだっけな……そう、ヨエルだ。
どうやら
伯爵も俺と似たような気持ちを味わわされたようで、ため息をついて残念がった様子を見せた。
「気にしなくていい。……君たち! 演奏を続けたまえ。食後にゆっくりするのにちょうどいい音楽だったよ」
と、伯爵がいくらか和やかな口調でそう褒めると、「その通りですな」「実にいい演奏でした」と一転しておべっかを売る声が続き、2人の奏者の方からは「続けろってさ」というヴィクトルさんらしき声。
だが、主役の2人はちょっと申し訳なさそうにしているばかりで、演奏はなかなか始まらない。
「たまにはいいこと言うじゃないか、ディーター。よっ! 大将! 見直したぞ! 俺とヴィクトルが頼んだんだ。心がラークベリーの大草原で寝ころんだ気分になるい〜~音楽だろう??」
奥からそんなホイツフェラー氏の大声。大将って。酔ってるんだろうけど、居酒屋かよ。(笑)親しい?んだろうが……王の威厳もうないな。
伯爵が今度は深いため息をついて、首を振った。怒らないんだな。
誰かは知らないが、「まっ~たくいい音楽だな! さすがホイツフェラー殿だ」と別の男性の合いの声。
「はは、ヒュライも分かるか! ガルロンドじゃ聞けない類の音楽だろう?」
「まさしく! 我が国の奏者はみな指が“かじかんで”おりましてなぁ。ハープ弾きはおるのですが、吹いたり叩いたりが多いんですよ」
「そりゃあもったいないってもんだ」
伯爵が眉にシワを寄せて再びため息をついていた。ちょっと同情するけど、話してるのはガルロンド出身の人か。
ガルロンドは雪国らしい国だ。男性の格好は鎧に濃紺のマントにと、七影の代表風でとくに雪国感はない。顔つきも、ヒゲはないが至って普通のおじさんだ。
「じゃあ俺たちも席に戻ります」
「ああ。……ホイツフェラー伯が招待したんだったな。あの辺は爺さんばかりで、……んん゛っ! ……こうるさいだろうが、まあ、相手してやってくれ」
爺さんね。確かに
伯爵はホイツフェラー氏の席を見ながら毒舌交じりに俺にそう言うと、次いでインに向き直り、「イン殿もごゆっくりしてください」とこちらは穏やかな語調で声をかけた。態度の差な。
「うむ。お主もな。……ジョーラとそっちの男もな」
「カイ・ランスロ・フェタイディガーですよ、大魔導士殿」
「おお。そうだったの」
苦い顔をして硬い表情を崩したフェタイディガーさんの名乗りだったが、インは気にした素振りもなく口元を緩めてご機嫌だ。
さきほどの会話で知的好奇心が満たされたのか、和やかな音楽のせいか。きっとどちらもあったのだろう。
・
伯爵との密談後は、ホイツフェラー氏に挨拶まわりにきたヨシュカとアルバンの相手をしたり。
同様に、七星・七影に挨拶まわりをしていたバッツクィート子爵とイノームオークたちとも顔を合わせたりした。短い間だったが、イノームオークたちのベイアーと同等かそれ以上の迫力に、ちょっとテンションが上がってしまったのはここだけの話だ。ベイアー相手じゃあテンションは上がらない。
貴族たちも戦斧名士席に顔を出し、やたら紹介と世辞が多かったが、みな酒と料理で上機嫌な上、ホイツフェラー氏の酒込みの磊落さのおかげもあり、俺たちは変に勘繰られることもなく始終気楽ではあった。なるほど、ホイツフェラー氏は人気になるわけだ。
また、マイアン公爵に俺たちの方から挨拶に行ったりもした。少し緊張したが、公爵は仕事の話をしていた時とは顔つきが違い、和やかな雰囲気だった。
ただ、ホイツフェラー氏たちのおまけとして行ったので、ほとんど話ができなかったのが残念だ。
なんにせよ。
パーティはやっぱり楽しい。そして、気楽なのが一番。酒がまずいのがほんと残念すぎる。
――そうして顔合わせも終わり、音楽を聞きながらの食後のまったり中に――といってもインはほとんど寝て、姉妹ですらも少しうとうとしている、俺にしても微妙に手持無沙汰というある意味で招待客らしい状態だったけれども――ホイツフェラー氏がオネスト男爵を席に呼んだ。
酔いはいつの間にか冷めたのか、それともハイテンションのエネルギーが尽きたのか、ホイツフェラー氏のテンションは戻っている。
「ホイツフェラー伯、お会いできて光栄です。みなさんも。――この度は誠に残念でした……。ご友人のベルガー伯爵と夫人に、フィッタの地にと」
「うむ……この頃はよく眠れんよ。貴殿にもいらぬ世話をかけるかもしれん」
「その時はなんなりと仰ってください。出来得る限り、お支えする所存です」
「そうそう、この子たちは戦斧名士じゃないんだ――」
そして軽く俺たちの紹介がされる。
ホイツフェラー氏が、俺が男爵の息子と一緒に戦ったことがあることをいうと、彼は「それはそれは」と、控えめに笑みを浮かべた。
ディアラは目をこすり、ヘルミラは慌てて頭を下げたが、インは相変わらずうとうとしていたし、喪に服した挨拶が交わされたあととはいえ、あまり頼れる面子には見えなかったことだろう。
にしてもホイツフェラー氏がいるからにしても男爵はいい人そうだ。
ヘリバルトさんの話が真実なら、親バカで臆病な人、ということにはなるが。
「それでオネスト男爵、ちょっと頼みがあるんだが」
オネスト男爵が自分の長い黒ヒゲを触りながら、「どのような頼みでしょう?」と聞き返した。
彼の手元にある帽子は間近で見てもやはり長い。普通のハットの倍ほども高さがある。
別にハットが黒や紺でないといけない決まりがあるわけではないが、えんじ色なので高さと合わせて結構な違和感がある。ほんっといまさらではあるが、貴族って変な感性だ。というより、金持ちがか。
「うちの隊にビュッサー家の息子がいるんだが、知ってるだろうか? ビュッサー子爵はフィリッツァーの領主だ」
男爵が、「ええ! ええ。もちろん知っていますとも」と好意的に頷いた。ちょっと過剰なリアクションだ。
「名前は……フルト君でしたかな?」
「うむ、そうだ」
ビュッサーにフルトか……どこかで聞いたような。
「うちのハークライとも仲の良い子でしたからな。近頃は子爵ともめっきり会っていませんが、文のやり取りで息子と彼の旧交は健在と聞いております。我が子には友人は大切にしなさいとこんなに小さい頃から言い聞かしておりましてな。……で、そのビュッサー家の息子がどうかされたので?」
こんなに、の部分で、オネスト男爵は親指と人差し指でサイズを示した。冗談。
ホイツフェラー氏は冗談には反応せず、太い眉を指先でぽりぽりかいたあと、「どうも金がないらしくてな」とこぼした。
借金の催促か。……ああ、ビュッサー家の子って伯爵邸の前待機していた時、従者と喋ってた人か。
「近頃はバラトンキジの売り上げがよくなくてな。フィリッツァーのわずかな税収とうちの隊員としての給料だけでやっているようなものらしい。フルトの従者ネーベルも隊員なんだが、このネーベルが家計について相談してきたんだ」
「ふむ。国からの年金はどうしたのです?」
ホイツフェラー氏は首を振ったあと、ゴブレットを傾けてワインを飲んだ。
「今年半分にされてしまったようだ」
「ううむ……バラトンキジはどうしたのです? さきほど食卓に出てきたものは私も少し食べましたが、相変わらずの感動するほどの美味でした。売り上げが落ちるようには……味などはとくに落ちていなかったように思われますが」
「……バラトンキジは去年野盗どもに数十匹も盗まれたらしい」
それは不幸でしたな、と男爵は顔をしかめた。
俺も思わずため息をついてしまった。やれやれ、本当に賊はどこにでもいるな。
料理で出されたバラトンキジは確かに美味かった。
男爵が絶賛するように、普通の鶏肉よりも旨味が強く、噛めば噛むほど旨味が出るほどジューシーで、豚肉のように脂も甘かった。少しくどかったが、さすが高級鳥として出されるだけはある。
さらにここが贅沢なところで、丸焼きにしたキジの中にはサワークリームとハーブをからませた紫タマネギやキノコなどの野菜の詰め物があり、楽しみが肉だけに終わらなかった。
察するも何もなくインはばくばく食べていたものだが、俺はマチュブースの米と一緒に和式っぽく堪能したものだ。他の料理もあったから、だいぶ少なめにしたけどね。
「もともとそんなに数が取れる鳥ではないからな。痛手だったのは言うまでもない。……売り上げが低下した理由はまだある。去年『灰色の幽暗』があったのは覚えているか?」
灰色の幽暗?
「はい。もちろんですが……」
「その時にな、卵が結構な数やられてしまったらしい」
「卵が?」
「ああ。卵に不気味な黒い模様が浮き出ていて、孵化した雛鳥にしても障害を持っているのが多かったそうだ。一応育ててはみたんだが、ほとんどが死に、生きているのにしても全く元気ではなく、湖の管理者曰くとても出せる代物ではないらしい。……他の無事な卵にしても、例年より障害持ちが多かったらしくてな」
オネスト男爵は「それはまた……不幸が重なりましたな」と同情するように声をひねりだした。異常気象的なものか?
「……そういえば私も聞いたことがあります。去年の『灰色の幽暗』では少々いつもと具合が違っていたようで。作物への影響はあまりなかったようなのですが、その代わりに家畜たちに影響があったと。家畜たちは元気がなく、一日中そわそわしているとか、まるで犬かなにかのように夜通し寂しそうな鳴き声を発しているとか、はたまた謎の病気にかかり死ぬとか……」
動物は異常気象や天変地異の前触れに敏感的なアレか?
「うむ……ヘッセーでもそうした声は聞いている」
ラディスラウスさんが、「ヤイコーの奴も家の鶏卵がごっそり減ったと嘆いていましたな」と言うと、そうだったなとホイツフェラー氏が同意した。
次いでヘリバルトさんも、「カント農場の豚の味が落ちたのも『灰色の幽暗』が原因だと挙げていたな」と付け加え、ラディスラウスさんがそうでしたな、と同意した。
「……まあ、ビュッサー家もその悪影響を受けてしまってな。元々家計は火の車だったのだが、『灰色の幽暗』により“荷馬車は壊れてしまった”ようでな。今後の資金繰りをするため計画していた軍馬の飼育を早めたそうなのだが、この分だと頓挫する見込みらしい」
軍馬。
「軍馬ですか……バラトン湖で育てるのですか?」
「うむ。先に何匹か試しに家畜用の馬と乗馬用の馬――セルフランセ種とマグワイア種だ――を預かって育ててみたようなのだが、うまくいったみたいなんだ」
「マグワイア種が暴れないならたいていのことは問題ないでしょうな」
「ああ。……ただ、軍馬を育てる資金はもうビュッサーにはない。馬たちがいくらバラトン湖の清涼な水と空気を好んでいようとな」
「……つまり、私はそのための資金を含めた額を、ビュッサー子爵に貸し出せばよいのですな?」
「すまないな、本来なら私が出しているところなんだが……」
「いえ、とんでもございません。ハンツ殿の資金はベルガー家とフィッタのためにあります。悲劇の憂き目に遭った最愛の友人の家を助けるのです。そのような大義を手助けできるのならこのクライム・オネスト、これほどの喜びはありません」
オネスト男爵は感極まったように、胸に手を当てて頭を下げた。ロマンチストというか、少しおおげさな気もするが、まあ悪い人のようには見えない。
男爵側としても、ホイツフェラー氏に恩が売れるのはいいことなんだろう。軍馬の方は金さえあればうまくいきそうだしな。
「貴殿はセティシアの復興支援もあるだろうに、世話をかけるな」
「いえいえ。私は基本的に資金を提供するだけですから。閣下の仕事の量に比べるとごくごく些細な仕事です。それこそノルトン川とバラトン湖の水量を比べるようなものでしょう。私はどうにも領主の仕事は不得手でして……」
「私も領主業は手に余る仕事だと思っているがな。無論戦斧名士の仕事は別だが」
ホイツフェラー氏が近くにいた給仕に、ビッフェのテーブルの上から空のゴブレットを持ってくるように言った。
「仕事はすべき者にやってくると言いますから。……私の目立った仕事というと、祖父の代、父の代から続くミスリルやメキラ鋼の鉱山の保持だけです」
メキラ鋼の鉱山もあるのか。息子に着せるわけだな。
「金脈も使うべき者が見つけるだろう。血眼になる者ほど金脈は見つけられないものだ」
「そうかもしれませんな。……一応武具屋も営んでおりますが、閣下が日夜多忙を極められている仕事の数々の難しさほどじゃありません」
「そうか」
間もなく持ってこられたゴブレット。給仕が飲み物について訊ねたが、ホイツフェラー氏は気にしないでいいと言って、自分で樽の栓をひねった。
――男爵用に次いだらしく、ホイツフェラー氏は男爵にゴブレットを渡した。2人は杯を持ち上げた。
「息子殿が攻略者に飽きたら戦斧名士で面倒は見るぞ」
ホイツフェラー氏は口元に笑みをたたえた。
「ありがとうございます。私も是非そうなってほしいのですが。攻略者をやっていると私の目の届かない場合もありますから」
「確かにな。まあ、貴殿は少々甘やかしすぎるきらいはあるが」
「はは……自覚はあるんですが。こう、つい。見ていると世話をしてしまうというか。危なっかしいというか」
「ふっ。気持ちは分かるぞ。ただ、決断のできない男にするのだけは避けたいものだ」
「ごもっともです」
……と、そんな話の最中に、ヴィクトルさんがやってきた。横にはハレルヤ君もいる。
「話はまとまったか? お大尽ハンツ殿?」
「ん? なんか用か?」
男爵がヴィクトルさんに「これはこれはウラスロー伯にハレルヤ様」と会釈をした。ヴィクトルさんも、「貴殿の店にはいつも助かってますよ、男爵」と言葉を送る。
「で。なんだ?」
「ちょっとしたいい音楽があるんだが。ディーター伯爵に“ご許可をいただきたく”、ね」
「いい音楽?」
ホイツフェラー氏や男爵が見るのと同じく、俺もメリットたちの方を見る。
演奏は今は止んでいるのだが、メリットとヨエルはリュートを手にどこか不安そうに俺たちのことを見ていた。
ディーター伯爵の方は、護衛のジョーラとフェタイディガー伯爵と別のお付きの人ともに隣のウルスラさんのところにいる。
この別のお付きの人は王室関係の人なのか、ウーモルトさんと似た格好をしている。ウーモルトさんほど質素ではないし、巻き毛もあるけども。
伯爵たちは決して口説きにきているわけではなく、伯爵の商会で開発中の魔道具の1つについて、ウルスラさんに相談しているようだった。
食事と会場の雰囲気を堪能したくて《聞き耳》は切りつつもなんとなくときおり耳を澄ませていたんだが、どうやら水魔法の《
メリットがリュートを置いて、俺たちの席にやってくる。
「ヴィク……あれは子供用というか……」
「そんなことないさ~。だいたい、俺たちはいつでも子供みたいなものさ。そうだろ?」
ヴィクトルさんの励ましの軽口にもメリットの反応は薄かった。目線を下げて、少し難しい顔をしている。いまいち乗り気ではないらしい。
今気づいたが、ヴィクトルさんは鼻の先が赤らんでいる。まあ、酔ってない人はいないよな。
「……ハンツ、メリットたちにあの葬送歌を歌わせようと思うんだよ。このあと、ケプラ騎士団の葬式があるだろ? その前にさ」
歌わせる? 弾き語りか。
ホイツフェラー氏は「葬送歌? ……ああ、鳥人族のか?」と、ヴィクトルさんに訊ねる。知っている歌らしい。
「そうそう。子守歌にもできる、あのやさしい葬送歌さ」
子守歌にもできるやさしい葬送歌? これまで葬式で歌われた音楽は物悲しくも壮大な、宗教音楽らしい歌だったものだ。
ホイツフェラー氏はふっと笑みを浮かべた。
「いいんじゃないか? 俺もあの曲は好きだ。アグネスも子供の頃のシャリオットに聞かせていたものだ」
子供に聞かせるならいよいよ子守歌にできる類の歌なんだろう。童謡系か? でも大の大人が聞くなら違うか?
鳥人族の葬送歌ですか? とオネスト男爵の質問。男爵は知らないようだ。
「うむ。彼らの国の方で正式に歌われる類の歌ではないようなのだが、鳥人族には昔から伝わっている歌らしくてな。実のところ、彼らに言わせれば、七竜教の歌や国歌よりも人気らしい」
「ほお……。それは是非とも聞いてみたいものですな」
「心が安らぐ音楽ですよ」
と、ヴィクトルさんが男爵に微笑した。
ホイツフェラー氏が少し席を移動して、
「ディーター。ちょっといいか?」
「なんだね? ホイツフェラー」
「ヴィクトルから歌のリクエストがあるそうなんだが。俺も一押しの音楽だぞ。鳥人族たちのな」
ほう、とディーター伯爵がメリットたちの方をちらりと見る。
「どんな歌かね?」
「去年の収穫祭の時、ハレルヤがグレーデン城の庭で歌ってたやつだ。覚えてるか?」
「収穫祭……」
「お前の嫁の機嫌がよくなったじゃないか。なんで機嫌悪くしてたんだったか」
ホイツフェラー氏がくつくつと含み笑いをすると、伯爵は「そ、そうだったな」とうろたえたところを見せた後、「思い出したぞ。うん、思い出した」と声を少しばかり大きくして、アゴを何度も上下させた。
ほんとか? というか、嫁の機嫌が悪くなった理由が気になるな。
「それ、私も聞いたことある?」
というウルスラさんの言葉に、いや、ないかもしれん、とホイツフェラー氏。
「ウルスラはそうかもね~。ブラナリもないと思うよ」
「あの人は音楽の類は聞かないでしょうね」
「ジョーラやカイはあるだろうね」
ジョーラを見れば、いい音楽だぞ、と俺に笑みを向けてくる。カイ――フェタイディガーさんもうっすらとだが、口元に笑みを浮かべた。
ふうん……。フェタイディガーさんまでお気に入りか。人気だな。
「それでいいの? 伯爵? いいんだったらすぐにもやるよ~」
ハレルヤ君の申し出に、「う、うむ。構わんよ」と、伯爵は承諾した。微妙につくったような笑みだ。
ハレルヤ君は誰にでもラフのようだが……伯爵、王の代理人頑張ったのになぁ。威厳も何もない。
「じゃ、始めよう! 2人とも」
「えぇ……はい……」
意気揚々とそう言うハレルヤ君に、メリットは嫌な顔をしたが、諦めたようだ。ヨエル君も小さく息をついた。
でも確かに、歴々の人たちが揃ってる場所で彼らの言うところの「子供っぽい音楽」を演奏するのはちょっと気が引けるかもしれない。
メリットは演奏場所になっている丸椅子に座ってリュートを手にし、ヨエル君もまたリュートを構えた。
ハレルヤ君も自分の
店内では3人の様子を見て、演奏が始まるのを勘付いたようだった。
「お、演奏が始まるようですぞ」
「今度はハレルヤ様もか。でも楽器は持ってないな」
「ハレルヤ様はお歌の方だろう」
ハレルヤ君の歌はおなじみらしい。
ハレルヤ君がパンパン、とゆっくりと手を打ち鳴らした。
てっきり、店内の注目を集めるために手を叩いたのかと思いきや、演奏のタイミングを合わせるものだったらしい。
あまり合わせやすい合いの手のようには思えなかったけど、演奏はすぐに始まった。
間もなく、メリットとヨエルが低い声でうーうーとはもり出した。本格的だな――
あなたが泣いている いつか聞いた声で
ああ 子供が勘違いしたよ 鳥の泣き声だと
両親も同意して笑った
ああ 誰が分かるだろう 風はふるえた
うわっ! うま……。
オペラ歌手なシャルル司祭もそうだったが、ハレルヤ君もたいがい上手い。普段の声のままに少年っぽさの抜けきらない、透明感のある声だ。だが、包み込むような落ち着いた慈愛もある……。
あなたが泣いている いつか聞いた声で
ああ 命日が思い出せない 出生の年も
彼の好きだった子が結婚するらしい
ああ 誰が分かるだろう 風はふるえた
ハレルヤ君の美声とともに披露されたのは……意外にもポップソングを彷彿とさせた音楽だ。
さすがにポップソングほどには明るい曲調の音楽ではなく、お供のリュートと声のみで音も少ない。けど、2人の高低のハモりは美しく、そしてハレルヤ君の声もよく合っていた。彼の声はそもそも宗教音楽よりも世俗音楽が似合いそうだ。
それにしても、みんなが言うように労わるようなやさしい音楽だった。厳かではないが、ハレルヤ君によって親しみやすい情感が、音楽には乗せられていた。
あなたがまた泣いているね いつか聞いた声で
ああ 喧嘩のようだ 通いつめた酒場で
だけど見守るしかできない
ああ 誰が分かるだろう 風はふるえた
――まるで魔法にでもかけられたように、店内は静かになって3人の生み出す音楽に聞き入っていた。
「……勇敢に戦ったケプラ騎士団やセティシアの兵士たちに。僕たち鳥人族から捧げるよ」
歌の合間に、ハレルヤ君がそうにこやかに言葉を紡いだ。
思わずケプラ騎士団の席の方を見ると、アバンストさんが目を丸くしていた。
あなたが泣いている 聞いたことのない声で
ああ 決闘だ! 2人は柵を何本か折った
若い兵士が勝ったようだ 彼の剣は誰かの剣に似ていた
ああ 誰が分かるだろう 風はふるえた
これは……団長を歌ってるのか? 即席だったらすごいが……。
感極まったようにアバンストさんが立ち上がって胸に手をやった。団長を思い出したのか、やがて胸の内をこらえるかのように、目線は落ちた。
ティボルさん、ベルナートさん、そしてアレクサンドラも同様に立ち上がり、各々胸に手を当てた。
ハレルヤ君は後ろを見ないまでも、彼らに向けて静かな笑みを浮かべた。
なるほど、子守歌に、“やさしい葬送歌”ね――
あなたが泣いている 聞き飽きていた声で
ああ 誰かが歌っている 忘れられた詩を
服から懐かしい香りがした 麦と汗と酒のにおい
ああそうだ イガグリを投げあったっけ
疲れて寝ころんだ僕たちは 空に何を願っただろう
ああ あなたがいた頃の風は こんな風に爽やかだっけ
砂っぽいとか よく思っていたのになぁ
ああ あなたの魂が泣いている
そんなに泣かないで 私の素晴らしき友よ
私には慰めることはもうできない だけど
捧げるから あなたの生まれた日の歌を
忘れないから 私と君がいつか出会う日まで
>称号「鳥人族の歌に聞き入った」を獲得しました。
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