8-17 ヘラフルの憩い所にて (8) - イノームオークの決意
グラシャウス氏が、「それは本当なのですか? エルフ兵がいたというのは」と改めて公爵に訊ねる。公爵はグラシャウス氏に頷き、伯爵に向かって答えた。
「家に閉じこもっていた住人2名が弓兵の長い耳を見ていました。その弓兵は建物の影に潜んで応戦していたようなのですが、セティシア兵から射られた矢が手に当たり、負傷しました。その瞬間ケトルハットの側面から長い耳が突然現れ、しばらくすると普通の耳に戻ったそうです」
「《
「そのようです」
なぜ?
「また、すぐに直されましたが、ずれたコイフから出てきた長い耳も目撃されています」
コイフは頭を覆う鎖帷子製の頭巾だ。この上に冑――バイザー付きのお馴染みのものや、鉄製のつば付き帽子型など色々と種類はあるようだが――を被るのが
ケトルハットはつば付きの鉄の帽子なのだが、他の冑のときは長い耳はどうしてるんだろう。
「弓兵は全員エルフ兵だったのか?」
「それはなんとも……目撃者が見たエルフは1人だったそうなので。ただ数名いた可能性は高いでしょう。この弓兵は下級兵の格好をしていましたが、同様の格好をした弓兵は複数人あり、所属はみな同じだったようなので。仮に獣人兵だとしても彼らは弓が不得手ですし、“屋根に登る下級兵”もそういないでしょう」
「王都にもそのような兵はいないな。奇妙な話だ。“木登り”が兵士の必修項目だとしたらな」
公爵が伯爵に頷いた。
楽団が来た際、姉妹と屋根に登ったことが思い出される。
「……詳細を語らせましょう。エナンド」
公爵が自分の席に向けてそう言葉を投げかけた。やがて1人の男性がやってきた。公爵の後ろにいた髪を流した茶髪の男性だ。
茶色いベストの上に黄色い立派なケープを羽織った彼は初老の男性だ。
グルメの騎士よりも彼からは意志の強さは感じないが、足取りは落ち着いていて、額に垂れた髪も含めて風格がある。
彼は伯爵の前にやってくると左胸に手を当てて慇懃に頭を下げた。
「エナンド・キルスホール、貴殿も久しぶりだな」
「はっ。お久しぶりでございます」
「うむ。では早速だが報告してくれ」
「御意。……公爵閣下の仰られた通り、セティシアでは弓兵がかなり猛威を奮っていたように思われます。というのは、セティシア兵や攻略者たちの死体には切り傷、打撲傷、火魔法や水魔法による火傷の他、多数の矢が刺さっていたからです。……鉄のヘルメットごと矢で打ち抜かれている者もいれば、肩を鎧ごと射抜かれている者もおりました。兵団の副隊長などの手練れの者にも矢は刺さっており、一撃で致命傷になったであろう傷も多くあり。彼らは間違いなく手練れの射手でしょう。というのも、相手の力量を調べるべく現地では死体に刺さっていたものも含め矢を集めさせたのですが、血のついていない矢はほとんどなかったからです」
血がついてるってことは命中したってことだしな。
「公爵閣下の仰られた弓兵の詳細な数は判明しておりませんので申し上げられませんが、同じ所属の弓兵がみな隠れ潜んで狙っていた状況と目撃証言を合わせるに、エルフで弓に長けた者であれば少なくとも10名、戦況を変えるほどの数はじゅうぶんに揃っていたように思われます」
「たった10人か……」
「陛下。恐れながら申し上げますと、たったの10人でもみなが手練れの弓兵であればじゅうぶんに脅威になります」
「そうなのか?」
10人でいけるか? 相手100人以上だろ?
「はい。……金属製の鎧を弓で撃ち抜くためには主に2つの選択肢があります。1つは撃ち抜く鎧の素材にもよりますが、矢尻をメキラ鋼以上の硬い素材や魔法付与したものなどにする、あるいは、弓や矢を
ふむ。
「戦場の矢は一部ミスリル製のものがありましたが、多くは鋼製のものでした。魔法付与も一部されたものがありましたが、多く無付与です。……単に鋼製であるというだけならば、一般的に鎧は貫けません。オークや巨人族の類が巨大な弓で射りでもしない限り」
そう言って、彼はオークの方をちらりと見た。力技ね。
「……射手の多くが、《
アーマーブレイク。
クライシスにもあったスキルだな。ウォーナイトとアーチャーが同名のスキルを覚えるが、他のクラスも似たようなスキルは覚える。ゲーム内ではとくに変わった効果ではなく、一部の鎧の耐久力数値を落とし、防御力も落とすスキルだ。
クライシスではとある時期から、装備に耐久力が設定されるようになった。が、PVP戦での耐久値の消耗はあまりにも激しかった。適宜「装備を外し」、修理しなければならず、戦闘に集中できないとユーザーからもっぱら不評だった。
結局そのうちに耐久値の設定された装備は実装されなくなり、アーマーブレイクの有用性も地に落ちた。今では一部の硬いMOBにちょっと使う程度のレベルになったものだった。
「もちろんそう簡単に習得できるスキルではないのですが、例えるなら……
エナンド氏の例えは分かりやすかったようで、会場内に悲観的などよめきが走った。副官10人は辛いな。手が出せる近接相手ならともかく、遠距離だ。
俺の目線は自然とヴィクトルさんたちの方に向くが、ヴィクトルさんは腕を組んで難しい顔をしていただけだった。あまり見たことのない類のらしくない顔だ。
「市街戦であれば障害物も多く、建物を盾に、あるいは屋根に登り。前に立つ兵士が易々とつぶされないのであれば、弓兵は安全に矢を射ることができます。10人でも副官クラスの腕により矢の雨を浴びせていれば、いくら精強な兵団といえど、苦戦を強いられたのは言うまでもないでしょう」
さらにエナンド氏は、「エルフ兵は足も速いので、追いかけるにしても厄介な相手だったでしょう。屋根の上に易々と登る兵士を討つ訓練を我々は普段はしておりませんので」と付け加えた。あー、相手にしたくない奴だ。
「つくづく。いい知らせではない……」
再び伯爵が後ろにいってすっころびそうだったので、護衛の2人が手で支えた。
支えられるのが分かっていたからか、今度はしばらくそのままだった。楽しそうだね、伯爵。なかなか勇気いりそうだけど。
「……<黎明の七騎士>には、弓術名士のような部隊はいなかったか」
態勢を戻してそう質問した伯爵に、「各部隊に弓の得意な者はいるようですが、弓術名士のような弓を得意とする専任の部隊が七騎士にいるとは聞いておりません。私たちの知る限り……ですが」と、エナンド氏。
「大丈夫だ、私も聞いていない。……セティシアには七騎士は何部隊きていたのだ?」
「証言によると2部隊だそうです」
「2部隊? 少なくないか? いくら<金の黎明>がいたとはいえ、ヴァレス砦も突破されていたのだぞ?」
「ええ。ただ、別の部隊が1つと、さきほどの1部隊にも勝るエルフ兵がいたのを考えれば、おかしい話ではありません」
「別の部隊?」
「はい。3本の剣の紋章で、名前を<白エルク隊>というのだそうです。ヴォーミルなる将校も戦場にいたようです」
3本の剣で白エルク? 「<白エルク隊>にヴォーミルか、知らんな」というホイツフェラー氏のつぶやき。
「3本の剣で白エルクとはどういう意味だ?」
エナンド氏は、「私もそれだけは謎でした」と少し首をかしげて解答した。なんだろうな。
「しかし……アマリアがフリドランと共闘している声明はとくに出していないが」
グラシャウス氏が深刻な息をついたあと、口周りのひげをなぞるように手で触った。
「このエルフ兵と思しき弓兵たちは、決闘後まもなく去ったようでした。であれば、本当に共闘の意味にすぎず、助勢という形だったように思われます。鎧も変わったものではなかったようですし、エルフ兵をまだ隠したかったにすぎないのかもしれませんが……」
「決闘していたのか?」
「そのようです。戦いで最後に残ったヒルヘッケン団長、兵団のアイク副隊長、北部駐屯地のイェネーという兵士の3名が、敵勢の代表と決闘をしていたそうです。どういう経緯だったかまでは分かりませんが……場所はヴァルディ教区の川の近くで――橋で防衛していたようです――たった3名ですので、応援が来るまでの彼らの最後の時間稼ぎだったのかもしれません」
「そうか……」
団長……。彼らは英雄だな、というラディスラウスさんの言葉に、ホイツフェラー氏がまさにな、と同意した。
「……アマリアとフリドラン、もしくはフリドランの武家の1つが、かの戦いで助勢する契約を結んでいた。という可能性があるな」
なにか考えこんでいたグラシャウス氏の半ばつぶやいた言葉に、今度はマイアン公爵が口を開いた。
「アマリアとフリドランが大々的に同盟を結んでいない現状、その可能性は高いでしょう。かの“古竜将軍”が<金の黎明>の党首を降りたことは朗報だと踏んでいましたが、この分だとそうとも言い切れないようです」
「そうだな。やりにくくなったとも言えそうだ。……あい分かった。細かいことはまたあとで教えてくれ」
伯爵はふうと息をついて、イスに手をやった。今度は後ろの2人に身を任すことはないようだ。
伯爵は再びテーブルに身を乗り出した。
「……話は変わるがマイアン公爵。質問を思い出してほしいのだが、貴殿は我々に隙があったことが“1番の敗因”と言っていたが、2番目はあるか?」
そういえばその話だったな。
少し間があったあと、公爵は「昨今の兵団のだらしのなさでしょう」と発言した。今までと比べて公爵の語調はいくらか沈んでいた。
酒場で態度がでかかったり、夜に街中で女性と半ば強引に行為に及んでいたというやつか。
「私の方でも兵団の悪い噂の数々は聞いていた。ピオンテーク子爵は色々と策は講じていたようだが、残念ながらそれほど成果は上がっていなかったことも聞いている」
「……言い訳にしかなりませぬが……子爵から幾度となく相談を受けた末、私は近日セティシアに兵たちを向かわせるつもりでした。市民や女たちに狼藉を働く、あるいは店の定めた金を支払わない兵士には10万ゴールドの罰金か晒し首の公開執行をするという布告をするためです」
晒し首か……怖いな……。
「ふむ。……先んじて言うが、私は今日は貴殿の名誉と威信を傷つけにきたわけではない。陛下が仰られていたのだ。『公爵が事態を把握しているか、質問せよ』とな。くわえて、『もし事態を把握していないのならば、彼は今、自分が公爵であることをすっかり忘れているのだろう。なんなら喉に“外来種の魚の骨”でも詰まってるのかもしれんから取ってやってくれ』とまで仰っていた」
外来種の魚の骨? ……ああ、グルメだからか?
「ありがたきお言葉でございます」
マイアン公爵は胸に手を当てて頭を下げた。仲いいんだな。この分だと変な罰はなさそうだが。
「陛下と貴殿の絆の深さは私もよく知っている。私は陛下を子供時代から知っているからな。澄み切った大空のように寛大で、慈悲深さはハイアーの絶壁ほどの深さで、よほどのことがない限り自分から友愛の絆をどうにかするお方ではない」
王に賛辞はつきものだけどあのキョドってた王だぞ? 褒めすぎじゃね?
「だからこそ訊ねるのだが……セティシアの次の領主代行に据える者はもう決まったのか?」
「はい。決めております」
静まり返っていた室内から、期待を寄せる声々があがる。誰だろう。まあ、俺の知らない人だろうけど。
伯爵が手を上げ、会場内が静まる。
「新しい兵団の編成や募兵はもちろん防衛のこともある。七星や七影がしばらくの間は助けるにしても、領主になる者にとってかなりプレッシャーのかかる仕事だと思うが……」
「私もしばらくセティシアにいるつもりです。門の復興作業を終え、彼がセティシアの領主としての仕事に慣れるまではフォローするつもりです」
ふむ、と伯爵が頷いたあと、会場内を軽く見渡した。やがて視線を公爵に戻した。
「アルバン・ピオンテークではないぞ?」
「はい。アルバンには父親の跡を継ぐ意思はあるようですが、少々責任の荷が重たすぎましょう」
ふむ、と伯爵がアルバンの方を見る。アルバンは立ち上がり、「異論ありません。閣下」とはっきりとした口調で発言した。
「私では力不足なのは承知しています」
アルバンはそう言って、胸に手を当てて厳粛に頭を下げた。
言葉は少し落ちていたが、それほど落ち込んだりしている様子はないように見える。安心かな? ヨシュカと違って30代だもんな。
伯爵がアルバンに頷いて公爵に視線を戻す。
「それで貴殿が推薦する彼というのは?」
「エディング・マーカス・バッツクィート子爵です」
おぉ、と軽く歓声があがる。ヘリバルトさんが「ほら見たことか! わしの言ったとおりだ」とホイツフェラー氏に言葉を飛ばす。言ってたもんなぁ。
歓声には不安や驚きもあるようだが、察するに七星・七影サイドのこちらより、貴族や商人のいるあちら側の方が驚いているものらしい。
みんなの視線がバッツクィート子爵に集まる。
貴族・商人サイドにいる彼は俺たちの方に体を向き直して小さく頭を下げた。横にいるオークも同じく体を向け、会釈したが、子爵ほどには動かず、周囲をうかがうように目線をゆっくりと動かしていた。
「バッツクィートか。……近頃、“彼ら”と目覚ましい武勲をあげていることは聞いている。現在何よりも優先すべきは失った兵力の回復だが、兵力を回復させるまでの人員が先に必要だ。人望があり、頭も切れる人物であるとは聞いている。人望はあるに越したことはないが、賢くない者には領主は務まらん。良い人選なのではないか?」
「私も彼ほど適した逸材はないと見ています。……バッツクィート子爵、マスタス・ベルグフォルク、ここへ」
公爵は子爵と同席していた代表と思しきイノームオーク――マスタス・ベルグフォルクを呼ぶ。
エナンド氏が少し下がり、公爵も少し横に移動し、公爵の手招きの元、2人は公爵の横に立った。
ベルグフォルク氏はかなり大きく、2mは軽くあるようだ。巨体を覆う紺色のマントも異様に大きく見える。
俺が見えるのは後ろ姿ではあるが、額の角はちらりと覗いていて、腕もふともものように太い。彼が伯爵の言うところの「目覚ましい武功」をあげることにそこまでの疑問は抱かない。まあ、戦闘要員として重要なのはレベルなんだけども。
「お初にお目にかかります、ディーター閣下。エディング・マーカス・バッツクィートでございます」
「うむ」
イノームオークがあまりにも目立つのもあるが、隣に立つバッツクィート子爵はごく普通の男性だった。
少し長い人族の耳、縦長の長方形気味な顔、つぶらめで誠実そうな目と眉に、それなりに引き締まった体格と、ケプラ内でもどこにいてもおかしくない人物のように思う。強いて言うなら、役人的な顔だちかもしれない。
だが、彼の声は聞き取りやすく、爽やかですらあった。
重要な役職に就くことになり、代理ではあるが王のいるこの場に呼ばれ、それでもさほど動じていないというのなら、かなり肝のすわった持ち主であるように思う。公爵が推し、ベルグフォルク氏のような屈強なオークも連れているのだから、外見以上に優れたものは色々と持っているのかもしれない。
「バッツクィートの盟友であり、ベルグフォルク家当主マスタス・ベルグフォルクです、閣下」
次いだ抑揚に乏しいオークの言葉に、伯爵はうむと数度アゴを頷いた。
別になにか狼藉を働くとは思ってなかったが、ベルグフォルク氏は動きこそ少し遅かったが、礼と会釈は極めて丁寧だった。カレタカ系か?
「これは陛下の意見ではなく私個人の意見なのだが……私は話で聞くだけで、イノームオークたちと交流を持ったことがない。なので失礼を承知で訊ねるのだが……子爵よ。彼らイノームオークは人里でやっていけるのかね?」
当然出てきそうな質問だな。
「ガウス、ブリッツシュラーク、ノーディリアン、ヘッセー、そしてケプラ。今日までに我々は様々な街を訪れ、滞在しました。ビルギス・マウシュタットにも滞在しましたが、どこの街でも彼らは問題は起こしていません。一度子供からからかわれたことがありましたが、彼らは黙認していました」
子供か。
「ふむ。……ビルギス・マウシュタットか。卿らがのさばっていた山賊たちを退治した領土だな」
「はい」
都市の名前か。長い名前だな。
「あれは近頃もらった報告の中でもっとも素晴らしく、そしてもっとも驚いた報告だったな。いずれは取り返すつもりではあったが、まさか貴殿が成し遂げるとは思わなかった」
落ち着いた巨体のオークたちを見る感じ、山賊程度じゃ手に負えない感じはあるなぁ。
伯爵がマイアン公爵に「彼らはどうなのだ?」と確認の声をかけると、「私の目から見ても問題はございません。懸念点があるとすれば、いかに早く市民が彼らに慣れるかに尽きます」と公爵も信頼の言葉を結んだ。
「閣下」
マスタス・ベルグフォルクが伯爵を呼んだ。
「何だね?」
「私たちベルグフォルク、すなわちトゥロー一族は、バッツクィート家と同盟を結んでいます。バッツクィート家が滅亡の危機に瀕していた我らを助ける代わり、我らの力をもってバッツクィート家を助けるという相互扶助の契約です」
抑揚は少なく、ややゆっくりとした喋り口だったが、ベルグフォルク氏の語調はしっかりしたものだった。カレタカも似た雰囲気の朴訥な喋り方だったが、彼の方が言葉が滑らかだ。
「この契約では、我々は決してバッツクィートに汚名を着せないという決まり事が課せられています。つまり、人里で問題を起こさないという盟約です。……これを破った時、我々は彼の援助を失います。その時我らには山に戻るしかなく、そこでは滅亡の道しか残されていないでしょう。だから我々は一切の問題は起こしません。……我らの偉大なる先祖トゥルシムカ・トゥローと赤竜様、そして我々の最大の友人であり、我々の最初の人族の友人、エディング・マーカス・バッツクィートに誓って」
最後の誓いの文句では、彼は2本の指を左右の瞳に向けたあと次いで首元に向ける不思議な仕草をした。
その後はみんながしていたように左胸に手を当てていたのだが、おそらく十字を切る的な、彼らの一族の祈りの仕草かなにかなのだろう。
それにしてもベルグフォルク氏の言葉は一切の迷いがなかった。
暗記しただけの言葉には当然誠意などの抒情的なものが感じられなかったりするものだが、彼はまるで完璧な役者のようだった。常に心掛けている言葉を今外に出しただけ、というのがありありと感じられそうな語調だった。
抑揚に欠けているのが少し残念といえば残念だったけれども、各言語で訛りが出るように、彼らオークにとってどうにもならない部分なのだとあまりにも簡単に察することができた。カレタカも似たような“訛り”があったしな。
『――ふっ。純粋な奴だ』
しっかり聞いていたらしくインから念話がくる。話の間、退屈そうにはしていたものの、とくに寝てはいなかった。
――ん? ベルグフォルク氏が?
『うむ。奴のちっぽけな魔力も極めて純粋な色をしておるぞ。ダイチのに少し似ておるかもしれんな?』
俺が純粋だと言われるのはちょっとアレだが、マスタス・ベルグフォルクが純粋だと言うのは納得ができそうだった。
しかし純粋ね。花とか動物とか慈しむ“おで”タイプには見えないけど、インの言うところの純粋っていうのはどんな感じなんだろうな。
しんと静まり返った店内で、まあとりあえず立派に宣誓した彼を誰もなじるはずもないだろうと思っていると、実際席では頷く者がちらほらいた。
反論する者はとくにいない様子だが、微妙に反応が鈍いのは外見の迫力とか種族の違いか。
そんな会場の様子とは裏腹にウインドウがすっと2つ出てくる。
マスタス・ベルグフォルクのレベルは58と表示されていた。後ろにはバッツクィート子爵の27。
これはもはや……七星・七影の隊長レベルじゃないか……。
ホイツフェラー氏も「部隊が作られてもおかしくはない」と言っていたものだし、武功をあげられるわけだ。
子爵、いや、新領主の護衛として全く問題なさそうだなと思っていると、やがて1人が拍手をしだした。
砂漠出身のテホ氏だった。亜人好きだったしな。でも、今はきっとそういうことじゃないんだろう。
そうして、拍手は静かに伝播していった。俺も拍手に参加する。
伯爵もアゴを動かして満足そうに頷いていた。もっとも、表情は周りの人たちほどにこやかではない。
拍手が鳴り止む。
「陛下に聞かせてさしあげたかった名演説だったな。さぞお喜びになったことだろう」
「ですな」
公爵が同意を寄せて微笑した。ここで伯爵はにこりと満足げな笑みを見せていた。王様大好き伯爵か。
こうなると、あの王の言動はやはり、俺が驚かせすぎたと見た方がよさそうだな。
「あい分かった。卿らのことは陛下に伝えておく。おそらくマイアン公爵の選定には何も変更はないであろう。……マスタス・ベルグフォルクよ」
周りを軽く眺めていたベルグフォルク氏が伯爵に視線を戻す。
「領主ならびに市長は決して簡単な仕事ではない。先の戦いで兵士団を失い、市民の死者も出てしまったセティシアでは仕事は山ほどある。もちろんその隙をついて、アマリアが攻めてこないとも限らない。無論、賊の類もだ。……彼が領主業をこなしている間は貴殿らが護衛だ。我々も助けはするが、常に傍にいることは不可能だ。卿はいつ何時も、彼の傍に立ち、“最大の友人”を助けるように。それと貴殿がセティシアの人々に慣れることも忘れぬようにな」
御意と、マスタス・ベルグフォルクが胸に手を当てて頭を下げた。何事もなく収まったか。
「うむ。……ところでマスタス・ベルグフォルク。正式な決定後だが、私は陛下からセティシアの領主になる者を支援せよと仰せつかっている。他の急ぎ必要な支援の方はこの後の話し合いでも決めるわけだが、卿の方ではなにか支援してほしいことはあるか? 人でも物でもなんでもよい。あるならひとまず言ってみよ」
マスタス・ベルグフォルクはバッツクィート子爵のことをちらりと見た。子爵は頷いた。
「……我らは生きるための食事が取れれば満足でございます、閣下」
「食事か」
食事か。謙虚というかなんというか。
「……ふうむ。なら、金の余裕もないだろうしな。しばらくの間は領主の公費からではなく、私の私費から卿らには食事がしっかり取れるように手配しておこう。無論美味い食事をな」
「ありがたき幸せ」
マスタス・ベルグフォルクが再び頭を下げた。
伯爵太っ腹だな。ま、いっぱいお食べ~。もうさすがに大きくならないよな?
「もっともこの辺のことは、“美食家大公”の貴殿の方が得意だと思うが」
伯爵がしたり顔で公爵に話を振った。
「あまりにも美味い料理を振舞いすぎて、そのうち閣下から贈られるセティシアの食事を受け付けなくなっているやもしれませんな?」と、公爵もまた含みを持たせて返すと、伯爵は「ははは。ほどほどにしといてくださいよ公爵閣下」と、地を見せつつ高笑いした。
>称号「国の会議を傍聴した」を獲得しました。
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